クー・フーリン三兄弟のご近所さん オルタとの話1
ランサーの無礼講に呆れつつ、キャスターはしゃがんでリツと視線を合わせる。
「なあ坊主、こん中で一緒に寝るんだったら、どいつがいい?」
キャスターの問いかけに、リツは少し呆ける。
そして、ちらとオルタの方を見ると、たっと駆け寄っていた。
まさかの答えを、二人は意外に思う。
「そいつ、あんまし寝相良くねえぞ?」
「そ、そうだぜ、押し潰されるかも・・・」
二人に警告されても、リツはオルタの服の裾をきゅっと掴んで離さない。
オルタをじっと見上げている様子に、キャスターは小さく溜息をついた。
「坊主が決めたんだ、もう何も言わねえよ。ほら、行くぞランサー」
ランサーは何か言いたそうに口をぱくぱくさせていたけれど、キャスターに首根っこを掴まれる。
二人はそのまま退席し、リツはまだオルタを見上げていた。
「・・・アイツらが言ってた通り、押し潰されても知らねえぞ」
「ん・・・」
警告しても、リツは離れない。
オルタは観念して、リツを自室へ連れて行った。
長身ともあり、オルタのベッドはリツのよりだいぶ大きい。
広いベッドを見て、リツは嬉しそうにころんと寝転がった。
そして、早く隣に来てほしいとせがむようにオルタを見詰める。
その視線に耐えかねたのか、オルタは背を向けて横になった。
広い背中が近くにあって、リツは思わず身をぴったりと寄せる。
「蹴り飛ばされたくなかったら離れとけ」
そう言っているのに、背中に当たる人の温もりは消えない。
のんびりしていそうで頑なな奴だと、オルタは諦め目を閉じた。
リツが目を覚ましたとき、そこは床の上じゃなかった。
潰されてもいないし、蹴り飛ばされてもいない。
しかも、背を向けていたはずのオルタはいつの間にか反転していて、目の前にたくましい胸筋があった。
寝起きでぼんやりしているリツは、すりすりとそこへ擦り寄る。
そうして、ほどなくしてまた寝息をたてていた。
一方で、胸の辺りにくすぐったいものが触れ、オルタも薄く目を開く。
自分にしてはまだ起きるのに早すぎる時間、それに温かいものが側にあって眠気を誘う。
その温度は嫌ではなくて、背に腕を回して相手を引き寄せる。
温い抱き枕だと、オルタはすぐ二度寝していた。
昼近くになり、オルタはようやく覚醒した。
腕の中には近所の少年がいて、どうしてこうなったのか思い出そうとする。
確か、一緒に寝ることにはなったが背を向けていたはずだ。
自分の寝相の悪さに辟易し、まだ寝息を立てているリツの肩を揺さぶった。
「オイ、起きろ」
「んー・・・今日は休みだよ母さん・・・」
「誰が母親だ、寝惚けてないで起きろ」
自分の母親はこんなに低音ボイスではないと、不思議に思いつつ目を開く。
見上げると間近にオルタの顔があって、夢かなと一瞬だけ思う。
けれど、そうだ昨日はお世話になったのだと、はっと思い出した。
「お・・・おはよう、ございます・・・」
リツが完全に起きたのを見て、オルタはベッドから下りる。
昨日は日付が変わる前に寝たと思うが、もう時計は昼前を指している。
知らず知らずのうちに疲弊していたのか、それとも、もしや、寝心地が良かったのか。
リツも、時計を見てぎょっとする。
昨日寝た時間は覚えていないが、たぶん睡眠時間最長記録だ。
それも、きっと、温もりを感じつつ寝ていたからだと思う。
しかも、それが他でもないオルタのものだったのだから。
キャスターは大学へ、ランサーはバイトへ行っているのか家は静かだった。
時間も時間なので、オルタにぺこぺこと頭を下げて家を出る。
帰宅すると、よほど心配かけてしまっただろうなと思いきや「お泊りは楽しかった?」と言われ驚いた。
そういえば、おぼろげな記憶を辿ると、昨日は泊まることになったとキャスターから言われた気がする。
と、いうことは、オルタの腕や足に触れたことも、服の裾を引いてじっと見詰めていたことも、夢ではなかったのだと突きつけられた。
途中からぼんやりしていたとはいえ、何て恥知らずなことをしてしまったのだろうと、今になって恥ずかしくなる。
けれど、その恥と共に湧き上がってきたのは、自分の鼓動を高鳴らせる感情だった。
とりあえず迷惑かけたことを面と向かって謝りに行かなければならないと、リツは塾帰りにクー・フーリン家に立ち寄る。
玄関口に行くと、すぐ近くに黒塗りのバイクが置いてあった。
赤色で流線形の模様が入っていて、いかにもオルタのもののようだ。
「バイクが珍しいか」
ふいに背後から声をかけられ、飛び上がりそうになる。
振り向くと、ヘルメットを持ち、ライダースーツに見を包んだオルタがいて口を半開きにしてしまった。
普段の黒パーカーとは違う、いかにも走り屋という風貌に正直見惚れていた。
「オ、オルタさん、バイク乗るの、好きなんですね」
「まあな、車通りの少ない道をかっ飛ばすのが良い」
もう、すぐバイクに乗って行ってしまうのだろうか。
もっと見ていたい、接していたい、夜型のオルタと出会える時なんて限られているのに。
「あ、あの!」
オルタがバイクにまたがる前に、リツは一歩踏み出す。
「・・・オ、オレも、ついて行っちゃ、ダメですか。その・・・後ろに、乗っけて、もらえないかな・・・なん、て・・・」
何を言い出すんだと呆れているのか、オルタは黙る。
さっさと帰れと言われて当然、一縷の望みもないように思えた、が。
「そこらを流すだけだから面白くはねえぞ」
「そ、それでもいいです、一度乗ってみたくて憧れで」
早口で言うと、オルタが歩み寄り、頭にすっぽりとヘルメットが被せられた。
飛ばないように紐が締まり、ひょいと体が持ち上げられてバイクの後ろに座らされる。
「え、あ、オルタさん、のは」
「暗いからバレねぇよ」
オルタはゴーグルだけつけ、エンジンをかける。
本当に、夢ではないのかとリツの心は浮ついていた。
「落ちても拾わねえからな」
「し、しがみついときます!」
たぶん落ちたら大怪我では済まない、リツは強くオルタに両腕を回してしがみつく。
バイクが走り出した瞬間から、リツの鼓動は強さを増していた。
街はどんどん遠くなり、山の方へバイクは走る。
確かに車通りはほとんどなくて、走りやすいかもしれないけれど
カーブが多くて、振り落とされないよう必死にオルタにしがみつく。
周囲を見る余裕もなく、ただただスピード感に圧倒される。
けれど、こうして遠慮なくしがみつかせてもらえるだけでもリツは満足していた。
途中に、開けた場所があり一旦そこに停車する。
バイクから下りヘルメットを取ると、体がふらりとぐらついた。
急に平地に立ち、まだ体が揺れているようだ。
オルタはゴーグルを取り、リツの肩を支える。
「酔ってねえか」
「う、うん、大丈夫。何だか、ジェットコースターに乗ってるみたいでわくわくしたし・・・」
こうして気遣ってくれることがたまらなく嬉しい。
あわよくば、気分が悪いと言ってしばらく肩を寄せたままで居たくなる。
ふらつきもおさまってきたところで、やっと落ち着いて景色を見ることができた。
「わあ・・・」
よほど高い場所へ来たのか、街の様子が一望できる。
繁華街はまだちらほら明かりがついていて綺麗で、眺めの良さに見入っていた。
本当に、夢であっても不思議ではない。
オルタのバイクに乗せてもらい、こうして一緒に夜景を見ていられるなんて。
辺りは静かな闇夜に包まれていても、恐怖心はない。
むしろ、二人きりで居られることが嬉しい。
それだけではない、とりとめのない会話ができることも、傍に居させてくれることも。
肩を支えられていると、胸が熱くなる。
始めてバイクに乗せてもらって、興奮しているからだろうか。
思い切って、自分からオルタに身を寄せる。
オルタはちらと目を向けたが、特に振り払おうとはしない。
たぶん、相手としては暗闇が不安なのか、としか思っていないだろう。
けれど、自分の心境はまるで違う。
触れている個所全てから、どんどん温度が伝わってくるようだ。
相手の体温が高いのではなく、自分が勝手に高まっている。
いつの間に、憧れがこんな形に変わったのだろう。
無理を言って、多少我儘になってしまうのも、きっと、これが、特別な感情だから。
「そろそろ帰るぞ」
オルタが、リツの手首を掴んでバイクの方へ引っ張って行く。
こうして、相手から掴んでもらえるだけでも、さらに鼓動が強まる。
やっぱりそうなんだと、リツは自分の気持ちを確信していた。
帰宅すると、自分の家の前で下ろしてもらう。
ヘルメットを返すと、これで終わってしまうのかととたんに名残惜しくなった。
「じゃあな」
「あ、ま、待って」
反射的に、腕を掴んで引き留める。
「あ、あの・・・今度、また、勉強、教えてもらえませんか。次は、塾の試験があって・・・」
「夜なら構わねえ、昼間にあの喫茶店に行ったら絡まれる」
きっと、ランサーにちょっかい出されるのだろう。
リツははにかみ、頭を下げていた。