クー・フーリン三兄弟のご近所さん オルタとの話3
オルタに口付けてもらえた日、リツは興奮してほとんど寝付けなかった。
授業中も、塾の間も、集中しないといけないのに思い出してしまう。
無骨な相手の、柔らかい部分に触れさせてもらえた。
そんなことを考えているさなか、ふと、自分はオルタのことをほとんど知らないことに気付く。
嫌いなことは煩いもの、好きなことは読書くらいだろうか。
もっと、オルタのことを知りたい。
そう思ったリツは、いても立ってもいられなくなっていた。
休日、オルタは珍しく日中に起きて外へ出かけていた。
普段なら、早く目が覚めても自室で読書でもしているのだけれど、なんと百貨店に来ている。
休日はそこそこ賑わっていて寄り付かないところだが、今回は連れがいる。
「このストラップかわいいなあ、ガラスが猫の形してて綺麗だなー」
雑貨屋で、リツは目を輝かせて猫のストラップを見ている。
他にも、色とりどりのグラスや動物のバッジなどをまじまじと見ていた。
特に買いはしないのだけれど、眺めるだけでも楽しそうにしている。
リツは物珍しく商品を見ていたが、ちらとオルタを見ると眠そうにあくびをしていた。
ここは失敗かと、ウィンドウショッピングもそこそこに雑貨屋を出る。
「次は、催事場行こう!珍しい食べ物が出てるみたい」
「待ってるから行ってこい」
「い、一緒に行かないと誘った意味ないです!」
リツは勇気を出してオルタの腕を引き、半ば無理やり連れて行く。
思い切って買い物に誘ったのも、オルタの好みを知りたかったからだ。
そして、それがわかればさんざんお世話になったお礼をしたいと思っていた。
次はお菓子の催事場、全国から珍しい商品が集まっていて、甘くないお菓子もありそうだ。
「わあ、これラーメンみたいな形しててもプリンなんだ、マヨネーズの容器に入ってるのもあるし・・・」
リツは興味津々なのだが、オルタはあさっての方向を見ている。
子供っぽくて似合わなくて、催事場のようなごみごみしたところは嫌いなのだろうか。
ここも外れかと、早々に退散して次は服屋に赴いた。
一応、パーカーは見ていたようだったが、それ以外のしゃれた服には見向きもしない。
一体何に興味があるんだと、しらみつぶしに探るのは店が多すぎるしオルタも退屈だろう。
次の本屋で最後にしようと諦めがちに行き、新刊コーナーを見た。
新しい漫画は出ているかと見ていると、オルタは店の奥へ行く。
もしかして興味のある棚があるのかと、慌てて後を追った。
追いつくと、オルタは海外の文献のコーナーを見ていた。
表紙からしてさっぱり読めず、オルタの視線の先ばかり観察する。
少しした後、ふとオルタの目が一冊の本のところで止まった。
棚から取り出され、表紙が見えたけれどやっぱり読めない。
「それ、目当ての本?」
「ああ、神話とルーンの関係性について書かれている。近所の本屋じゃ見当たらなかった」
そこで、ここへ来て初めて、オルタがふっと口を緩ませる。
正解は本屋だったのだと、リツは嬉しくなる。
「あ、あの、その本オレが買うよ!さんざん、お世話になったし」
「本代くらい持ち合わせはある」
オルタがさっさとレジに向かおうとするものだから、リツはとっさに腕を掴んで引き留める。
「あ、余ってる図書カードがあって、塾でよく貰うから、使っちゃいたくて」
それなら参考書を買っておけ、と言うところだが、リツは案外頑ななところがある。
オルタは気づかれない程度に小さく息を吐くと、本を手渡した。
「なら、お言葉に甘えさせてもらうとするか」
「うん!買ってくるね!」
リツは、ぱっと表情を明るくしてレジへ向かう。
オルタはその間に、一旦本屋を出ていた。
有名作家の新刊が出たところで、レジは長蛇の列だった。
あまり待たせては悪いと思うが、こればかりはどうしようもない。
ようやく順番が来て、現金払いをする。
オルタはもう本屋の外に出ているだろうか、他の本を探しているだろうかうろうろ探した。
頭一つ出ているのですぐ見つかると思ったが、近くにはいない。
トイレに行っているだけかもしれないと、適当な椅子に座って待っていた。
10分ほど経ったが、たとえ混雑していてもトイレにしては長い。
他の場所を見に行っているのか、それとも退屈して帰ってしまったのか。
心細くなってきたとき、人混みの中に黒いパーカーが見えた。
「オルタさん!」
不安なのもあって、つい呼びかけてしまう。
目立つのは嫌だろうと思ってももう遅い、声に気付いたオルタが歩いて来る。
「ご、ごめんなさい、大きい声出して」
「お前は小さいからな」
オルタは、ぽんとリツの頭を軽く叩く。
明らかに子供扱いされているけれど、どことなく照れる。
「オルタさん、買い物してきたんですか?」
「ああ、お前が物珍しそうに見てたからな」
その袋を、オルタはリツに差し出す。
一瞬、頭に疑問符が浮かんでいたが、もしかしてと覗いてみる。
「これ、ラーメンぷりんとマヨぷりん・・・」
「相変わらずガキっぽいのが好きなヤツだ」
「そ、そんな、お返しのお返し貰ったらエンドレスに続いちゃいます」
「なら捨てるか」
「も、貰います!」
極端なことを言うものだから、リツは慌てて袋を受け取った。
プリンも嬉しいけれど、それ以上に、自分のことを見ていてくれたんだということに胸が温かくなる。
本当に、この人はさりげなく紳士的なことをするんだと、ますます夢中になるようだった。
日も暮れてきたので、二人はショッピングセンターを出る。
口数は少ないものの、本のおかげか声に苛つきは感じられなかった。
歩き回って疲れたことは疲れたけれど、一緒に居られるだけで嬉しい。
楽しいことの帰り道はあっという間で、気付けば三兄弟の家に着いてしまった。
「・・・あの、今日はありかとうごさいました。オレのワガママに付き合ってくれて・・・」
「まあ、収穫はあった」
本が見つかり、本当に良かったと思う。
時間を忘れるくらい楽しかったこともあり、急に名残惜しさが増していた。
「あ、あの・・・」
「おっ、お二人さん今帰りか。オルタも珍しく昼間から出かけてたんだな」
リツが言い出そうとしたとき、ちょうどキャスターが玄関から出てくる。
「コイツの買い物に付き合わされてた」
「何だよ二人してデートしてたのかよ、隅に置けねぇな」
「は?」
デート、という甘い単語にオルタは眉をひそめる。
少し近い存在になったことで浮かれ、好きなものを知りたいと思い立った。
今思うと、それはそういうことだったのかと気付き、みるみるうちにリツの頬が染まる。
はたからすれば、若いお父さんと息子くらいにしか見えなかったかもしれないけれど
一緒にショッピングセンターでふらふらしただけでも、そうとらえていいのだろうか。
「んじゃ、オレは出かけてくるわ。泊まらせるんなら、リツの親に連絡いれておけよ」
キャスターはオルタをちらりと見て、その場を去る。
もう帰らないといけない、日中歩かせてオルタも疲れただろう。
けれど、意に反するように足は動いてくれない。
泊まらせるなんてキャスターが言ったから、ほんのわずかな期待を抱いてしまっているように。
帰るとも、泊まりたいとも言えなくてリツは黙る。
沈黙が流れたが、オルタは小さくため息を吐いてリツの腕を取った。
「・・・三十分だけだぞ」
「あ・・・ありがとうございます!」
家に招き入れてくれて、リツは一気に浮き足立つ。
二階に上がり、オルタの部屋へ行く。
前は何やらぼんやりとしていてあまり覚えていないだけに、楽しみが膨らんだ。
オルタの部屋は殺風景もいいところで、ベッドと机と本棚しかなかった。
クローゼットがあるにはあるが、閉じられていて中は見えない。
淡白な性格に合っているような、そんな様子だったが本だけはびっしりと詰まっていた。
オルタがベッドに座り、リツも隣につく。
「で、何かしたいことはあるのか」
「し、したいこと・・・」
何をしたいのか、頭の中がぐるぐる回る。
自由にしていいのかと言われると、むしろ思いつかなくなってしまう。
けれど、迷っていては時間が経つだけだと膝立ちになってオルタの正面に回った。
わずかに高さが勝り、見下ろす形になる。
それだけでも緊張したが、思い切って腕を回して抱きついていた。
強張っていて密着はしていなくて、腕だけ背中に回る。
広くて大きくて、全然違う大人の体。
それに堂々と触れさせてもらえているだけでも幸せだ。
じっとしていると、ふいにオルタの片腕が軽く背に回される。
受け入れてもらえているんだと教えてくれるようで、たったそれだけでも心音が反応していた。
しばらくすると、膝がだるくなって痛み始めてくる。
わずかに体が震えると、振動が伝わったのか腰が引き寄せられた。
「わ、あ」
支えきれなくて、オルタの足の上に座ってしまう。
すると、自然と体の前面が密接になって赤面せずにはいられなかった。
支えられ、守られているような気がして、安心感が溢れてくる。
このまま時間が止まってしまえばいいのにと、本気でそう思っていた。
「あと5分だな」
「えっ・・・も、もう、そんな時間・・・」
抱きついているだけでも幸せすぎて、時が経つのを忘れる。
あと5分で終わってしまう、それなら一歩踏み込んでしまおうかと、リツは顔を上げてオルタを見た。
迷いのある視線に、オルタは口端を上げる。
「始めてじゃねえんだ、深いキスでもしてみるか?」
「へ!?」
言葉の意味は理解し、思わずすっとんきょうな声が出る。
「別に構わねえぜ、したけりゃしても」
「あ、あー・・・え、と・・・」
促され、あわあわしつつオルタを見上げ続ける。
いいのだろうか、遠慮なくしてしまっても。
刻々と時間が過ぎていく焦りに、背を押される。
「じゃ、じゃあ・・・する」
覚悟を決めて自分に言い聞かせるように呟き、オルタに唇を寄せる。
瞳が近づくだけでもどうにかなってしまいそうで、ぎゅっと目を閉じ、重ねていた。
軽く触れるだけでも、心音が激しくなる。
ここから、さらに進んでいいと言うのだろうか。
躊躇っていては時間がなくなると、かなり思い切って小さく舌を出す。
けれど、オルタの唇に触れた瞬間、羞恥心が満載になりとても進むことなんてできなくて、反射的に身を引いていた。
「・・・や、やっぱり、また、次の機会に、しま・・・」
情けない言葉の途中で、オルタの手が後頭部を固定する。
呆けたときには唇が塞がれていて、半開きの隙間から、柔らかいものが入り込んできていた。
「ん・・・!?」
何が起こったのかわからなくて、目を白黒させる。
それは自分の口の中にあって、舌に触れている。
液をまとった柔いものに表面を撫でられ、ぞくぞくとした感覚が背中に走った。
「ん、う・・・」
舌の形がゆっくりとなぞられ、自然と目を閉じる。
オルタのほうから触れられるだけでも頬が染まるのに、こんな、大胆なことをしてくれるなんて。
どうしていいかわからず大人しくしていると、ふいに、舌がやんわりと絡め取られる。
「ふ、ぁ・・・ぅ・・・」
無意識のうちに、吐息と変な声が漏れる。
本当に自分の喉から出た声なのかと、そう疑うようほど浮ついていて甘い。
初めて交わる感覚がいやらしくて、頭がぼんやりして、少しでも動かされると力が抜けていく。
このまま吸い尽くされても構わない、そんなことを思い身を委ねていた。
どのくらい重なっていたのだろうか、交わりが解かれ、口が解放される。
「はふ・・・オルタ、さん・・・」
すぐには立ち上がれそうになくて、オルタにもたれかかる。
もう、時間は過ぎてしまっているだろうか。
「一回でこれじゃあ、先が思いやられるな」
「だ、だって・・・やらしくて、どきどきして・・・」
まだまだ子供だと、オルタはリツの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「まあ、回数を重ねれば慣れてくるだろうな」
「あ・・・ま、また、できるの・・・?オルタさんと・・・?」
赤面しつつも、リツはオルタを期待の眼差しで見上げる。
精神的にはまるで整っていないのに、何かしたいという思いが先行しているのだろう。
だが、こうして鼓動を高鳴らせ、身を預けてくる少年のことが疎ましくなかった。
「・・・もう時間だ」
オルタは腕を解き、帰るよう促す。
約束を破る気はないのか、リツは大人しく横に退いた。
「・・・何だか、今も、まだ、どきどきして・・・。好きな人とするのって、こんなに、幸せになるんだ・・・」
素直な物言いに、一瞬、押し倒してやろうかと邪念が入る。
だが、まだ成人もしていないこの少年には刺激が強すぎるだろうと、理性が訴えていた。