KOBAN4


今日のハマチョー交番には、珍しく緊張感があった。
それというのも、殺人未遂で指名手配されている犯人が、管轄内に潜伏している可能性があるという連絡が入ったからだ。

「朝礼で聞いたと思うが、この管轄内に殺人未遂の犯人が潜伏している。パトロールの際は、十分注意しろ」
「はい!挙動不審に思われない程度に周囲を見回しときます!。
でも、まだ犯人の顔って公開されてませんよね」
「ああ、まだポスターが刷られていないらしいが、写真がまわってきた」
武田は、ポケットから犯人の写真を取り出す。
そこに映っている男性は、太り気味、眼鏡とリュック、ズボンに入れたシャツが特徴的だった。

「朝イチで言われましたもんね、ポスターがないのも無理な・・・い!?」
そのとき、仙波ははっとしたように目を丸くした。

「どうした。まさか、犯人に見覚えがあるのか!?」
「い、いえ、そうじゃないです、何でもないです、何でも・・・」
仙波は否定したが、明らかに様子がおかしかった。

「あ!ちょっと、植木に水でもやってきますね!。
今日はカンカン照りだし、早くしないと枯れちゃうぞー」
わざとらしすぎる行動に、武田は疑いの眼差しを投げかける。
何か後ろめたいことがあるのは間違いなかったが、やがてぼろが出るだろう。
それよりも、今は道行く人々に目を光らせ、犯人殲滅の目標を達成する方が重要だった。


その後、仙波はしつこいくらい時計を見て、全く落ち着きがなかった。
何を気にしているのか、武田も時計に目をやる。

「む、そろそろパトロールの時間だな」
「あ!パトロール、俺が行きます!今すぐ行ってきます!」
仙波は武田の言葉を聞く間もなく、自転車にまたがって全速力で走って行った。

「どうしたというんだ、アイツは・・・」
パトロールに行くと言ったときの表情は、必死だった。
それに、写真を見たときの反応は普通ではなかった。
やはり、犯人を知っているのだろうか。
もしかしたら、以前に「功績を残してみせろ」と言ったので、一人で逮捕しに行ったのかもしれない。
全ては憶測でしかなかったけれど、なぜか嫌な予感が拭えなかった。



嫌な予感を感じつつ、一時間以上が経過した。
仙波はまだ戻ってこない、パトロールにしては遅すぎる。
ただ迷子になっているだけかもしれないと、武田は受話器を手に取り、翠天宮交番へ電話絵御かけた。

『はい、こちら翠天宮交番』
「こちらハマチョー交番。花園君か、そっちに仙波が行ってないか?」
『え、ナミですか?来てませんよ、どうかしたんですか?』
「いや、パトロールの帰りが遅いものだから、どこかでサボっているのではと思ってな」
武田はそう言ったが、花園は自分なりの解釈をしたようだった。

『そういえば、ハマチョー交番の管轄内で殺人未遂の犯人が潜伏中って連絡がありましたよね。。
もしかして、ナミのこと心配して・・・』
「ばっ、馬鹿を言うな!勤務中に邪魔したな、失礼する」
思わず、荒々しく受話器を置いた。
心配しているのではない、迷ったついでにサボっていないか確かめただけだ。

電話を終えた直後、まるでタイミングを見計らったかのように、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。
なぜだか、胸騒ぎがする。
決して、心配しているわけではないのに、決して。


悶々としているところに、今度は電話の音が鳴り響いた。
1回も鳴り終わらない内に、素早く受話器を取る。

「はい、こちらハマチョー交番」
『あ・・・先輩?』
「仙波か!?貴様、今どこで何をしている!」
仙波は何か言いづらそうにもごもごと話す。

『じ、実は・・・殺人未遂の犯人、逮捕しました』
「何っ!それで、貴様は今どこにいるんだ」
『そ、それは・・・』
さっきから仙波の声が小さくて聞き取りにくくて仕方がない。

「何だ、場所くらいはっきり言え!」
『ええっと・・・ア、アニ○イト・・・です』




武田が到着したとき、犯人は丁度連行されるところだった。
散り始めている人ごみの中で、ひときわ目立つ背丈の後輩はすぐに見つかった。
仙波が私服でいる姿を見て、武田は全てを察した。

「仙波、お手柄だったな。まさか今日発表された犯人を逮捕するとは、しかも私服で、なぁ?」
「え、あ、はい、ありがとう・・・ございます」
武田は満面の笑みで仙波を褒める。
だが、その奥には夜叉が潜んでいる気がしてならなくて、仙波は目を合わせられない。

「犯人を見つけて、わざわざ私服に着替えて警戒させないようにするとは。。
貴様も中々気転がきくようになったではないか」
「えっ・・・あ、そ、そうなんですよー、制服で近付いたら、逃げられると思って・・・」
「・・・って、貴様にそんな知恵が働くはずなかろうがー!」
武田はノリツッコミと共に笑顔を鬼の形相に変え、仙波の腹部に肘鉄をくらわせた。

「ぐええっ!ひ、ひどいけどその通りですー!」
仙波は身をすくめ、とっさに腹を抱えてしゃがみこんだ。

「じ、実は、今日限定発売の萌えキャラポスターが発売されるの思い出して・・・そ、それで・・・」
「パトロールを装って買いに来たわけか?勤務中に、いい度胸だな・・・」
武田の声は静かになっていたが、むしろ恐ろしくて仕方がなかった。

「とりあえず、貴様はさっさと着替えて戻っていろ!俺は事情聴取をしてから行く」
「は、はいぃ・・・」
これからのことを想像するだけで恐ろしくて、仙波は怯えきっていた。




交番に戻った仙波が、さっきとは違った意味で落ち着かなくしている中。
とうとう、パトカーが前に停まり、夜叉が下りて来た。

「お、おかえりなさ・・・あれ、その紙筒、何ですか?」
武田は不服そうに、その紙筒を仙波に差し出した。

「店長が、お前に渡してくれだと」
仙波は紙筒を受け取ると、早速広げる。

「こ、これ、俺が買う予定だった限定ポスター・・・!」
「どうやら、犯人は前々からあの店でトラブルを起こしていたらしい。。
逮捕してくれて安心した、感謝していると、そう言っていた」
目を輝かせる仙波に、武田はますます不服そうに言い放った。
よほどポスターが嬉しいのか、仙波は目を潤ませて喜びを表現しているようだった。

「・・・いいか、今回はその店長に免じて許してやる。。
だが、今度同じ真似をしてみろ、あの店がお前の墓場になるからな」
恐ろしい事を言われたが、仙波は感激のあまり耳に入っていないようだった。

「貴様は、それほどそんな紙っぺらが嬉しいのか。理解できんな」
「違うんです、ポスターが手に入ったこともかなり嬉しいんですけど・・・。
それよりも、先輩がわざわざこれを持ってきてくれたことが嬉しいんです!」
突然真面目な顔で告げられ、武田は一瞬呆ける。

「だって、そんなものを受け取るわけにはいかないって断ることもできたのに。
それでも、俺のために受け取っておいてくれたことが・・・すっごく、嬉しいんです!」
「そ、それは、店主がどうしてもと言うからだな・・・」
「先輩、ありがとうございますー!」
仙波はポスターを投げ出して、武田の腰元にしがみついた。

「やめんか鬱陶しい!通行人に変な誤解をされるだろうがー!」
「ええ?変な誤解って、俺はただ感激を表現してるだけですよー」
本当に分かっていないのか、仙波は平然として武田を見上げる。

「い、い、か、ら、離れろ!」
武田が警棒を手にしたので、仙波は慌てて離れた。

「俺の喜びのスキンシップが・・・あ、せっかくなんで、ポスターここに貼っていいですか?」
「いいわけないだろう!宿直室にもこれ以上貼るなよ」
「わ、わかってますよ」
絶対貼るつもりだったなと、すぐにわかった。

溜息をつくと、同時に不安感が掻き消されてゆく。
自分の言葉で仙波が駆り立てられて、危険な目にあっていたかもしれない。
結果、職務中にあるまじきことをして、犯人を捕まえたという良くも悪くもない結末になったわけだが。
殺しても死なないような馬鹿のことを心配していた自分に、頭を抱えたくなった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
前回から続いて思いついた話でした。
武田さんの仙波に対する高感度が徐々に上がってきております。
なんだかんだ言って武田さんは優しいところありますしね。
特に、立番変わってあげてるところが良かったです(´Д`*)。