エースコンバット5-2 ハッピーハロウィーン


10月31日
世間一般では、ハロウィンのお祭りがある日
リオンは、いつ出動命令がかかるかわからないこの基地では、そんなものはないと思っていた

しかし、自分の隊の隊長を見たとたん
その考えは間違いだったのかと気付かされた

「リオン、トリックオアトリート!」

突然、部屋に入って来たのは自分の隊の隊長
リオンは、そのブレイズの姿を見て、目を丸くしていた

「隊長・・・どうしたんですか、その格好」
模様の入った黒いマントに兜
それに、手に持っているのはジャックオランタン
中には、いろんなお菓子が詰め込まれていた

「だって、今日はハロウィンだから。仮装してるんだー」
「ハロウィンって・・・この基地は、そんな催し物をするんですか」
少なくとも、以前自分がいた基地では無視されていたもの
それを、隊長がこんなに堂々としているなんて信じられなかった

「と、いうわけでリオン、トリックオアトリート!」
ブレイズは満面の笑みで、もう一度言った

「・・・と、言われても・・・僕、お菓子なんて持ってないです」
基本的に、あまり間食はしないし、甘いものも食べないので
部屋の中にあるのは、携帯食糧くらいだった


「そっかー。それじゃあ、いたずらだな」
「え、い、いたずら?」
お菓子をくれないといたずらするぞ、という意味は知っていたけれど
まさか、本当に実行に移されるとは思っていなかった

「・・・いたずらって、何をするんですか?」
リオンは、好奇心を交えて問いかけた

「うーん、どうしようかな」
何かないかと、ブレイズはランタンの中をごそごそと探る
その中でいいものを見つけたのか、出てきたのは細長い袋
さらに、袋を開けて出てきたのは、あまり間食をしないリオンでもわかるもの
それは、チョコでコーティングされたポッキーだった

「リオン、これでポッキーゲームしよう!」
「え・・・」
何のためらいもなくそう言われ、リオンはたじろぐ

「これ、一度やってみたかったんだ」
ブレイズはポッキーを口に加え、リオンの肩に手をかける

「ちょ、ちょっと、隊長」
第一、これはいたずらというものではないのではないかと、そんな言葉を飲み込む
それに、大の大人が恥ずかしげもなく何をしているのかと、そう言いたくなる
けれど、相手が隊長ということもあり、遠慮なく言うわけにはいかない


「・・・この一本だけですよ」
リオンは戸惑いつつも、ポッキーの端を咥える
いきなり折ってしまっては失礼だろうかと、食べ進めはしないもののそこで制止しておいた

ブレイズはというと、遠慮なしにポッキーを砕いてゆく
一回、さくりという音がするたびに、ブレイズとの距離が近くなる
どこで折ればいいだろうか、どこで離れればいいだろうか
流石に、距離がなくなるまでにはブレイズのほうから止まってくれると思った
けれど、本当に止まってくれるだろうか


ブレイズが、至近距離まで迫ってくる
もしかしたら、このままお互いの距離がなくなってしまうんじゃないだろうか

ふと、そんなことを考えてしまったリオンは、慌ててブレイズから顔を背けた
ポッキーが砕け、床に落ちる
リオンは自分が咥えていた分を飲み込もうとしたけれど
慌てていたので、それが原形のまま喉を通ってしまい、盛大にむせた

「げほげほっ!」
「だ、大丈夫?ほら、座って、落ち着いて」
ブレイズは咳きこむリオンをベッドに座らせ、背中をさすった
何回か咳をした後、リオンは息をついて気を落ち着かせた

「す、すみません・・・」
元々はブレイズが原因なのだが、つい謝ってしまった

「ごめんね、リオン。
そうだ、お詫びに飴あげるよ。おいしそうなのがあったんだ」
ブレイズはランタンの中をあさり、金色の小さな包みを取り出した
どこかの高級品なのか、袋を開けると、つやつやと光る赤い飴が入っていた

その飴が、目の前に差し出される
まるで、子供をあやすような笑顔と共に
リオンは、戸惑うように視線を泳がせた


「はい、あーんして」
「は?」
突拍子もない言葉に、リオンはつい呆けた声を出してしまう

「そ、そんなの、自分で食べま・・・」
言葉を言おうとした瞬間、ブレイズの手がさっと動き
気が付けば、ブレイズの指と一緒に、飴が口の中へ入っていた

「っ!」
驚きのあまり、リオンは目を見開く
焦って口を閉じてしまったので、ブレイズの指先が唇を霞めた

本当に、この人はどうしてこんなことができるのだろう
お人よしな上に、天然な行動
大の大人で、しかも自分の隊長が、こんないたずらまがいのことをしているなんて
戦闘機に乗っているときとは、やはり別人だとリオンは思った

唖然とした様子で見詰めるリオンを尻目に、ブレイズは指先をぺろりと舐めていた
そこは、さっきリオンの唇が触れた箇所だったが
ブレイズは、さして気にしていないようだった
その様子を見たリオンは、少し動揺していたけれど

「ん・・・これ、僕の好きな味だ。もう一つないかな」
ブレイズはまた、ランタンの中をあさる
もはや、このマイペースな相手にどう対応していいかわからず
リオンは口の中で飴を転がしてぼんやりとしていた

「うーん、ないなあ。僕も食べたかったんだけど・・・」
まるで子供のように、ブレイズはあきらかにしょげていた
そう言われても、飴はすでに口内にあるのだからどうにもならない
どうするのかと、リオンはしょげている様子を見ていたが
ふいに、ブレイズと視線が合わさった


「・・・ねえ、リオン」
「何ですか?」
答えると同時に、両肩を掴まれる
リオンは一瞬肩を震わせたが、振り解こうとはしなかった

「リオンの飴、僕にちょうだい」
「・・・は?」
聞こえた言葉が信じられず、リオンは再び呆ける

「な、何言ってるんですか!もう半分ほど溶けてますし、こんなの汚いですよ!」
まさか、今舐めているものを取り出せと言うのか
そんなみっともないこと、いくら隊長に言われてもしたくない
それ以前に、そんなもの気持ち悪いと思うのが当たり前
なのに、目の前の成人男性は何を言い出すのかと
リオンは焦りつつも、信じられないものを見るような目でブレイズを見ていた

「普通なら、そう思うだろうけど・・・
何でかな、僕、リオンのだったら全然汚いなんて思わないんだ」
「な、何・・・言ってるんですか・・・」
ふざけているような口調ではない
柔らかだけれど、真実味を含んでいる言葉
だからこそ、リオンは動揺していた


「リオン・・・リオンのお菓子、ちょうだい」
「た、隊長・・・」
ブレイズはそう呟き、身をリオンへ近付けてゆく
さっきのポッキーゲームと同じく距離が詰まってきて、リオンはとたんに落ち着きがなくなる
そうしてうろたえている間にも、ブレイズとの距離は縮まってくる

いよいよ、距離がなくなりかけたとき
リオンは、たまらず俯いていた

「あ、あの・・・飴が欲しいんだったら、今、取り出しますから・・・」
できれば、そんなことはしたくなかったけれど
このままでいると、どうなってしまうのか予測がついてしまっていた

「ううん、そんなことしなくていいよ」
ブレイズが、俯くリオンの頬にそっと手を添える
そして、ゆっくりと顔を持ち上げ、優しげな視線を向けた

「あ・・・」
目の前にある、穏やかな瞳
それは、まるで自分を安心させるために向けられているような気がして
リオンは、ブレイズと視線を交差させた

そうして、力が抜けた瞬間
お互いの距離は、さらに縮まり
リオンが気付いた頃には、ブレイズと重なっていた

「・・・!」
唇に伝わった感触に、リオンは目を見開く
けれど、至近距離で相手を見ることが恥ずかしくなり、すぐに目を閉じた

驚きで、息が一瞬だけ止まる
頬に、熱が急激に上ってくる
信じられない、こんなこと
自分は、今、ブレイズと―――




驚愕から立ち直り、リオンが状況を理解したとき
ブレイズは、すでに離れていた
リオンは、何も言えなかった
今しがた、とんでもないことをしでかしたこの隊長に

「・・・うん、やっぱり甘いや。ありがとう、リオン」
いつもと変わりない、穏やかな笑顔
この人は、今自分がしたことがわかっているのだろうか
いくら、好物の飴を味わうためだからといって、こんなこと
リオンが何も言えないままでいると、ブレイズは心配そうに眉根を下げた

「・・・ごめんね、リオン。僕、飴が欲しかったのは本当なんだ。
それで、どうやってもらおうか考えてる内に・・・こんなことしちゃって」
あんなことをした後に、飴が欲しかったのは本当だなんて
本当に、この人は天然だ
今のことは、それ以外の意味も含まれているかもしれないと、そう考えるのが滑稽に思えてくる
リオンは小さくなった飴を噛み、飲み込んだ


「・・・ほら、そろそろ行かないと、ナガセさんが探しに来ますよ」
リオンは、ブレイズを立ち上がらせるよう肩を押した

「あ、うん、そうだね」
ブレイズはランタンを持ち、押されるままに出口へ向かった
どこか、困惑が含まれているような表情で
彼等は、まだ気付いていなかった
自分達が、胸の内に抱き始めているものに




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今頃ハロウィンかよ!と思うかもしれませんが
友人に献上した小説を、アップし忘れていたのですorz
連載が一息ついた隙に、すかさず更新しました