SPEC3


最近は、重要文章を盗る命令も減り、学校へ行く回数が多くなった。
その一方で、ニノマエが教室にいることは少なくなる。
何か厄介な命令をされているのだろうかと、気にせずにはいられない。
前に大それたことをされそうになっても、嫌いになる理由にはならなかった。

それにしても、命令がないと親への振り込みが途切れてしまって困る。
ちょうど、そんな不安感を抱いている中、本部に呼び出された。
会議室に入ると、重々しい空気に押し潰されそうになる。


「お前は、人を操るのが得意だったな。今回はその力を使って、始末してもらいたい人物がいる」
始末、という単語に耳を疑い、直樹は目を見開く。
一人がパソコンを操作すると、中央に人が映し出される。
見ず知らずの男性だったけれど、制服からして警官だということだけわかった。

「力を最大限に使えば、自殺させることもできるだろう。通行人に銃を渡して殺させてもいい」
老人がそう言うと、どこからか現れたガードマンが直樹に袋を手渡す。
それはずしりとした重みがあり、確認せずとも中身の想像はついた。
嫌な汗が、背筋を流れる。

「詳細はその中の紙に書いてある。早く行って来い」
自分よりよっぽど強い視線に耐えきれず、直樹は逃げるように会議室を出る。
長く本部に居たくなくて、たまらず外へ出ていた。


こんな物騒なものを家に持ち込むわけにいかず、公園へと足が向く。
幸いにも、平日で人気は少なかった。
直樹は力なくベンチに腰掛け、袋の中を探る。
冷たくて硬いものに指先が触れると、また冷や汗が流れた。
何とか紙を取り出し、詳細を見る。
そこには、先の人物の身長や体重から、住所や仕事内容まで様々な個人情報が書かれていた。

住所も勤務地も、ここからさほど遠くない。
今から職場に乗り込んで、連れ出して、始末すべきなのだろうか。
自殺させることも、他殺にすることも、自分で手をかけることもできる。
どの方法をとったにしても結果は同じで、手が震えた。
直樹は袋をしっかりと抱いたまま、もう動けなくなる。
次に歩き出すときは、きっとその相手を始末しに行くときだから。




もう、数十分、ベンチに座ったまま動けない。
命令を遂行できなければ、自分が始末されるかもしれない。
そう思っても、どうしても足が動かない。
このまま、いつまで俯きがちでいるのだろうか。
気が重くて仕方がなくて、そのせいで、背後に迫る人物に気が付かなかった。

「だーれだ?」
突然、後ろから腕を回されて、目が覆い隠される。
聞き覚えのある女性の声に、直樹は身を固くした。

「当麻・・・沙綾、さん」
「あったりー。少年よ、こんなところで何を思い詰めてるのかな?」
まさか、人を始末することに怖気づいているんですとは言えない。
口を開くと余計な弱音を吐いてしまいそうで、直樹は黙秘していた。

「ふーん、事細かな個人情報に、怪しげな袋・・・これから暗殺でもしに行くような感じですな」
図星を吐かれて、直樹は緊張する。
慌てて紙をしまったけれど、もう遅かった。
「・・・僕を、逮捕するんですか」
「どーしよっかな。牢屋に入ると聞きたいことも聞けなくなるし」
当麻の口調はあっけらかんとしているけれど、質問に答えなければ逮捕するとやんわり脅される。

「単刀直入に聞きたいんだけど、ニノマエについて、知ってることを全部教えてほしい」
急に声が真面目になり、雰囲気が変わる。
「・・・本部のことじゃあ、駄目、ですか」
「駄目」
すっぱりと言い切られ、直樹は口を結ぶ。
本部の情報なら漏らしても何とも思わないけれど、ニノマエに危害が加わるのは何としても避けたかった。


「じゃあ質問を変えるけど、何で少年は嫌々本部に従ってるんだい?」
「僕は・・・母さんと二人暮らしだから、生活のためです」
「家族のために人殺しまでする息子、泣かせますなあ」
人殺し、という単語に直樹は動揺する。
機密を盗むことも罪ではあるけれど、人の命を奪ってしまうと、もう戻れない気がしていた。

「否定しないんなら、私は少年を補導しないといけない。
どうしても、ニノマエの居場所を教える気にはならないんっすか」
「・・・ニノマエ、は・・・僕の、たった一人の、本当の友達なんだ。
・・・牢屋に入れるなら、そうすればいい」
SPECを使わなくても、唯一友好的に接することができる相手。
自分の身が不自由になろうとも、絶対に危険にさらしたくなかった。

当麻は考え事をしているのか、暫く黙る。
連行されると覚悟したとき、目を覆っていた手が離された。
「やっぱやめー。友達思い家族思いの少年の口を割るのは難しそうだし、後味悪いですからな」
とっさに振り返ろうとしたけれど、後ろから頭を掴まれて固定された。
見逃すのだから力は使うなと、そう言いたいのだろう。


「・・・もし、僕がこの人を殺しに行ったら・・・」
「それは見逃すわけにはいかない。
でも、少年は殺人を犯すにしては、人のことを思いすぎているんでないかい?」
直樹に返す言葉はなく、ただ胃が軋むのを感じていた。

「次に会うときは、組織のしがらみなんて切り離せているといいですな。それじゃ」
手が離れ、足音とキャリーバッグを引く音が遠ざかって行く。
直樹は振り返らず、肩の力を抜いた。
一難去ったけれど、何の解決にもなっていない。
むしろ、ますます悩まされた気がする。

殺人を犯すには、人のことを思いすぎている。
ニノマエや母のことを気にかけるのは当たり前だけれど、それだけ自分のことも気にしていた。
相手と対峙して、本当に殺せるだろうか。
自分に問いかけると、全く自信がないという返事が返ってくるようだった。


また数十分経った後、直樹はようやく重い重い腰を上げる。
まるで、全身に重圧が圧し掛かっているようだった。
足を無理やり動かし、ベンチから離れる。
気を抜くと、自分自身の押し潰されてしまいそうだった。

「何泣きそうな顔してるんだよ」
突然、目の前にニノマエが現れ、直樹は足を止める。
時間を止めて接近したのだろうと、神出鬼没なのも、もう慣れた。
「今回の命令は、機密を盗ることじゃなさそうだね」
ニノマエは、直樹の顔色と、しっかりと握っている袋を見て察したようだった。


「・・・この人を、始末して来いって、そう言われてる」
個人情報が書かれた紙を取り出すと、ニノマエはさっとひったくる。
「ふーん、何の変哲もなさそうな奴に見えるけど、直樹にはまだ荷が重いだろうな」
まさしくその通りで、直樹は無意識の内に小さく頷いていた。
ニノマエの前では、弱さを隠し切れない。

「いいよ、俺が代わりに行ってくる」
「え・・・?」
直樹が呆けたとき、持っていたはずの袋がなくなる。
はっとしたときには、ニノマエの姿も消えていた。
「ニノマエ・・・!」
とっさに呼びかけたけれど、もう気配はない。
直樹は唖然として、その場に立ち尽くしていた。




直樹は茫然としたままベンチに座り、また時間を過ごす。
ニノマエが戻ってくるまで、さほど時間はかからなかった。
「ただいま」
お帰り、の言葉も言えずに、直樹はニノマエを見上げる。
「・・・本当に、始末し・・・」
尋ねようとしたところで、口が掌で覆われる。

「公共の場で堂々と言うもんじゃない。聞きたかったら、直樹の家に行かせてよ」
直樹は頷くしかなく、了承すると、ニノマエは無邪気に笑った。
とても、人の命を奪ってきたとは思えない程、自然な笑顔で。


ニノマエと合うのは学校か本部で、家に招待するのは初めてだった。
幸いにも、母はパートで出かけていて今はいない。
特に隠し立てすることもないので、直樹は自分の部屋へニノマエを通した。
あいにく、小ぢんまりとした部屋には二人分の椅子もないので、ベッドに腰掛ける。

「・・・それで、本当に、始末してきたのか・・・」
「まあね。俺の力は、こういうことで本領を発揮するようなもんだから」
ニノマエは袋から拳銃を取り出して、リボルバーを空ける。
そこには、一発分の空欄ができていて、直樹はとたんに眉をひそめた。


「ごめん、ニノマエ・・・僕に度胸がないから、君に背負わせた・・・」
本当は自分が負うべきだった、重たい罪を肩代わりさせてしまった。
とても大切な友だからこそ辛くて、顔が合せられない。

「そんなの、今更なことだよ。もう何人も捕まったスペックホルダーを始末してきたんだ」
何でもないことのように、ニノマエはさらりと告げる。
顔色一つ変えていない様子に、直樹は無邪気な中にある残酷さを垣間見た。

「それに、俺は直樹に恩を着せたかった。これから先、ついてきてほしいから」
意味が分からず、直樹はちらとニノマエを見る。
そのとたん、肩が引き寄せられ、近い距離がさらに縮まった。

「直樹、俺がとんでもないことをしようとしても、一緒に居てくれる?」
それは、肯定以外の返事を受け付けないような問いだった。
この状況で首を振るなんて恩知らずなことは、できない。
直樹は軽く返事をして頷くと、ニノマエは腕を解いた。


「よかった。・・・折角直樹の家に来たんだし、外ではできないことをしたいな」
ずい、とニノマエがにじり寄ってきて、直樹はとっさに退く。
さらに迫られると、すぐに背が壁についてしまった。
直樹の足の上にニノマエが身を乗り上げ、体を密接にさせる。
逃れようがなくなったけれど、いざとなったらSPECを使えばいいと危機感はなかった。

そうやって油断したところで、ニノマエがポケットから帯を取り出す。
まさか思ったとき、それに目を覆われていた。
「ちょ、ちょっと」
「前みたいに、途中で中断されたくないから」
頭の後ろで帯が結ばれ、直樹は結び目を解こうとする。
その前に、片手は上から押さえつけられ、肩を掴まれていた。


「いろいろ、触ってみたいんだ。こういうことできるの、直樹しかいないから」
ニノマエは、直樹の首元へ身を寄せる。
何だか幼子に甘えらえているようで、少し警戒心が消えた。
それもつかの間、ふいに、首に柔らかいものが触れる。
耳にも感じたことのあるものに皮膚を食まれ、直樹は一瞬肩を震わせた。

「ま、また、そうやって悪ふざけして・・・」
「へえ、まだそんなこと言うんだ」
ニノマエは面白くなさそうに言い、直樹の首筋に噛みつく。
「い・・・っ」
本気で噛み千切られるほどではないけれど、ちくりと皮膚が痛む。
その跡を、ニノマエはゆっくりと弄っていった。

「ひ、う・・・」
湿ったものが這わされて、身震いせずにいられなくなる。
動作の途中でニノマエはさらに身を寄せ、体を隙間なく密接にさせた。
お互いの下肢が反応したら、すぐにわかるように。

「服の上からでも直樹の心音がわかっていいな。目隠しされると、感じるんだ?」
「き、緊張してるだけだよ、次に何されるかわかんないんだから・・・」
感じるなんて、緊張感と微かな恐怖心意外にはない。
そのはずだけれど、ニノマエの息がかかるだけでも、熱が伝わっていくようだった。


「直樹、口塞いでもいい?」
「え、どうして・・・」
もう物騒なことを言うつもりはないのに、何で覆われないといけないのか。
疑問に思ったけれど、口元にニノマエの吐息を感じた瞬間、言葉の意味が分かる。
はっとして閉口した時には、柔い感触が重なっていた。

「ん、う・・・」
暗闇の中でも何をされているのかわかり、動揺せずにはいられない。
頭を引いて逃げようとしたけれど、予想されていたように手を回された。
前からも後ろからも、押し付けるように引き寄せられて、感触が鮮明になる。
心なしか、ニノマエの心音も早くなってきているようで、内心焦っていた。
ニノマエが口を離すと、直樹は溜息をつく。

「は・・・っ、いくら何でも、こんなこと・・・」
「柔らかくて気持ち良いな。ね、もっと大胆なことしてみようよ」
友達同士ですべきじゃないと言いたかったけれど、ニノマエは聞く耳を持たない。
「直樹、口開けて」
それだけで何をしたいのか察してしまい、直樹は逆に閉口する。


「あれ、殺人を肩代わりしてあげたのは誰だっけ?」
「う・・・」
そう言われると弱くて、迷いが生じる。
自分から頼んだことではないとはいえ、止めなかったのも自分だ。
目隠しをされていても期待の眼差しがわかるようで、直樹は薄く唇を開いていた。
すると、間髪入れずにニノマエは開かれた場所へ覆い被さった。
ただの重ね合いではなく、自信のものを直樹の中へ進めていく。

「んん・・・っ」
独特な感触が入り込んできて、直樹は思わず呻いていた。
それは遠慮なく奥に入り込み、舌の表面へ触れる。
柔らかなもの同士が重なると、一気に頬へ熱が上った。
ニノマエは、その感触を楽しむかのように舌を動かし、直樹の口内へ触れていく。

「は、ん・・・っ」
歯や、頬の内側をなぞられると、変な声が出てしまう。
恥ずかしく思っても、ニノマエが自分の中にいる今、口を閉じることはできなかった。
こんなこと、少年の好奇心でしかない。
そのはずなのに、体の熱がくすぶっていくばかりで、解放できなくなる。
口内をひとしきり触れられたところで、また舌が重ねられる。
ニノマエが口内で動き、舌を絡め取られたときには、もう危なくなった。

何も見えない状態だからか、その感覚ばかりを感じてしまい、
頬だけでなく、下肢の方へも熱が巡って行く。
下半身が密着している今、少しでも反応すれば感付かれて、面白がられるだろう。
どんなに羞恥が湧き上がっても、それは自分の力で制御できるものではなかった。
ようやくニノマエが離れると、直樹は熱っぽい息を吐く。


「気持ち良いな、柔らかくて温かい。でも、もっと気持ち良くなれるところがあるんだ・・・」
ニノマエは、自分と直樹の隙間へ手を入れ、下へ下ろしていく。
ベルトに手をかけると、直樹の体が強張った。
目隠しをされていても、それを外そうとしているのだと金属音でわかる。

「や、止めてくれ、そんなこと、友達同士ですることじゃないっ」
「友達だって、まだそう思ってるんだ?」
平坦で冷たい声に、直樹は寒気を覚える。
友達でなければ、支配者とその手下といった主従関係を連想してしまう。
無邪気さの裏に秘められたものは、そんな支配欲だったのかもしれない。
目を隠されたままどこまでされてしまうのだろうかと、直樹は怯えを隠せなくなる。
恐怖が露わになっている様子を見ると、ニノマエはわずかに眉根を下げた。

「・・・まあ、無理やりにするのも何だし、今日のところは引き下がるよ」
ニノマエはベルトから手を離し、直樹の目隠しを解く。
ほっとして目を開いたとき、そこにあるのは目を隠していた帯だけだった。
直樹は、開きっぱなしになっている扉をじっと見たまま、暫く動けないでいた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
正直、目隠しプレイが書きたくて書いた産物でした。
次は・・・いかがわしくなります。