SIREN1
(宮田はすでに牧野に気があって、牧野は薄らとそれを感じている・・・
と、いう設定になっております。)




「主よ・・・どうか、私と八尾さんをお引き合わせ下さい・・・
逆でもいいです、八尾さんを私の元へお導き下さい・・・むしろ、そのほうが・・・」
牧野は、教会で、そんなヘタレな願い事をしていた
八尾を探しに、屍人のうろつく村へ出たのはいいものの
手がかりが全くと言っていいほどなく、こうして神頼みをしているところだった

「主よ・・・どうか、お導きを・・・」
牧野が、再び願った瞬間、背後で、教会の扉が開く音がした
「八尾さん!?」
祈りが通じたのかと、牧野は瞬時に振り向く
いつものへたれた様子からは考えられないほど、素早い反応で


「残念ですが、違います」
聞こえてきたのは、男性の声
探している相手ではないとわかると、牧野は肩を落として明らかに落胆していた

「宮田さん・・・でしたか」
落胆している様子を見せては失礼だと思いつつも、牧野の声には覇気がなくなってしまっていた
そんな様子を多少不快に感じつつ、宮田は牧野に歩み寄る
「どうやら、求導女を探しておられるようですね」
祈りの内容を聞いていたのか、宮田が問う

「はい・・・。八尾さん、一体どこに・・・」
「牧野さんが探しておられる女性・・・以前、村の中で見たことがあります」
「本当ですか!?」
とたんに、牧野の目が希望を見出したように輝いた
宮田は、それを面白くないと感じたが、話を続けた

「遠目で見たのですが、あの姿は間違いありませんでした」
「ど、どこで見たのですか、教えてください!」
願ってもない情報に、牧野の声は力強くなる
その必死さに、宮田はほくそ笑んだ

「しかし、ここからはかなり遠い。
それでも、行かれますか?屍人がうろつく村の中を」
屍人という単語に、怯えを見せるだろうかと思った
だが、そんな宮田の予想をよそに、牧野はすぐに答えた
「行きます!八尾さんが、そこにいるのなら・・・どのような場所でも構いません!」
八尾という、その求導女の名が出てくる度に、宮田は不快感を覚えていた
気弱なこの相手が屍人という言葉にも怯えず、そこまでして求めることが気に食わなかった


「・・・では、私も行きましょう。遠いので、口で説明するのは難しい」
「ありがとうございます。宮田さんがいてくださるのなら、心強いです」
このへたれた相手となら、どんな人物が傍に居ても心強く見えるだろう
そんな言葉を胸にしまいつつ、宮田は単純に乗せられた相手に微笑していた
「それでは、行きましょう。暗くなる前に、出たほうがいい」
宮田は、ネイルハンマーを片手に外へ出る
牧野は、もちろん手ぶらで、宮田続いた





目的地へ向かう間、宮田はわざと屍人が多い道を選んでいた
犬型や、羽虫の様な屍人を見るたびに牧野は大いに怯え
物音をたてないように息を潜めての移動に、牧野は強い緊張感を覚えていて
疲弊するのは時間の問題だったが、それは宮田にとって都合のいいことだった

「意外と屍人の数が多い。牧野さん、もう少し安全な道を行きましょう」
「そ、そうですね」
教会を出て、早一時間
宮田の狙い通り、牧野の表情には疲労の色が見えていた
道を変えるため、宮田は少し高い段差へ勢いを付けて飛び乗る
おそらく、へたれた男では簡単に登れない段差
案の定、牧野は段差の前で躊躇っていたので、宮田は上から手を差し伸べた

「すみません・・・」
牧野は伸ばされた手を取り、段差の上にたどたどしく上がろうとする
そのとき、宮田は思い切り、その体を引き上げた
「わわっ」
引っ張り上げられ、足が段差の上に着地する
しかし、あまりに強く引かれたので勢いが止まらず、牧野はそのまま宮田にぶつかっていた
宮田は、牧野の肩に手をやり、体を支える


「大丈夫ですか。少し、強く引きすぎました」
「あ、いえ、大丈夫です」
宮田が手を離すと、牧野は申し訳なさそうに一歩身を引いた
後ろに、足場がないことを忘れて
「わ、わわっ」
もちろん、足が行き場をなくし、バランスがぐらりと崩れる
牧野は、何とかバランスを取ろうと、手をわたわたと動かす
だが、重力には逆らえず、体が後ろへ傾いて行った

「牧野さん!」
宮田は、とっさに手を伸ばし腕を掴む
そして、さっき以上に強い力で、その体を自分の元へ引き戻した
そのおかげで、何とか転倒は免れたが
強い力で引かれたので勢いが止まらず、牧野は思い切り宮田へぶつかった
宮田は倒れまいとすべく、牧野の背に片腕をまわし、体を支えた


「・・・全く、何をしているんですか」
宮田は、溜息こそつかなかったものの呆れかえっていた
意識してやったことではないとはいえ、自分から落ちようとするなんて
これでは、ヘタレだけではなくマヌケのレッテルがつきそうだった

「す、すみません・・・」
牧野は、申し訳なさそうに謝る
こんな短時間で二回も世話をかけてしまったことに恐縮しているのか
宮田に腕をまわされていることを忘れ、縮こまった
迷惑をかけたと思っているかもしれないが、宮田はさして悪い気はしていなかった
都合良く、こうして相手を捕らえることができたのだから
宮田はこれを好機に思い、牧野の身を引き寄せる


「・・・宮田さん?」
体が離されないのを疑問に感じ、牧野が尋ねかける
だが、宮田は答えず、もう片方の手も牧野の背にまわしていた
「あ、あの・・・」
緩められると思っていたのに、逆に身を引き寄せられ、牧野は戸惑う
身を引こうにも、後ろに足場はないし、何より身動きがとれない
戸惑いはしたが、助けてもらったこの腕を振り払うのは申し訳ない気がして、牧野はこの状態をどうにもできなかった

「牧野さん、そんなにあの求導女に縋りたいのですか」
「え?」
ふいに問いかけられた言葉に、牧野はきょとんとして宮田を見る
「あなたは気弱で、誰かに頼らなければやっていられないのは分かります。
しかし、なぜ、その相手があの求導女なのですか」
「な、なぜ・・・と、言われましても・・・」
牧野が理由を考える間もなく、宮田は続けた


「・・・俺に縋ればいい」
「え・・・?」
ぽつりと呟かれた言葉に、牧野は思わず聞き返していた
「私は今まで、裏で事を動かしてきました。けれど、もう裏方に回るのは終わりです。
・・・誰かに頼りたいのなら、私を頼って下さい、牧野さん」
「え、え?」
思いがけない優しい言葉に、牧野はうろたえる
縋ってもいい、頼りにしてもいい
この不安な環境で、そんな言葉をかけられてしまったら、その言葉に甘えたくなってしまう

宮田は、自分と違い屍人も大人しくさせられるし、滅多なことには物怖じしない
そんな相手を羨ましく思い、頼りにしたくなるのは自然なことだった
その証拠に、今、抱き留められているこの状態を少しも不快とは思わない
むしろ、こうしているとほっとする
自分の背を抱く力強い腕に、牧野は安心感を覚えていた

「私に・・・縋って下さい、牧野さん」
「宮田さん・・・」
お互いの視線が交差する
戸惑い、驚いている瞳と、鋭く、真剣な眼差しが
それだけで、牧野は宮田が冗談を言っているのではないと判断できた

視線を合わせたまま、宮田がわずかに首を傾ける
ただでさえ近い距離を、さらに近付けるように
その行動を、牧野はただ見ていた
不思議と、抵抗を忘れ、宮田に身を預けていた
それは、腕の中におさまっているゆえの安心感のせいか
それとも、元々、宮田という相手を拒否する気持ちを持ち合せていないのか

拒否されないことを確かめた宮田は、いよいよお互いの間を詰めてゆく
何をする気なのか、流石の牧野もわかっているはずだったが
それでも抵抗はせず、まるで鋭い視線に捕らわれたように、顔を背けることすらしなかった

もう少しで、その距離がなくなる
その瞬間、遠くの方から羽音が聞こえてきた
それは、小さな羽虫が発する音ではなくて、とても大きく、鈍い音だった
屍人が近付いてきているのだと、宮田はすぐに察した
不快極まりない邪魔者に、宮田は舌打ちをして身を離す

「・・・どうやら、ここは危険のようです。
近くに、病院があります。そこへ行きましょう」
「は、はい」
急に解放された牧野は、自由になったらなったでまた戸惑っていた
羽音は、すぐ傍まで迫ってきている
もたもたしている暇はないと、宮田は牧野の手を取り、病院へと走った





病院に着いた頃、もう羽音は聞こえなかった
「先はまだ長い。少し、休んで行きましょう」
「そ・・・そうですね」
牧野は、肩で息をしつつ答えた
予想どおりの返答に、宮田は内心ほくそ笑む
屍人が多く、疲弊するであろう道を選んだのも、こうして牧野をここに連れてくるためだった
求導女のことなど、本当は知らない
全ては、邪魔が入ることのない、この場所へ連れてくるための虚実だった


院内は薄暗く、人気がなかった
二人は適当な部屋へ入り、明かりを点ける
牧野はかなり疲弊していたのか、椅子に座ると大きく息をついた

「牧野さん、お疲れでしょう。横になって休んだらいかがですか」
「そうですね・・・少し、休ませていただくことにします」
一刻も早く八尾を探したい気持ちはあるのだろうが、体の倦怠感には負けてしまう
宮田は、自分の企てがあっさりとうまくゆき、口端を上げていた
牧野はすでに横になっており、宮田の表情に気付くことはなかった
今すぐ、事を起こしてもよかったが
少しは休ませてやろうと、宮田は牧野の顔を一瞥し、椅子に腰かけた



それから数十分後、牧野が気だるそうに体を起こした
「宮田さん、私は充分休ませていただきましたので、そろそろ八尾さんの元へ・・・」
そう言い出すのを待っていた宮田は、椅子から立ち上がり、牧野の元へつかつかと歩み寄った
「あの求導女のことなど、知りません」
「・・・え?」
目を丸くしている牧野をよそに、宮田はベッドに腰かける

「嘘だったんですよ、最初から」
「な・・・」
あまりの驚きに言葉が出てこないのか、牧野は口をぱくぱくと動かす
「何で・・・そんな、嘘を・・・」
やっと出てきた言葉は、非難の言葉ではなく、ただの疑問だった
本当なら、騙されたことに憤りを感じてもおかしくはないはずなのに
牧野は、なぜか宮田を強く責めることはできなかった

「こうして、あなたと二人になりたかった。
参拝者がいつやって来るかわからない教会などではなく、この場所で」
言葉と共に、宮田は牧野の腕を掴む
この空間から、決して逃がさないように

「わ、私と二人きりになるなんて、何の得があるというんですか」
そうは言いつつも、牧野は以前から薄々感付いていた
宮田の鋭い眼光が、時々優しくなることを
そして、それが自分に向けられていることを

「気付いているんでしょう、牧野さん。俺が、あなたに抱いているものを」
宮田は、ベッドに乗り上げ詰め寄る
牧野はふいに身の危険を感じ、慌ててベッドから下りようとする
だが、宮田がそれを許すはずはなかった
とっさに牧野の首と肩に手を回し、動きを留める
身を引き寄せ、お互いの距離をなくす
牧野は、密接しているこの状態に戸惑いつつも
何とか腕を解けないものかと、首に回されている腕を両手で掴んでいた


「牧野さん・・・気付いているんでしょう」
再び問われ、牧野は身を固くする
自分を抱き留めているこの相手が、抱いている感情
それは、信じられないものだと思いながらも、それしかないと思っていた
村の中で抱き留められたとき、もし羽音がしていなかったら
自分達はおそらく、重なっていた

「言って下さい、牧野さん。俺が抱いているものと、同じ言葉を」
「う・・・」
牧野は、言葉を続けられなかった
生まれた時から別々に育てられたとは言え、自分達は兄弟
そんな言葉を言ってしまえば、お互いの関係がおかしくなってしまう
どうにかして逃れられないものかと、身をよじる
しかし、それは逆効果だったようで、牧野が逃げようとしていると察した宮田は、その体を強く引き寄せていた

「好きって言って下さい」
とうとう、相手の方からその言葉が発された
「そ、それは・・・」
牧野は思わず、口ごもる
動揺せずにはいられない
それは友人間で使う意味ではないと、気付いていた

「言って下さい・・・」
耳元で、優しい口調で囁かれる
おかしいと思いながらも自分の心音が強くなるのを抑えられなかった
頬に、かっと熱が上ってゆく
ただ緊張しているだけではない
今、胸の内に感じているものが、体温を上昇させている
それは、まごうことなく温かな感情だと、牧野は気付き始めていた

「言って下さらないのなら・・・言いたくなるようなことをしましょうか。
ここには、私達しかいませんから」
その言葉に、牧野は身の危険を感じた
このまま閉口していては、何をされてしまうのか
危な気な想像が、脳裏に浮かぶ

言ってしまったほうが、いいのかもしれない
ただ一言を発するだけで、相手が満足するのなら
それに、その言葉を伝えることを嫌悪しているわけではないのだから
牧野は意を決し、口を開いた


「・・・・・・好き・・・です」

とても小さく、か細い声
宮田が望む言葉が発されたが、腕は解かれない
これでは聞こえなかったのかもしれないと、牧野はもう一度言った

「・・・好きです・・・宮田さん・・・・・・」
緊張で、あまりしっかりとした声は出ない
しかし、この至近距離なら十分に届く声
宮田は、ふっと、一瞬だけ柔らかな笑みを浮かべていた

「牧野さん」
優しくなった声色に、牧野は宮田を見る
そこにあったのは、鋭さの消えた瞳
未だかつて、これほど穏やかな宮田の目を見たことがなかった牧野は、瞬く間に見入っていた
すっと、その目が細まり、近付いてくる
もう、羽音に邪魔をされることはなかった




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
最後の方、宮田の一人称が「俺」となっているところがありますが
ここは、理性より本能が先走っている感じとなっております
やっぱり、兄弟っていいなあ←