エースコンバット10


タイフーンが、タリズマンに想いを告げた後。
タリズマンの態度が、特別変わったことはなかった。
元々恋愛沙汰に疎いので、本人もどうすればいいのかわからないのかもしれない。
タイフーンは、また自分から何か行動を起こそうかとも考えていたが。
同じく恋愛ごとに不得手なので、もどかしい関係が続いていた。
そんな中、少し変化があったのは、二人が以前も来た草原を訪れているときだった。

「んー、今日はあんまり雲行きが良くないな」
出発したときは快晴だったのだが、草原に着くや否や、黒い雲が空を覆い始めていた。
『そうだね・・・少し寒いし』
陰ってきたからか、風がやや冷たくなっている。
体温を持たない機体は、風にさらされるとどんどん冷たくなっていってしまう。
内部の回路で一定の温度は保てるからいいのだが、タイフーンはタリズマンの方が気にかかっていた。

「お前も、寒さを感じるのか」
『まあ、少しはね。人よりは耐久力があると思うけど』
タイフーンは、タリズマンに背を向けて言う。
なぜか、以前より視線を合わせづらくなった。
優しげな瞳を直視すると、それだけでぎこちなくなってしまう。
まだこの関係に慣れていないせいだと思うけれど、自分に似合わない反応だと自覚していた。


『・・・来たばっかりだけど、もう帰ろうか。雨に降られたら嫌だし』
タイフーンは、タリズマンに背を向けたまま告げる。
本当は、タリズマンと二人きりになれる時間が短くなるのは残念で仕方がなかった。
残念に思っていると、ふと足音が近づいてきた。
帰ろうと声をかけられるかと、タイフーンは振り返ろうとする。
けれど、その前に、体が動かなくなっていた。

気付いたときには、すぐ後ろにタリズマンがいて。
冷えた体が、暖かい腕に抱き留められていた。
『タ、タリズマン!?』
何の前触れもないことに、タイフーンは焦りを隠せなくなる。
自分の背には、相手の体が密着していて。
まわされた腕からは、人の体温を確かに感じていた。

「いや、寒いのかと思ってな。・・・うん、やっぱり俺より冷えてる」
タリズマンは、タイフーンを温めるように体を引き寄せる。
抱き寄せられた瞬間から、タイフーンの回路はフル活動していた。

『あ、で、でも、タリズマンの方が冷えるし、アタシは少しくらい寒くても大丈夫なんだし』
焦りのあまり、言葉がしどろもどろになる。
「ん、そうか?それじゃあ、雨が降ってくる前に帰るか」
タイフーン言った通り、タリズマンは素直に腕を解き、背を向けた。
急になくなった温もりに、タイフーンは少し虚しさを覚える。
なんて単純な人なんだろうと、タイフーン呆れていたが。
このまま抱き留めていてほしかったなんて、とても言えない台詞だった。




基地に帰ってきても、タイフーンはまだ腕の温かさが忘れられないでいた。
自分にはない、とても心地良い温度を、また感じてみたいと思う。
それでも、やはり自分からは言えない。
男勝りな性格と、自分でも驚くくらい強い羞恥心がそれを止めていた。

「タイフーン、どうかしたのか?さっきから、溜息が多い」
『えっ?そ、そう・・・?』
知らず知らずの内に、溜息まで表に出てしまう。
らしくないと思っていても、初めて覚えた感情を抑制できなかった。

「今日は結構冷えるし、よかったら一緒に寝ないか。俺は暑がりだから、丁度良いと思う」
『い、一緒に!?』
大胆な発言に、タイフーンはやはりうろたえた。
草原での出来事と言い、この発言といい、タリズマンが積極的になっている気がする。
何も行動できない自分に、気を遣ってくれているのかもしれないが。
ただ、冷たい機体の体を労わってくれているだけかもしれなかった。
それでも、それだけでも、タイフーンは満足だった。

『暑がりなんて初めて聞いたけど・・・まあ、それなら、いいよ』
タイフーンは何とか冷静になり、いつもの調子で言った。
胸の内の喜びを素直に表さないのは、自分らしいところだった。


そして、夜、タイフーンはいつかのように緊張しつつタリズマンの部屋へ向かう。
扉を開けると、タリズマンはベッドに座って訪問者を待っていた。
「今晩は、タイフーン。寝る前に、少し話さないか」
タリズマンは、自分の隣を軽く叩く。
だが、タイフーンはタリズマンの前に立ったまま動かなかった。

『タリズマン・・・気を遣ってるんなら、別にいいんだよ』
呟くように告げられた言葉に、タリズマンは目を丸くする。
『アタシが何もできないから、だからタリズマンがいろいろしてくれてるんだったら・・・
そんなこと、別にいいから』
タリズマンは優しさゆえに、自分から行動してくれているのかもしれない。
体温を感じたいとは思うけれど、気を遣わせてしまうのは違う気がした。


「・・・タイフーン、それは違うぞ」
言葉と共に、タリズマンはタイフーンの手を引く。
そして、バランスを崩した体を、自分の腕の中に抱き留めていた。
とたんに頬が熱くなって、何も言えなくなる。

「俺は、何も親切心でこうしているわけじゃない。
・・・はっきりさせたいんだ。お前に対して、どう思ってるのか」
『タリズマン・・・』
自分とのことを真剣に考えていてくれることが、とても嬉しい。
今、この状態でも、タイフーンは幸せだった。

「お前とこうしたいと思うのは、知らず知らずの内に恋愛感情が芽生えているのかもしれないし、兄弟愛みたいなもんかもしれない。
・・・悪いな、また、お前を悩ませてしまいそうだ」
『ううん、アタシはタリズマンの気持ちの整理がつくまでずっと待つから・・・。
こうして、腕をまわしてくれるだけでも、幸せ・・・だし・・・』
急に恥ずかしくなり、言葉が小さくなる。
そんな様子を見て、タリズマンはくすりと笑った。

『そ、そうだ、急に不謹慎なこと言うようだけど・・・正直、ノスフェラトゥがサイファーっていう操縦士のところに行ってくれてよかったって思ってる。
もし、アイツがタリズマンに興味を持ってたら・・・』
照れくささをごまかしたくて、話題を振る。
ノスフェラトゥの名が出ると、タリズマンは神妙な表情をした。
「あー・・・実はな、一度、アイツに襲われそうになったことがある」
『ええ!?』
驚きのあまり、タイフーンはタリズマンを真正面から見る。


「確か、寝ようとうつらうつらしてるときにやってきたんだったかな。。
気付いたら、アイツが馬乗りになってて、首筋に噛みつこうとしていたんだが・・・
俺はそれを夢だと思って、そのまま寝てしまったんだ」
一瞬ひやりとしたが、タリズマンらしいことを聞いてほっと胸を撫で下ろした。
運悪く気に入られてしまったサイファーを気の毒に思うが、感謝もしていた。

「でも、そのせいであいつが欲求不満になって、性悪に磨きがかかったのかもしれないな」
『そ、そんなこと、タリズマンが気にすることじゃないよ!。
ノスフェラトゥ・・・今度合ったらただじゃおかないわ』
タリズマンの性格なら、ノスフェラトゥが大それたことをしても受け入れてしまうかもしれない。
それは、機体を労わるがゆえのことに違いないけれど、そんなことは想像するのも嫌だった。

「ははっ、あいつに挑もうとするなんてお前くらいのもんだよ。・・・そろそろ、寝るか」
『あ、そ、そうだね』
腕が解かれたと同時に、タイフーンはタリズマンから離れる。
タリズマンは横になると、隣にタイフーンを招くように毛布を捲った。
そのとき、一気に緊張感がよみがえってきたけれど、この機会をふいにしたくはなかった。

恐る恐る、タリズマンの隣へ寝転がる。
タリズマンにとっては、仲睦まじい兄弟が一緒に寝るくらいの意識しかないのかもしれないけれど。
タイフーンは、こうして寝転がるだけでも頬が熱くなっていた。

「緊張するか?」
タリズマンの問いかけに、タイフーンはわずかに頷く。
その様子を見て、タリズマンはまたやんわりと笑った。

「何だろうな・・・ついさっき、男勝りなお前を見たからか・・・。
今のお前が、可愛らしく感じる」
『かわっ・・・そ、そんな褒め言葉、アタシには似合わないよ』
思わず、タリズマンに背を向ける。
男勝りと言われ続けてきたからか、抵抗感のある言葉。
でも、正直に言うと、どこか嬉しいと思ってしまっていた。
それは、他の誰でもない、タリズマンからの言葉だからに違いなかった。

「すまんすまん。・・・それじゃあ、お休み」
寝る前に、タリズマンはタイフーンに近付く。
そして、横を向いているその頬へ、軽く唇を触れさせた。
『っ!?』
手が触れた感じとは違う、もっと別の温かなもの。
それが何かわかった瞬間、タイフーンは自分がオーバーヒートしてしまうんじゃないかと思った。

激しく動く回路に動揺しつつ、タリズマンの方を見る。
タリズマンは何事もなかったかのように目を閉じ、静かな寝息をたてていた。
平然な様子を見ると、今の事は妹の様な存在に対してしたことで、あまり深い意味はないことかもしれない。
それでも、タイフーンは自分の胸が温かくなるのを感じていた。





―後書き―
読んでくださりありがとうございました!
まさか、純情ノマカプがまた書けるとは・・・
申し訳ありませんが、就活が多忙なため、この小説を最後に暫く更新停止します
ですが、もし、ストレスに耐えられなくなったら衝動的に書くかもしれません