KOBAN2


今日のハマチョー交番はいたって平和で、仙波が武田にどやされることも少ない日だった。
暇をもてあました仙波は、書類と向き合っている武田に世間話を投げかける。

「先輩って、趣味ないんですか?」
「趣味、だと?」
武田は一旦書類から目を離し、仙波を見上げる。

「前、署長に笑顔になるよう言われたとき、好きな物がないって悩んでたじゃないですか。。
だから、趣味がないのかなーって」
「剣道の練習や筋トレなら日課にしているが」
「そんなんじゃなくて、ストレス解消できるような、楽しいものですよ!」
いつだって真面目な先輩は、一体いつストレス解消をしているのだろうかと仙波は不思議に思う。
もしかしたら、自分をどやすことで解消しているのかもしれないが。
もし趣味を持ってくれたら、仏頂面がにこやかになってどやされることも少なくなるかもしれない。

「そういうお前の趣味は何なんだ。酒を飲んで一日中だらけていることか」
「違いますよ!俺の趣味は、エロDVD鑑賞と、グラビアアイドルのポスター収集と、あと合コンですかね」
最後の言葉に、武田は露骨に舌打ちした。

「爆発しろ・・・」
ドスの聞いた声で、冗談には聞こえないことを言われてひやりとする。

「そ、そうだ、先輩も何か趣味見つけましょうよ!。
ショッピングは・・・先輩はファッションセンスが皆無だから無理だし、子供と遊ぶことも大人気ないから駄目っぽいし・・・」
「貴様の空っぽの頭を本当に爆発させてやろうか」
武田はカンマ1秒の素早い動作で、仙波の眉間に照準を合わせる。

「やめてくださいー!そ、そうだ、料理はどうですか!?最近、料理のできる男ってモテるんですよ」
「ふむ、料理か・・・」
武田が少し感心を示したので、仙波はこの状況から逃れるためにまくしたてる。
「料理ができたら、自分で好みの味付けのもの好きなだけ作れますし、彼女ができたときにも喜ばれますって!」
「・・・まあ、自分が好むものを作れるというのはなかなか魅力的だな。次の休み、お前も付き会え」
思わぬ誘いに仙波は一瞬驚き、すぐに笑顔になった。
「はい!俺も料理やってみたかったんです!・・・そろそろ、照準外してくれません?」




次の非番の日、お互いに材料は前もって買っておき、武田の部屋に集合した。
どうせ作るのなら同じものではなく、別々のものの方がおかずが増えていいだろうと、お互いに何を料理するのか知らなかった。

「先輩、おじゃましまーす。相変わらず新聞と酒と牛乳しかないんですね」
「部屋にアイドルのポスターをべたべたと貼り付けている奴よりはマシだ。。
ほら、作るんならさっさと作るぞ」
二人は、材料を持って台所へ移動する。
普段料理はしないのか、コンロはほとんど使用感がなかった。

「先輩は何作るんですか?」
「できてからのお楽しみだ。貴様、せめて食えるものを作れよ」
「大丈夫ですって!ネットでレシピ見てきましたから!」
仙波は自信ありげに言ったが、実は材料しか見ていなかったというのは言わないでおいた。
それでも、完成写真は記憶に残っているわけだし、雰囲気でできるだろうと思っていて。
どうやら、その考えは武田も同じようだった。


「おい、ずいぶんとやかましい炒め物だな、火が強すぎるのではないのか」
仙波は何かを炒めているようだったが、フライパンの音が武田の声を遮るほどうるさい。
食材だったはずのものは、ごちゃごちゃと入り混じって何が何だかわからなくなっている。

「しっかり火を通さないと食中毒とか不安じゃないですか。って、先輩こそ、そんなに牛乳入れるんですか!?」
一方、武田の鍋には並々と牛乳が注がれていて、沸騰したら吹きこぼれそうだった。
「うるさい、自分で好きなものを作っているだけだ。貴様こそ、何だその調味料の数は」
「折角だから本格的にしようと思って。隠し味っすよ」
仙波は、炒めている何かに調味料をふりかけまくる。
何とも言えない香りが充満したが、これも一種の料理なのだろうと武田はつっこまなかった。

そして、いろいろあって一応完成した。



武田は、全てが牛乳で構成されているのではないかと思うスープらしきものを。
仙波は、全てが暗黒物質で構成されているのではないかと思う炒め物らしきものを、それぞれテーブルに並べていた。
見た目からしたら、武田の料理のほうがだいぶマシだったが。
牛乳の中から顔を覗かせている食材が何か分からず、見ている相手を不安にさせた。

「・・・先輩のそれ、何ですか?」
「見てわかるだろう、シチューだ。そういう貴様の奇妙な物体はなんなんだ」
「俺のは肉野菜炒めっす!分厚く切ったんで、よく火を通しときました」
明らかに通し過ぎだった。

「とりあえず、冷めん内に食べるか」
「はーい、いただきまーす!」

二人は、同時に料理を食べた。
瞬間、神妙な沈黙が流れる。
そして、同時に箸を置いた。


「仙波、お前の体のデカさだとそれだけの食事では足りんだろう、俺のを食ってもいいぞ」
「いえいえ、先輩のを横取りするような真似なんてできません。先輩こそ、身長が現在進行形なんですから人一倍食べて下さい」
「何を言う、未発達のお前の頭にこそ栄養が必要なはずだ、遠慮するな」
「またまた、先輩こそカルシウムが足りてないからすぐ怒鳴るし背もちっちゃ・・・」
「いいから黙って食えー!」
「もがー!」

武田は容赦なく箸を仙波の口へ突っ込んだ。
口の中へ押し込まれたよくわからないものを、仙波はおそるおそる噛む。
あれだけ押しつけがましくしていたのだから、その味はとんでもないものに違いないと思っていたが。
それは、さほど苦もなく飲み込むことができた。

「・・・先輩、これ、そんなにまずくないですよ?」
「何っ、貴様、とうとう味覚までおかしくなったか」
「おかしくなってませんよ!。
これ、何が入ってんのかよくわかんなくて、すごくうまいとは言い難いですけど、ほんのり甘くていい感じですよ」
仙波は武田の皿を取り、シチューと思われるものを飲み始めた。
武田は信じられないものを見るような目で観察していたが、見事な食いっぷりに嘘はないようだった。

「そうだ、先輩も俺の料理食べてみてくださいよ。もしかしたら・・・」
暗黒物質を前に躊躇ったが、一応、料理に箸をつける。
黒いコゲを避けて野菜らしきものを口に運び、黙って咀嚼した。


「・・・何だ、コゲを取れば食えるではないか。やはり、貴様の味覚は異常らしいな」
今度は、仙波が驚いて武田をまじまじと見る。
どんどん皿の料理が片付いてゆくのを見て、仙波は嬉しくなった。

「俺のは苦かったけど、先輩のは甘めで、俺達の味覚って真逆なんですかね」
「ふん、自分の好きな物を作る予定だったというのに、滑稽だな」
そう言いつつ、武田は器用にコゲを取りつつ炒め物を食べ進める。

「あ、でも、自分のためじゃなくて相手のために料理つくった感じがしていいですね。。
こんな偶然が起こるなんて、俺達って相性いいのかも」
「相性が良いだと?寒気がするようなことを言うな、馬鹿がうつる」
「ひでえ!」

憎まれ口をたたきつつの食事で、食堂で食べるまかないより味は落ちるはずなのに。
不思議と、いつもの食事より楽しかった。
自分達で作った過程があるからかもしれないけれど、仙波はそれだけではない何かで満たされているのを感じていた。

「そんなに気に入ったのなら持って帰れ、鍋は貸してやろう」
「ありがとうございます!ゾノにも食べさせてやりますね」
最初は、おしつけがましく無理矢理食べさせた料理だったが。
素直に喜ばれると、武田は複雑な気持ちになった。

「・・・そのかわり、お前の炒め物は置いて行けよ」
「もちろんです、正直すごく助かります!。
いやー、やっぱり先輩と一緒に作ってよかったー。何だか新鮮で、楽しかったです」
「まあ、たまにはいいかもしれんな」
てっきり、貴様がいなければもっと楽しかったがな、なんて小言を言われるかと思ったけれど。
意外にも肯定的な言葉をかけられ、仙波は頬が緩んだ。

「何をにやついている、気持ち悪い」
「あ、い、いえ、なんでもありません。。
そうだ、ゾノも今頃昼飯食べてるだろうし、これ持っていってやりますね、ごちそうさまでした!」
仙波は鍋を抱え、そそくさと部屋から出て行った。


部屋に残された武田は、暗黒物質を片付けるためにフライパンごとテーブルに置く。
やけに静かに、広く感じる部屋。
仙波の図体が馬鹿でかいからだと思うが、当たり前のはずの静けさに、なぜかわずかな違和感を覚えていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
またまたカッとなって妄想して書いた←。
イメージ的に、武田さんはブラックコーヒー飲めるタイプで、仙波は砂糖をかなり入れる甘党っていう感じがして想像してみました。
武田の部屋にコンロなんてないと思いますけど・・・そこは、ご愛敬でごかんべんを。
何だか、BL入ってないのが案外書き易いです。ほんのりフラグは入れてありますが。