SIREN4(友人リクエストのパラレル設定。牧野、石田、SDK、八尾の性転換注意)


「主よ、どうか今日も世界が平和でありますように・・・」
教会の修道女は、美しくも定番な願いを呟いていた
外には陰鬱な曇り空などなく、晴れ晴れとしていて、真っ赤な雨など降る様子は微塵もない
牧子は、この平穏が続くことを切に祈っていた

その背後に、一人の男が静かに近づく
熱心に祈っている牧子は、誰かが教会に入って来たことすら気付かない
男は、牧子のすぐ後ろに立つと、細い体に突然腕を回した

「きゃあ!」
思わず、牧子は悲鳴を上げる
驚いて振り向くと、そこには見慣れた相手がいた

「どうも、神代の遣いで来ました」
相手は悪びれる様子もなく、わけのわからないことをしれっと言う
「もー、克昭、いきなり何するのよ!」
まるで挨拶代わりだと言わんばかりに堂々とセクハラされ、牧子は顔を赤くする
いくら弟とは言え、何でも許されるわけではない

「いえ、あまりにも姉さんが隙だらけでしたので、つい」
「つい、じゃないー!」
牧子が再び声を上げると、教会の奥からまた一人男性が現れた


「牧子さん、どうしたのですか?そんなに声を荒げて」
「あ、八尾さんっ」
牧子はその男性に駆け寄り、頬を赤らめたまま傍らに隠れた
どうしたのかと、八尾は少し驚いた様子だったが、宮田を見ると全てを把握したように敵意を向けた

「宮田先生、あまり求導女様を困らせないで下さい」
八尾はにっこりと笑いかけ、軽く注意するように言っていたが
その笑顔から溢れ出る敵意を、宮田は察知していた

「・・・すみません」
宮田は一応謝ったが、同じように敵意を剥き出しにしにする
牧子は気付いていないようだったが、お互いの間では火花が飛び散っていた


「そちらこそ、あまり姉さんを過保護にしすぎないで下さい。
あまり甘やかされては、へたれ度合いが増してしまう」
「ひ、ひどい・・・」
頼りがいがないことは事実だが、率直に言われて牧子は少しへこむ
宮田は、自分の姉が八尾に頼りきりなことを良く思ってはいない
けれど、今は、八尾の後ろに隠れて頬を赤らめている姉の姿を可愛らしく思っていた

「今日は挨拶に来ただけなので、これで失礼します」
宮田は白衣を翻し、教会を後にした
やっぱりさっきのことは挨拶だったのかと、牧子は溜め息をつく
わざわざ姉を抱きしめに来ただけなんて、自分の弟ながら呆れてしまっていた

「全く、姉と弟と言えども、困ったものですね」
「ほんと・・・困った弟です」
困っていることは確かだけれど、不思議と嫌な弟だとは思わない
何を考えているのかわからないところはあるけれど、冷静で、しっかり者だ
まだ心臓が落ち着かないのは、突然あられもないことをされたせいだと、そう思っていた




一日中教会で祈っているわけではなく、天気もいいので牧子は外へ出かけていた
村の人を見てまわるのも、求導女の仕事だ
「あ、牧子さーん!」
溌剌とした、元気な声が牧子を呼び止める
「こんにちは、須田さん」
牧子は、駆け寄ってきた少女に優しく微笑みかけた

「ちょうどよかった。牧子さんに聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
牧子が聞き返すと、須田は遠慮なく言った

「牧子さんはさ、八尾さんと宮田さん、どっちが好きなの?」
「ええ!?」
臆面もなくそんなことを尋ねられ、牧子はむせかえりそうになる


「ちょ、ちょっと須田さん、な、何言って・・・」
「えー、だっていつもあの二人と一緒にいるじゃないですかー。
付き合うならどっちなのかなーって」
年頃の少女は、興味津津と言うように続けて問いかける

「み、宮田さんは弟ですし!八尾さんは・・・」
「あ、じゃあ八尾さんなんですねー。お似合いだと思いますよ」
「そ、そいうことじゃなくてっ・・・」
何か反論したかったが、しどろもどろになって言葉にならない
須田は、焦りに焦る牧子の様子を楽しそうに見ていた

「あははっ、牧子さんったら本気にしちゃって、面白いなあ。
でも、次に合うときは本当にそうなってたらもっと面白いなー。じゃあ、またねっ」
爽やかな笑顔を残し、須田は手を振って走って行った
残された牧子は、さっき言われたお似合いだという言葉が耳から離れなかった




それからというものの、祈りの最中には雑念が入ってばかりだった
頼りにしている相手の、どちらが好きなのかと
真面目な牧子は、そのことを真剣に考えていた

八尾さんは優しいし、一緒にいて安心するし、憧れる
克昭の方はすぐに変なことをしてくるけれど、血が繋がっているとは思えないくらいしっかりしている
こうして考えると、八尾さんの方を好きだと思ってもおかしくないのだけれど
どうしても、弟のことが頭から離れなくなる

二人共、好きであることには変わりなくても、昨日言われた好きは、そういうことではなさそうだった
どちらに好意を強く抱いているのかなんてわからないけれど、もし、自分が克明の方を好きなのだとしたら
離れて暮らしていて他人行儀な仲とはいえ、神に仕える職として、それはいかがなものかと思う
そんなもやもやとした考えごとばかりが渦巻いて、祈りに全く集中できなかった


「姉さん」
「ひゃっ!?」
もやもやと考えている最中に声をかけられ、牧子は驚いて振り向く
「そんなに驚かなくてもいいでしょう。今日はまだ何もしていないのですから」
「ま、まだって・・・」
先日の事を思い出し、牧子の頬はかっと熱くなる
そんな様子を見て、宮田はほんの少しだけ笑った

「姉さんは相変わらず面白い。今日は変な事をしに来た訳じゃないんです。
村の患者が、早く容態が良くなるように求導女様に祈ってほしいと、そう言伝を頼まれたもので」
「あ・・・そ、そうなんですか。じゃあ、後で村に行きますから」
「祈って病気が治るわけでもないんですけど。
姉さんに手間をかけさせてしまいますが、お願いします」
宮田は、無礼なことをさらりと言ってのける
けれど、弟から頼まれごとをされるのは姉として嬉しくて、言葉の前半分は聞き流しておいた
それに、弟が頬を緩ませた様子を見たとき、牧子はまた別の要因で頬が熱を帯びた気がしていたから




「どうか、貴方に神のご加護がありますように・・・」
宮田に頼まれ、牧子は床に伏せている老人の傍で祈りを奉げていた
祈りで病気は治らないと言っていたが、老人は安心したように表情を緩ませている
医療だけではなく、祈りも救いになるのだと、弟にそう伝えたかった

「ああ、ありがとうございます、求導女様・・・これで、安心して逝くことができます・・・」
「そんなことをおっしゃらないでください。
私は、貴方が一日でも早く明るい陽の下を歩めるように祈ったのですから」
牧子は、まるで聖母のように微笑みかけた

「本当に、ありがとうございます・・・」
老人は横になりながら手を合わせ、ふかぶかと頭を垂れた
「また、何かあったら弟に伝えて下さいね。それでは、失礼します」
牧子は軽くお辞儀をし、家を後にした


そのとたん、雑念が入らず祈れたことにほっとしたからか、また弟の顔が思い浮かんでしまう
こんなに気にしてしまうのは、もしかして、弟なのに、想ってしまっているのだろうか
でも、これは兄弟愛なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれない

はっきりとわからない自分の感情に、またもやもやとした考えが渦巻いてしまう
もやついた考えの中、牧子は一人の知人を思い出した
村に来たのだから、挨拶がてら相談させてもらえないだろうかと、牧子は村の小さな交番へ向かった




訪問者が他にいないことを確認してから、牧子は交番の扉を開く
「失礼します。石田さん、お仕事中にごめんなさい」
「あれ、こんにちは牧子さん。交番まで来るなんて珍しいね」
駐在していた婦警は快く牧子を招き入れ、椅子を勧めた

「うん、ちょっと、相談したいことがあって・・・」
牧子は遠慮がちに椅子に座り、言いにくそうに口をもごもごとさせた
「何々?私でよかったら、何でも言ってよ」
石田は、興味深そうに身を乗り出す

「あ、あの・・・私の弟の、克昭のことなんですけど・・・
最近・・・す、好きなのかなあって、そんなこと考えてしまうんです・・・」
思いがけない言葉に、石田は目を丸くする


「そ、それで、これって、恋なのかなって。
で、でも、そうじゃなくて、克昭は弟だし、こんなのおかしいのかもしれないし・・・」
牧子はしどろもどろになりながらも、必死になって伝える
自分の弟に恋愛感情を抱いたかもしれないなんて、やはり聖職者として気にかかる
それに、自分の思いが単に兄弟愛なのか、それとも別のものなのかあやふやだった

「うーん、でも姉と弟って言っても長い間別々に暮らしてたんでしょ?
それなら、仕方ない所もあるし、一概に変な感情ってわけでもないと思うよ」
「・・・・・・ん」
石田に諭され、牧子は小さく頷く
その様子は、同性の石田から見ても可愛らしく見えるものだった

「ま、まあ、一度ゆっくり話し合ってみるのもいいんじゃないかな。
お互いがどう意識してるのか確認がてらさ」
「・・・そうですね。私一人で空回りしてても仕方ないことですし。ありがとう、石田さん」
希望を持ったように、牧子は感謝の意を込めて微笑んだ
そのとき、石田はどうかこの笑顔が弟の手で消されませんようにと、心の中で祈っていた





相談事が終わった後、牧子は尻込みしないうちに弟の家を訪れていた
自分から行くのは久々で、呼び鈴を押す前から緊張する
しばらく家の前で立ち尽くしていたが、やがて恐る恐る呼び鈴を押した

数秒、扉が開くのを待つが、反応はない
留守なのだとわかり、牧子はほっとしたような、残念なような、複雑な気持ちになった
安堵か気落ちからかわからない溜め息をつき、きびすを返す
そうしたとたん、いきなり壁のようなものに顔をぶつけた

「あ、ご、ごめんなさい」
人が立っていたことに気付かず、慌てて謝罪する
頭を下げたときの視界には、見覚えのある白衣があった
牧子ははっとして、顔を上げる

「あ、か、克昭」
「珍しいですね、姉さんがうちに来るなんて。何か用事ですか」
「あああああ、あの、えっと・・・ちょ、ちょっと、お聞きしたいことが・・・」
牧子はしどろもどろになって、とたんにあわてふためく
そんな姉を可愛らしく思いつつも、宮田は平静を装っていた

「・・・何ですか急に。まあ、とりあえず入って下さい」
「あ、は、はい、おじゃまします」
牧子は、何の警戒心も持たずに宮田の家へ入る
宮田は、うまく姉を引き入れられたことに内心ほくそ笑んでいた


宮田は牧子を和室へ通し、向かい合って座る
「・・・それで、聞きたいこととは何ですか」
「あ、あの、えっと・・・」
どこか威圧的な雰囲気に、牧子は緊張する
けれど、ここで聞かなければ、もう二度とこんな勇気は出ないかもしれない
牧子は口を開き、か細い声を振り絞った

「み、宮田さんは・・・わ、わた、私のこと・・・・・・
好きだと思ったことって、あ、ありますか・・・?」
「!?」
最後の方の声はほとんど聞き取れなかったが、宮田は驚きを露わにしていた

「す、すみません、こんな、自意識過剰なこと言って・・・そ、その、別々に暮らしてるし、敬語だし・・・。
こういう相手って、血が繋がってても、そういう対象に入るのかなあって、気になって、それで・・・」
恥ずかしい問いかけに、牧子はもう宮田を直視できなかった
一方、宮田の理性は、顔を紅潮させて俯く牧子を前にして、消えそうになっていた

「・・・姉さんはどうなんですか。俺のことを、そういう対象として見れますか」
「わ、私は・・・」
問い返され、牧子は言葉に詰まる
恋愛対象として、弟をそういう風に見ているのだろうか
こんなに緊張して、こんなに言葉に詰まってしまうのは、そうなのだろうか


まだ俯いている牧子に、宮田はゆっくりと近付く
そして、おもむろに肩を掴み、その場に押し倒した
「きゃっ!」
牧子は驚き、目を見開く
気付けば、自分の目の前には弟の顔があった

「俺は・・・姉さんをそういう目で見てきた。
血の繋がりとは違う関係になれればいいと思っていた」
「か、克昭・・・」
相手のくだけた口調につられ、つい名前を呼んでしまう
この状況で、牧子の心音はさっきとは違う要因で高鳴っていた
宮田の手が、そっと牧子の頬を撫でる
大きな手の温かさが心地良くて、牧子はわずかに目を細めた

「好きだ、姉さん・・・血の繋がりなんて、関係ない」
「克昭・・・」
自分の弟を想うことを、あんなにためらっていたのに
なぜか、嬉しいと感じてしまう
今、告げられた「好き」は、兄弟愛とは違うものなのに


宮田が、身を下ろしてゆく
この先のことをしていいかと尋ねるよう、ゆっくりと
牧子の心音はさらに強くなったが、顔を背けることはしなかった
今からされることをわかっていても、体が、少しも動こうとしない
できたことといえば、静かに瞼を閉じることだけだった

視界が暗くなると同時に、唇が、開けなくなる
温かいものが重なり合い、お互いの息遣いが鮮明に感じられるようになる
恥ずかしくて仕方がなくて、頬が熱くなるばかりだったけれど
胸の内は、重なる箇所から温もりが伝わってきたかのように温かかった
牧子が身を委ねていると、宮田は自らを深く重ね合わせる
「んっ・・・」
牧子はわずかに動揺したが、それでも、目を閉じたまま弟を受け入れていた

宮田が身を離し、もう一度牧子の頬を撫でる
牧子は、熱でぼんやりとした瞳で弟を見上げていた
「・・・愛しています、姉さん」
宮田は、静かに告げた
自分の姉に、愛情を抱いていることを

「・・・・・・わ、わ、たし、も・・・・・・私も、克昭のことが・・・好き・・・・・・」
自然と、言葉が溢れ出す
そして、頬を覆う手に、自分の掌を重ねていた
もう、血縁関係があるなんて、気にならなかった
恥ずかしくて、顔から火がでそうだけれど
それ以上に、幸せな感情が身を包んでいたから




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
だいぶ前に友人のイラストに触発されて書いた性転換SIRENをお送りいたしました。
宮田のキャラが少し崩れているかもしれませんが・・・平和な世界になったということで許して下されorz