チャイルドプレイ(後編)


チャッキーが来てから、アンディは学校へ行くときもいきいきとし、とても明るい子になった
そんなアンディを見て話しかけてくる生徒も少しずつ増え、いつの間にか数人の友人ができていた

それでも、アンディは決してチャッキーを手放すことはなかった
チャッキーが来たことで、何もかもが良い方向へ向かっていたと思っていたが
アンディがいつもチャッキーを肌身離さず持っていたせいで、ある不幸が起こってしまった


今日は学校帰りに初めて友達と遅くまで遊び、辺りは暗くなっていた
友達とは公園で別れ、アンディはチャッキーをベンチに座らせた

「ちょっと待ってて。ぼく、おしっこしてくるから」
汚してしまうかもしれないので、流石にトイレの中にまで持っていけない
少し経ってから、アンディがトイレから出てくる
アンディはすぐにチャッキーの元へ行こうとしたが、見知らぬ男性に行く手を阻まれた


「こんばんは、ボク」
「・・・こんばんは」
黒いコートを着た長身の男性に、アンディは少し警戒して挨拶をする

「あそこにある人形、君のママが買ってくれたのかい?」
男は、ベンチに座るチャッキーを指差す

「そうだよ。ぼくが寂しくないようにプレゼントしてくれたんだ」
アンディは、少し嬉しそうに言う

「そうかそうか、じゃあ、おじさんとちょっと遊びに行かないかい?もっといい人形を買ってあげるよ」
怖がらせないよう、男は屈んで、アンディと目線を合わせる
あどけない子供なら誘惑されてしまいそうな言葉だが、アンディは首を横に振った


「いらない。だって、ぼくはチャッキーのことが大好きだから、他の人形なんていらないよ」
男は、驚いたように目を丸くした

「そうか・・・残念だよ。高い薬品を使うことになってしまって」
「え?」
今度はアンディが目を丸くした瞬間、背後から口元に布が当てられた
強い薬品の匂いがし、たちまち瞼が重くなる
ものの数秒でアンディは気を失い、その場に倒れた

「全く、素直に着いてきてくれりゃあ最後のクロロホルムを使わずに済んだのによ」
布を持った男が、アンディを抱えて言う

「まあ、その分こいつの親からたっぷり搾り取ってやればいい。
お高い人形をいつも持ってるから、目を付けてたかいがあったってもんだ」
男達は悪どい笑みを浮かべ、公園の近くに停めておいた車に乗り込み、エンジンを入れた
そのとき、ベンチの上にいたはずのチャッキー人形は、いつの間にか消えていた




アンディが気付いたのは、見慣れない薄暗い部屋だった
埃っぽいベッドの上で起き上がると、男が近付いて来た

「よお、起きたか坊っちゃん」
男は下品な笑みを浮かべ、アンディを見下ろす
そのとき、アンディは自分が誘拐されたのだと気付いた

「ここはどこ?・・・チャッキーは?」
アンディは、不安そうに辺りを見回す

「ああ、あの人形持ってくりゃあよかったな。売れば高値がつくとこだ」
「チャッキー・・・」
チャッキーがいないとわかると、アンディは泣きそうになった
急に友達と引き離され、見知らぬ場所へ連れてこられたのだから、不安にならないはずはなかった

「ま、もう少し大人しくしてることだな。もうすぐ、ママが迎えに来てくれる。100万ドルの札束と一緒にな」
男は笑いを堪えきれないように、下品な笑みを浮かべた
「そんなの無理だよ、だってぼくの家はお金持ちじゃない」
「嘘をついても無駄だ、貧乏人があんな高価な人形を買えるはずが・・・」


「ギャーッ!」


言葉の途中で、部屋に叫び声が響き渡った
アンディと男は目を見開き、奥の部屋を見る

「ここで待ってろ」
男は銃を構え、叫び声がした方へと向かって行った


アンディが固唾を飲んで男が向かった先を見ていると、ほどなくしてまた絶叫が響き渡った
何があったのだろうかとまた不安になり、心音が強くなる
恐怖で動けないでいると、小さな足音が聞こえてきた
それは、一直線にアンディの方へ向かってくる

「・・・誰?」
震える声で、問いかける

『俺だよ、アンディ』
薄闇の中から、聞き慣れた声が返ってくる
その相手の姿をみたとたん、アンディは歓喜していた

「チャッキー!」
アンディはすぐにチャッキーの元へ駆け寄ろうとしたが、ある物が目に入って体が動かなくなった
それは、チャッキーの右手に握られている、赤々と染まったナイフ
今、2人の男を刺してきたのだろうと、幼いアンディにもすぐわかった
アンディが怯えたのを察すると、チャッキーはナイフを投げ捨てた

『ああ、ごめんな怖がらせて。でも、ママを困らせないためにはこうするしかなかったんだ、わかるだろ?』
チャッキーは、まるで肯定以外の答えを受け付けないように諭す
アンディは、少し迷いながらも小さく頷いた

『それにしても、体に傷が付いてないようでよかったなぁ?』
チャッキーはベッドに飛び乗り、アンディの体を点検するようにまじまじと見た

「チャッキー・・・」
気が緩んだのか、アンディの目に涙が溜まる

『よしよし、怖かったんだよな?俺に、来て欲しいって思ったんだよな?』
チャッキーがその問いかけをした瞬間、空に暗雲が立ち込み初める
アンディが頷くと、空の暗雲は何かを合図にしたように、ますます厚くなっていった

『そうかそうか、じゃあ、もう俺と離れたくないと思うか?』
アンディは、その問いにも頷いた
チャッキーは、アンディが肯定の意を示すたびに、誘拐犯に似た笑みを浮かべた


やがて、外には稲光が光るようになっていった
それを合図にしたかのように、チャッキーは強い力でアンディを押した
抵抗することもなく、アンディはベッドに仰向けになる
チャッキーはアンディの上に乗り、額を撫でて言った

『お前がそう思うんなら、良い方法がある。俺とずっと一緒に居られる方法が』
「本当?」
『簡単なことだ、お前が心から望むだけでいい。俺と、一つになりたいと』
外の稲光が、激しさを増す
まるで、最後の問いの返答を聞きたがっているかのように


「・・・うん、ぼく、チャッキーと一つになりたい
・・・もう、絶対に離れたくない・・・」
その言葉がどんな深い意味を持っているか知らず、アンディはずっと一緒にいられるということだ
けを思って答えた とたんに、ひときわ激しい稲光が鳴り響く

『契約成立だ!神よ、我に力を与えたまえ!』
「チャッキー?何言って・・・」
何を言っているのかと問いかけようとしたとき、もう言葉の続きは発せなくなった
チャッキーは、アンディに覆い被さり、何も言えないように塞いでいた

人形とは思えないほど生々しい感触が、アンディに伝わる
呆けて開いていた口に、邪悪な何かが侵入してゆく
それを受け入れてはいけないと、アンディは感じたけれど
助けに来てくれたチャッキーを突き飛ばすことはできなかった

不思議と、急激に、瞼が重たくなってゆく
抵抗することなく目を閉じてしまったアンディは、二度と目覚めることのできない深い闇に落ちていった




「アンディ、アンディ!」
自分の名前が強く呼ばれるのを聞き、アンディは目を覚ます
目の前には、今にも泣き出しそうな母親の顔があった

「ああ、よかった・・・怪我はしてない?気分は?」
アンディは、まじまじと自分の体を見る
そして、それが思い通りに動くとわかると、口端を上げて笑った

「大丈夫だよ、どこも傷付いてない」
アンディがそう言うと、母親は安堵の表情を浮かべた
「よかった・・・誘拐犯が二人とも血を流して・・・
もう、手遅れだったから・・・すごく心配したのよ!」
母親は、アンディを強く抱き締める
アンディは、それを喜ぶことはなく、無表情でいた

「そうだ、ちゃんとチャッキーも連れて来たわよ」
母親はアンディから離れ、チャッキー人形を目の前に差し出す
それを見たアンディは、露骨に顔をしかめた


「・・・いいや、もう、この人形には飽きちゃった。棄てていいよ」
母親は、今の言葉が信じられないと言うように目を丸くする

「そう・・・あなたも、いつの間にかお兄ちゃんになったのね」
けれど、いつの間にか精神的に成長したのだろうと、母親はさして言及しなかった
人形がダストボックスに捨てられるのを見届けると、アンディはまた口端を上げて笑った

「さあ、帰りましょう。お腹空いたでしょ?ケーキ作ってあげる」
母親は、アンディの手を引き、部屋を出て行く
扉が閉まる瞬間、アンディはちらりとダストボックスを見て、呟いた


『あばよ、アンディ・・・』


アンディは、口端を上げた笑みを浮かべて、扉を閉めた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
とんでもないジャンルの小説でしたが、友人のリクエストで書いてみました
無駄に長くとも、アーッ!な場面まではどうしても辿り着けませんでしたorz
いちゃつきシーンはご想像にお任せするということで