エースコンバットZERO6


V2の脅威は去り、戦争は終わった。
だが、まだ野心を持った者がいる可能性があり、傭兵達の仕事が完全になくなったわけではない。
しかし、ピクシーを失ったことから、サイファーは軽い虚無感に苛まれていた。
そんなとき、突然イーグルアイに呼び出され、何とも間の悪い報告を聞くことになる。


「ノスを・・・処分する!?」
「そうだ、あの機体は驚異的すぎる。
一国が飛び抜けて優れた機体を持っていては恐れられ、反感を買う可能性がある」
イーグルアイから告げられたことは、あの漆黒の機体を廃棄することだった。
この平穏が手に入ったのは、驚異的な性能のお陰だというのに。
「ふざけんな!何で、そんな可能性があるって理由で、アイツが処分されなきゃならねーんだ!」
サイファーは思わず机を叩き、声を荒げる。

「折角手に入れた平和を、決して手放してはならない。
君も、もう片羽のような者と対峙することは望んでいないはずだ」
「くっ・・・」
平和と片羽という言葉に、サイファーは押し黙る。
望んでいないわけではない、かつて相棒だった男ともう一度相まみえたいとも思っていない。
反論する言葉を探している内に、イーグルアイが立ち上がった。

「これはもう決定事項だ。撃墜報酬は存分に出すから、わかってくれ」
それだけ言うと、イーグルアイは部屋を出た。
残されたサイファーは、憤りを抑えられないように再び机を叩く。
イーグルアイは、報奨金という言葉で金にがめついサイファーを説得したつもりになっているかもしれないが。
目の前にいくら大金を置かれても、この怒りは収まりそうにはなかった。


その夜、皆が寝静まった頃合いに、サイファーは一直線に格納庫へと足を運んでいた。
扉を開くと、そこには待ち構えていたかのように、人の姿になった漆黒の機体が佇んでいた。
サイファーは一瞬驚いたが、すぐに神妙な顔つきに変わった。
「ノス、あのな・・・」
イーグルアイから告げられたことを言おうとするが、言葉が詰まる。
まるで、そのことを認めたくないと言うように、言葉が出てこなかった。

『俺が、処分されることを宣告しに来たか』
まるで心を読まれたように告げられ、サイファーは目を丸くして相手を見た。
『格納庫に居れば、嫌でも技師達の話が聞こえてくる』
「そうか・・・もう、知ってたんだな・・・」
こうして来たものの、何と言葉をかけていいかわからず、また言葉を失う。

『まあ、格納庫で埃を被る屈辱に比べれば、まだその方が良いのかもしれんな』
「な・・・」
文句の一つや二つ飛んでくるかと思いきや、聞こえて来たのは諦めだった。
「・・・らしくねーな。お前のことだから、何としてでも止めろって言うかと思ったのによ」
サイファーは、どこか悔しそうに言う。
このままだと、お互いにもう会えなくなるというのに。
それなのに、相手があっさりと諦めてしまっていることが気に入らなかった。


『何だ、未練がましいことでも言ってほしかったか。
生憎、俺の欲はすでに昇華されている。お前を辱しめたことでな』
「は、辱しめ・・・って・・・お前な・・・」
サイファーが動揺することを楽しんでいるのか、ノスフェラトゥは口端をわずかに上げた。

「・・・でも、それでいいのかよ。もう、二度と飛べなくなるんだぞ」
もう、二度と自分と会えなくなるとは言わなかった。
この性格の相手に言っても、鼻で笑われることは目に見えている。
それ以前に、感付かれたくなかった。
未練がましく思っているのは、自分の方だということを。

『言っただろう、もう俺に欲望は無いと。
まあ、お前の異常なまでの金銭への執着心と、反抗的な目は眺めていて愉悦に値するものだったがな』
「・・・そうかよ」
サイファーの落胆は、やがて憤りに変わってゆく。
こんななりをしていても、この相手はやはり、人とは違う存在なのだ。
信頼関係の片鱗を感じ取れたと思ったが、気のせいだった。
相手は、少しも別れを惜しむ様子がないのだから。

「やっぱり、今までのことは・・・ただ、俺の反応を面白がるだけのことだったんだな」
ノスフェラトゥは、何も答えない。
それを肯定の意だと感じたサイファーは、拳を握った。

一発殴ってやろうと思ったが、それでもただ冷たい目で睨まれるだけだろう。
それよりも効果的なことはないかと考えると、相手を驚愕させられるかもしれない行為が思いついた。
最後に、自分はずっと従順な犬のような相手ではないのだと、思い知らせてやりたい。
サイファーはノスフェラトゥに近付き、鋭い目を真っ直ぐに見据えた。


「今まで、お前のいいようにされてきたけどな・・・いつまでも、思い通りになるわけじゃねーからな!」
サイファーは手を伸ばし、ノスフェラトゥの後頭部を強く掴む。
そして、その体を思い切り引き寄せ、柔らかい箇所へ自分を重ねた。

今まではされるがままになっていて、決して自分からはすることのなかった行為。
自分の意思でしたこととはいえ、冷たく硬いはずの機体からほのかに温かく柔いものを感じ、やはり心音が落ち着かなくなる。
目的は、こうすることで相手の動揺する様子を見ることだったが、直前でつい目を閉じてしまった。
羞恥を抑え、薄らと目を開く。
だが、ノスフェラトゥは動揺しているどころか、目を細めてこの状態を楽しんでいるような様子が見て取れた。

そうして視線が合った瞬間、どっと羞恥心が湧き上がって来て、サイファーはたまらず身を離した。
思惑が外れ、ただ恥ずかしい事をしただけの結果になってしまい、思わず俯きがちになる。
「お、俺は、最後の最後までお前に自由にされるのが癪だと思ったから、だから・・・」
問われてもいないのに、口が勝手に弁論を始める。

動揺を抑えられないでいると、ふいに黒い腕が伸びてきて、顎を取られる。
そして、無理矢理上を向かされた瞬間、今度は自分の方が塞がれていた。
「っ・・・!」
もう、弁論をすることなど忘れてしまう。
サイファーはとっさに離れようとしたが、すでに肩に腕が回されていて、逃れられなかった。


お互いが、深く重なる。
次の瞬間には、唇とは違う柔いものを感じ、そこを弄られていた。
「ぅ・・・」
その感触を感じると、無意識の内に声が漏れてしまう。
ノスフェラトゥが機会を逃すはずはなく、すぐに相手を弄っていたものを侵入させていた。
「っ、ぁ・・・」
口内で、お互いが触れ合う。
自身の物が絡め取られ、自ずと液が混じり合うと、とたんに胸の動悸がごまかしようのないものになった。

執拗に相手を求めるものは、粘液質な水の音をたてながらサイファーの理性を奪ってゆく。
まるで、触れられる度に体が弛緩してゆくようで、だんだんと膝に力が入らなくなる。
このままでは崩れ落ちてしまうと感じた瞬間、ノスフェラトゥはサイファーを解放した。
重ね合わせていた箇所に、行為の激しさを物語るような液が伝う。
ノスフェラトゥはそれを軽く舐め取り、腕を離した。

「っ・・・欲は、もうないんじゃなかったのかよ」
ノスフェラトゥは、何かを考えるようにじっとサイファーを見た。
『・・・物欲しそうにしていたから、与えてやったまでだ』
「なっ、だ、誰が!」
続けて反論しようとする前に、ノスフェラトゥはきびすを返して格納庫の奥へ行き、闇に紛れてしまった。

「おい、ノス!・・・・・・何なんだよ・・・」
自分から積極的なことをすれば、少しは驚かせられると思っていた。
だが、驚くどころか、その行為が切欠となったように、激しく蹂躙された。
もう欲望はないと言っていたが、もしかしたら、新たな欲を生みださせてしまったのだろうか。

それなら、それでもいいと思う。
相手が自分に執着する切欠になるのなら、それでもいいと。
そこまで考えたとき、サイファーははっとしたように頭を振った。
こんなことを思ってしまうなんて、まるで自分は、あの機体のことを―――。

そこから先は、答えを出すのを止めた。
どうせ、近々処分されてしまうのだから。
そう思い直したが、唇に、舌に残っている感触に気付いてしまうと
気持ちが揺らいでしまうことを自覚していた。




それからというもの、サイファーは何をしようにも気が乗らず、漫然とした日々を送っていた。
格納庫へ行けば、いかにも執着しているという有様を悟られてしまう。
けれど、胸の内に強い虚無感を感じて仕方がない。
格納庫へ行きたいと思う自分がいる半面、それを抑えるプライドの高い自分が葛藤しているようだった。

そうこうしている内に、いよいよ処分の日がやって来た。
平和をもたらした名誉ある機体として、技師や他の傭兵、イーグルアイまでもが見送りに来ていた。
ここでは廃棄できないので、所定の場所へ運ぶために、大型のトラックが準備されている。
この基地にあるトラックが全てパンクしてしまえばいいと、サイファーはひそかに思っていた。

「すまないな、サイファー。・・・これも、平和を維持するためだ」
イーグルアイに話しかけられたが、サイファーは黙って漆黒の機体を見据えていた。
あれはただの機体じゃない、人の意思を持っているんだと叫んでやりたい。
だが、誰が信じてくれるだろうか。
機体にワイヤーがつけられ、固定されてゆく。
もう、二度と空を飛べないように。

虚無感を感じている胸が、ずきりと痛む。
本当に、共に飛ぶことはできなくなる。
そして、人の形をしたものとも会えなくなる。
相手の動揺している姿を楽しむ悪趣味がある奴なんて、いなくなってもいいじゃないかと、自分を説得しようとする。
だが、それは完璧に嘘でしかないと、サイファーは気付いていた。
それが本心ならば、こんなに胸は痛まない、こんなに執着することはない、こんなに。


ワイヤーの取り付けが終わり、いよいよ搬送されようとする。
とたんに、サイファーは駆け出していた。
「お前等、ワイヤーを外せ!」
格納庫に響き渡る大声で、サイファーは技師達に訴えた。
突然のことに、その場にいた全員が目を丸くする。

「し、しかし、この機体は・・・」
「いいから外せって言ってんだ!」
本当に鬼神のような剣幕に押され、技師はたじろぐ。
そして、サイファーに睨まれると、身をすくませてワイヤーを取り外しにかかった。


「どういうつもりだ、サイファー」
イーグルアイが歩み寄り、静かに問う。
「・・・俺は、やっぱりコイツを手放せない。コイツのお陰で、俺はピクシーを止められたんだ」
「サイファー、気持ちは分かるが・・・」
「分からねぇよ!俺が今、どんな気持ちかなんて、少なくともここに居る奴等には絶対分からねえ!」
声を荒げて、強く主張する。
わかるはずがない、人の形をした機体に接し、思いを抱いているのは自分だけなのだから。

「いくらアンタに言われようと、処分なんてさせてやらねえ!
維持費がかかるって言うんなら、報奨金は全額返す!」
報奨金を返すという言葉に、周囲がざわついた。
イーグルアイも、一時はそれで説得できたと思っていただけに驚きを示している。
サイファー自身も信じられない発言だと思っていたが、不思議と躊躇いはなかった。

「コイツは・・・コイツは俺の機体だ!絶対、誰にも、好き勝手にさせたくねえんだよ!」
サイファーは、鬼神のごとき覇気で言い放つ。
イーグルアイは神妙な表情をしていたが、やがて諦めたように溜息をついた。
「お前は、命より金が大切だと言う奴だと思っていたが、それほどまでに・・・。
・・・・・・分かった、好きにするがいい。ただし、ADMMは決して使わないことだ。あの特殊兵装は驚異的すぎる」
その瞬間、サイファーから鬼気迫った迫力は消えていた。

「ああ、約束する。・・・ありがとな、イーグルアイ」
素直に礼を告げたサイファーに驚きつつも、イーグルアイは機体を元の格納庫に戻すよう技師に言った。
ワイヤーが完全に外され、再び自由になったノスフェラトゥを見て、サイファーは自然と頬笑みを浮かべていた。




そうして、ノスフェラトゥが無事に格納庫に納められたその日の夜、サイファーはその場所を訪れていた。
来訪者が来ることは予測されていたのか、ノスフェラトゥはすでに人の形をしていた。

「ノス・・・」
改めて相手の姿を見て、サイファーは安堵する。
ノスフェラトゥはサイファーを横目で見た後、視線を逸らした。
『恩を売って、良い気になったつもりか』
「良い気?・・・まあ、良い気にはなってるな」
決して、恩を売って調子に乗っているわけではないが、気分が良いことは確かだった。

今日、異常なまでにこの漆黒の機体に執着していることを自覚した。
そして、その執着心の理由にも気付いてしまった。
自分は、この相手を、ただ性能が良いだけの機体として見ている訳ではない。
報奨金を投げ打ってまで、手放したくないという強い感情が抑えきれなかった。
サイファーは今一度感情を整理し、ノスフェラトゥに歩み寄る。
そして、真剣な面持ちで相手を見据えて、言った。

「俺・・・・・・お前のこと、手放したくない。お前は、俺の・・・相棒だ・・・」
最初は、この執着心は、ピクシーと同じものだと思っていた。
友を失いたくないがゆえの執着だと、そう思っていた。
だが、どこかが違っていた。
上手く説明することはできないけれど
おぼろげな感覚は、自分には似つかわしくないような感情を湧き上がらせるものだった。

ノスフェラトゥの表情は、これ程のことを告げられても崩れないでいる。
だが、形だけは普段通りを保っていても、その瞳からは鋭さが消えていた。
『・・・向こうを向け』
「は?何で・・・」
『いいからさっさとしろ!』
珍しくノスフェラトゥが声を荒げたので、サイファーは反射的に反対側を向く。

「何なんだよ、一体・・・」
文句の一つでも言ってやろうかと思ったとき、突然、背後から両腕がまわされた。
服の上からでも伝わる無機質な感触に、一瞬だけ肩をすくめる。


「・・・ノス?」
名前を呼んでも、返答はない。
その代わりに、うなじに吐息がかけられるのを感じた。
冷たいはずの相手から感じられる、温かな呼気。
そして、その息を発している箇所が、おもむろにサイファーの皮膚へ触れた。

「っ・・・」
柔い感触に、わずかに動揺する。
ノスフェラトゥはサイファーを抱き留めたまま、ゆっくりと、何度もそこへ唇を触れさせる。
ノスフェラトゥが移動するたびに、じわりと、そこから熱が伝わってゆくようで
サイファーは、自分の呼気も熱くなってゆくのを感じていた。
やがて、ノスフェラトゥは小さく舌を出し、触れていた箇所をなぞってゆく。

「は・・・」
悪寒にも似た感覚が背を走り、先のノスフェラトゥと同じく呼気が熱を帯びる。
ただ単純に弄るだけではなく、液を帯びた唇に触れられる。
滑りの良い感触に、サイファーは思わず発されそうになる声を必死に抑えていた。
普段なら抵抗していたと思うが、不思議と、今のこの状態が嫌なものだと感じていなかった。

抵抗しないままでいると、今度は耳の辺りにまた吐息を感じる。
それだけでも、悪寒に似たものを覚えてしまう。
ノスフェラトゥは構わず、その耳朶を甘噛みした。
「っ、ぁ・・・」
首に触れられたときとは違う感覚を感じ、思わずか細い声が漏れる。
それはノスフェラトゥが望んでいる反応だったのか、今度は柔いものが耳の形をなぞっていった。

「は・・・っ・・・ぁ・・・」
耳元で液の音がし、内部に入るか入らないかのぎりぎりのところを弄られる。
耳はこんなにも敏感な個所だったのかと実感し、触れられるたびに、自身の中に熱が籠ってゆくようだった。
もしかしたら、欲情させようとしているのだろうか。
その先に待っているものがわからないわけではなく、サイファーは流石に身の危険を感じた。


「・・・いいかげん、離せ・・・っ!」
サイファーが身をよじると、ノスフェラトゥは意外にもあっさりと腕を解いた。
もう背後をとられないよう、サイファーはノスフェラトゥと向き合った。
「何が、欲望は昇華された、だよ・・・。まだ、思いっきり残ってんじゃねーか!」
心音が落ち着かないまま、強く訴える。

『お前が俺を煽るような台詞を吐くからだ。忘れたのなら、言ってやろうか』
「あ、あれは・・・その、場の勢いっていうか・・・はずみっていうか・・・」
思い起こせば、大胆なことを言っていたと思う。
周りからしてみれば、かなり独占欲が強いとしか認識されなかっただろう。
けれど、目の前に居る相手は、言葉の本意に気付いているに違いなかった。

ノスフェラトゥは、再びサイファーへ歩み寄る。
そして、熱い頬に自分の冷たい手を当て、耳元で囁くように言った。
『他の誰にも渡しはしない。お前は俺のものだ、サイファー』
冷たい手を感じているはずの頬が、一気に熱くなった。
サイファーは驚きのあまり相手を突き飛ばし、これ以上に無い程うろたえた。

「な、何、柄にもないこと言ってんだ!お、お前、どっか、オーバーヒートしてんじゃねーのか!?」
『それはお前の方だろう』
冷静につっこまれ、サイファーは動揺の域を超えて狼狽していた。

「も、もう俺寝る!お前も、俺に感謝しつつ定位置に戻れよ!」
焦りに焦って、サイファーは走って格納庫から出て行く。
部屋に戻っても、最後に告げられた言葉は、耳から離れなかった。
『ククッ・・・』
サイファーが去った後の格納庫で、ノスフェラトゥは笑みを浮かべる。
その笑みは、いつものように何かを企んでいるようなものではなく
ただ純粋に、今しがたの状況を楽しんだような、そんな頬笑みだった。





―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
何となく、想いを伝え合う感じにしてみたくて甘い感情を入れてみました
お互いストレートに言うタイプではないんで、サイファーがらしくないことを言っていますが
サイファーの好きは、相棒に投げかける様な、もっと深いもののような、そんな狭間にあります