クー・フーリンさんちのご近所さん オルタとの話4
高校三年生、そろそろ進路を考えなければいけない時期にさしかかる。
様々な大学の資料や説明会に赴く生徒もいる中、リツは1番に見学したい大学があった。
それは、言わずもがな三兄弟が通う大学で、今日はオープンキャンパスがあり始めて赴いていた。
オープンキャンパスは日常の授業を自由に見学できて、出入りも自由だ。
好みでない授業なら途中で出て別のを見に行ってもいいし、学食や購買も利用できる。
1限目の授業からいろんなところを見て回りたくて、リツは午前中から大学に来ていた。
人は多く、高校生も紛れていると思うけれど私服なのでわからない。
広々としたキャンパスへ、右も左もわからぬまま、けれど楽しみにしながら入って行った。
高校とは規模がまるで違い、どこで何の授業がやっているのかもよくわからない。
まずは構内図を見ようときょろきょろしていたところで、ふと青い髪が目に入った。
「ランサー!」
「おっ、リツ、もう来てたのか」
ランサーを見つけ、リツは駆け寄る。
「ランサー、今から授業?」
「ああ、神話学な。よかったら見に来いよ、その後案内してやっから」
「ありがとう、助かるよ」
ランサーを見つけたことでほっと安心し、一緒に教室へ行く。
100人は入れそうだが、朝一番の授業とあって人はまばらだ。
「広い教室だなあ」
「人気の授業のときはほぼ満席になるぜ。ま、退屈したら寝てな」
ほどなくして講師が入って来て、授業が始まる。
ランサーの参考書を隣から覗き見させてもらい、一緒に講義を受ける。
高校の5科目とは全く違う、神話を取り上げた内容は新鮮でちっとも眠たくなんてならない。
ランサーはたまに目を閉じていたので、肘でつついてはっと起こしていた。
授業が終わると、生徒がぞろぞろと出て行く。
「はー、終わった終わった。よし、眠気覚ましにキャンパス案内だ!」
「ありがとう。キャスターさんとか、オルタさんももう来てるの?」
「いや、キャスターはまちまちだけどオルタは完全に夕方の授業からだな」
「夕方・・・どんな授業取ってるの?」
矢継ぎ早にオルタのことを聞いてきて、ランサーはリツの背中をぽんと叩く。
「お前、ほんとにオルタのこと好きな」
「えっ?あ、えっと・・・その・・・」
どこまでばれているのだろうかと、リツは視線を逸らす。
「案内しつつ、オルタが授業受ける部屋も教えてやるからよ」
「あ、ありがとう・・・」
屈託のないランサーの笑みに、リツも照れつつ頬を緩ませた。
キャンパスは迷子になりそうなくらい広く、多くの棟がある。
購買にはコンビニ顔負けの品ぞろえで、学食はファミレスのような雰囲気で賑わい、値段も良心的だ。
図書館、自習室、パソコンルームもあり規模が大きく目を輝かせるものばかりだった。
ランサーは午前の授業だけだったので、お昼を一緒に食べて分かれる。
けれど、リツは夕方の授業が始まるまで帰りたくなかった。
図書館で時間を潰したり、全体をうろついてみたりしている間に遅い時間帯の授業が始まる。
ランサーに教えてもらった教室に行くと、人はほとんどいなかった。
入り口の扉が開くたびに、そちらへ目を向ける。
何人か見送った後、授業が始まる直前に黒いフード姿のオルタが入って来た。
どこの席へ座るのかと、リツは席を立つ。
視線を感じたのか、オルタはリツの方へ目を向けると一瞬ぴたりと足を止めていた。
多少の躊躇いはあったようだが、熱視線に負けたようにリツの隣に行く。
「こんばんは、オルタさん」
「・・・ああ、今日はオープンキャンパスだったか」
「ランサーに教えてもらって。・・・隣で聴いてていいですか?」
「好きにしろ」
許されることが嬉しくて、リツは笑顔になる。
わざわざこの時間帯まで残っているとは相変わらず物好きだと思ったが、オルタは黙っていた。
授業は北欧神話学で、前にオルタが買っていた本のことだと思い出す。
確か、この後はルーン学があり、その方面に興味があるのかと思う。
神々の名前はゲームにも出てきて、なんとなく、にわか知識だけどとっつきやすくて退屈とは思わない。
それに、オルタの隣に並んで授業を受けることは憧れの一つで、それが叶っていることが嬉しかった。
「次の内容はわけわかんねえと思うぞ」
「ルーン学ですよね?受けてみたいです。・・・オルタさんの隣に居られるし」
後半、声を小さくして呟く。
オルタは突き放すようなことは言わず、リツの好きにさせていた。
ルーン学は以前にキャスターにちらりと聞いたことがあり、アルファベットでもない、古代の文字に最初は混乱した。
よくよく見ると組み合わせによって感情や思いを伝えることができて、面白い部分もある。
肯定と否定の言葉を合わせて、感情の度合いを示す。
それによって自分の伝えたいことを表現できて、自由度が高い言語だと感じたし、使ってみたいとも思い始めていた。
講義が終わり、オルタも教室から出る。
「ルーン学の講義って珍しいんですよね、他の大学のパンフレットには載ってなかったし」
「まあな」
「・・・この大学、通ってみたいな」
まだ他の所を見ていないけれど、ルーン学に興味が沸いていたし、何よりオルタと同じ授業を受けられたらと夢見ていた。
「最終的に決めるのはお前だ。だが、選択肢を狭めるな」
来るなとは言わない、けれどもっと他の所へも目を向けろと言ってくれる。
オルタなりの助言に「はい」と返事をしていた。
棟の外へ出ると、いつの間にか時間が経っていて、もう真っ暗だった。
突き放されもしないので、自然と隣に並んで歩く。
このまま一緒に帰れればいいなと思っていた矢先、つかつかと歩み寄って来る女性が居た。
「クーちゃん!これから一緒にゴハン食べに行きましょ!」
ピンクの髪の女性はオルタしか目に入っていないのか、きらきらとした目で見詰めている。
「・・・メイヴ、さっさと帰れ」
「そんな冷たいこと言わないで、つよーいお酒のあるお店が・・・って、その子、誰?」
ようやく気付いたようで、隣に並んでいるリツに目を向ける。
「あの、オープンキャンパスで来てて、たまに勉強教えてもらってるんです」
「え!?クーちゃんが!?」
とてつもなく珍しい事なのか、メイヴは声を上げる。
「・・・そ、そんなの、羨ましくなんて・・・か、彼女にさえなれば勉強よりもっと濃密なことしちゃうんだから!」
「彼女・・・」
メイヴの発言に、リツははっとした表情になる。
厚かましい発言に、オルタは舌打ちしていた。
「テメェ、気味悪い事言ってんじゃ・・・」
「あ、あの、邪魔しちゃ悪いし、先に帰りますね」
リツは慌てて、さっと駆け出す。
オルタが引き留める間もなく、リツは大学から出ていた。
翌日からも、大学の資料を集めたりオープンキャンパスに行ったりする日が続く。
もちろん受験勉強もおろそかにしてはいけないと回数を増やしていたけれど、喫茶店に立ち寄ることがなくなっていた。
たまに、ちらと前を通りかかるとオルタのフードが見える。
中へ入って隣に座りたい衝動にかられるのだけれど、ぐっと堪えていた。
近所の弟みたいな少年が、優しさに甘えて近くに行って、あまつさえ深い仲になろうとしている。
それは、オルタの弊害になりかねないと、そう気付いてしまった。
綺麗な女性に言い寄られて、絶対そっちの方がいいに決まっている。
そう思うと、足は喫茶店から遠のいてしまっていた。
いろんな大学を見たけれど、やはり最初に見た大学に行きたい気持ちは変わらなかった。
3兄弟がいるからではなく、神話関係やルーン学を受けてみたい。
偏差値も何とか届きそうな値で、はっきり進路を決めた。
ちょうどそのとき、大学を受ける気ならテストの出題傾向を教えてやると。
キャスターからお誘いがあり、休みの日にリツは家に赴いていた。
「キャスターさん、おじゃまします」
「おう、今日はオレしかいねえから、集中できるぜ」
それを聞き、リツは内心ほっとする。
リビングに通され、また以前のように後ろから回り込まれるかと思いきや、そんなことはなかった。
普通に隣に座り、ローテーブルの上の大学の資料に目を向ける。
「試験の傾向は、結構国語と数学の難易度が高え。その他はまあ平均的だ」
「国語はいいけど、数学か・・・」
喫茶店で、よくオルタに数学を教えてもらったことを思い出す。
隣に座って緊張したこと、髪をすいてくれて驚いたこと。
「・・・で、試験日程はこの日で・・・って、聞いてるか?」
「えっ、あ、ご、ごめんなさい、ちょっとぼーっとして・・・。塾の回数増えたから、疲れてるのかも」
取り繕うリツを見て、キャスターはふと思うことがあった。
そういえば、最近弟が夜に必ず決まった時間に出て行っていると。
「・・・なあ、最近喫茶店に行ってねえみたいだな。エミヤが心配してたぜ」
「えっ、エミヤさんが・・・」
当たりかと、キャスターは軽くため息をつく。
何だかんだで、幾つになっても世話の焼ける弟だ、と。
「数学、苦手なんだろ。オルタに教えてもらった方がいいんじゃねえか」
「そう、ですけど・・・。オレ、オルタさんの邪魔にならないかって、大学には綺麗な人、たくさんいるのに・・・」
それなのに、近所の少年に構いっぱなしでいいのかと引け目を感じずにはいられない。
「オルタは基本的に一匹狼だ、馴れ合いは好きじゃねえ。けど、お前のことは側に置いてる。
兄貴として見てて、誰かに構いつづけるなんて初めてのことなんだぜ?」
「・・・でも、いいのかな、このままだと、行き過ぎたことになりそうで・・・」
「なってもいいじゃねえか、お前も、オルタもそう望んでんなら」
キャスターの言葉に、背を押される。
「引け目に感じることなんてねえよ、お前はあの弟が望んだ相手だ」
「キャスターさん・・・」
兄としてオルタを見ている相手に言われ、これほど心強いことはない。
迷惑じゃない、接し続けていてもいい。
リツの心に、希望が満ちる。
「オルタはそろそろ戻ってくる頃だな。部屋で待っとくか?」
「・・・うん」
こくりと頷くリツの頭を、キャスターがくしゃくしゃと撫でる。
リツは一言お礼を言って、オルタの部屋に移動して行った。
殺風景な部屋に一人、ベッドに座って待つ。
いざオルタが来たとき何て言おう、まず謝ったほうがいいのだろうか。
そうして考えているさなか、扉が開かれるのは思いの外早かった。
オルタが入ってきて、目を向けてくる。
「オルタ、さん・・・」
キャスターから聞いているのか、オルタは驚くことなくリツの隣に座った。
話したいことはあるのに、言葉が出てこない。
「進路は決めたのか」
「あ・・・はい、やっぱり、オルタさんのいる大学がいいなって。
・・・ほ、ほんとに、ルーン学が面白そうだって思ったからですよ、ほんとに」
「お前がそう決めたんならうだうだ言わねえ。だが、俺等に縛られるんじゃねえぞ」
「縛られてるつもりなんてありません。・・・好きで側にいるんですから」
リツは思い切って、勇気を出して告げる。
もしかして、気を遣っているのはお互い同じ理由なのではないかと。
「・・・オレのほうこそ、オルタさんのこと縛ってるんじゃないかって、心配になるんです。
つい、甘えちゃうから、仕方ないガキだって・・・」
近寄ってくるから仕方なく相手をしている、それだったら申し訳ない。
けれど、久々だからか、こうして側に来てくれたら、この機を逃したくなくなる。
リツは、オルタの腕を掴んで真っ直ぐに目を見詰める。
「喫茶店に行かなくなって・・・正直、もどかしいばっかりでした。本当に、どうしようもないんです、オレ・・・」
本当に好きな相手には厚かましくなってしまう、わがままになってしまう。
この先のことを言えば、困らせることになりかねないのに。
俯きそうになる顔を、きっと上げ続けて言う。
「オレ・・・遊び相手ぐらいの感覚でもいい、だから・・・」
もう、言葉は止まらない。
自分の我儘だとわかっていても、腕を掴む手を離せない。
「オルタさんの、側にいたい・・・」
瞬間、オルタの目が見開く。
驚きとはまた違うような、そんな顔。
何を言われるかと構えていたが、言葉を告げる箇所が、すぐさま塞がれていた。
「ん・・・!」
思いがけないことに、息が止まる。
口が半開きのままでいると、その中へ、柔いものが入り込んできていた。
オルタは前よりも深く中を侵食し、リツの舌を弄る。
「は・・・ぅ、ん・・・」
リツの手から力が抜け、ベッドに落ちる。
口の隙間から液体の交わる音を出し、まるで欲情させようとしているかのようだ。
もはや、気遣いの余裕はない。
一時も逃さぬようリツを絡め取り、混じり合わせる。
自分の液を飲んでしまえと言うように、全体を弄り尽くしていく。
「んん、は、ふ、あ・・・」
口をほとんど塞がれていて、リツは苦しそうに息を吐く。
酸素不足で頭がぼうっとしてしまい、熱だけが溜まっていくようだ。
熱烈な行為に体は反応しても、頭がついていっていない。
呆れられると思っていた、けれど、逆に繋がっているなんて。
舌の感触がいやらしい、何も考えられなくなる。
息が荒くなっていることに気付いてくれたのか、オルタは身を離した。
「は・・・っ」
まともに呼吸ができるようになり、リツは大きく息を吐く。
同時に、喉に溜まった液をごくりと飲んでいた。
自分のと、オルタのものが交わった液体。
気付いたときには、自分の内側からかっと温度が急上昇するようだった。
「オルタ、さん・・・」
自然と、オルタの名を呼ぶ。
戸惑う一方で、その相手を欲するように。
リツの蕩けた顔は、煽りにしかならない。
至近距離で直視したオルタは、リツの肩を押していた。
抵抗する力はなく、体が仰向けに倒れる。
オルタはすかさずその上に覆い被さり、首元へ顔を埋めていた。
リツはオルタとの距離が近くなるだけでも嬉しく思うさなか、今度は首筋に触れるものがある。
オルタはその首を舌の広い面でべろりと弄り、思い切り這わせていた。
「ひゃっ、わ、あ」
驚いて、リツは目を丸くする。
口内に感じていた感触が、今度は首を這い回っているなんて。
オルタはリツの皮膚に唾液がつくのも構わず、何度も往復する。
「あ、ぁ・・・や、う、あ」
そんなところ、執拗に触れられたことなんてなくて動悸がおさまらなくなる。
今のオルタはまるで獣のようだ。
獲物を弄り、味を確かめる、今から捕食するために。
首筋はしっとりと濡れ、動作は早く流暢になっていく。
驚愕と高揚が混じり、リツの息は荒い。
そして、舐めるだけでは足りないと言わんばかりにオルタは唇を押し付けていた。
動きが止まったのもつかの間、今度は皮膚に刺激が走る。
「オルタ、さ・・・っ、あ・・・!」
鎖骨に近い部分が強く吸い上げられ、軽い痛みが走る。
違う感触に怯みつつ、それでもオルタを突き飛ばすことはできない。
数個所、場所を変え同じことが繰り返される。
皮膚の味見をされているような気がして、少し怖くなっていた。
リツが堪えているさなか、オルタは口を開ける。
そして、肩口にがぶりと歯を立て噛み付いていた。
「あ・・・!」
固い歯の感触に、リツは高い声を上げる。
痛みが走り、食い破られる恐れが強くなる。
けれど、他に感じる強い感情がオルタを拒むことを止めていた。
オルタが一旦口を離すと、そこに歯形が痕を残す。
この少年は俺のものだと、印をつけるように。
抵抗しないのをいいことに、オルタはリツの跡をなぞるように舌を這わせていく。
「あ、う、オルタさん、あ、あぁ・・・っ」
固い感触、柔い感触の繰り返しに、リツの精神は限界だった。
意識しなくても目が潤み、涙が滲む。
リツの声色がわずかに変わり、オルタは顔を上げる。
そして、リツの目に涙が溜まっていることを目の当たりにすると、はっとしたように体を起こした。
即座にリツの上から退き、ベッドの縁に座り直す。
「・・・もう離れとけ」
そう言うのが精一杯なのか、オルタは低音で呟く。
一瞬にして理性の糸が切れた、側に居たいと訴える一言で。
目が潤むほど怯えたのなら、自然と遠ざかる。
オルタはそう思っていたが、リツが出て行く様子はなかった。
リツははあはあと肩で息をし、オルタの背を見る。
項垂れ、自分を押さえ込もうとしているような。
離れろと、気遣い警告してくれた。
けれど、体は勝手にオルタの隣に動き、腕に身を寄せていた。
「びっくりした、けど・・・どきどきした。今も、高鳴ってて・・・」
首には、まだ感触が残っている。
自分にとっては刺激が強すぎた、けれど、決して拒むべき感覚ではなかった。
「泣きそうになってたくせに、何言ってやがる」
「そ、それは・・・慣れていくと思う、から・・・。何回か、していけば・・・」
深い口づけをされたときに言われた台詞を、そのまま返す。
意外な返答に、オルタはリツの顎を取って上を向かせる。
頬は染まり、目は微かに潤んでいるが、そこから怯えは読み取れなかった。
首や肩口にある所有の証、それをこの少年は受け入れたのだ。
まだ自分に目を向けてくるリツを見て、オルタは目を細め、再び唇を塞ぐ。
「ん・・・」
ただ重ねるだけの優しい口付けに、リツは陶酔するように目を閉じる。
さっきまでの激しさはなく、気が安らいでいくようだ。
ああ、やっぱりこの人が好きなんだと、そう実感する。
今でさえ、このままずっと触れ続けていてほしいと思うのだから。
じっとしていると、やがてオルタが離れる。
まだ傍に居たいと言うように、リツはオルタの腕を掴んだままだった。
「オルタさん・・・オレ、好きに、されてもいい・・・」
リツも理性は薄れていて、本音を漏らす。
虚ろ気な眼差しを受け、オルタは言葉に詰まる。
純情な癖に、何て誘い文句を言う奴だと。
「ガキが、ませたこと言いやがって。・・・おい、タートルネックかスカーフ持ってるか」
「え・・・?タートルネックなら」
ぽかんとして答えると、オルタに腕を引かれる。
下へ降り、洗面所の前に立たされると自分の姿を見てぎょっとした。
「あ、え、あ、これ・・・」
首や肩に無数の赤い痕や噛み傷があり、また赤面する。
さっき感じた軽い痛みや歯の感触は、こういうことだったのかと。
指先で、噛み痕をなぞる。
まるで、オルタのものだと言われているようで、心音が早くなった。
「・・・消えるまで、服が足りねえようなら買ってやる」
「え、あ、いえ、あります、大丈夫です」
理性が掻き消え、襲いかかられた証拠。
怖いとは思わない、感じたことはむしろ真逆のこと。
この人になら、食べられてしまっても構わなかったと。
「あまり俺にまとわりつくと、血を見ることになるかもしれねえぞ」
「・・・それでもいいです、距離を置くくらいだったら、それでも・・・」
頑なな奴だと、オルタはもう突き放す言葉を無くす。
返事の代わりに、リツの頭をくしゃりと撫でて応えていた。
「こ、子供扱いして・・・」
成人したら、そんな扱いは止めてくれるだろうか。
そして、先の行為の続きをしてくれるだろうか。
正直、何をするのかまるでわかっていないけれど、オルタが触ってくれるなら何でもいいと、そう思っていた。