クー・フーリン三兄弟のご近所さん キャスターとの話3
前に、家に招いてもらってから、自分はキャスターが好きなんだとそう思うようになった。
キスまでして、これはもう恋仲なのだろうか。
今までは近所の優しいお兄さん、けれど違う関係になった、もっと深い関係に。
これからどうやって接すればいいだろう、今まで恋人なんてできたことがないのだ。
そうして悶々としているさなか、キャスターの方からお誘いがあった。
次の休みに、北欧神話関係の展示会があるから博物館へ行かないかと。
考古学を専攻しているだけあって、デートにしては真面目なお誘い。
けれど、リツは二つ返事で了承していて、そのときから浮足立っていた。
誘うのなら、大学の同じゼミの人でも良かったはず。
その人たちをさしおいてキャスターと共に行けることが嬉しかった。
当日、朝からそわそわしていてあまりものが手につかなくなる。
呼び鈴が鳴ると、すぐにドアを開けていた。
「相手を確認せず扉を開けるのは不用心だぜ?」
「キャスターさん、こんにちは。朝から楽しみにしてて、つい」
本音を零すと、キャスターはリツの頭をくしゃっと撫でる。
子供扱いされているようだけれど、撫でてくれることが嬉しくてはにかんでしまう。
「そんじゃ、行くか」
また車で行くようで「お願いします」と助手席に乗せてもらう。
キャスターの隣に座れるなんて、特別扱いされているようでまた気持ちが浮ついた。
車の中は二人きりの空間のようで、少し落ち着かなくなる。
それは、相手を意識しているからこそだと、リツは気付いていなかった。
博物館は、二十分ほど走ったらもう着いた。
昔の城のような立派な建物を見上げて、リツは口を半開きにする。
「こんなところ、街中にあったんだ・・・」
「車があると行動範囲が広がって便利だぜ、お前といろんな所行きたいしな」
キャスターがふっと微笑みかけ、リツはとくんと胸が鳴るのを感じる。
まるで、恋人が相手をエスコートしているような。
そんな厚かましいことを思ってしまって、自分で勝手に慌てていた。
大々的な展覧会なのか、中は人で賑わっている。
チケットを買おうと財布を出そうとしたけれど、その前にキャスターが券を差し出した。
「もう買っておいてくれたんですか?」
「ああ、こっちからデートに誘ったんだ。また出世払いでいいぜ」
「ま、また出世払い・・・って、デ、デート、って・・・」
口をぱくぱくしているリツを見て、キャスターは楽しそうに笑う。
からかわれているとわかっても、幸せな感情がリツに生まれていた。
「結構混み合ってるから、はぐれないように手繋いどくか」
「え」
リツが返事をする前に、キャスターは一回り小さな手を握る。
はたから見れば兄弟にでも見えるからいいのかもしれないけれど
大人の掌に包まれ、リツはほのかに赤面していた。
展覧会は、北欧神話の歴史から、先住民が使ったとされる武器や衣服などの展示があったり
催事の内容、神々がもたらした奇跡についてなど多くの文献があった。
「オレの趣味で選んじまったが、退屈してねえか?」
「そんなことないです、神様とか、神話とか結構好きです。ゲームの知識しかないけど」
物語もファンタジー的なものが好きで、ノンフィクションよりフィクションに夢を見ていた。
神々のいさかい、もたらす恵みが本当にあったのだとしたら、それは素敵なことに思える。
夢見がちと言われればそうなのだけれど、非現実的なものに引かれていた。
「そいつはよかった、人いきれにつかれたら言えよ?」
「ありがとうございます。でも、大丈夫です。・・・キャスターさんが、手握っててくれるから・・・」
後半、小声でつぶやくように言う。
可愛いことを言う少年だと、キャスターは今すぐ抱きしめたい衝動を必死に堪えていた。
展覧会をじっくり二時間は見て、そこそこ疲れてくる。
けれど、手は繋いだままでリツの精神面はむしろ高揚していた。
帰りにルーン文字の解説本を買い、帰宅する。
車で送り届けてくれたのはいいけれど、まだ日が高いと分かれるのが惜しくなってしまっていた。
「あの・・・よかったら、うちで休んでいきませんか?」
「いいのか?じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうとするかね」
庭先に車を停め、キャスターはすんなりとリツの提案に乗る。
リツはぱっと表情を明るくして、キャスターを家に招いていた。
家には相変わらず人はおらず、ひとまずリビングで待っていてもらう。
冷えた麦茶を持って行くと、キャスターは早速ルーン文字の本を開いていた。
「お、サンキュー」
「その本、オレも見てもいいですか?」
「いいぜ、隣に来な」
リツが椅子をひっつけて隣に座ると、キャスターはすかさず腕を肩に回す。
とたんに距離が近くなり、リツはまた胸を高鳴らせていた。
「こ、この本、ルーンの一文字ずつたくさん解説が載ってるんだ」
「ああ、一般的な組み合わせだけじゃなく、効果的な使い方もあって中々お値打ちモンだ」
キャスターはぱらぱらとページをめくり、一緒に解説を読む。
その中で、×のマークのルーン文字でぴたりと手が止まった。
「あ・・・これ、前にも教えてもらった」
「よく覚えてたな、オレが一番お前に伝えたい文字だ」
さらりと口説き文句を言われて、リツは言葉を無くす。
その文字をきっかけにしたように、キャスターはリツの肩を抱き寄せる。
「なあ、こんなに簡単にオレを招いちまってよかったのか?他に誰もいない、二人きりだ」
耳元で囁きかけられ、リツの頬がみるみるうちに染まっていく。
ただ、もう少し一緒に居たかったからという思いが先行していたけれど、よく考えれば大胆な誘い掛けをしたのではないかと。
「だ、だって・・・もう少し、傍にいたかったから・・・」
「オレがお前にどういった感情を抱いてるか教えたよな?それでいて、無防備にも家に入れちまうなんて」
キャスターが、リツの顎を取り上を向かせる。
見上げる距離が近い、それでも振り払おうとは動けない。
「知って・・・ます。でも、手繋いでたとき、幸せだったから・・・」
リツはこの感情をどう伝えればいいのか、語彙力がついていかない。
キャスターは、リツをじっと見詰める。
純情で、純粋な少年、まだ恋愛感情もはっきりとわかっていない。
だからこそ、教え込んでやりたい、自分の想いで埋め尽くしてやりたい。
「リツ、口開けてな」
「?あー」
この状況で開けろと言われて素直に開ける、そんなところが相手を煽ることも知らない。
「ほんっと、無防備だな・・・」
呆れる反面、信用しきっていることに高揚する。
リツが口を閉じないうちに、キャスターはその部分へ覆い被さっていた。
「ん・・・!?」
すぐに、口の中にするりと柔いものが入って来て、リツは一瞬目を見開く。
その感触は初めてではなくて、表情がとたんに蕩けていた。
キャスターは自らの唾液を伝わせるよう、リツの上から舌を絡ませる。
「ん・・・ん、は・・・ぅ・・・」
吐息と共に、リツから甘い声が漏れる。
キャスターはじっくりと味わうように、リツの舌をまんべんなく愛撫する。
脳を痺れさせるような、陶酔させるような感覚に力が抜けていく。
唾液が交わり、舌が絡む感触、いやらしくてたまらないのに、委ねてしまう。
高低差があり、キャスターの液がとろりと垂れてくる。
それは少しずつ喉の奥に溜まってゆき、卑猥な感覚を強めていた。
汚いとか、そんな抵抗感は全くなくて、その液体をリツは反射的に飲み込む。
一瞬、自分の舌が吸われてキャスターは目を細める。
このままだと抑えが効かなくなりそうで、名残惜しくも舌を解いていた。
身を離すと、キャスターからリツの口の中へ、つうっと糸が伝う。
それが零れ落ちてくると、リツは無意識の内に喉を鳴らして液を飲んでいた。
キャスターはぞくぞくとした高揚感を抑制しつつ、リツを解放してやる。
「は・・・ぅ・・・キャスター、さん・・・」
リツは、完全に蕩けた表情でキャスターを見上げる。
不慣れな悦の感覚に酔い、もっと与えてほしいとさえ読み取れる表情。
もちろん無意識の内だとは思うが、キスの一回でこんなにも煽られるものなのかと、キャスター自身も驚いていた。
「なあ・・・リツ、もっとして欲しいと思うか?大人がするような、気持ち良いこと・・・」
誘惑するように、囁きかける。
今のリツは、あまりものを深く考えられないと知りつつ。
「・・・キャスターさんが、してくれるなら・・・してみたい・・・」
それは、単なる好奇心かもしれない。
けれど、もう言質を取った、撤回させる気はさらさらない。
「オレも、お前に教えてやりたい、今のキスなんか比にならないほどのことを、な・・・」
具体的な事なんて、きっとリツはわかっていない。
ずるい大人だと自覚する、それでも欲しい。
この少年が、自分のことしか考えられなくなればいいと、本気でそう思っていた。