フラジール2(前回の話とのつながりはありません)


今日も、セトは銀色の髪の女の子を探すべく、廃墟を探索していた
建物は寂れに寂れて、地震が起こったらすぐに崩れてしまいそうな、そんな中の一つを訪れていた
聞こえるのは自分の足音だけで、薄暗い室内は静まり返っている
たまに青い幽霊が姿を現すが、もう慣れたもので、たいして苦戦せずに退ける事ができていた

それはいいのだが、結構大きい建物なので部屋数が多く、全てまわるには時間がかかりそうだった
全ての部屋をまわるのは無理で、まだ半分も探索していない感はあったが、とりあえずめぼしい物だけ回収し、今日は休もうかとセトは出口へ足を進めた
その時、青い幽霊が廊下を横切り、部屋の一室へ入って行くのが見えた
いつもなら襲いかかってくるはずの幽霊が、セトを無視するのは珍しかった
その部屋に幽霊を引きつけている何かがあるのだろうかと思ったセトは、探究心でその部屋に入ってみることにした



さっき入って行った幽霊がいつ出てくるかわからないので、セトは慎重に扉を開いた
隙間から様子をうかがうと、中には人型をした数個の青い塊が一点を見上げていた
一体何を見上げているのだろうかとその視線の先を追ってみると、大きなタンスの上に誰かが乗っていた
暗がりで、その人物が誰なのかはわからなかったが、放っておくわけにはいかなかった

セトは勢いよく扉を開け、幽霊の群を散らすように中へつっこんだ
ここの幽霊達はそんなに脅威ではなかったので、数匹を退散させるのは容易な事だった
ものの数分で部屋にいた幽霊を全て退けると、タンスの上に乗っていた人物が下りてきた


「へえ。セト、結構やるじゃんか」
聞き覚えのある声が、頭上から聞こえる
声の主はひらりとタンスの上から下り、セトの前に立った

「クロウだったんだ。大丈夫だった?」
霊に追われていたのだろうか、少し疲労の色が見えるクロウに、セトは軽いねぎらいの言葉をかける

「正直どうしようかと思ってた。助かったぜ、ありがとな」
見たところ、クロウは武器らしい武器は持っていない
セトは、自分の武器を一つあげようかと、しゃがんでリュックを下ろして中を探った

「ここは、武器の一つでもないと危ないから・・・何か、あげ・・・」
そう言ってクロウの方を向いたセトは、驚いて言葉を途切れさせた
クロウの顔が、やけに近い距離にあった
セトは以前の光景を思い出し、反射的に後ろに両腕をついてクロウから離れた
すると、クロウはその距離を詰め、セトににじり寄った

「ク、クロウ」
また、クロウの言う「友達同士がすること」をされるかと思ったセトは、さらに距離を開けた

「何で下がるんだよ。俺達、友達だろ?」
クロウは、不思議そうにセトに言った

「と、友達は・・・あの、あんまりそういうこと、しないんじゃないかなって・・・」
しかし、セトはあまり自信がないのか、語尾を小さくした

「お前、それ何の本で読んだんだ?俺の読んだ本には、確かに友達はキスするもんだって書いてあった」
「そ、それは・・・」
本で学んだわけではない
他の友達から教えてもらったわけでもない
ただ、感覚的にそう思っているだけだった
けれど、それをどう説明すればクロウを納得させられるのか
それを思いつかなかったセトは、俯きがちになるしかなかった


「セト・・・」
すぐ傍で名を呼ばれ、いつのまに近付いてきていたのかとセトはまた驚いて顔を上げた
クロウは、さっきよりもさらに近い距離にいた
後ろに下がる時間はなかった
クロウは、セトが逃げない内にと、すぐに「友達同士がすること」をしていた

「ん・・・っ・・・」
口を塞がれ、セトは反射的に目を閉じた
まだ数少ないその行為に、とたんに頬が紅潮していた
クロウは、これは当たり前の行為だと思っているからか、そんな照れはないようだった

しかし、セトはどうしても焦りと動揺を抑えられないでいた
長い口付けのさなか、ふいにクロウがセトのほうへ体重をかける
動揺してどうすればいいかわからないでいたセトは、そのままゆっくりと後ろへ倒れた
背に、冷たい廃墟の床が当たるのを感じる
セトが完全に倒れると、クロウは一旦身を離した

「は・・・。クロウ、何を・・・?」
セトは、なぜ自分がこんな状態になったのかわからず、問いかけていた
クロウは、膝立ちになってセトを見下ろしていた
頬が熱っぽく赤くなり、わけがわからないといった、ぼんやりとした状態で見上げてくるセト
そんな様子の友人を見た瞬間、クロウは自分の中に何かを感じていた
その何かに後押しされるように、クロウはセトの上に覆いかぶさった

「クロウ・・・?」
まだ状況がわかっていないセトは、疑問符をつけて相手の名を呼ぶ
再び、お互いが至近距離まで近付く
そして、クロウは衝動的に唇をセトへ落としていた
友達の証としてではなく、何かを考える前にした行動だった

「んん・・・っ・・・」
セトは、喉の奥で小さく呻く
クロウは、そのままセトに強く覆いかぶさる
深く押し付けられるものの感触に、セトはさらに紅潮していった
セトはどこかがおかしいと思っていても、それをはっきりさせられずクロウを押し返せないでいた


今度は、短い時間でクロウは離れた
けれど、先程よりも強く重ねられた行為は、セトの息を荒くさせるのに十分だった
クロウは、至近距離でセトをじっと見詰めていた

暗がりでも、この距離なら相手の様子がよくわかる
紅潮している頬と、白い首が対照的で、クロウにはなぜかそれが美しく見えていた
それを見ていると、クロウはまた自分の中に何かを感じていた
そして、再びその何かに後押しされるようにして、今度はセトの首筋へ、そっと唇を触れ合せた

「えっ・・・ク、クロウ」
自分の首元にクロウが触れているのを感じたセトは、明らかに慌てていた
クロウは、割れ物を触るかのように、何度も白い首筋へ自らの唇を触れさせる
その慎重な様子は、自分がなぜこんなことをしているのか、わかっていないからのようにも見えた
むずむずするような、緊張するような感触に、セトは戸惑うばかりだった

柔らかい、肌の感触
クロウは、そんな感触を心地良いと思っていた
もっとそれを感じてみたいと思ったクロウは、触れている肌をふいに軽く吸い上げた

「えっ、あ・・・」
軽い刺激に驚いたのか、セトはぴくりと肩を震わせた
クロウは続けざまに、セトの肌に同じような刺激を与える

「ぁ・・・ク、クロウ・・・っ」
クロウが唇を滑らせ、口付けられるたびにセトの緊張感は増していった
それはよほどの緊張感なのか、心音がだんだんと落ち着かなくなってゆく
いつの間にか、冷たいはずの廃墟の床が気にならなくなっていた
それは、自分の体温が上昇してきている証拠だった

「だ・・・だめだよ、こんなこと・・・」
してはいけないという確証はなかったが、セトは思わずそう呼びかけていた
クロウは顔を上げ、近い距離はそのままにセトを見下ろした


「何で。俺達、友達だろ・・・?」
そうは言ったが、クロウは本当にそれだけの理由で、自分はこうしてセトに接しているのだろうかと疑問に思っていた
友情の証としてキスをするだけなら、別に押し倒さなくてもいい
首元に顔を埋め、そこにまで唇を合わせなくてもいい

そのはずなのに、気が付いたらこうしていた
セトが抵抗できなくなるように押し倒し、首筋にまで口付けていた
本当に、友達という理由だけでセトに口付けたのか
クロウは今一度、自分に問いかけていた


セトは、急に制止したクロウを見上げていた
そのとき、視界に青いものがさっと横切った

「クロウ、危ない!」
セトはとっさにクロウを押し退け、竹ボウキを手に取った
そして、すぐさま立ち上がり竹ボウキを力強く横に払った
視界を横切った青い幽霊は驚いたのか、素早く部屋から出て行った
突然、強い力で押し退けられたクロウは一瞬唖然とした
さっきまで自分の眼下で頬を紅潮させていた人物とは、まるで別人に見えていのセトを目の当たりにして、驚いていた


「クロウ、大丈夫?急に押し退けちゃったから・・・」
セトは、尻餅をついているクロウに手を差し出した
どこかで見た光景とまるで逆だなと、クロウはふっと笑ってその手を取って立ち上がった

「また助けられたな。・・・ここは危なっかしいから、俺はそろそろ別の所に行くぜ」
「うん。それじゃあ・・・また」
別れの挨拶をすますと、クロウはまるで何事もなかったかのように部屋から出て行った
一人になったセトは、気を落ちつけるかのように溜息をついた

まだ少し、心音が早いのを感じる
よほど驚いて動揺してしまっていたのだろうかと、セトは自分に問いかける
けれど、この早い心音の要因になっているものは、驚きだけではない気がしていた
その要因が何なのかまではわからなかったけれど、それは廃墟の冷たさを忘れさせてくれる温かいものだと、それだけはわかっていた
自分達が感じている、温かくも不思議な感覚は何なのか
それは、今はまだ、セトにもクロウにも、わからないものだった




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
とてつもなく久々の、フラジール更新です
寝る直前になぜだかふと思いついて、無性に書きたくなったシチュエーションでした
そして、やっぱり私はこれくらいの少年が好きなんだと自覚した19の夜←