フラジール


ここは人気の無い、とても静かな廃墟
わずかに聞こえる音は、風がひび割れた窓ガラスを叩く音、鉄骨の軋む音、火のはぜる音
感じる存在は自分だけ
そんな廃墟を探索し、銀色の髪の少女を探している少年、セト
その少年は一人、焚き火の前に座って荷物を整理していた

この廃墟に人気はないが、それ以外の者が居る
廃墟の中には人ではない者、青い幽霊がさまよい続けている
少女を探し廃墟を探索するには、それらの者を退けねばならなかった
セトは少女を探しに行きたかったが、限りなく出現する幽霊を退ける事に疲れ、焚き火の前で休んでいた
温かく明るい火の前だと、不思議と安心感があり、その温かさと疲労でセトはうとうとし始めていた


少し仮眠をとろうかと目を閉じた時、セトは何かの気配を感じた
得体のしれない幽霊を相手にしているから敏感になっているのか、
まだ距離はあるが確実にこっちに近付いてきている気配をはっきりと感じていた

それが動物か、幽霊か、はたまた人かはわからない
疲労している今、幽霊や飢えた動物に襲われでもしたらひとたまりもない
セトはだんだん近づいてくるその気配に警戒し、傍らに置いてある竹ボウキを掴んだ
その何者かの足音が聞こえると、セトは息を呑んだ


「・・・セト?」
薄暗い闇の中から聞こえたのは、聞き覚えのある声だった
気配が近付くと共にはっきりしてくる輪郭に、セトは声をかけた

「クロウ、きみだったのか」
感じた気配は以前友達になった少年、クロウだった
セトは安堵の溜息をつき、持っていた竹ボウキを地面に置いた

「なんだ、銀髪の少女探しは中断か?」
クロウは焚き火を挟んでセトの正面に座った

「うん。幽霊が多くて、疲れたから」
そう言ってセトは傍らに置いた竹ボウキをちらりと見た
竹ボウキの穂先はところどころ曲がり、折れているところもあった
そのくたびれ具合が、退けてきた幽霊の多さを物語っているようだった

「お前、もしかしてそれであの青いやつら相手にしてんのか?」
クロウは竹ボウキを指差して言った

「うん、そうだけど」
セキがそう答えると、クロウは一瞬目を丸くした
そしてすぐに、吹き出したように笑いだした

「ぷっ・・・ははははは!あいつら相手に竹ボウキ!?
てっきり掃除でもしてんのかと思ったぜ」
クロウがからかい口調で、笑いながら言った

確かに、これは本来掃除の為に使われる道具だ
幽霊相手に必死になっていたとはいえ、
一心不乱に一人竹ボウキを振り回している自分の姿を想像すると何だかおかしくて、セトも笑った
誰かとこうして笑い合うなんて久し振りで、セトは友達と一緒に居る喜びを感じていた

「そういうきみはどうなのさ。青い幽霊と会った時、どうしてるの?」
一見して、クロウは武器らしい武器は持っていないように見える

「俺か?俺様はあんな奴等相手にする暇なんてないんでね。
トロい奴等だし、俺様の足には到底ついてこれねえよ」
以前、クロウにロケットを取られて追いかけたことがあるからわかるが、クロウの足はセトではなかなか追いつけないほど早い
クロウなら、幽霊が追いかけてきても簡単に距離を離すことができるだろうと思った

「それにしても、お前ほんとに色んなもん持ってんな」
クロウはセトの方へ移動し、辺りに置かれている者をしげしげと眺めた
それらは缶詰やレトルト食品といった一般的な物から、どこから取ってきたのかわからない怪しげな青い薬やらがあった
長い間廃墟にいるクロウでも見た事のない物があるのか、興味深そうにしていた
そんなクロウの目にとまったのは、一本の日本刀だった
クロウはそれを手に取り、鞘から出して銀の刀身を火の光に当てて眺めた

「いいもん持ってんじゃん。そこの竹ボウキよりはかなり立派な武器だと思うけど、使ってねーのか?」
「う、うん・・・」
銀に輝く刃はほとんど使われていないらしく、刃こぼれ一つなかった

「何で」
そう尋ねられると、セトは伏し目がちになった

「・・・怖いんだ」
「怖い?青いやつらが?」
「違う。・・・その刀が、怖いんだ」

セトは日本刀を入手したものの、まだ一度も使ってはいなかった
そしてずっと竹ボウキで幽霊達を退けてきた
セトが刀を手にして、そのらんらんと光る刃を見た時に感じたもの
それは、強力な武器を手に入れた時の高揚感とはさほど遠い、恐怖という感情だった

この光輝く刃があれば、もっと楽に探索が進められる事は明らかだった
しかし、セトは刀を使うことはなかった
使わなければならない時が来るかもしれないと思い今もこうして持ってはいるものの、その刃を鞘から出すことはなかった


「何を今さら。竹ボウキが刀に変わったからって、お前が青いやつらを退治してることには変わりないんだぜ」
クロウの言うことは正論だった
武器が違っても、結果的には退けられる幽霊にとっては同じこと
そう、自分でもわかっていた

「そうだけど・・・だけど、怖いんだ。刀で、相手を切ることが・・・」
気の優しいセトは、相手を傷付ける為に作られたその武器も、それを使う自分も怖かった
結果的には同じ事でも、竹ボウキは何の抵抗も無く使えた
だが日本刀を使ってしまえば、自分がとても攻撃的に見えてしまう気がして、それが嫌だった
それに、「相手を傷付ける為の道具」を使ってしまえば、罪悪感が生まれてしまいそうでそれも嫌だった

「とんだ甘ちゃんだな。そんな事言ってたらお目当てのもんを探すどころか、自分の身すら守れないぜ」
「そ、その時は・・・使うさ。ぼくの目的は、銀の髪の女の子を探すことなんだから」
そうは言ったものの、危機的状況に陥っても刀をすんなりと使える自信はなかった
むしろ、そんな時でさえ気が咎めてしまうだろうとセトは思っていた

「どうだか。お前、すぐ泣くし」
クロウはまるでセトの考えを読んだかのような口調で言った
だがその言葉はただ単に泣き虫だということを言っているのではなく、他人の為に泣ける甘くて優しい奴という意味が含まれていた
泣き虫と言われているようで少し癪に障ったが、セトは以前クロウが鉄塔から落ちたときに泣いてしまったことを思い出し、押し黙った


「俺は、・・・友達に、死んでほしくない」
「えっ」
小さかったが突然の優しい言葉に、俯きがちだったセトは顔を上げてクロウと向き合った

「だから、もしヤバくなったら、必ず使え」
クロウは持っていた日本刀を鞘に戻し、セトに差し出した

「クロウ・・・」
「わかったな!」
セトがためらっていると、クロウがせかすように声を張り上げた

「う、うん。約束する」
クロウの気迫に押し負け、セトは差し出された日本刀を受け取った
セトが日本刀を受け取ると、クロウは真剣な表情で「約束だぞ」と、念を押した
セトはもう一度、「うん、約束する」と答えた
そして、その刀身を握り締めた



「それじゃあ、俺はそろそろ行くぜ」
クロウは立ち上がり、ズボンについた塵を払った

「うん。また、会おう」
広い廃墟の町で、もう一度会える保障はどこにもなかったが、セトは再びクロウに会いたいという願いを込めて言った

「おうよ。おっとそうだ、忘れるとこだった」
クロウは何か思い出したようで、セトの前にしゃがんで顔を近づけた
何をするつもりなのかと一瞬不思議に思ったが、その行動の意味に気付いたセトは、思わず座ったまま後ずさった

「何で逃げるんだよ。俺達、友達だろ」
クロウはセトが後ずさった理由がわからないようで、不思議そうに尋ねた

「と、友達だけど・・・そ、それは、本当は好きな人同士ですることだよ」
「それってつまり、友達ってことだろ」
「そ、そうじゃなくて・・ええっと・・・」
セトでも、さっきクロウがしようとした行為の意味はわかっているつもりだった
しかし、友達はキスをするものだと信じて疑わないクロウを納得させるのは自分の乏しい知識では難しいことだと思った
セトが言葉を探していると、クロウが何かを見つけたのか遠くの方を指差した


「おい、あれ、お前が探してる銀髪の少女じゃねえか?」
「えっ!?」
セトはすぐさま振り返り、クロウが指さした方向を見た
しかしそこには殺風景な景色が広がっているだけだった
目を凝らしてみても、人がいる様子はない
セトは悪い冗談に騙されたのかと、肩を落とした

「クロウ、誰もいないじゃ・・・・・・」
誰もいないじゃないかと言おうと思ったが、最後まで言葉を続けることはできなかった
騙された事に文句を言おうとして振り返った瞬間、セトはクロウに口付けられていた

「・・・!?」
セトは驚きのあまり、動くことができなかった
持っていた刀はするりと手から抜け、音をたてて地面に落ちた
目を閉じているクロウの顔が目の前にある
重なっている唇からクロウの体温が伝わってくる
そのせいで、セトの頬はみるみるうちに紅潮していった



数秒後、我に返ったセトは再び後ずさった
セトが離れると、クロウはゆっくりと目を開いた

「ク、クロウ・・・だ、だから、あの、ええと・・・・」
セトは動揺してしまって、上手く言葉が出てこなかった
クロウからのキスは二回目とはいえ、狼狽せずにはいられなかった

「お前、相変わらず面白い反応するなー」
クロウはそんなセトを見て、楽しそうに目を細めて笑った

「だ、だってきみが、急にこんなことするから・・・・」
セトは口元に手を当てて、動揺している様子を表していた

距離を離した今でも、クロウの唇の感触が残っている
柔らかくて、温かい
そして心地良いと思ってしまいそうな感触が

セトはそこではっとした
もしかして、クロウからのキスを受け入れてしまうのではないかという自分がいるのではないかと
だが、そんなはずはないと否定する自分もいる
そんなよくわからない自分の心情に、セトは混乱しそうになっていた

「じゃ、今度こそ俺は行くぜ。またな、セト」
動揺しているセトとは裏腹に、クロウは何事もなかったかのように立ち上がった

「う、うん。またね、クロウ」
未だ頬に熱を残したまま、セトは去って行くクロウを見送った


一人になって急に冷静さを取り戻したセトは、地面に落ちた日本刀を見た
クロウにああは言われたものの、その鞘を取り、刃を振りかざす事はやはり怖い
そしてその刃で幽霊を退ける事は、もっと怖い
だが今は、危機に陥った時はそんな事考えてはいられないという思いが現れていた

自分が死ぬことを望まない人がいてくれる
自分に生きていてほしいと、そう望んでくれている人がいる
だから、セトは決意することができた
クロウが言う、ヤバい時にこの刀を使う事を
銀の髪の少女を探すために
そして、その決意をするきっかけをくれたクロウと、再び会うために
セトは、決意した




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
フラジールのある動画を見て、萌えまくって創作意欲がムラムラとめきめきとわいてきたので衝動的に書きました
ゲームソフト持ってないくせに書いたので、ゲームと違うところがあるかもしれませんが・・・
そこらへんは寛大な心で許して下さいorz
そして、竹ボウキと日本刀は、実は竹ボウキの方が攻撃力高いんですが・・・
そこらへんは管理人の独断と偏見で書かせていただきました
だ、だだだだって、日本刀と竹ボウキどっちが強そうか聞かれたら迷わず日本刀選びますよ!・・・たぶん