クー・フーリン三兄弟のご近所さん4





リツの通う高校も、三兄弟が通う大学も、やっと試験期間が終わる。

生徒は開放感に溢れ、清々しい気持ちになっていた。

期間後の休日、リツは何をしようかと手持ち無沙汰になる。

そんなとき、ちょうどよく呼び鈴が鳴らされた。

「はーい、今出ます」

鍵を開けると、待ちきれないと言わんばかりに相手が扉を開いた。



「リツ、今から海行こうぜ!」

試験期間が終わったこともあり、ランサーの笑顔はいつになく輝いている。

「海?でも、まだ肌寒いよ」

「泳ぐんじゃなくて、釣りだよ釣り!お前の分の竿もあるぜ」

確かに、ランサーは二本の釣り竿にクーラーバッグも持っていて、やる気満々だ。

「ちょうど何しようかなって思ってたし、行こうか。準備してくるから待ってて」

「おう!大物釣り上げてやろうぜ!」

はりきっているランサーを見ていると、リツは自然と笑顔になっていた。





家から海はそれほど遠くなく、自転車で行ける距離だ。

天気は快晴、夏場でもないので人はおらず、落ち着いて釣れそうだった。

「向こうの岩場が狙い目なんだよな」

ごつごつした岩場を上り、段差の部分に座る。

突起があって案外安定感があり、竿を垂らしても大丈夫そうだった。

何が釣れるかと、始めたばかりなのにわくわくする。



「この時期って、何が釣れるのかな」

「んー、わかんねえ。ま、毒がなけりゃいいんじゃね?」

「そうだね、食べられれば嬉しいな」

単純な会話、それでも楽しい。

持ち前の明るさがあるからか、ランサーとは何を話しても笑顔になりそうだった。



魚がかかるのを待っている間も、学校のことやバイトのことを話したり聞いたりと、全然退屈しない。

いざ魚が釣れると童心に返ったように喜んで、はしゃぎながらクーラーボックスにしまう。

何の気兼ねもなく接することができる、そんな友人に安心していた。

話している間にも、魚は次々かかる。

少し風が吹き、肌寒くなってきたところで、竿を引き上げた。





「すげーな!もう数わかんねえくらい釣れた!」

「調子良かったね、一匹釣れるごとに嬉しくなったよ。

・・・ランサー、友達たくさんいるのに、オレのこと誘ってくれてありがとう」

自分は地味だし、面白い話もできないし、ランサーの周りにいる人達とは違うと思う。

少し引け目に感じていたのだけれど、ランサーはにかっと笑った。

「何言ってんだ、オレはお前がよかったから誘ったんだぜ!これでも、お前の事気に入ってんだからよ」

後半、やや照れくさくなったのかランサーは頭を掻く。



「あ・・・ありがとう。・・・さ、魚、どれくらい釣れたかな」

照れくさくなったのはリツも同じで、ごまかすようにクーラーボックスを覗き込もうとする。

そのとき、一瞬強い風が吹いて体がぐらついた。

「リツ!」

バランスを崩しそうになったリツの肩を、ランサーがとっさに引き寄せる。

とたんに体が密接になり、転落は免れた。



「た、助かった、落ちるところだった」

「ん、いいってことよ」

もう危険は去ったが、ランサーは肩を離さない。

体が触れたままで、リツはきょとんとする。

「ランサー?」

どうしたのかと尋ねると、ランサーは我に返ったかのように手を離す。

「お、落ちなくてよかったな。そろそろ帰るか」

「うん、魚このままじゃだめだし、誰かさばける?」

ランサーは、クーラーボックス一杯の魚を見て硬直する。



「・・・実はよ、俺等、魚さばいたことねえんだよな」

「え・・・じゃあ、逃がす?」

「いや、救世主がいる!今日はアイツも休みのはず・・・」

ランサーは携帯で、誰かに電話をかける。

「ああ、エミヤ、俺だけどよ、実は折り入って頼みが・・・いや、給料の前借りじゃねえよ、とりあえず今から行くからよ!」

ランサーが通話を終えると、岩場から下りて自転車に乗る。

「エミヤ、って喫茶店の人?」

「ああ、料理の腕はピカイチだからな、行くぜ!」

重たいクーラーボックスが乗ってても、ランサーは軽々ペダルを漕いだ。







エミヤの家もさほど遠くなく、ほどなくして小奇麗な一軒家に着いた。

チャイムを鳴らすと、少し間を開けて扉が開く。

「全く、休日にまで君の顔を見るハメになるとはな」

出てきたのは落ち着いた雰囲気のある青年で、ぱりっとしたシャツが真面目さを醸し出している。

この人が、あの絶品ケーキを作ったシェフかとまじまじ見てしまう。

「エミヤ、休みに悪ぃな、とりあえずこいつを見てくれ!」

ランサーはクーラーボックスをどさりと下ろし、中を見せる。



「ほう、釣果は上々のようで良かったではないか」

「あー、そんでよ、一つ相談が・・・」

ランサーが言い出す前に、エミヤは視線をリツに移す。

「隣に居るのは、前に喫茶店に来ていた少年かね」

「あ、はい、リツって言います。エミヤさんが、ケーキ作ってるんですよね」

「ああ、料理全般が趣味でね」

「あの、前、ティラミス頼んだんですけど、すごくおいしかったです!

コーヒーと相性抜群で、口の中でとろけて、食べると幸せになって」

感激を伝えるなら今しかないと、リツはやや早口で言う。

わざとらしくない、素直な感想にエミヤはふっと笑った。



「ありがとう、日替わりはその日の気分で変わるから、よかったらまた来てくれ」

「もちろん行きます!」

リツの純粋な笑顔に、エミヤはぽんぽんと頭を撫でていた。

「あのー、そろそろいいか?」

「ああ、それで、その魚を捌いてくれとでも言うんだろう」

読まれていて、ランサーは愛想笑いをする。



「頼む!こんだけの量、エミヤの腕でもねえと捌きれねえ!」

「全く、前々から料理の練習をしておけと言っているだろう」

「ほ、ほら、学生の本分は勉強だしな?」

ランサーから勉強なんて単語が出て、リツは思わず吹き出す。



「オレも、調子に乗って釣りすぎちゃって・・・あの、お願いできませんか?

・・・厚かましいこと言うと、エミヤさんの料理、食べてみたいんです」

見上げられると、エミヤはぐっと言葉に詰まる。

三兄弟とは違う、子犬のような視線に抵抗がなかった。



「・・・わかった、少し待っていろ」

エミヤは一旦戻り、ほどなくして出てくる。

手にはエプロンと、包丁が入っているであろう桐の箱を持って。

「別に、作りに行っても構わんのだろう?」

乗り気なエミヤに、二人は顔を見合わせて笑った。





その後、クー・フーリン家でエミヤは魚料理にとりかかる。

鱗や内臓を取り、次々と捌いていく。

どの魚がどの調理法が合うのかと熟知しているようで、刺し身にしたり、茹でたり、揚げたりと動きに全く無駄がない。

「あ、あの、何かお手伝いできることありますか?」

「ああ、じゃあ洗い物を頼めるかな」

リツは、シンクに溜まっている皿を、スポンジで丁寧に洗う。



「君は、三兄弟と仲が良いのかね」

「はい、ご近所さんで、よく勉強教えてもらったり、遊んでもらったりしてるんです」

「クセのある相手だ、大変だろう。特にランサーは向こう見ずなところがある」

「確かに、そういうところはありますけど・・・ランサーは友達たくさんいるのに、オレにも構ってくれて・・・。今日も釣りしてる間、ずっと楽しかったんです」

お世辞とは聞こえない言葉に、つくづく純粋な子だとエミヤは感心する。



「そうか、だが、あまり甘やかすと調子に乗るからな。たまには厳しく言ってやるといい」

「あはは、エミヤさんって何だかお父さんみたいですね」

「あの兄弟の?勘弁してくれ」

台所には、ほのぼのした空気が流れる。

落ち着いていて、料理もできて、世話焼きで、きっと素敵なお父さんになるんだろうなと、リツは眺めていた。





やがて、クーラーボックスは空になり、なんと全て調理し終えた。

食べ切れなさそうな分は下ごしらえをしてジップロックに入れ、冷凍するというおまけつきだ。

いい匂いにつられて、ランサーとキャスターがリビングにやって来る。

「おっ、さすがエミヤ!持つべきものは腕の立つ料理人だな!」

「全く、手伝いもせずにのこのこ現れて。リツ君を見習ったらどうだ」

「すまねぇな、お礼と言っちゃ何だが、また坊主を喫茶店に連れて行くからよ」

何でそれがお礼になるのか、キャスターの言葉にリツはきょとんとしている。

二人は運ぶだけ運び、テーブルの上が豪華になる。



「さて、私の役目は終わったな」

本当に調理のためだけに来たようで、エミヤは荷物をまとめて帰ろうとする。

「えっ、エミヤさん帰るんですか?」

「何だ、たんまり作ったんだから食ってけよ」

調理しただけで満足したのか、それとも兄弟の間に部外者が入るべきではないと思っているのか。



「あの、オレ、エミヤさんに料理の感想伝えたいです、駄目ですか?」

リツに引き止められて、エミヤは迷う。

「坊主もそう言ってることだし、食べてってくれよ。皿並べただけのオレが言うのも変だけど」

「・・・わかった、では、世話になるとしよう」

キャスターの一押しに、エミヤは折れた。

そこへ、匂いにつられてもう一人やって来る。



「あ?エミヤと坊主が来てんのか」

「あ・・・オルタさん」

珍しく家で会えたと、リツの目はオルタに釘付けになる。

「い、一緒に夕飯食べませんか、エミヤさんが作ってくれて」

まだ馴れ馴れしくは話せなくて、敬語が混ざる。

賑やかなのは嫌いでも飯時とあらば話は別なのか、オルタは席についた。

隣に行きたかったけれど、そこまでの大胆さはなくてエミヤの隣に座る。

他の二人も座ると、いただきまーすと箸をつけた。



「お、この、なんかしゃれたやつ、薄味かと思いきやうめえ!」

「ムニエルだ。魚が新鮮な分、余計な味付けをしなくて済む」

「本当だ、柔らかくて、噛むと魚の味がじわーって広がっておいしい」

バターの香りも良くて、食欲をそそる。

「スープも、出汁がきいてんな」

「ああ、アラはいくらでもあったからな」

スープの色も薄くても、しっかりと魚介の旨味が詰まっていて、また違う魚の味わいがある。

刺し身は臭みがなく、フライもさくさくで、まさに魚のフルコースだ。



「何だか、どれもおいしくて・・・感想文書けそうです」

「それは良かった、君が良い魚を釣ってきてくれたおかげだ」

エミヤにふっと微笑みかけられ、リツは嬉しくなる。

「あのー、オレも結構釣ったんですけど?」 

「ああ、そうだったな、お疲れ様」

「・・・何か扱い違くね?」

父親と息子のやりとりのようで、リツはふふっと笑う。



「それにしても、一人でこれだけ作れるの凄いです。

オレもたまに自炊するんですけど、味が濃すぎたり薄すぎたり、肉を焼けば固すぎたり生焼けだったりして・・・」

「良ければ、料理を教えようか。休みの日ならたいてい空いている」

「いいんですか!?ぜひお願いします!」

こんな料理が作れるようになったらどんなに素敵だろうかと、リツは目を輝かせる。

エミヤに尊敬の眼差しを向けているリツを見て、キャスターは本気で料理を勉強しようと心に決めた。

そんな二人をよそに、オルタは無言で黙黙と食べ続けている。



「オルタ、何か感想の1つもねえのかよ」

「あ?感想?」

キャスターの発言に、リツはオルタの方へぱっと目を向ける。

ランサーと同じく、旨い、と言うだけかと思っていたが

「エミヤの飯は何でも旨い、分かり切ってることだろ」

それは、作り手を喜ばせるに十分な感想で、エミヤはニヒルに笑っていた。



「君からそう言ってもらえるとは光栄だ」

オルタはまた、黙々と料理を食べる。

思いがけない感想に衝撃を受けたのはリツも同じで、やはりこの人は無口でも、決して悪い人ではないと改めて実感していた。

リツがオルタを見る目はまるで熱視線で、そんな様子にランサーとキャスターは思うことがあったが、ここでは言わないでいた。