エースコンバットZERO9


機体と人は、結ばれないものだと思っていた。
けれど、この前基地にやってきたノスフェラトゥとその操縦士を見て、意識が変わった。
ノスフェラトゥは堂々と、自分の操縦士に証を付けていた。
それからだった、淡い希望を抱いてしまったのは。


残党が減り、タリズマンは遊覧飛行へ行くことが多くなっていた。
だが、今日はなぜか、朝から姿を見せていない。
『あれ、今日はタリズマンはいないのかい』
遊覧飛行をひそかに楽しみにしていたタイフーンは、顔馴染みの機体に問いかける。

『ああ、整備士が話してたのを聞いたけど、部屋で寝てるみたいだよ』
『寝てる?どこか体調でも悪いのかい』
『いや、そこらへんはよくわかんないけど・・・』
タリズマンが起きてこないとわかると、タイフーンはとたんに心配になる。
体調を崩しているのかと気になって仕方がないが、整備士に聞くわけにもいかない。
タイフーンは衝動を抑えきれず、夜、格納庫を抜け出していた。


格納庫から出て、基地内を歩くのは初めてだった。
誰にも見つからないよう、細心の注意を払ってタリズマンの部屋へ向かう。
無事に部屋に着いたとき、タイフーンは緊張していた。
驚かせないよう、静かに扉を開く。
初めて見る、自分の操縦士の部屋。
タイフーンはゆっくりと一歩を踏み出し、扉を閉めた。

「ん・・・誰だ?」
タリズマンは体を起こし、訪問者を見る。
タイフーンを見た瞬間、珍しく目を丸くした。
『タ、タリズマン・・・今晩は』
「どうしたんだ、お前が俺の部屋に来るなんて」
タリズマンはベッドから下りて、立ち上がろうとする。

『い、いいよ寝てて、体調良くないんだろ?』。
タイフーンはとっさにタリズマンに駆け寄り、軽く肩を押して留める。
そうやって肩に触れたとき、タイフーンははっとした。
どこか、自分の使われていなかった回路が反応しているような気がして。

「ああ・・・昨日、寝付きが悪くてな。今日は飛べなくて悪かった」
『べ、別に、敵機を落とす重要任務があるわけでもないし・・・どうせ、ただぶらぶら飛ぶだけなんでしょ?』
その、何となく飛ぶことを楽しみにしていたなんて、自分の性格からして素直には言えなかった。

「まあな。でも、この前サイファーから良い場所があると聞いたんだ。
そこに、お前を連れて行きたくて」
『えっ』
連れて行きたいと言われ、タイフーンのどこかの回路が反応する。

「もう回復したから、明日は大丈夫だ。たまには、基地以外でのんびりするのもいいんじゃないか」
『そ、そうだね、敵機を撃ち落とせないのは物足りないけど、いいんじゃないかい』
「ははっ、お前は相変わらず男勝りだな。まあ、だから頼りになるんだが」
以前ならそう言われてまんざらでもなかったが、今の心境としては複雑だった。

『じゃ、じゃあ、アタシは帰るよ。邪魔して悪かったね』
「ああ、お休み」
タリズマンは、相手がどもりがちな理由など気にすることなく、タイフーンを見送った。
今度は、タイフーンが中々寝付けない夜を過ごすことになった。




翌日、タリズマンはタイフーンと共に空を飛んでいた。
目的地は、サイファーに教えてもらった草原。
そこはそれほど遠くなく、徐々に高度を下げて行く。
背の低い草原に着地し、タリズマンはタイフーンから下りた。

「広々としてて、結構良い場所だな」
『そ、そうだね』
タリズマンが見ていない内に、タイフーンは人の姿になる。
今、ここには二人しかいないのだと思うと、やはり回路が反応した。

「草も柔らかいし、寝転がると気持ちよさそうだ」
タリズマンは草原に寝転がり、青空を見上げる。
ここなら、他の機体が来ることもないし、整備士が来ることもない。
邪魔が入らない今、タイフーンはタリズマンの隣に寝転がった。

『あ、あのさ、タリズマン・・・気付いてないかもしれないけど、アタシ、最近どこかおかしいとこがあるんだ・・・』
タリズマンと真っ向を向いて言うのは気恥ずかしく、体を背ける。
『最近さ・・・何か、どこかの回路が反応することがあるんだ。
今まで使われてなかったのに、急に動き出して・・・それは、いつもタリズマンといるときなんだ』
ここまで言ったところで、タイフーンは何も言葉が返ってこないことに違和感を覚えた。
普通なら、相槌の一つしてくれてもおかしくない。

『タリズマン?』
呼びかけ、寝転がるタリズマンに近付く。
上から顔を覗き込むと、タリズマンは目を閉じ、寝息をたてていた。
『・・・寝てるし!』
タイフーンが思わずつっこむと、タリズマンは目を開いた。
「ん・・・ああ、すまん。あまりにも平穏で気が抜けてたんだ。タイフーンも、寝転がると気持ち良いぞ」
タリズマンは、自分の隣をぽんと叩く。

「ん・・・そうだね」
タイフーンは、少し遠慮がちにタリズマンの隣に寝転がった。
ミサイルの飛んでいない空、ゆったりと流れて行く雲を見上げる。
確かに、気が抜けてしまいそうな平穏な景色だ。

「たまにはいいな、こういうのも。サイファーに教えてもらってよかった」
『そ、そうだね』
すぐ隣で、タリズマンの声が聞こえてくる。
そのとき、タイフーンはこの場所を教えてくれたノスフェラトゥの操縦士に感謝していた。

ちらと横を見ると、今までにない程近くにタリズマンがいるのがわかる。
このまま、じっと見続けていたいと思う。
けれど、そんな恥ずかしいことはできるはずもなく、早々に視線を空に戻していた。
ただぼんやりとしているなんて、戦闘機の性には合わないことだったけれど
今は、不思議と幸せだった。


そうしていると、意外にも時間は早く過ぎてゆき、タリズマンが体を起こした。
「そろそろ帰るか。良い気晴らしになった」
『あ、うん。それじゃあ、向こうを向いてて』
タリズマンは、タイフーンに背を向ける。
その間に、タイフーンは機体の姿に戻っていた。

基地に戻り、整備士がいないことを確認すると、タイフーンは人の姿になる。
「タイフーン、背中に泥がついてるぞ」
『え、本当?』
寝転がったときについたのだろうか、自分では確かめられなかった。
「気になるなら整備士を呼んできてもいいが・・・少しの汚れだ、俺が洗ってやろうか?」
『えっ!?』
平然と告げられた言葉に、タイフーンはうろたえる。

洗うということは、この服を脱がなければならない。
男ばかりのこの基地に代えの服などないし、どういう状況になるのかは想像できるはず。
けれど、タリズマンには汚れを落とす意外の意図はないと、わかりきったことだった。

『・・・いいわよ、別に。後で整備士を呼んでおいてくれれば』
タイフーンは軽く溜息をつき、格納庫の奥へ去って行く。
タリズマンは、親切心で言ってくれたこと。
けれど、それは自分が機体としてしか見られていないことを実感させる言葉だった。
人の形をしていても、中味は機体、仕方のないことなのかもしれなかった。

気落ちしたところで、ふと、ノスフェラトゥが来たときのことを思い出す。
あの性悪な機体は、操縦士とどうなって良い仲になったのだろう。
それを思うと、あまり気は進まなかったが話を聞いてみたくなっていた。


翌日、タリズマンが格納庫に入って来ると、タイフーンはすぐに駆け寄った。
『タリズマン、今日、ノスフェラトゥがいる基地に行かないかい?
たまには、違うところを飛んでみたいんだ』。
そんなものは建前にすぎなかったけれど、本当の理由は言えなかった。
「ああ、いいぞ。俺も、サイファーとゆっくり話してみたかったしな」
タリズマンは、タイフーンの申し出に何の疑問も持たずに了承した。

そうして、二人はサイファーのいる基地へ来ていた。
「よお、タリズマン。お前の方から来るなんて、初めてじゃねーか?」
突然の訪問だったが、サイファーは快くタリズマンを出迎えた。

「ああ、タイフーンが来たいと言ってな。俺も、たまにはお前とも話したかったから、丁度良かった」
「タイフーンが?」
サイファーは、まだ機体のままでいるタイフーンをちらと見る。
「んー・・・まあ、とりあえず俺の部屋に行くか」
けれど、わざわざ来てくれた相手を招かないのも悪いので、ひとまずは自室へ向かった。

人気がなくなると、タイフーンは人の姿になる。
同時に、同じ姿になった機体がいた。
『ノスフェラトゥ。・・・アンタに、聞きたいことがある』
タイフーンは、ノスフェラトゥと距離を開けたまま問いかける。
ノスフェラトゥは相手を横目で見ただけで、向き合おうとはしなかった。
気に食わない態度だったが、タイフーンはつっかかることなく言葉を続ける。

『アンタ、一体どうやって操縦士を自分のものにしたんだい。
アタシは・・・考えられなかった。機体と人が、一緒になるなんて・・・』
少し恥を感じる質問だったが、今はなりふり構ってはいられなかった。
また嫌み事の一つや二つ言われるかと思ったが、その答えはすぐに返ってきた。


『蹂躙した』
『は?』
とんでもない言葉が出たような気がして、思わず聞き返す。

『蹂躙したと言ったんだ。アイツは、良い反応をするからな』
自重していない発言に、タイフーンは動揺する。
『ア、アンタ、操縦士にそんなことを・・・もし、頑なに拒否されたらどうするつもりだったんだい』
その問いは愚問だと言うように、ノスフェラトゥは鼻で笑った。

『アイツが俺から離れることはない。ここに、俺以上に優れた機体はいないからな』
躊躇うことなく言い放つノスフェラトゥに、タイフーンは溜息をついた。
自信家のこの機体に、操縦士の期限を損ねて放っておかれるという心配などないのだ。

『・・・アンタに聞いたアタシが馬鹿だったよ』
あまりに単純で、参考にならない答えに肩を落とす。
『度胸もないくせに、くだらん事を聞くからだ』
『くっ・・・』
言い返せず、唇を噛む。

『気を引きたいのなら、夜這いでもしてみるんだな。最も、タリズマンは鈍感だから気付かんかもしれないが』
『よ、よば・・・』
また自重していない提案をされ、タイフーンは焦る。
ノスフェラトゥはもう話す気がないのか、それだけ言い放つと機体の姿に戻っていた。


その後、二人が戻ってきたとき、タイフーンはまだ人の姿のままでいた。
『アンタ、サイファー・・・って言ったけ。ちょっとこっちに来て』
タイフーンはサイファーの腕を引き、タリズマンと距離を開ける。
「な、何だ?」
驚くサイファーをよそに、タイフーンは思いきって質問した。

『アンタ、ノスフェラトゥにむりやり・・・いろいろされたから、アイツのものになったの?』
「いっ・・・な、なんてこと言ってんだ、ノスの奴・・・」
やはり自重していない発言は全て本当だったらしく、サイファーはうろたえている。

『恥かもしれないけど、答えてほしい。アイツに・・・その、過剰なことされたから、機体として見なくなったの?』
「あ、あー・・・それは・・・」
サイファーは少し考えるように、視線を遠くへ向けていた。

「・・・確かに、そういうところはあったかもしんねーな。
最初は、すっげー性能の機体としか見てなかったけどよ・・・人の形になって、何か、意識が変わったっていうか・・・」
つまり、積極的なことをされている内に相手を見る目が変わったということらしい。
どんなことをされたのかまでは尋ねられなかったが、それだけ聞ければ十分だった。

『ありがとう。時間とらせて悪かったね』
「・・・ま、頑張れよ。俺は、アンタとタリズマンが親密になってもいいって思ってるしな」
タイフーンの頬が、一瞬熱くなる。
そして、小さく『ありがと』と言うと、タリズマンの元へ戻って行く。
サイファーはその背を見送りつつ、自分の機体にもあの純情さの一欠けでもあればいいのにと思っていた。

『タリズマン、お待たせ。さ、帰ろうか』。
「ああ・・・サイファーと何を話してたんだ?」
タイフーンは、言葉に詰まる。
『・・・そ、そんなことどうでもいいじゃないか。とりとめのない話だよ。
ほら、あっち向いてて』
タイフーンはまくしたてるように言い、さっと機体の姿になった。
タリズマンはそんな言動を不自然に感じていたが、さして言及はしなかった。


基地に帰る途中で、タイフーンは考えていた。
ノスフェラトゥは、無理矢理相手を自分のものにした。
それで、操縦士は奴を意識するようになった。
同じ事をしたら、タリズマンはどう思うだろうか。

都合良く、望み通りの結果になるとは限らない。
もしかしたら、拒まれる可能性だってある。
それでも、このまま何も変化しない状況が続いてゆくよりは、懸けてみるのもいいかもしれない。
基地に着く頃には、タイフーンは決心していた。

その日の夜、タイフーンは再び人の姿になり、タリズマンの部屋を訪れていた。
音をたてないようにして、部屋に入る。
時間も時間なので、当然タリズマンは眠っていた。
ベッドに近付き、相手を見下ろす。
これは正しい選択なのだろうかと、躊躇う。
けれど、ここまで来て何もしないで帰ってしまっては、度胸のなさを認めてしまう気がして嫌だった。


運良く、タリズマンは手を外に出して眠っている。
タイフーンは迷いつつも、そっとその手を取った。
自分とは違う、温かな体温が伝わってくる。
幸せだと感じると同時に、やはり回路が反応していた。

こうして、手を握るだけでも緊張する。
けれど、まだこれだけでは終わらせたくなかった。
体を倒し、まだ目を閉じているタリズマンに近付いてゆく。
タリズマンが少し近くなると、どんどん回路の反応が強くなってゆく。
そうして、お互いが目と鼻の先まで近付いたとき。
緊張感が頂点に達し、思わず手に力が入っていた。

「ん・・・」
手を強く握られ、タリズマンがみじろぐ。
タイフーンは、はっとしてその場から飛び退いていた。
何が起こったのかと、タリズマンはぼんやりと目を開いて体を起こす。
そして、寝惚け眼で部屋に居る相手を見た。

「・・・タイフーン?」
『あ・・・・タ、タリズマン・・・あの、その・・・』
予想外の出来事に、タイフーンはしどろもどろになる。
今すぐ出て行けば、これを夢だと思ってくれるかもしれない。
けれど、それでは何も変わらないとわかっていた。

「まだ暗いが・・・何かあったのか?」
自分の身に、何かあったことは確かだ。
それを言おうとしても、まだ気が落ち着かなくてうまく声が出せない。

「最近のお前は、どこか変だな。・・・どこか、回路に異常があるのか?」
『・・・あるわよ』
タイフーンは、独り言のように呟く。

『最近、タリズマンと一緒に居るとよくわからない回路が働くんだ。
でも、嫌な反応じゃないし、むしろ幸せに感じることだってある。
・・・タリズマンの傍に居るときだけ、反応するんだよ』

この機を逃したらもう言えなくなると、タイフーンは一気に告げる。

「俺の近くに居るときだけ・・・やっぱり、機体が人の形に見えることと関係があるのかもしれないな」
タリズマンは、真面目な表情を崩さずに言う。
まわりくどい言葉では、何も伝わらなかった。

『そういうんじゃないんだ!アタシは・・・・・・アタシは、タリズマンのことが好きなんだよ!』
声を絞り出し、勢いに任せて伝えた。
タリズマンは一瞬目を丸くしたが、すぐにやんわりと笑った。
「ありがとう。お前が慕ってくれることは俺も嬉しいよ」
その反応からして、タイフーンの真意を読み取っていないことは明らかだった。
もどかしさを覚え、いてもたってもいられなくなる。

『だから、違うんだよ・・・アタシは・・・。タリズマンと、こういうことしたいって思ってるんだ!』
タイフーンは、タリズマンの肩を掴む。
そして、その頬へ、唇を触れさせていた。
「っ・・・」
流石のタリズマンも、目を見開く。
ものの数秒で、タイフーンは身を離した。
羞恥で、オーバーヒートしてしまいそうになる。
どんな顔をされるのかが怖くて、タリズマンを直視できなかった。


「・・・タイフーン、隣に座らないか」
タイフーンは俯きながらも、おずおずとタリズマンの隣へ腰かけた。
「正直、驚いた。お前が・・・まるで、ノスフェラトゥがサイファーにしたようなことをするから」
『だって・・・いくら言っても、タリズマンには伝わらないじゃない・・・』
かろうじて届く声で、タイフーンは縮こまって言う。

「・・・ごめんな、俺がそういうことに疎いせいで、お前を悩ませた。
男が多い場所っていうのもあるからか、俺は恋愛沙汰なんてよくわからない。・・・でも」
タリズマンは、ふいにタイフーンへ手を伸ばす。
そして、肩に腕を回し、自分の方へ引き寄せた。

『タ、タリズマン・・・』
突然の事に、タイフーンの頬が紅潮する。
「恋や愛っていうのは、まだよくわからないが・・・
お前の傍に居たいのは、俺も同じだ。・・・こんな半端な答えじゃ、納得しないか」
傍に居たいのは、同じ。
優しい言葉に、タイフーンは胸が温かくなるのを感じた。

『今は・・・それでもいいよ。アタシは・・・タリズマンが、アタシを突っ撥ねないでいてくれただけでも、すごく嬉しい』
タイフーンは、タリズマンに体を預ける。
こうして受け止めてくれるのなら、完璧な相思相愛でなくとも構わない。
今は、タリズマンに抱き寄せられ、その温かみを感じていられることが何より幸せだった。

「明日も、あの草原に行くか。前は、俺が寝てしまったし」
『うん・・・』
でも、いつかは、あの二人のようにお互いが想い合える日が来たらいいと
タイフーンは、ひそかにそんな願いを抱いていた。





―後書き―
久々のノマカプ!初々しい気持ちで書けたような気がしないでもない話でした
強気な姉さんが照れてるの萌えるな〜と思って、恥じらいシーンを多く入れてみました