エースコンバット5(後編)


戦場から離れ、リオンは加速もそこそこに自国へ向かっていた
ぼんやりと、密林の上を飛ぶ
だんだん大きくなる喪失感を抱えて、気乗りしないでいると
ふいに、レーダーに反応があった

猛スピードで近付いてくる機体がある
リオンは目を見開き、その機体を確認した


見覚えのある機体に、息を飲む
さっきまで、存分に実力を見せつけられた相手
ブレイズが、背後に迫ってきていた
まさか、あの数の機体を撃墜し、追い付いてきたというのか
リオンは驚愕しつつ、ブレイズと向き合った

これ以上ついて来られると、自国の場所がばれてしまう
振り切れないのなら、撃墜するしかない
リオンは決意したが、確実な自信はなかった
ブレイズも、リオンがこれ以上逃げないことを悟ったのか、速度を弱めた


「まさか、あれだけの敵機を撃墜した上に、ここまで追い付いてくるなんて思っていませんでした
・・・さすが、隊長だ」
ブレイズの実力は、十分認めている
だからこそ、リオンは逃げる道を選んだのだ
今更、退くことはできない
意識せずとも、操縦桿を握る手に、力が入っていた

「リオン、戻って来る気はないのか」
厳しさを抑えた声が、無線から聞こえてくる
そうできればいいかもしれないと、ちらっと思う

隊の雰囲気は、悪いものではなかった
それに、何よりも穏やかなときのブレイズと接しているとき、自分の任務がなかったらどんなにいいかと思ったときもある
穏やかなこの人に、ほだされてしまいたいと

しかし、やはり後戻りはできない
ブレイズの申し出を受けたら、チームから裏切り者のレッテルを張られ
自国からも同じように裏切り者と言われ、まさに四面楚歌になる
自分の居場所がなくなることは、一番避けたいことだった

「・・・何を言ってるんですか。できるはずありませんよ、そんなこと
僕は、あなたを撃墜するしかないんです!」
通信を終えると同時に、ミサイルを発射する
当てるためではなく、決意を示すため
ロックオンもしていないミサイルは、難無くかわされた


「・・・そうか。なら、俺も君を落とすしかない」
声のトーンが変わる
これから、元隊長と本気で対峙するのだ
リオンは、背筋に寒気を感じていたが
同時に、高揚もしていた

今まで対峙してきた中で、一番の強敵になることは目に見えている
だからこそ、高揚している
自分の腕が、どこまで通用するのか
それを、試してみたくて仕方がなかった


もはや言葉は交わさず、お互いは一気に加速する
すれ違いざまに、ブレイズのコックピットが見えた
そこに居る相手の表情は、とてもりりしくて
基地に居るときのブレイズとは、とても同一人物だと思えないほどだった

新たな発見をしたが、そんなことに驚いている暇はない
旋回し、ロックオンで捕らえるところまではたどり着く
しかし、ブレイズはとたんに視界から消え、背後をとられそうになる
そうなるとリオンは再び小回りで旋回し、ロックオンを外す
お互い狙いがつけられないまま、何回もいたちごっこが繰り返された



最初の数回は、あまり差がないように見えた
しかし、回数を重ねるごとにブレイズの反応速度が、だんだんと早くなってきていた
リオンがロックオンをする前に、それを予測しているかのように起動を変える
そして、流れるような動きで背後を取る
何とか、ロックオンをふりきってはいたものの
リオンは、じわじわと追い詰められていることを感じていた


「くっ・・・」
旋回のタイミングがずれてきて、リオンは焦る
いつの間にか、額には汗をかいていた

どうしても、捕らえられない
何回ロックオンしても、次の瞬間には振り切られてしまう
徐々に疲労が溜まり、集中が途切れる
寝不足と長時間の緊張に、リオンは眉を潜める

その瞬間だった
ブレイズが、完全に機体の背後を取ったのは

真後ろにブレイズがいることに気付いたときにはもう遅く
とたんに、機内に衝撃が走った

ああ、落とされる
リオンは、そう覚悟した
だが、機体に撃ち込まれたのは数発の機関銃だけで、致命的な損傷を受けることはなかった


「・・・どういうつもりですか。落とすなら、さっさとそうしたらいいでしょう」
リオンは諦めたかのように動きを止め、尋ねる

「もう一度聞く。戻って来る気はないか」
その声からは、さっきのように厳しさが消えていた
任務など忘れ、言うとおりにしてしまいたい
そんな考えが、脳裏をよぎる

「・・・もし、ラーズグリーズに戻ったとしても、チームとうまくやっていけないと思います。
僕はこのとおり・・・裏切り者ですから」
「戻れば、実質的に裏切りはなくなる。
君が最初から裏切る予定だったとしてもだ」
破棄を失っているリオンに、ブレイズは間髪入れずに言った
まるで、迷わせる隙を与えないかのように


最初からそんな予定だったなんて、言ったことはない
やはり、あの夜に感づかれていたのだ
ブレイズの言葉は静かでも、確実にリオンを動揺させていた

ここで申し出を断れば、今度こそ落とされる
けれど、ラーズグリーズを裏切った次は、自国を裏切ろうと言うのか
それは、あまりに身勝手な選択だ
生きるためにはその選択をするしかないとしても、あまりに勝手で、不名誉なこと
こんな状態になっても、まだ誇りはある

かろうじて残ったその誇り
それが、操縦桿を持つ手に、再び力を与えた


「隊長・・・・・・これが、僕の答えです!」
リオンは、思い切り操縦桿を引き、旋回する
そして、ロックオンもしないまま、がむしゃらにミサイルを撃った

だが、そんなものは当然のようにかわされる
ブレイズも旋回し、再びリオンの背後を取る
今度押されたのは、機関銃ではなく、ミサイルの発射ボタンだった

リオンの機内に、けたたましい音のミサイルアラートが鳴る
もう、回避できない
大きな爆音と強い衝撃が、機体を襲う
羽を砕かれた機体は急激に高度を下げ、落ちてゆく


そのとき、緊急脱出のボタンが目に入ったけれど
リオンは、それを押すことはしなかった
任務は失敗、助かったところで何になるというのだろう

リオンは静かに目を閉じ、覚悟した
もう、二度と瞼が開かれることはないだろうと








瞼を通して、光が伝わってくる
リオンは、ゆっくりと目を開く

見えたのは、蛍光灯の光
死語の世界にそんなものがあるのかと思ったけれど
すぐに、自分は生きているのだと悟った

身を起こすと、体が痛んだ
墜落時の衝撃のせいだと思うけれど、本来ならこんな痛みでは済まないはずだった


「リオン、目が覚めたんだ」
リオンは、声がした方に顔を向ける
いつの間にか、ブレイズが部屋に入ってきていた

「よかった。このまま起きなかったら、どうしようかと思ったよ」
ブレイズは優しく語りかけ、リオンの隣に腰を下ろした

「隊長が・・・助けてくれたんですか。
僕、脱出ボタンを押さなかったのに、どうやって・・・」
「うん、ああすればボタンを押すかと思ったんだけど・・・思惑が外れて、血の気が引いた。
だけどね、君の機体は地面に落ちても爆発はしなかった。
本当に、運が良かったんだ」

墜落したのに、大破しなかった?
本当だろうかと疑ったが、こうして自分が生きていることが何よりの証拠に他ならない

あの一帯が密林で、落下速度が落ちたからかもしれないけれど
もしかしたら、ブレイズは相手が落下しても大破しないような、そんなぎりぎりのダメージを与えたんじゃないかと思う
できるはずのない技でも、この隊長にかかればやってのけてしまう気がしていた

「本当は、君が緊急脱出したところをさらおうと思ってたんだけど・・・
何にせよ、良かった。結果的には、君をこうして連れ戻すことができたから」
ブレイズはリオンを見詰め、安心させるように笑う

何で、この人の雰囲気はは変わらないんだろう
目の前にいるのは、仲間ではなく、最初から裏切るつもりでいた敵なのに
リオンは、穏やかなブレイズと対峙していることが心苦しくなり、目を伏せた

「裏切り者として、突き出すつもりなんですか」
捕らえたならば、そうするのは当然のこと
しかし、ブレイズはリオンの問いを否定した

「そんなことしない、むしろ逆だよ。
リオン、君には戻ってきてほしいんだ。ラーズグリーズに」
「え・・・?」
言葉にならない驚きを覚え、リオンは目を丸くしてブレイズを見た

拒否したはずの申し出
その結果、ぶざまに墜落した密偵を再びチームに入れようとするなんて
何というお人よしなんだろうか
しかし、今のリオンにとって、その言葉は聞き流せないものだった

「でも、僕は隊長の申し出を断って、裏切り者であることを選んだんです。
そんな僕がチームに戻ったって・・・軋轢を生むだけです」
リオンは、怖かった
自分が戻ることでチームを乱し、任務に支障を与えること
何より、裏切り者と、ずっと罵られることが怖かった


不安からか、リオンの背が丸くなる
そんな様子を見たブレイズは、リオンに手を伸ばす
そして、小柄な肩をそっと引き寄せた

「た、隊長・・・!」
肩が触れ合い、リオンは慌てる

「裏切り者なんて、そんなこと絶対に言わせない。
僕は必ず君の傍にいて、絶対に、守るから」
穏やかな雰囲気を残しているものの、その瞳は真剣で
リオンは、視線を逸らせなくなった

頼りたい
この言葉にすがりたい
ブレイズの傍にいると、そう思ってしまう


「僕・・・」
リオンは、迷ったように呟く
ブレイズは、その迷いを消すように強く言った

「リオン、戻ってきてほしい。
僕は、君がチームにいてほしいって、切実にそう思ってるんだ」
肩に置かれた手に、力が込められる
リオンは、ブレイズをじっと見た
そのとたんに見える、柔らかな頬笑み
とても優しいのに、頼りがいを感じる

大丈夫かもしれない
この人に任せれば、僕は、ここで飛び続けることができるかもしれない

希望が湧いた
ブレイズを、信じてみたい


「僕・・・まだ、飛んでいたい。・・・ここに・・・居たいです」
リオンはおずおずと、そう告げた

「本当!?・・・リオン、ありがとう」
ブレイズは、何とも嬉しそうに笑い
リオンを、そっと抱きしめた

「た、隊長・・・っ」
突然の抱擁に、リオンは一瞬目を丸くする
でも、不思議と拒む気にはなれなくて
リオンは自然と、ブレイズの肩によりかかっていた


気付けば、自分はブレイズといることで安心しきっている
そこらへんの男性にこんなことをされたら、思い切り跳ね退けるだろうが
今は、任せきっていたい
優しすぎる、このお人好しな隊長に

「・・・ありがとうございます、体長」
リオンは呟き、目を閉じた
背にまわされた腕に、力が込められるのを感じながら




―後書き― 読んでいただきありがとうございました!
かなり前に友人に捧げた、エスコン5小説でした
いちゃつき度合いは少なめ控えめ、微糖でお送りいたしました