クー・フーリン三兄弟のご近所さん キャスターとの話4





キャスターのことを意識するようになってから、進展は早かった。

北欧神話展でデートし、家に招き、深い口付けを交わし、その後約束した。

もっと、進んだ関係になることを。

冷静になった今、意識がおぼろげだったとはいえとんでもないことを言ったと思う。

けれど、後悔はしていないし、むしろ興味が沸いていた。

口付けだけでも蕩けてしまうのに、それ以上の事なんて一体何があるのかと。



そうして期待したのもつかの間、すぐに行動に移されるわけではなかった。

まるでタイミングを見計らったかのように、大学のゼミ合宿がほぼ一ヶ月あると言うのだ。

その前日、別れを惜しむように二人は喫茶店で会っていた。

「一ヶ月・・・結構長いですね」

「ああ、教授を恨むぜ。・・・せっかく、もっと親密な仲になれそうだったのにな」

キャスターは、リツの髪を軽く指ですく。

それだけでも、リツは照れくさそうに視線を下げていた。



「あの・・・たまに、電話してもいいですか・・・?」

「オレの方こそ、我慢できなくなって連絡するに違いねえ。人気のないところ見つけねえとな」

長電話をするなら周囲の迷惑にならないほうがいいのだろうと、リツは健全なことを考える。

「オレのいない間、ランサーやオルタになびくなよ?」

「そ、そんなことしません。いくら似てるって言っても・・・オレが好きなのは、キャスターさんだから」

率直な告白に、キャスターの胸が疼く。

兄弟が出払っていれば、今すぐ持ち帰って掻き抱いてやりたいところだ。



「帰って来たら・・・続き、してやるからな」

「あ・・・」

流石に察し、リツはこくりと頷く。

今すぐ行為に及べないのが、キャスターにとっては試練そのものだった。





翌日、キャスターは後ろ髪を引かれつつもゼミ合宿に向かう。

これをこなさなければ卒業できないほど重要な合宿は、卒業論文に向けての考察会だけでなく社会に出てからの集団行動の訓練も兼ねている。

教授のスカサハも厳しいことから試練の合宿と言われているが、キャスターには乗り切れる確信があった。



初日から、早速卒業論文の考察会が開かれる。

キャスターはルーン文字の研究をしていて、論文もルーンに直して書こうかと考えていた。

ケチをつけたり賞賛したり、人数がいるとひとしきり話すだけでも時間がかかる。

アイデアはスマホやノートパソコンにまとめ、合宿中にテーマを決めようとグループで意気込んでいた。

キャスターの発言は控えめだったが、聞き手でいるのも疲弊する。

リツに電話をかけようかとも思ったが、集団行動が多くなかなか間がない。

隙を見つけようとしている内に就寝時間になってしまい、初日からもどかしさを覚えていた。



一方のリツは、一日中スマホを側に置いていた。

いつ連絡が来るかと、来たらすぐ出られるようにしていたけれど、結局今夜はなさそうだと気落ちする。

初日で、きっとキャスターも大変なのだろう。

女々しいことを考えてはいけないと、リツはもやもやとした思いを抱えつつも眠りについた。





それから、キャスターから連絡が来たのは合宿が始まってから一週間後だった。

夜、寝る前に電話が鳴り、ワンコールですぐに出る。

「リツ、まだ起きてたか」

「キャスターさん、今晩は。お疲れ様です」

キャスターの声が聞こえて、リツの気分が一気に明るくなる。

「なかなか連絡できなくて悪い、集団行動が徹底されててよ・・・」

「そんな、キャスターさんのタイミングのいいときでいいです。こうして、声が聞けるだけでも・・・」

本当なら、連絡さえ取れなくてもおかしくはない。

それでも、忙しくて大変な合宿の合間に時間を作ってくれることだけても嬉しかった。



それからは、合宿の内容やリツの高校のことや、とりとめのない会話が続く。

何でもない話でも、交わすたびにリツには幸福感が増していくようだ。

「あー、そろそろ時間だ、教授、門限もうるせーんだわ」

「そうですか・・・また、連絡もらえますか・・・?」

会話が終わってしまうとわかると、どうしても声が落ち込んでしまう。

それだから、合宿が厳しいとこだとわかっていつつも甘えるように言ってしまっていた。



「もちろんだ、オレもお前の声聞きたいしな。次もこっちの休みのときになると思うが・・・」

「いつもスマホ近くに置いておきます!」

リツの元気な声に、キャスターはふっと笑む。

今ばかりは、何の策略もなく純粋な喜びが先行していた。



「じゃあな、あんまり夜更かしするなよ?」

「子供じゃないんだから・・・。お休みなさい」

「ああ、お休み」

そこで、通話が途切れる。

リツは声の余韻を味わうように、胸に暖かさを覚えつつはにかんでいた。

お休みなさい、と言える相手がいることが幸せだと。





リツと通話をしてから、キャスターは会いたい気持ちが昂ぶっていた。

声だけではとても足りない、頭を撫でて、口付けて蕩けさせてやりたい。

一週間でこんなになるものかと、先が思いやられていた。

それから先、電話を楽しみに何とかまた一週間乗り切る。

途中で30分でも話せないかと思っていたが、スカサハの監視もありそれは叶わない。

唯一自由になる周一の休みだけがチャンスで、飲み会なんてものは断固として断っていた。



そして、次の休み、昼の集団行動から逃れたキャスターは夜の落ち着いた時間に電話をかけていた。

「キャスターさんお疲れ様です。合宿もようやく半分ですね」

「ああ・・・」

「ど、どうかしたんですか?具合悪いんですか?」

キャスターの声にあまり元気がなく、リツは心配する。

「いや、そういうわけじゃねえんだ。ただ、思いの外欲求不満になっててよ」

「離れたところで週一の休みじゃ、あんまり好きなこともできなさそうですもんね」

キャスターの悩みは、そんな健全な内容ではない。

キャスターは周囲に誰もいないことを再確認し、声を低くした。



「できることなら・・・今すぐお前のこと抱いてやりたい」

「え、っ・・・」

「抱きしめて、頭撫でて、キスして、弄りたくてたまらねえ」

「キ、キャスターさん・・・」

突然、熱烈な言葉が飛び出してきて、リツは戸惑う。



「・・・すまねえ、そんなことまだできねえってわかってんだけどよ」

「・・・あの、オレ・・・ちゃんと、キャスターさんのこと、待ってますから・・・。

この電話も楽しみで仕方ないけど・・・やっぱり、会いたい、です」

可愛いことを言われ、キャスターは頭を抱える。

週を追うごとに、執着心が増す。

未だかつて、こんなにも欲しがった相手はいただろうか。

通話を終えたばかりなのに、もう次の会話のことを考えているなんて。





そして、また一週間後、キャスターの欲求はだいぶ高まっていた。

ひょっとしたら、リツよりも通話を楽しみにしているのではないか。

いつものようにコールすると、リツも待ちわびていたようで一回で出る。

「こんばんは、キャスターさん。合宿も残すところ一週間ですね」

「やっとこさ後半だ、せいせいするぜ」

「帰って来たら、たくさんお土産話聞かせてください」

後一週間とあらば、帰って来たときのことを考えずにはいられなくなる。

その妄想は、リツよりキャスターのほうがだいぶ強かった。



「来週・・・夜になると思うんだけどよ、お前の予定が空いてれば、合宿終わったその日に会いたい」

「あ・・・空けます、何としても!迎えに行きますね!」

それほどまでに会いたがってくれていることが嬉しくて、声高に返事を返す。

「そのまんま・・・どっか、泊まりに行かねえか」

「もちろん、いいですよ。オレもキャスターさんと過ごしたいです」

帰って来て、すぐに兄弟の相手をするのは疲れるのだろうか。

リツの健全な考えをよそに、キャスターの考えはまるで違った。



「こんなこと言ったらな、引くかもしれねーけど・・・。

ホテルにでも行って、一晩中二人きりだ。風呂から上がったら、もう何も着なくてもいい」

「・・・キャスターさん?」

キャスターは、唐突に願望を語り始める。

「お前のこと後ろから抱いて、白い素肌撫で回してよ。勿論、下半身の方の、まだ柔らけえモンもまんべんなく擦ってやる」

「あ・・・」

想像してしまって、リツは電話越しに赤面する。



「反応して、固くなってきたらお前のこと組み敷いて、ディープキスで何も考えられなくさせてやりたい。そして、また下半身の方に手をやるんだ」

「あ、あ・・・」

恥ずかしいのに、スマホを耳から離せない。

それどころか、聞き漏らすまいと耳を押し当てていた。

「前に触ったら今度は後ろの方だ。ローションで中も外も十分に濡らして、最初は指で解してやる・・・」

「え、あ、そんな、とこ・・・」

通話しているだけなのに、リツは足をもじもじとさせる。

あまりに大胆すぎてはっきりと想像することができなくても、性的な内容に下腹部の方に熱が行くようだった。



「・・・ここから先は、帰ってからのお楽しみにしとくか」

「は、はひ・・・」

刺激が強すぎて、リツは間の抜けた返事しか返せなかった。

「ヤベえな、言ってるだけで立ってきそうだ。・・・また、来週な」

「あ・・・はい、また、来週・・・」

通話が切れた後、リツはスマホを耳から離すのも忘れて床にへたり込む。

帰って来たら、本当に、話していたことをするのだろうか。

大胆すぎて、自分の脳ではとてもついていけてない。

よくわからないけど、泊まるなら着替えはいるだろうと、今からのろのろと準備をする。

ただ、前に触る後ろに触るというのは、なんとなくいやらしいことなのだろうとは察する。

それでも、キャスターを出迎えに行かない理由にはならなかった。





とうとう、合宿が終わる。

リツはタクシーに乗り、キャスターが帰って来る空港に迎えに行っていた。

空港なんて滅多に来なくて、きょろきょろと搭乗口を探す。

そうしていると、運の良いことに若い集団が目に入って足を止める。

その中に、綺麗な青い髪があって思わず駆け出していた。

「キャスターさん!」

周りにはまだゼミの人達がいるのに、呼びかけずにいられない。

キャスターはリツを見て、安心したようにふっと笑った。

駆け寄ってくる少年を見て、スカサハがキャスターに目をやる。



「何だその子は、お前の隠し子か」

「ちげーよ!年齢考えろや!近所に住んでてよく遊びに来てんだ」

ひときわ威厳があって厳しそうな女性、リツは、この人がいつぞやのケーキをくれた人だと気付く。

「あの・・・キャスターさんの先生ですか?」

「ああ、ルーン学や北欧神話学の教授のスカサハだ」

「あ、あの、だいぶ前になるんですけど、ケーキありがとうございました!キャスターさんから貰っちゃって・・・」

「ほう、こやつとは違ってなかなかに礼儀正しい少年のようだ」

そんなに前の恩義を覚えているのかと、スカサハはリツの頭をよしよしと撫でる。

なぜだか、小動物を撫でるように自然と手が出ていた。

大人の女性に撫でられ、どうしていいかリツはまごまごする。

キャスターは気に食わなさそうに奥歯を噛み締め、さっとリツを引き離していた。



「じゃあオレら約束してたことがあっから、これで失礼します!」

キャスターは早々にリツの腕を引き、その場から離れる。

久々に触れてくれたキャスターの手に、リツは今からどぎまぎしていた。



空港の外に出ると、早速タクシーを呼んで乗り込む。

ほとんど勢いで行動してしまったが、キャスターはふと気付く。

「勢いで来ちまったが・・・外泊するなら準備いるよな?一旦帰るか」

「あ・・・い、いえ、実は、もう・・・」

リツは、大きめのリュックサックの中を開く。

そこには着替えや洗面道具やらが入っていて、もう準備万端だ。

「ほんっと、健気だねぇ・・・」

もはや、キャスターの衝動を抑制するものは何もなかった。