エースコンバット2


ここ数日、漆黒の機体は格納庫にいた。
他の機体は出動しているので、戦闘がないわけではない。
ただ、操縦者がやって来なかった。

一日間が空くことはあるかもしれないが、もう、三日も空を飛んでいない。
他のどの機体より高性能な装備を携えているのに、格納庫に残されるのは屈辱に近く
ノスフェラトゥはいらついていた。
だから、ある夜。
しびれを切らした機体は人の姿になり、サイファーの自室を訪れていた。


人の礼儀など知ったことではないので、声をかけることもせず扉を開ける。
今が何時頃なのかはわからないが、寝ていても叩き起こすつもりで来た。
狭苦しい格納庫で、三日間も過ごしたのだ。
自分が不快な思いをしている間、もし操縦者が他の機体に乗ってのうのうと空を飛んでいたと言ったら。
そのときは、本当に血を啜ってやろうかと考えていた。

格納庫よりはだいぶ狭い室内をうろつく。
探していたその操縦者は、壁の方を向いて、ベッドに横になっている。
眠っていようが、知ったことではない。
足音を潜めることもなくそこへ歩み寄り、遠慮なく声をかけた。

『おい、起きろ』
いらつきを含ませた声で、呼びかける。
眼下の相手はまだ眠っていなかったのか、もぞもぞと体を動かし、仰向けになった。
「・・・ノス・・・?」
焦点の合っていない目が、ぼんやりと開かれる。
まどろんでいた最中だったところで、気遣う余地はない。
鋭い眼差しで、自分の操縦者を見下ろす。


「・・・ああ、もしかして、俺が飛んでないから・・・」
『そうだ。そのおかげでこの三日間、俺は狭苦しい格納庫から出られなかった。
なぜ飛ばない、戦争が終わったわけではないはずだ』
どんなに優れた性能を持ってしても、機体は人の手を借りなければ空へ飛び立てない。
それが、とてもわずらわしくて、苛立つ。
自分だけの意思で空を飛べたら、どれほど爽快なことだろうか。

「ああ・・・俺、今、風邪ひいてんだ。熱があって・・・。一回転でもしたら、たぶん、吐いちまう・・・」
『熱だと?』
眉をひそめ、問い返す。

「機体で言うと・・・オーバーヒートしてるってことだ」
機体を酷使しすぎて、機内に蓄積された熱によってうまく動かなくなる。
そう捉えると、とりあえず体の自由が利かなくなっていることは理解できた。
しかし、そんな理由があったからといって、三日間の鬱憤が晴らされるわけではなかった。


『まだ、飛ぶことはできないというわけか』
苛ついた声で問いかける。
「・・・ああ」
力ない答え。
さっきから、ずっと目の焦点が合っていない。
これも、風邪という症状ゆえのものなのだろうが、気に入らなかった。
まるで、目の前にいる自分が認識されていないようで。
そのことにもどかしさを覚え、ふいに相手の顎に手をかけ、顔を自分の方へ向かせた。

憂さ晴らしに、どこかへ噛みつく振りでもして、怯えさせてやろうかと思った。
しかし、相手に触れた瞬間、明らかな違いがあった。
いつも、機体である自分よりは温かな人の体に、熱を感じるのは当たり前のこと。
だが、その熱は、温かいという表現を通り越していた。

反射的に、手を離す。
相手の異常に、一瞬だけだが動揺していた。
「ノス・・・。手・・・貸してくれねーか・・・」
何を思ったのか、そんなことを頼まれる。
以前とは真逆の、覇気のないその姿にわずかな憐れみを覚え、気付けば手を差し出していた。
漆黒の手は、人の、熱を帯びた両手に掴まれる。
そして、そのまま手が引かれ、額へ誘導された。

『何をしている』
わけのわからない行動に、眉をひそめる。
手だけではなく、額もかなりの熱を帯びていた。
「はー、冷たい・・・ノスの手、いつも冷えてっから・・・こうすると、気持ち良いんだ・・・」
その言葉に、瞳からわずかに鋭さが消えた。
寒気がするほど冷たいこの手を、こうして好んで触れている相手が不思議だった。
熱のせいでそうなっているのはわかるのだが、どうにも奇妙な感覚がしている。

額だけでは飽き足らないのか、手は頬へ、首筋へと誘導されていく。
奇妙な感覚が湧き上がる。
それはとても不明瞭なもので、自分が感じるべきではないものだと本能が察していた。


『・・・そろそろ離せ、熱い』
奇妙な感覚を取り払うため、手を引く。
「あ・・・悪い」
手が離れると、サイファーはまたぼんやりと遠くを見た。
これでは、うさばらしはできそうにない。
また、格納庫で時間を過ごすのは癪だったが。
これ以上ここにいても仕方がないと、きびすを返して出て行こうとした。

「ノス・・・待ってくれ」
呼び止められ、渋々振り返る。
「もう少し・・・ここにいてくれねーか・・・?」
弱い声と共に、手が伸ばされる。
その様子を見たとき、無意識の内に歩みを止めていた。
空を掴む手は、相手の存在を掴みたくて仕方がないと、そう言っている気がして。

熱を持っている相手は、ただ冷たいからという理由だけでこの身を望んでいるのだろう。
そうわかっていたが、どことなく、気分が高揚する。
気が付けば、薄らと笑みを浮かべていた。
望んでいるのなら、その通りにしてやろうと、ベッドに乗り上げ、サイファーと視線を合わせた。


『サイファー。お前は、俺を望むか?』
鋭い視線で捕らえ、問いかける。
まるで、肯定以外の返事をさせないように。
「・・・ああ。もうしばらく・・・いてほしい」
熱のせいで言葉を抑制する力が失われているのか、やけに素直な物言いだった。
操縦者である相手が懇願し、この身を求めている。
それを聞き、また、高揚する。

『いいだろう、お前の望むようにしてやる』
機体と操縦者は望み、望まれる関係にある。
しかし、今は一方的に望まれている。
今、自分はそこにとある感情を見出していた。

「ああ・・・ありがとな」
礼を言うと、サイファーはふいに目の前の漆黒へ身を寄せた。
そのとき感じていたもの。
それは、とても強い独占欲だった。

『クク・・・』
自然と、笑みが漏れる。
支配欲と、独占欲が入り混じり、気分が昂ってゆく。
敵機を撃墜した爽快感とは違う。
もっと、強い欲に支配された感情だ。

相手の、少し汗ばんだ体に、熱を覚える。
望んでいるのならば、この涼をもっと与えてやろうかと、服の中に片手を入れて背に触れる。
そこも、かなりの熱を帯びていて熱かった。
「っ・・・」
寒気を覚えたのか、腕の中の体がわずかに身じろぐ。
それでも、不快ではないのか、離れることはなかった。
むしろ、もっと求めるように、肩に額が乗せられる。

また、口角が釣り上がる。
もっと、求めればいい。
熱が収まった後も、その先もずっと。
それこそ、依存するまでに。


こうしてすがってくるのならば、興味を持っていたことをしてもいいだろうと。
空いている方の手で、頬に触れてみた。
背とは違う柔肌が、指先から感じられる。
自分にはない、柔い感触。
とても脆く、少しひっかけば破損してしまいそうだ。

しかし、指先に伝わるものを不快なものだとは感じなかった。
むしろ、この珍しい感触に触れていたいとすら思う。
指先をさらに頬へ押し付けると、サイファーが顔を上げた。
「・・・ノス?」
か細い声でも、はっきりと耳に届く。
相手の顔が、やけに近くにあり、ひときわ柔そうな部分が目に入る。
顔の中心部よりやや下にあるその箇所。
触れてみたいと思った。
そこが、どれほど柔く、脆いものなのか確かめるために。

両手は空いていない。
ならば、もう一か所、感触を感じられるところで触れればいい。
今、自分が目視している相手の箇所と、同じ部位を触れ合わせばいい。
だから、その行動をするために、熱で呆けている相手の顔に、自身を近付けて行った。


「ん・・・?」
何をされるのかわかっていないのか、サイファーは逃げなかった。
それをいいことに、さらに身を近付けてゆく。
ただの興味本意、それ以外の理由は、何もない。
目と鼻の先まで接近したとき、はっとしたように相手の目が見開かれたが、拒むには、もう遅い。
躊躇う間もなく、言葉を発する箇所へ、己の唇を触れさせた。

「―――っ!」
驚きを露わにして、目の前にある瞳が丸くなる。
触れ合せている箇所は、思った以上に柔かった。
指先で触れている肌よりも弾力があり、熱のせいか自分とは違って温かい。

悪くはない感触だった。
伝わる熱も、むしろ心地良いとさえ思っていた。
一方で、目の前の相手はさっきから落ち着いていない。
目を白黒させるという表現は、こういうときに使うのだろう。
背や頬に触れたときは、驚愕を示すことはなかった。
なのに、なぜ、今はこれほど驚きを露わにしているのかわからなかった。

「っ・・・離せ!」
顔が背けられ、柔い感触が離れる。
それと同時に、腕の中にいた体も離れって行った。
「なっ・・・何、すんだ・・・」
息を荒げつつ、問いかけられる。
その問いの意図もわからなかった。


『なぜ拒む。肌の一部に触れただけだろう』。
箇所は代わっても、同じ皮膚には変わりない。
今までも、触れることはあった。
むしろ、触れ合うことを求めてきたのはそっちからだったというのに。
なぜ、今更拒否されなければならないのか、腑に落ちなかった。

「・・・なぜ、って・・・・・・」
言葉は続かない。
機体である相手にどう説明したらいいものか、悩んでいるのかもしれない。
「・・・い、いいから、もう行ってくれ。何か、逆に熱が上がりそうだ・・・」
無理矢理背を押され、部屋の外へ出される。
人の姿になったときまで操縦者に従わねばならないのかと、気に食わないところはあったが。
背を押している様子がまた必死で、中々楽しめた。
今日のところは、人がどれほど柔いのかを確かめ。
操縦者の愉快な姿を見られたからよしとするかと、逆らうことはしなかった。




部屋を出た後、格納庫へ戻るべく暗い廊下を歩く。
特別に柔い箇所の感触が、まだ残っている。
悪いものではなかった。
自分にはない、温かなもの。
そこも、人の肌の一部には変わりないというのに、やけに印象に残っている。
また、触れてみようかと、そんなことすら思えてくる。

同じことをすれば、拒まれるかもしれないが
そのときは、無理にでも捻じ伏せてやればいい。
抵抗できないように組み敷き、そして―――。

『クク・・・』。
暗い廊下に、含み笑いが響く。
そのとき、今までにない楽しみを感じていた。
その喜悦に含まれるのは、支配欲か、独占欲か、それとも―――。





―後書き―
大胆にも、自重せずにキスシーン入れてみました!
でも、やたらめったらいちゃつくのはイメージに合わない気がしたので。
あくまで、甘ーい感情は含ませずに書いてみました。