KOBAN6


出勤前、ハマチョー交番の二人は署長室に呼び出されていた。
武田は、仙波が何かやらかしたのかといぶかしんでいて、仙波は何かやらかしてしまったのかとハラハラしていた。

「貴様、まさか私服で前の店に行ったんじゃないだろうな」
「行ってませんよ!あ、もしかして海釣りの誘いかもしれませんよ」
「そんなわけないだろう!入るから静かにしろ」
部屋の扉を叩き、署長室へ入る。

「失礼します。署長、仙波が何かやらかしたんですか」
「いや、やらかしたわけじゃないんだが、仙波のことで話があってな」
「俺のことですか?」
失敗のこと意外となると特に身に覚えがなく、仙波は首をかしげる。

「仙波のデコには、相変わらず痣が残ってるな」
「はい、いつもぶつけちゃって・・・」
学習能力がないのか、慌てているといつも額をぶつける。
武田は問題なくとも、192cmの仙波にとってハマチョー交番はいささか小さかった。

「全く、いつも同じ所にぶつかりおって。。
その度に脳細胞が死んで馬鹿に拍車がかかっているのではないか」
「ひでえ!」
心配の欠片もない悪態に、署長はあきれ顔をする。

「あー、そのことなんだがな。。
いつも痣を作っている姿を見咎めて、臨時的に他の交番へ移ってみてはどうかという話が出てるんだ」
「ええ!?お、俺が移動っすか!?」
これには、武田も目を丸くした。

「あくまで、臨時的にな。。
一週間ほど他の交番での勤務を体験し、よほど居心地が良かったら移動を考えるとのことだ」
「で、でも、その間先輩が一人になっちゃうんじゃ・・・」
「心配するな、その方が業務がはかどる」
「ひでえ!」
署長は咳払いをし、喧騒を止める。

「ハマチョー交番には、翠天宮交番の花園巡査に行ってもらう。。
とにかく、一週間ほど行ってみることだ」
一時的とはいえ、突然の人事異動に仙波は目を泳がせて戸惑っている。

「何をうろたえている。。
貴様は前々からハマチョー交番を窮屈だと言っていただろう、さっさと行ってこい」
「わ、わかりました・・・」
仙波の背中は、不安そうに丸まっていた。




ハマチョー交番に着くと、すでに花園巡査が出勤していた。
「あ、武田さんおはよー。今日から一週間、よろしくお願いしますね」
「ああ、よろしく頼む」
軽い挨拶を交わすと、いつもと変わらずデスクワークに取りかかる。

「あ、ナミの書類、ところどころ誤字脱字があったんで訂正しておきました。。
一応目を通しておいてくれませんか」
「全く、あいつの知能は小学生といい勝負だからな」
受け取った書類は、仙波が書いたものとは思えないくらい整然とした文章に仕上がっていた。
武田は感心しつつ、認可のハンコを押していった。

「すみませーん、道を聞きたいんですけど」
「あ、はーい。どこに行きたいんですか?」
花園は、にこやかな笑顔で地図も使わず丁寧に道案内をする。
最短距離ではなく、わかりやすい道を選んで教えている様子を見て、武田はますます感心した。

人当たりも良いし、普通に仕事もできる。
少し奇妙な趣味を持っていることと、カラスで出勤してくることを除けば、優秀な警察官に思えた。
仙波は人当たりだけは良いが、馬鹿でデカくて要領が悪くてその他もろもろ、頭を抱える要素がごまんとある。
それが入れ換わったとたん、業務が滞りなく進み、怒鳴ることも全くなくなった。


「そういえば武田さん、この前倒れたみたいだったけど、大丈夫?」
先日の失態が蘇ってきて、武田はぎくりとする。

「武田さんが倒れたのも驚いたけど、まさかナミがお姫様だっこで運んでくるなんて。。
すっごく面白かったなー」
「何!?」
とんでもないことを告げられ、武田は耳を疑う。

「ナミ、すっごい慌てて寮に飛び込んできて、武田さんの服から鍵探して、そして・・・」
「み、皆まで言うな!仙波には詫びておいた」
「あはは、ナミ嬉しかっただろうなー。憧れの先輩の役に立てて」
仙波も言っていたが、役に立っただけでそんなに嬉しいものなのだろうか。
褒め言葉の一つでも言ってやればよかったかと思ったが、もう仙波はいないのだ。
それに、誉めて伸ばすのは自分の方針にそぐわなかった。

「む、もうこんな時間か。一旦休憩にしよう」
「そうですね。僕、お弁当持ってきたんですけど、よかったら食べます?」
「い、いや、いい・・・」
クッキーのときの騒動を思い出すと、とても手を出す気にはなれなかった。



その後、従来の業務はかなりスムーズに進み、いつもの倍の仕事量をこなせていた。
今まで、仙波がどれだけ足を引っ張っていたのかがよくわかる。
怒鳴ることもなくなり、いたって平和な日々が過ぎて行く。
だが、今までの、問題があり過ぎる状態に慣れてしまっているのか。
武田は、どこか物足りなさを感じていた。
そして、非番の日、仙波と武田は食堂で自然と顔を合わせていた。

「それで、仙波、移動先ではどんな失敗をやらかしているんだ」
「いきなりひでえ!大丈夫ですよ、向こうは結構単純な道が多くて何とか道案内できてますし・・・。
何より、広さがハマチョー交番の3倍はあって、すごい快適なんですよ!」
嬉しそうに言う仙波に、武田の眼光がわずかに鋭くなる。

「天井も高くて1回もデコぶつけてませんし、。
ハコ庁もいきなりやってきた俺を快く受け入れてくれて、まるで天国とじご・・・」
「公衆便所並みの狭さで悪かったな!」
武田の言葉が強いのはいつものことだったが、今日はやけにいらつきが含まれている気がして、仙波は身をすくめる。

「・・・久々にお前の顔を見たら飯がまずくなった、残りはくれてやる」
武田はおかずを半分以上残し、自室へ戻った。
食欲旺盛な武田が食事を残すなんて信じられなくて、仙波は唖然としていた。



自室に戻った武田は、まだいらつきがおさまらなかった。
嬉しそうに話す仙波を見た瞬間、声を荒げていた。
幸せそうにしている様子が気に食わない。

仙波が移動したおかげで、業務が滞りなく進むようになったというのに。
厄介者がいなくなっていいことづくめのはずなのに、なぜこんなにもいらつくのか。
わけがわからなくて、武田は筋トレもせずに不貞寝をして一日を終えた。




翌日には、仙波の配属が確定するはずだった。
あの喜びようなら、快く移動するだろう。
花園巡査との勤務になることで、これから仕事がはかどるに違いない。
どことなく気分が冴えないのは、変化にまだ適応できていないからだ。
もう、出来の悪い後輩をどなりつけることもない。

ハマチョー交番には、すでに花園巡査が来ていると思ったが。
今日は自転車で来たのか、カラスの乗り物がなかった。

「あ、先輩、おはよーございます!」
調子の良い声が上から降ってきて、驚く。

「貴様、なぜここにいる。広々として快適で天国のような交番へ移動したのではなかったのか」
「いや、確かに快適だったんですけど・・・俺、やっぱりここがいいなーと思って。。
狭くても、天井低くても、最も尊敬する先輩がいるハマチョー交番がいいんです!」
武田は、虚をつかれたように仙波を見上げていた。

狭苦しくて、口うるさい先輩がいる所でも。
その先輩がいるから、ハマチョー交番にいたいなどとたわけたことを言う。
相変わらずの馬鹿さ加減に、いつもなら溜息をついてもおかしくないのに。
そんな気配がちっともしないのが、不思議で仕方がなかった。

「ふ、ふん、おだてても手加減などしないからな」
「わかってますって。何だか、優しくされすぎるのも違和感があって・・・」
「貴様、特殊な性癖でもあるのか」
「違いますよ!」
最初から最後まで、武田は憮然とした態度を崩さないままでいたが。
冴えない気分は、いつの間にか消えていた。


「こんにちはー、武田さん」
昼休憩が近い頃、パトロールの中に通りかかった花園がいつもの笑顔で呼びかける。

「む、花園君か。先週はご苦労だったな」
「そういえば、先週はゾノがここにいたんだっけ。先輩に殴られすぎて身長縮んでないか?」
「あははー、大丈夫だよ。。
武田さん、溜息ばっかりついてたから怒る気力がなかったんじゃないのかな」
自分でも気付いていなかったことを指摘されて、武田は硬直する。

「先輩が溜息?そんなの、俺に呆れたときくらいにしかしないのに」
「へー、そうなんだ。じゃあ・・・」
「は、花園君、パトロール中に無駄話をするのは感心しないな」
言葉の続きを、武田はとっさに遮った。

「あ、ごめんなさい。じゃあ、お世話になりましたー」
花園は何かを楽しんだ様に、機嫌良く去って行った。
仙波の空っぽの頭では、花園巡査の言葉の意味を理解していないとは思う。

「・・・そろそろ、休憩にするか」
それでも、どこか気まずく、照れくさくなって武田は宿直室へ行こうとする。
「先輩、ちょっと待ってください」


武田が振り返ると、目の前が壁で覆われた。
よくよく見て見ると、それは壁ではなく仙波だった。
なぜこんなに近くにいるのか、考えた時には、体の動きを封じられていた。

「先輩、俺・・・すっごい嬉しいです!」
突然の、予想外の出来事に、反応が遅れる。
ばかでかい図体の相手に腕をまわされ、息苦しい。

「ばっ、馬鹿者!さっさと離し・・・」
「俺、先輩に迷惑ばっかりかけてるから、。
いなくなったほうが先輩にとって快適なんじゃないかって思ってたんですけど・・・ゾノの言葉で安心しました!」
溜息をついていたということは、不満な何かがあったということ。
それは、仙波をどやしつけることができなかったことに他ならないと、自覚してしまっていた。

「っ・・・」
自分自身に動揺し、反撃の機会を逃してしまい。
ほんのわずかな時間だけ、仙波の行為を許していた。

「・・・もういいだろう、お前の感激はわかったから」
力を込めて、仙波を押し返す。
「あ、すみません。何だか、腕の中にすっぽり入る丁度良いサイズで・・・」
「やかましい!」
最後の一言に敏感に反応し、武田は早歩きで宿直室へ引っ込んだ。
顔がほんのりと熱いのは、無礼な言葉に憤っているからに違いなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
仙波が武田のことを誉めまくってる場面を見てたら思いついて書きました。
とうとう、少しいちゃつきっぽいものを入れてしまった・・・。
ぎゅーっとするくらいなら、ギリセーフ・・・ですかね?。