クー・フーリン三兄弟のご近所さん キャスターとの話2





楽しい時間はあっという間に終わり、家に帰る。

車の中も、帰りはあっという間だ。

それは、だいぶ名残惜しく思っているからに違いなかった。

家の前まで送ってもらい、降りなければいけなくなる。



「じゃあな、機会があればまた行こうや」

「はい、ぜひ。また、出世払いするので」

キャスターはあっけらかんと笑い、リツの髪を一撫でする。

いつもくしゃくしゃと撫でるような感じとは違い、一瞬どきりとした。

外へ出ると、車が走って行ってしまう。

ご近所で、会おうと思えばいつでも会えるのに、後ろ髪を引かれる思いにかられて仕方がなかった。





日常に戻り、今日は普通に買い物に行く。

カレー以外も何か作れるようになりたいと、レシピを考えつつ食材を探していた。

「よう、リツ。買い出しか?」

「ランサーこんにちは。うん、カレー以外も作れるようになりたくて。うまくできたらまたふるまいに行くよ」

「マジか!そいつは・・・」

「そいつは楽しみだな」

ランサーの言葉に、別の声が被る。

一緒に来ていたのか、キャスターがランサーの隣に並んだ。



「あ、キャスター、さん・・・」

「また来てくれるんなら大歓迎だぜ?何なら、また泊まっていってもいいしな」

キャスターは笑顔を見せるのだけれど、リツはうまくものが言えなくなる。

「あ、そう、ですね、がんばります。・・・じゃ、じゃあ、買い物の続きがあるので!」

リツはそそくさと他の売り場へ逃げる。

「何だアイツ?割引シールでも狙ってんのか?」

「さあなー」

逃げたリツの背を見て、キャスターはにやりとほくそ笑んでいた。







日も暮れかけた時間、ルーン魔術の講義が終わり生徒がぞろぞろと出て行く。

教壇に立つのは人気の美人講師スカサハ、クールな風貌と古風な言葉遣いが魅力的で

言い寄る生徒もいたが、槍武術の師範でもあり、自分より弱い男は対象外だった。

ずしりと重たい参考書をしまい、最後にキャスターが部屋を出ようとする。

「あぁ、キャスター、少し待て、渡したいものがある」

呼び止められ、キャスターはあまり嬉しくなさそうに面と向かう。



「・・・まさか、また追加レポート書けとか言うんじゃねぇだろうな」

学習意欲はあり、試験でもルーン魔術は高得点を取っている。

だが、それも気まぐれで追加されるレポートのせいというかおかげというか、並々ならぬ苦労があってこそだった。

「ほう、やる気ならばいつでも提出を受け付けるぞ。・・・そら」

スカサハは、教壇の内側から小さいケーキ箱を取り出し、キャスターに差し出す。



「・・・なんだこれ」

「ケーキだが」

「そりゃわかってんだよ、どういう風の吹き回しかって」

新たな参考書ではなく嗜好品が手渡され、キャスターは怪訝な表情をする。

「いやなに、お前も最近頑張っているのでな、ちょっとしたご褒美というやつだ」

それにしても、ムチの方が圧倒的に多いこの教師が、唐突にアメをやるなどと不自然極まりない。

ふと箱の柄を見ると、最近流行のケーキ屋のものだと気づいた。

新しいパティシエを雇ったようで、テレビや雑誌にも取り上げられいつも女性の人だかりができている店。

おそらく、流行のケーキ屋でテンションが上がり、ここからここまでくださいと買いすぎでもしたのだろう。



「へー・・・あんたこの前ダイエット中とかなんとか言ってなかったか」

「こ、これからだ、これから。・・・ええい、つべこべ言わず受け取って帰らんか!単位やらんぞ!」

「あっ卑怯だぞてめー!あーはいはい、ありがたく持ち帰らせて頂きますよ!」

正直言って、甘い物はあまり好きではないがとりあえず受け取る。

持った感じ2つは入っていそうで、どうしようかと考えていた。





ケーキの箱は揺らさない、押し付けないで持ち帰るのに苦労する。

そこらへんの女性にあげてしまおうかと思うが、感想を求められたら厄介だ。

悩まし気にしていたとき、ちょうど塾帰りのリツの姿が目に入った。

相手も気付いたようで、こっちに向かって来る。



「キャスターさん、こんにちは」

「おう、坊主も今帰りか。お疲れさん」

「キャスターさんも、お疲れ様。・・・あの、それ」

リツは、キャスターが珍しくケーキ箱を持っていることに目を向ける。

「ん?ああ、これな。ゼミの教授から押し付けられたんだよ。オレ甘いもん苦手だってのに」

「いいなー、それ今すごく流行ってる店のやつだよ、羨ましいな」

リツは、じっとケーキの箱を見詰めている。

そこで、キャスターははっと思いついた。



「・・・坊主、甘いもの好きか?」

リツは正直に、こくりと頷く。

「じゃあ、これ、お前にやるよ。」

「え、でも、キャスターさんがもらったのに」

じっと見すぎてしまったかと、リツは慌てて視線をキャスターに戻す。



「オレも弟どももケーキなんて柄じゃねえしな。捨てるのももったいねぇし、食いたい奴が食うのが一番良い」

「うーん、すごく嬉しいけど・・・」

日頃からお世話になっている上に、ケーキまで貰ってしまってはあまりに申し訳ない。

「あの、じゃあ家で一緒に食べればいいんじゃないかな。誰かいれば一口だけでも味わってもらえるし」

キャスターにとっては願ったり叶ったりの提案を、リツからされて内心ほくそ笑む。



「そんじゃ、そうすっか。弟共がいるかはわかんねーけど」

キャスターは、リツと並んで帰路につく。

旅行先で接しすぎたからか最近は避けられ気味だったが、まさかケーキなんかで釣れるとは。

キャスターは、家に誰もいないよう本気で祈っていた。





家に着くと、幸運なことに二人共出かけているようだった。

「リビングで待ってな」

キャスターはさっさと中に入り、台所から皿とフォークを取って来る。

リツはローテーブルの前に座り、わくわくと待機していた。

実は、喫茶店でエミヤのケーキを食べてから甘味の魅力に気付き、週末は決まって通っていた。

今話題の有名店の味はどうなのだろうと、楽しみでならない。



「お待ちどーさん」

キャスターが、コーヒーとケーキセットをテーブルに置く。

一つは赤赤としたハートの形、もう一つは黒黒とした円形で、上には金粉がまぶしてあって豪華だ。

どちらも濃い色で、濃厚そうで目を引かれた。

「い、いいの?こんなにおいしそうなの貰って」

「そのために用意したんだぜ、遠慮すんな」

「じゃあ・・・いただきます」

リツはフォークを手に取り、まずはハート形のケーキを一口食べる。

中はムース状になっていて、舌の上でじんわりと味が広がっていく。

すぐなくなってしまうけれど、ベリーの甘酸っぱさが爽やかな余韻を残していた。



「おいしい・・・見た目ほどくどくない」

「きっと、年甲斐もなく可愛らしいやつ見てテンション上がったんだろーな」

それで、我に返るとその似合わなさに辟易したのだろう。

黒い方は、そんな心境を読み取られないようにするカモフラージュかもしれないが、分かり易すぎる。

サイズも小さかったのですぐ食べ終わり、リツはコーヒーを飲んでほっとする。

次は、対象的な色をしている黒いケーキにフォークを刺した。



コーティングはチョコレートのようで、刺したところからとろりと溶ける。

たまらなくなってほおばると、濃厚なチョコの甘さと香りが口内に満ちた。

高級感のある見た目通り味わいも深く、一口でも満足感があるほどだ。

中のスポンジはふんわり軽くて、濃いコーティングと合っていて

どちらも違う味わいに、リツの顔は綻んでいた。



本当に幸せそうに食べるなと、キャスターはリツの様子を微笑ましく観察する。

たかだか甘味の一つで、ここまで幸福になるものだろうか。





「おいしかったー。何だか幸せ指数が急上昇した気がする」

「そいつはよかった、オレも目の保養になったしな」

エミヤのケーキとはまた違う美味しさがあり、満足感に浸る。

けれど、リツははっと気づいた。

「あ!オ、オレ、キャスターさんに分けずに、全部食べちゃって・・・」

一口くらい味見させてもよかったのではと、自分が意地汚く感じる。

「あー、別に・・・」

別にいい、とキャスターは答えようとしたが、ぴたと止める。



「・・・あー、そうだな、貰ったヤツに何も感想言えないとマズイかもな」

「い、今から同じもの買ってきます!」

リツが慌てて立ち上がろうとするものだから、キャスターはとっさに腕を掴んで引き留める。

「それじゃあ食ってもらった意味がないだろ?なあに、少し残ってればいい」

そのまま腕を引き、リツの体を自分の腕の中へ抱き留める。

そして、顎に指をかけて視線を合わせた。

急に距離が近くなり、リツは唖然とする。

こうやってキャスターの温かみを感じると、旅行の時のことを思い出してしまうようだ。



「キャスターさん・・・?」

「なあ、最近オレのこと避けてねえか?」

「え、と・・・」

図星を突かれて、リツは目を逸らす。

「やっぱ、旅行先で撫で回したのが悪かったか」

「そ、そんなことない・・・だって、心地よくて、またしてほしい、なん・・・て・・・」

恥ずかしいことを言っていると、声がどんどん小さくなる。

もうどうにでもなれと、リツは声を振り絞った。



「変なんです、キャスターさんに接したいのに何でか緊張して、どうすればいいのかわかんなくて・・・」

なぜだかキャスターとうまく話せなくなったし、長時間面と向かえなくなった。

なぜだろう、何でキャスターに対して避けるようなことをしてしまうのだろう。

会いたい、けれど不思議とよそよそしくなってしまう。

近所の優しいお兄さん、旅行にまで連れて行ってくれたのに。



なんて純情な悩みだろうかと、キャスターはつくづく思う。

引っ込み思案で彼女もおらず、色恋沙汰なんて疎すぎるだろう。

そして、危機感もなく近付いてくる、相手がどんな邪なことを考えているかも知らずに。

「オレとしては、お前を思い切り可愛がりたいとこだけど、避けられんのは悲しいな」

「ごめんなさい・・・」

世話になっているのに申し訳ないと、リツはしゅんとする。



「そんなしょんぼりした顔すんなって」

キャスターはリツの頭を優しく撫でる。

距離が近くて、広い掌に撫でられると落ち着く。

その反面、心音の鼓動は増していく。

兄弟のただのスキンシップ、それなのに、どうして。

リツが何も言えなくなっているのを見て、キャスターは内心ほくそ笑む。



「どうした?顔赤いけど、熱でもあんのか?」

キャスターは、リツの頬を掌で包む。

「はわ・・・」

ふにふにした柔らかい感触、まさしく小動物を思わせるようだ。

頬の手はすっと下がってゆき、指の腹が顎をなぞる。

一瞬、寒気にも似た感覚が背を走り、リツは身震いした。



「可愛いな、少しなぞるだけで真っ赤になって」

「あう、あ・・・」

リツは、口をぱくぱくするだけで何も言えなくなる。

軽く触れられただけで、そこから熱くなることに戸惑っていた。

押すなら今だと、キャスターは優しい顔をする。

「なあ、実を言うとオレはお前を弟扱いしたいわけじゃねえんだ」

「え、っ・・・」

ショックを受けたように、リツは目を丸くする。

けれど、それは離れて行く宣言ではなく真逆のもの。



「本当はな、お前のここに口付けたり・・・」

キャスターは、リツの唇に触れて軽く押す。

弟でないなら離れるのかと思いきや、衝撃的な発言に脳がついていかない。

「柔肌を撫で回したり、一晩中抱き合っていたいって思ってる」

キャスターの指が、首筋をなぞる。

リツはまた身震いし、呆然としてキャスターを見上げていた。

幻聴ではないんだろうか、こんな近くで、熱烈なことを言われている気がする。



「・・・悪い、お前は兄貴みたいに思ってくれてんのに、こんな気色悪いこと言ってよ」

「き、気色悪くなんてないです」

自分を卑下するような発言を、リツはとっさに否定する。

「でも、男同士だぜ?」

「・・・そ、それでも、気持ち悪いことなんて・・・ない・・・」

身震いはしたけれど嫌悪感はないと、そう伝えたくてしきりに訴える。

兄になってくれれば嬉しいと、正直そう思っていた。

けれど、それ以上の関係になりたいと望まれ、拒否する感情が浮かんでこないのだ。



「そんなこと言うと・・・本当にしちまうぞ?」

キャスターはリツの顎を取り、視線を逸らせないようにする。

それでも、リツはただ口を半開きにするだけで振り払おうともしなかった。

きっと、混乱していてどうすればいいのかわかっていない。

兄と思っていた相手からの熱烈な言動に、どう答えればいいのか。

そうやって、しばらくの間成り行きに身を任せていればいい。

恋愛を知らない少年は、いずれ自分の鼓動の高鳴りを恋慕だと勘違いするだろうから。



「逃げないんなら・・・いいんだな?」

「はひ・・・」

空気の抜けたような、間抜けな音に笑いそうになる。

それが否定でも肯定でも構わない。

キャスターは身を下げ。リツと唇を重ねていた。

「んん・・・」

至近距離過ぎて、リツはぎゅっと目を閉じる。

柔らかいものに口を塞がれて、もうどうすることもできない。

ただ、熱暴走を起こすのではないかと思うくらい頬が熱くなっていって

その熱さは、全身に広がっていくようだった。



短い触れ合いでも、リツの脳を麻痺させるには十分で

キャスターが身を離すと、リツは虚ろな目をして呆けていた。

「少し、口開いてな」

言われるがまま、リツは口を半開きにする。

何て警戒心がなく素直なんだと、キャスターは自分の中に沸き立つものを感じていた。

そして身を下げ、無抵抗なリツの唇を塞いでいた。



「ん・・・!」

突然の衝撃的な出来事に、リツは目を白黒させる。

口が塞がれ、唇の柔さが伝わってくる。

さらに、口の隙間を割って、ぬるりとしたものが入り込む。

それが自分の舌に触れた瞬間に心臓が強く鳴り、息を呑んでいた。

液で濡れた柔いものが、舌の表面をなぞる。

「は、あぅ・・・」

中に触れられると、無意識に甘い声が出てしまう。

脳が侵されるような感覚に、力が抜けていく。

舌がやんわりと絡め取られると、その感覚はさらに強くなるようで、もう抵抗する力はなくなっていた。



リツの舌を味わい、キャスターが離れる。

リツは目を開いたが、刺激が強すぎて虚ろになっていた。

そんな視線を目の当たりにすると、歯止めが効かなくなりそうになる。

「甘ぇな、でも、すげえ甘美に感じたぜ」

「あう・・・」

全身が熱くて、キャスターから目が離せない。

さっきは、気まずそうに視線を逸らしてしまっていたのに。



キャスターはリツの背を抱き、自分の方にもたれかからせる。

そして、耳元に口を寄せて優しく囁いた。

「好きだぜ、リツ・・・」

単純な落とし文句、でもしっかりと耳に刻み込まれる。

脳を痺れさせるような感覚に、リツは陶酔していた。

「キャスター、さん・・・。・・・オレ、も・・・」

キャスターはリツの後頭部に手をやり、体を完全に抱き込む。

この腕の中から、決して逃さぬように。