クー・フーリン三兄弟のご近所さん5
突然だけれど、家の湯沸かし器が壊れた。
真冬でもないのでお湯はあまり使わないけれど、風呂に入れないのは困る。
と、いうことで、銭湯へ行こうとリツは着替えを持っててくてく歩いていた。
「おっ、リツ、どこ行くんだ?」
その道中、ちょうどランサーと出くわす。
「銭湯に行くんだ。うちの湯沸かし器、壊れちゃって」
「そりゃあ災難だな。・・・なあ、オレも一緒に行っていいか?」
思いがけない申し出に、リツは目を丸くする。
けれど、友人の頼みを断る理由はない。
「いいよ、行こう。家の前で待ってるね」
「ああ、すぐ準備してくっからよ!」
ランサーは顔を明るくして、走って家に帰る。
相変わらずいつも全力だなと、リツは微笑ましく思っていた。
ランサーと合流して、銭湯への道を行く。
けれど、なぜ人数が増えたのだっただろうか。
確か、ランサーが来たと思ったら、隣にはキャスターとオルタもいて
異論を唱える間もなく、そのまま一緒に来ていた。
ランサーとだけだったら気楽だったけれど、まさかオルタもいるなんて。
これは緊張感なのか、高揚感なのか、リツはよくわからなかった。
ランサーと会話しつつ銭湯には着いたものの、気が散漫している。
まさかの出来事に出くわすと、脳が追いついていけないことがあって
本当に三兄弟と風呂に入るのかと、現実だという実感がわかなかった。
お金を支払い、中に入る。
いざ脱衣所で服を脱ぐと、なぜだか兄弟の方を見られないでいた。
「リツ、お前ひょろいなー、もっと食わねえと筋肉つかねえぜ!」
ランサーに背中をばしっと叩かれて、びくりと肩を震わせる。
「あ、ああ、そうなんだけど、運動も苦手で。ランサーは結構筋肉ついてるんだなあ」
そうだ、こういうノリでいいのだと、リツはランサーの腕に触る。
固く引き締まっていて、いかにも男の腕という感じだ。
「兄貴達は先入ったし、オレ達も行こうぜ!」
いつの間にか、脱衣所に二人はいない。
緊張するほうがおかしいのだと、リツは中へ入った。
銭湯なんて久々で、広い浴場というだけでもテンションが上がる。
体を軽く流して浴槽に浸かると、すでにキャスターがいた。
「広い風呂場もいいもんだな」
「うん、思い切り足伸ばせるの気持ちいいや」
キャスターの方を向くと、自然と体つきに目が行く。
筋肉質ではないがすらりとしていて、しなやかそうな感じだ。
「男の良さは筋肉だけじゃねえからな」
何を考えているのか読んだように、キャスターが先に言う。
「あ、いえ、細身のも、キャスターさんらしくていいなって」
いつもゆるい服を着ているから、体の線がはっきり見えて、つい見てしまう。
「ありがとよ。ああ、そうだ、もし気になったらだが、オルタなら向こうの洗い場に行ったぜ」
「そ、そう、ですか」
オルタの名前を出すだけで、リツは露骨に態度が変わる。
「せっかくなら、背中でも流しに行ってやってくれよ」
「え・・・えと、そう、だね、そう、する」
キャスターに背を押され、リツは浴室を出る。
洗い場に行くと、黒黒したいかつい体つきの人はすぐにわかった。
どうしようかと、少し足が止まる。
そうやって躊躇っていては洗い終わってしまうと、足を踏み出した。
「オ、オルタさん」
思い切って声をかけると、オルタが振り返る。
リツは唾を飲み、必死に声帯を震わせた。
「せ、背中、流させて、くださ・・・流します!」
うっかりすると敬語が出そうになり、噛みそうになりつつ申し出る。
オルタは珍しいものを見るようにリツに目を向けていたが、「ああ」とタオルを手渡した。
すでに泡立っているタオルを受け取り、オルタの後ろに膝立ちになる。
「じゃ、じゃあ、失礼して・・・」
固めのタオルで、背中をごしごし擦る。
三兄弟の中で一番ガタイが良くて、背中も広い。
後ろからでもかなり筋肉質なのがわかり、男としては憧れる体つきだ。
思い切りもたれかかってもびくともしないだろうなと、そんなことを考えてしまう。
「楽しいか?野郎の背中流して」
「えっ。えー、と・・・楽しい、というより・・・嬉しい、かな」
こうして近くに居させてもらえて、光栄とも言うべきか。
普通なら、ご近所さんでもなければ大学生と接点なんてないし、オルタとは特に近寄れなかっただろう。
たぶん、憧れの感情に近いのだけれど、そんな相手に接していられることが嬉しかった。
「つくづく変わったヤツだ」
「そうかなあ・・・平々凡々の、つまらないやつだと思うけど」
少し話していると、緊張感が紛れてくる。
けれど、もう洗う所がなくなってしまい、タオルを返した。
オルタはシャワーで体を流し、立ち上がる。
真正面から見上げると筋肉質な体つきを目の当たりにして、リツは口を半開きにしていた。
「お前も体洗っとけ」
タオルをリツに押し付け、オルタは横を通り過ぎて行く。
なぜだろうか、オルタを直視した瞬間、心音が高鳴ったような気がした。
ぼんやりしていると、ふいに、タオルをひょいっと取られる。
「坊主、次はオレが洗ってやるよ」
いつの間にか、キャスターが隣に来ていてぎょっとする。
「こ、子供じゃないんだから、自分で洗えるよ」
「遠慮すんなって」
キャスターは聞く耳持たず、タオルを泡立てて腕を掴む。
掌から肘にかけて、タオルがすーっと体をなぞっていく
強すぎず弱すぎず、むず痒いような感じにぴくりと肩が震える。
片方が終わればもう片方も同じようにタオルになぞられ、肩を通り過ぎて胸部に移る。
筋肉も特についてない、ぺたんとした胸をタオルがわしゃわしゃと撫で、少しくすぐったい。
そこも終わるとさらに下へ行き、お腹の辺りも擦られる。
「な、なんだか、くすぐったい」
「ああ、タオルの質感のせいだな」
断定的に言われ、キャスターの力の入れ具合では、と言えなくなる。
そして、タオルが腹部より下方へ下がっていくものだから焦った。
「あ、あの、そこは、自分でするから・・・」
「ん?オレにされたらヤバイか?」
「キャスターさんにじゃなくて・・・そこは、誰にされても、ヤバイと思う・・・」
「へいへい、そんじゃあ背中にするか」
キャスターはすんなり諦め、背中に移る。
「・・・なあ、お前はいつもアイツ達の相手してやってくれてるよな」
「え?」
「ランサーはテンション高すぎてウザがられることもある、オルタは威圧感あって孤立しがちだ」
急にどうしたのかと、リツはきょとんとする。
確かに、一般大衆から見れば、そういう面もあるかもしれない。
特にオルタのほうは自分から距離を置きそうだし、いつも一人なのだろうかと思う。
「でも、お前はランサーがバカやっても笑ってるし、オルタに近付こうともしてる」
「ランサーはいい友達だし、オルタさんは・・・男として憧れるし・・・」
そこで、ぴたと背中を擦る手が止まる。
「これでも、兄として感謝してるんだぜ。こんな兄弟と付き合ってくれて、ありがとな」
キャスターはタオルを置き、後ろからリツに両腕を回して、泡まみれの背中をやんわりと抱きしめた。
人肌の質感が背に当たり、リツは目を丸くする。
「あ、あの、キャスターさん」
「ランサーはわかりやすいけどよ、オルタもお前のこと気に入ってるぜ。もちろん、オレもな」
キャスターが腕の力を強め、ますます密接になる。
「あ、あの・・・」
背中がぴったりと合わさっていて、リツは焦る。
しなやかな素肌が触れ、緊張感からか心音がどんどん強くなっていく。
気に入られるのは嬉しいが、ランサー並みにスキンシップが積極的だ。
キャスターにしては珍しく、何かあったのかとも思う。
「ま、これからもよろしく頼むぜ」
満足したのか、キャスターは離れる。
不思議に思いつつ、置き忘れられたタオルでリツは体を洗った。
このまま戻れば、きっと、また心音が落ち着かなくなる。
オルタに続いてキャスターとも接し、少し間を空けないといけなさそうだった。
のぼせない程度で上がり、三兄弟とリツはぞろぞろと帰路に着く。
まるで、兄弟が増えたような光景だ。
「それにしても、休みとはいえ坊主はオレらとばっか遊んでていいのか?」
「えっと・・・オレ、一緒に釣り行ったり、喫茶店行ったりする友達いないから・・・。
あ、いや、孤立してるわけじゃないんだけど、そこまでの仲の相手はいなくて」
クラスメイトと普通に話すことはできる、けれど一緒に遊びに行く仲ほどではない。
墓穴を掘ったかと、キャスターは口をつぐむ。
「何だ、好きな女の一人や二人いねえのか?」
「い、いないよ、女子と話すことも滅多にないのに」
「え、じゃあ童て・・・」
ランサーが言いかけ、キャスターがすかさず頭を叩く。
この調子では、彼女なんてできたこともないだろう。
「ま、オレらとつるんでくれるのは嬉しいことだ、なあオルタ?」
「まあな」
オルタがぽつりと言ったものだから、リツは恥ずかしいような嬉しいような気持ちになる。
リツがオルタに憧れを抱いていることを、キャスターは察していた。