SIREN 屍人宮牧小説


広い病院の中
牧野は、鉄パイプを持って泣き顔で、とても恐ろしい屍人から逃げていた
宮田司郎という、恐るべき屍人から

「牧野さぁぁん・・・」
遠くの方から、その者の声が聞こえてくる
牧野は震えつつも、視界ジャックをして宮田の様子を伺っていた
生前でも、恐ろしい一面がある人
その人が屍人となって、理性を奪われた今
もし、捕らえられてしまったら、何をされてしまうのか
想像するだけでも、手が震えていた

早くどこかへ行ってほしいと念じ、牧野は視界ジャックを続ける
その祈りが通じたのか、宮田はじっと廊下の先を見た後、どこかの部屋へ入って行った
牧野は安堵の溜息をつき、胸を撫で下ろす

しかし、油断したその瞬間
ほっとして力が抜け、鉄パイプが手からするりと落ちていった
はっとしたときにはもう遅く、静かな院内に音が響き渡った
牧野はさっと青ざめ、こわごわと視界ジャックを試みる
すると、案の定、宮田は音に反応して部屋から出てきていた
そして、音の出所を一直線に目指し、早足で牧野の元へ向かっていた

これを見た牧野は、完全に青ざめた
ここでじっとしていても、相手に見つかるのは時間の問題
牧野は思い切って廊下へ飛び出し、全力で逃げた
突然、廊下に出てきた影を、宮田の目が捕らえる
それが、自分の探していた相手だとわかると、とたんに駆け出した

前を走る牧野の耳に、後ろから駆けてくる相手の靴音が届く
恐怖にかられ、牧野は無我夢中で走った
逃げ足だけは一級品の牧野に、宮田はぴったりとついてゆく
距離を縮めることはできなくとも、離されることはない


「牧野さん・・・」
なかなか近付けないのがわずらわしいのか、宮田は前方にいる相手の名を呼ぶ
牧野は振り返るはずもなく、ただひたすらに走り続けている
「牧野さん、牧野さん、牧野さん・・・」
宮田は、求めるようにひたすら名を呼ぶ

「八尾さあぁぁぁぁん!」
駆けてくる足音と声に、牧野の恐怖はピークに達した
思わず、すがりたい相手の名前が発される
宮田は、その発言にとたんにいらつきを覚え、スピードを増した
迫りつつある相手の気配に、牧野はもう泣きそうになっていた

そのとき、前方に扉が見えた
あそこを抜け、鍵をかけてしまえば助かるかもしれない
牧野は必死に走り、扉を目指した
そうして、もう少しでノブに手が届きそうになったとき
扉が、自然と開いた

「えっ?わ、わわっ!」
扉が開いた先にいたのは、鎌を持った屍人
牧野は仰天したが、急に止まれず、そのまま屍人におもいきりぶつかった
「ぐぎゃ!」
正面衝突した衝撃で、屍人は後ろに転げる
もちろん、牧野も強い尻餅を打った


「いたた・・・」
牧野は、痛みで顔をしかめる
しかし、痛がっている余裕はないんだと、はっと顔を上げる
目の前には、鎌をだらんと下げた屍人が佇んでいた

「ひっ・・・」
血にまみれた屍人を前にして、牧野の表情は恐怖でひきつった
今すぐ立ち上がって逃げなければと思うが、腰が抜けて動けない
牧野が何もできないでいる中、屍人は鎌を振り上げる
ここで死んでしまうのだろうか
牧野は恐怖に負け、強く目を閉じた


「ぐげぇ!」
ふいに、屍人が呻き声を上げた
どうしたのかと、牧野は恐る恐る目を開く
目の前に居た屍人は丸くなり、もう動かない状態になっていた
傍に転がっているのは、鎌ではなくネイルハンマー
もしやと思い、振り返る
目の前に見えたのは、白衣の相手だった

「助けて・・・くれたのですか?」
牧野は、呆然と宮田を見上げて尋ねる
返事は、返ってこなかった
そのかわり、宮田は未だ立ち上がれない牧野の襟首を掴み、ぐいと引き上げた
「わわっ」
急なことに、牧野はバランスを崩し、壁に背をぶつけた
そして、宮田はもう逃がさないと言わんばかりに、牧野との距離を縮めた

「ひ・・・」
牧野は、思わず顔を背ける
助けてもらったのに失礼だとは思っても、相手はやはり屍人
流れ落ちる血の涙や、人とは違う風貌を、どうしても直視できなかった

「牧野さん・・・」
望みの相手を捕らえ、宮田の声はどことなく喜びを帯びたものになる
牧野は相変わらず、顔を背けたままでいる
宮田は構わず、そこへ頬を寄せる
そして、二人は同調した




牧野が、再び宮田を見たとき
もう、恐怖は消えていた
屍人を目の前にしても、何の恐れも生まれてこない
自分のこの変わりようが、何を意味しているのか
おぼろげながらわかっていても、それを追求する気にはならなかった

「牧野さん・・・」
宮田は、そっと牧野の頬に触れる
さっきまで、あれほど恐れていた声
けれど、今となっては、聞き心地の良いものになっていた
そして、頬に触れる冷たい手も、不快に思うことはなかった

「・・・宮田さん」
牧野は自ら宮田に寄り添い、肩によりかかる
こんなことをしたら失礼だとか、恥ずかしいとか、そんなことはもう思わなくなっていて
ただ、こうしたいと思ったことが、自然とできるようになっていた

宮田は、寄り添ってきた牧野を躊躇うことなく抱きしめる
背に両腕を回し、自分の元へ強く引き寄せた
お互いの体から伝わる温もりは、もう感じなかったけれど
二人は、とても穏やかな思いを感じていた
恐怖にも、絶望にも、もはや何にも捕われることはない
牧野は、静かに目を閉じた
今、寄り添っている相手と、不安を感じなくなったこの体を受け入れるように




―後書き―
とある友人のイラストを見ていたら、衝動的に書きたくなった屍人宮牧小説でした!
携帯でカチカチ書いてたので、文章は短めとなっております
目から流血してる宮田先生・・・お似合いすぎる