双子と僕 @


母親、父親、長男、そして双子の弟。
一見、なんら変哲のない家族構成。
経済状況は普通、両親の仲も良好、まさに平平凡凡な家庭にふさわしいような、そんな家族。
ただ一つ、問題だとすれば。

「兄さん、お帰りなさい!」
「今日は早かったんだね、兄さん!」
弟達が、とんでもないブラコンだということだった。



家に帰ると、毎日、双子が兄の輪を出迎える。
兄が帰ってきたら、一番に自分達の顔を見てもらうように。

「ただいま」
帰宅の挨拶をすると、すぐに双子の憂と陽は両脇から兄に抱きつく。
そして輪は、数秒ほど動かせてもらえない。
気が済んだ双子が離れるまで、輪は靴も脱がないまま棒立ちになるのが恒例だった。
どいてくれと言えば素直に離れるのだが、さほど長い時間のことでもないので好きにさせていた。

双子が離れると、やっと家に上がることができる。
しかし、双子はまだ輪の両サイドに居座っている。
輪が歩みを進めれば、同じペースで双子もついてゆく。
洗面所で手を洗うときも、部屋で着替える時も。
片時も輪の傍から離れず、いつもついていっていた。

「今日は、父さんも母さんもともいないのか」
「うん、父さんは出張」
「母さんは、遅くなるって」
ものを尋ねると、いつも右と左から別の情報が入ってくる。
それぞれ落ち着く位置があるのか、憂はいつも右、陽は左と決まっていた。

「それじゃあ、何か作らないとな」
輪は冷蔵庫を開け、手頃な食材を探す。
家を空けることが多い両親のはからいか、食材が不足することは滅多になかった。

両親にかわって食事を作るとき、何が食べたいかという質問はしない。
決まって、「兄さんの好きなものでいいよ」という答えが返ってくるからだ。
そして、料理をするときももちろん、双子は輪の傍にいた。
包丁を使うので流石に両サイドにいるわけではないが、台所から出ようとはしない。
食事は三人で分担して作ることが多く、母親には負けるが、結構な数のレパートリーを作れるようになっていた。

「兄さん、今日は新しい料理に挑戦するの?」
「失敗しても、よっぽどでなければぼくらが片付けるからね、兄さん」
「・・・そうならないように頑張るよ」
失敗した品を弟に片付けさせるのは心苦しい。
本来なら、そう言うべきは兄である自分だと思うのだが、気遣う前に、気遣われすぎてしまう。
一方で押しが強い部分もあり、二人に迫られれば両親さえも敵わないのほどだった。
考え事をしつつも、調理が終わり、良い香りが漂う。

「あ、完成したんだね」
「それじゃあ、お皿に盛り付けるね」
輪の手が止まると、双子が皿を取り出し盛り付ける。
その間に使った調理器具を湯につけて、洗いやすくなるようにしておく。
双子のおかげで、母親一人が作るより早い時間で完成させることができていた。


テーブルの上に皿が並び、三人は席に着く。
勿論、ここでも双子は兄の両隣にいた。
両親は正面に座ることになるのだが、五人が揃うことはあまりなかった。

双子がブラコンになってしまったのも、それが原因なのではないかと思う。
両親共働き、そのおかげでまあまあ不自由なく暮らせてはいるのだが。
両親が家を空けるのは当たり前になってしまっているので、甘える対象として兄を選んでいるのだと思う。
だからといって、両親を責めるわけではない。
輪が甘えてくる双子を心配だと思うことはあっても、嫌だと思ったことは一度もなかった。

「兄さん、今日もぼく部活に勧誘されたんだ」
「もちろん断ったから、安心して?兄さん」
何に安心しろというんだというつっこみは抑え、輪は「何で部活に入らないんだ?」と普通に質問する。
「だって、ね」
「うん、だって・・・」
双子は一瞬顔を見合わせ、そして声を揃えて答えた。

「「部活に入ったら、それだけ兄さんと過ごせる時間が減っちゃうから」」
「そ、そうか・・・」
輪は、何とも言えない複雑な気持ちになった。
思い起こせば、以前の学校でも双子が部活に入っている様子はなかった。
慕ってくれるのは、喜ばしいことだが、兄を優先第一に考えるのはどうかと思っていた。
弟達は兄を慕うあまり、自分達の行動に抑制をかけているのではないかと、心配していた。

「・・・なあ、別に、部活に入りたかったら入ってもいいと思うけど・・・」
答えはもう予測できるが、輪は一応尋ねた。
双子は、同じタイミングで首を横に振る。
「ううん。だって、部活に入って暇を潰すより・・・」
「兄さんと一緒にいるほうが、楽しいに決まってるから」
輪は、さらに複雑な気持ちになった。




夕食が終わり、洗い物が終わると、就寝まで自由時間になる。
これといった趣味を持たない輪は、ぼんやりとテレビを見たり、宿題をしたりして過ごしていた。
テレビを見るときはソファーに座って見るのだが、案の定両サイドには双子が座っている。
双子はリモコンには手も触れず、ただ輪の隣に座っているだけだった。

「・・・退屈しないのか?」
娯楽番組を見ているわけではない、淡々と流れるアナウンサーの声。
30分も見ていれば飽きるだろうと思った輪が、双子に問いかける。
「退屈なんかじゃないよ」
「だって、兄さんが隣にいるから」
傍に居るだけで満足できる。
昔から、双子はいつもそう言っていた。

でも、たまに本当に退屈はしないのかと尋ね、確かめたくなってしまう。
こんな淡白な兄の傍にいて本当に満足できているのかと、少し不安になるからだった。
ニュースが一区切りついた後はまた30分ほど、今度は旅番組にチャンネルを切り替える。
様々な地域の情景が見られる番組は、お気に入りの一つだった。
いつかは行ってみたいと思うところも、ちらほらあるが。
一人で行くなんて言い出したら、弟たちが黙ってはいないだろうなと簡単に予測がついた。



旅番組が終わると、今度は宿題を始める。
年上の勉強を見てもわけがわからずつまらないと思うが、双子が腰を上げることはなかった。
トイレに行くときは、流石についてこないのだが。
それには、トイレに行くということを言ってからでないといけなかった。
そうしなければ、双子はぴったりとついてきてしまう。
もはやその声かけは当たり前のものになっていて、面倒だとは思っていなかった。

今日の宿題は単純な数計算だけだったので、輪はすらすらとノートに答えを書いてゆく。
邪魔をしてはいけないと思っているのか、双子はじっと黙って輪を見ているだけだった。
その視線も当たり前のものとなった今では、何ら気にすることなく集中することができる。
やはり、退屈ではないのかと問いかけてしまいそうになるが。
決まって答えは同じなので、輪は黙って双子の視線を受け止めていた。


やがて宿題も終わり、輪はノートを閉じる。
「兄さん、お疲れ様」
「今日の宿題は簡単そうだったね、兄さん」
「ああ。今日は数学だったから」
答えが一つしかない数学は、得意科目だった。
逆に苦手なのは国語だ。
答えが一つではない記述問題は答え合わせも面倒で、何より人の気持ちを汲み取ることが苦手だった。
それも、兄弟がいることに満足してしまって、あまり交友関係を広げる気がないからかもしれない。

休みの日には双子の相手をしていたから、あまり友人と遊ばなかった時期があり。
気付いた時には、双子はかなり懐いていた。
何もせずとも、双子はとても友好的に接してくれえる。
だから、その他の人付き合いが面倒になっているところがあった。
そんなことを思ってしまっている自分も同じブラコンなのかもしれないなと、輪は苦笑した。


「兄さん、ぼくら先にお風呂入ってきてもいい?」
「やっぱり、一緒に入るのはだめなの?兄さん」
たまに、双子はこうしてうかがいをたてる。
そして、輪は決まってこう答える。

「うちの風呂はそんなに広くないんだから、駄目だ」
別に、一緒に入ることが嫌なのではなく、狭苦しいのが嫌いなだけだった。
三人で浴槽に入れることは入れるのだが。
そうすると、洗い場は順番待ちになって、時間がかかる。
わざわざそんな非効率的なことをするのは、いまいち気が乗らなかった。

輪がそう言って断ると、双子は少し落ち込みつつも大人しく言うことを聞く。
双子は昔から、輪に無理強いすることはなかった。
だから、活発な双子と淡白な兄の円滑な関係が保たれているのだった。


「「兄さん、お風呂空いたよ」」
双子がそう言っても、輪はすぐに風呂には入らせてもらえない。
双子は風呂から上がると、決まって輪に抱きつく。
熱い夏場は、汗をかいている自分にくっつかせるべきではないと、腕をつっぱねて双子を制するのだが。
今は涼しい秋、抱きついてくる双子を拒む理由など、どこにもなかった。
風呂上がりで髪をしっとりとさせた双子は、輪を捕まえて両脇から抱きついた。

「兄さん、あったかい?」
「涼しいとたくさん抱きつけるから嬉しいよ、兄さん」
「うん、温かいよ」
輪は、両脇にいる双子の頭を撫でる。
いつの間にか、その頭は自分の肩ほどまでに達している。
昔は、腰元にあったような気がするのに。
風呂上がりの双子の髪はいつもさらさらで、手触りがよかった。

石鹸のいい香りが漂い、温まっている体温に身を包まれる。
心地良いその抱擁を拒むことはなく、双子が自分から離れるまで頭を撫で続けていた。


やがて双子が離れ、輪が風呂に入り、そして出てくる。
すると、双子は待ち構えていたかのように再び抱きつく。

「兄さん、温かい・・・」
「良い香りがするね、兄さん・・・」
「同じ石鹸を使ってるんだから、当たり前だろ?」
風呂上がりに、今度は双子が輪の髪を触る。
髪質は同じく柔らかく、双子はそれを確かめるように輪の髪をすいてゆく。
双子は、輪の首元に頬を寄せ、温かな体温を感じるのが好きだった。
輪は双子を安心させるように、その背に腕をまわした。


あまり長く抱きついていては体が冷えてしまうので、双子はやがて名残惜しそうに兄から離れる。
それを合図に、輪は双子の頭を一回、軽く叩く。
「じゃあ、もう寝るよ。お休み」
「うん、兄さん、お休み」
「お休み、兄さん」
双子は、一緒に寝てほしいとは言わなかった。

双子の部屋は大きいが、二人で共有しているので布団を敷くスペースはギリギリで。
狭苦しいことを嫌う兄の性格を知っているから、眠るときまで共にいることは要求しなかった。
最も、スペースさえあれば、すぐに一緒に寝てほしいと双子が言いだすだろう。
輪は双子の頭を軽く撫で、自室へ移動する。
双子は輪の背中を見送った後、自分達の部屋へ入った。

「もうひとつ、布団が敷ければ・・・」
「眠ってる数時間の間も、兄さんを感じていられるのに・・・」
双子は布団に寝転がり、口惜しそうにそう言い合った。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
兄弟の名前の読み方は、輪(りん)、憂(ゆう)、陽(よう)です。
「ハートの国のアリス」の双子を見ていたら思いついた話でした。
ちなみにゲームは持っていません、ニコ動で見ただけです。
兄弟像は、みなさまのご想像にお任せします。
乙女ゲーを参考にしたのに、やっぱりこんな形に行きつくのはもう性分ですねわかります。
設定が無いと困る!というお方は↓をご覧ください。


輪 高校二年生。身長は平均並み。
  いつも冷静にしているが、思わぬことに遭遇すると慌てる。
憂、陽 中学三年生。身長は輪より頭一つ分小さい。
    好奇心旺盛で明るい性格、言うまでもなくブラコン。