クーフーリン三兄弟のご近所さん ランサールート1
「ランサー、大丈夫・・・?」
「さ、酒が逆流してくるかと思ったぜ・・・」
ぜいぜいと息をするランサーに、リツが心配そうに寄り添う。
その様子を見て、キャスターが側にしゃがみ込んだ。
「さっきも言いかけたけどよ、坊主をどっかに寝かせねえといけねえんだが・・・」
ちら、とリツに目を向けると、「ん?」と首を傾げる。
今すぐ自分のベッドの中へ連れ去りたくなる衝動を、キャスターはぐっと抑えていた。
「坊主、ランサーと寝るか?」
「うーん、うん、ランサーとねる」
キャスターの問いにも、リツの答えにも驚いてランサーは二人をきょろきょろと見る。
「そうか、じゃあ、そうしな」
キャスターはリツの頭をぽんと叩き、腰を上げる。
オルタにも目配せすると、何も言わずリビングを出て行った。
息を整えているうちに、いつの間にやら勝ち取る形になりランサーは拍子抜けする。
「と、とりあえず、部屋行くか」
「ん・・・」
リツはもう眠たいのか、瞼が重たくなっているようだ。
立ち上がると、リツはランサーの手を軽く握る。
普段のスキンシップからしたら何でもないことだけれど、妙に緊張するのが不思議だった。
リツを部屋に連れ、ベッドに寝かせる。
ころんと転がると、横に来てほしいと言うようにじっとランサーを見ていた。
ランサーは、なぜか強張りつつベッドに入る。
「なんだか、すごく仲良しって感じがするなあ」
「そ、そうだな、一緒に寝るなんてな」
いつもの調子が出なくて、言葉が続かない。
こうして間近で直視することなんて、別に初めてのことではないのに。
「な、なあ、それにしてもよ、オレでよかったのか?」
「ふえ?」
リツがかわいい声を出すと、ランサーの心臓がとくんと鳴る。
「お前は、オルタにもキャスターにも好かれてるし・・・まさかオレを選んでくれるなんて」
「だって、オレ、ランサーと居たいなあって思ったし、構ってくれるの嬉しい」
素直な物言いは、なんて効果的なのか。
ランサーは口をぱくぱくとさせて、言葉を思いつかなくなっていた。
「・・・あー、もう酒が回って眠いな、寝るか!」
「うん、オレも温かくてねむい・・・」
リツは、温もりを求めるようにランサーに体を寄せる。
肩の辺りにふわりとした髪が触れ、ランサーの心音はとたんに落ち着きがなくなっていた。
こんなに心臓が煩いのは、きっと酔いが回ってきたからだ。
そう思って目を閉じたけれど、なかなか寝付けそうになかった。
クー・フーリン家で一泊してから、あくる日。
リツはランサーに、珍しいところに連れて行ってやるよと誘われ、道場に来ていた。
木造で荘厳な佇まいの道場は、入るだけで気が引き締まるような雰囲気がある。
「ランサー、柔道か剣道習ってるんだ?」
「いや、どっちかってーと剣道に近いな。ちょっと待っててくれや」
リツを広間に残し、ランサーは更衣室へ行く。
いかにも、格闘技をしますという所なんて入ったことがなくて、珍しそうに辺りを見渡していた。
「そこの少年、入門希望か?」
ふいに、女性の声がして振り返る。
長い髪にタイツのようなぴっちりした衣服、顔立ちはとても凛々しくて格好いい女性だ。
「あの、ランサーの付き添いで来たんです。ここ、道場なんですか?」
「ああ、私は師範のスカサハ。奴にはたまに槍武術を教えている」
運動が得意そうだと思っていたけれど、槍とは驚きだ。
「準備できたぜ、師匠!」
部屋に元気な声が木霊して、ランサーが出て来る。
スカサハとは色違いの青い戦闘着に身を包み、いつもより好戦的な雰囲気になっていた。
そして、手には自分の背丈以上の赤い長槍を携え、猪でも狩りに行きそうだ。
「どれ、まずは準備運動といくか」
スカサハは、道場に備え付けてある長槍を手に取る。
その赤黒い槍も長く重そうだけれど、軽々一振りしていた。
これは近くにいては危ないと、リツはとっさに距離を取る。
「おう!宜しく頼むぜ!」
ランサーは大きく踏み込み、槍を振り下ろす。
スカサハはひらりとかわしたが、そこへ猛攻が続く。
横へ薙ぎ払い、切っ先が腹部を掠めた、と思ったけれど当たってはいない。
続けて突き刺そうと踏み込むけれど、切っ先はスカサハの槍に受け流される。
「そんな大振りの攻撃が、当たると思うてか」
スカサハは流れるような動きでランサーの懐に入り、槍を腹部へ突き刺した。
ランサーが死んだ!かと思いきや、槍の先端はぐにゃりと曲がっている。
どうやらゴム製のようでほっとしたけれど、ランサーは顔をしかめていて、痛いことは痛そうだった。
「ほれ、今月はこれで何回死んだことか、戦場であればもう終わっておるわ」
「っ、まだまだぁ!」
ランサーは槍を持ち直し、再び構えた。
それからしばらく、二人の猛攻が続いた。
ランサーの攻撃は一度も当たらなかったけれど、戦っているときの顔は清々しい。
たぶん、制約のある体育の授業じゃ物足りないんだろう。
思い切り体を動かし、戦闘に身を投じる姿がとても似合う。
大技だけれど勢いのある攻撃、スカサハを追い続ける瞳、激しくたなびく青い髪。
格好良いなと、自然とそう思い、リツはずっとランサーを見ていた。
「そろそろ終いだ、次の生徒が来る」
スカサハが槍を下ろし、戦闘を中断する。
ランサーが汗だくになっている一方で、スカサハはずっと涼しい顔をしていた。
「お、おう・・・ありがとう、ございました」
こういう場での礼節は持ち合わせているようで、ランサーは一礼する。
手合わせが終わると、リツはすぐランサーに駆け寄った。
「ランサー、凄いや。こんな長い槍を軽々使えるなんて」
「いや・・・まだまだだ。師匠に一撃も加えられたことねえんだ」
「でも、凄く格好良かった!」
リツが興奮気味に言うと、ランサーは口をぱくぱくとさせる。
まるで、自分でも言葉が出てこないことを意外に思うように。
そんなランサーを見て、スカサハは察したようにふっと笑む。
「ただ力任せに振るうだけで相手は捉えられんぞ。ワシも、その子もな」
「は!?な、何言って」
スカサハが去ると、ランサーはその場に座り込んだ。
「お師匠さんって強いんだね。弟子としては勝つことが目標なの?」
「・・・ケルト神話に、ゲッシュっていう制約があんだ。
自分に課した禁を破れば報いを受けるが、守り抜けば恩恵が受けられる。
スカサハの師匠に一撃加えるまで、守ってることがあんだ」
「願掛け・・・そっか、叶うといいね」
純粋に励ますリツに、ランサーは照れくさくてふいと視線を逸らす。
「・・・なあ、また師匠と手合わせするとき、見に来てくれねえか?」
「うん、オレもランサーの勇ましいところ見ていたい」
ランサーの新たな一面が、かっこいいところが見られると、リツは嬉しくなっていた。
明くる日も、ランサーはスカサハに手合わせを頼む。
そんな簡単に捉えられる相手ではなく、やはり攻撃はことごとくかわされ、髪の一筋にも掠らないまま終わる。
まだまだだなと涼しい顔で言われ、ランサーはぜいぜいと肩で息をしていた。
「ランサー、お疲れ様」
試合が終わると、すぐにリツが駆け寄る。
「あー・・・今日も、みっともねえとこ見せちまったな」
「ううん、オレからしたら軽々槍を振るえるだけでも凄いよ。思わず見入ってた」
素直な感想に、ランサーは頬に熱が上るのを感じる。
運動後の暑さと混じり、あまり言われると温度が引かなくなりそうだ。
「はい、水分補給」
リツは、ランサーにペットボトルを手渡す。
ラベルをひんむいたのか、何も書かれていない。
「サンキュー、かなりありがてえ」
ランサーはさっそくキャップを開け、喉を鳴らして飲む。
「これ、何か酸っぱくてすっきりしてんな」
「レモン水なんだ。少しでも疲れが取れればいいなって、作ってきてて」
「マジか!・・・ありがとな、オレのために」
自分のために、わざわざ作ってきてくれたなんて
ランサーははにかみ、幸せを噛み締めていた。
それから、ランサーは自主練のためにも道場へ行くようになっていた。
リツは、何か応援できないかとスーパーでうろうろと食品を探す。
「よう、坊主、買い物か」
「キャスターさん、珍しい」
初めてスーパーで会い、ちらりと買い物かごを見る。
中にはカップ麺や冷凍食品が多くて、大丈夫なのかと心配になる。
「あー、いや、これから新鮮な野菜とか魚とか追加するからな」
「あはは、先読みされてた」
リツのかごには、レモンや梅干し、鳥のささみなど疲れが取れそうな食材が入っている。
「それ、もしかしてランサーにか?」
「うん、槍武術頑張ってるから、疲れが取れればいいなって。何か願掛けしてるみたいだし」
「ほーん、最近頻繁に行ってると思えば、願掛けねぇ」
キャスターは、何か思いついたように続ける。
「願掛けとあらば、誰か気になるヤツがいるのかもな。アイツはなかなかモテる」
「えっ・・・」
「それならバイトそっちのけで道場通いになるのも納得だ。ま、サポートしてやってくれや」
キャスターはリツの頭をぽんと叩き、レジに向かう。
新鮮な野菜や魚は?とつっこむ余裕もなく、リツは呆然としていた。