双子と僕2


休日は、双子が思う存分、兄と共に居られる日。
家族全員が揃うことが少ない家では、いつも三人で過ごしていた。

「兄さん、今日はどこかへ行く?」
「それとも、家の中で過ごす?兄さん」
今日も、右と左から声がする。
休日の過ごし方は、いつも輪の一存に任せられていた。
家でぼんやりとしていたいと言えば、双子は一日中でも輪に付き合い。
外へ行くときも勿論、片時も離れなかった。
もしかしたら、自主性というものがないのではと心配した輪は、今日は双子に任せてみることにした。

「今日は、二人が行きたいところへ、僕も行きたい」
こうして頼むように言えば、意見が言いやすいと思った上での提案だった。
「兄さん、ぼくらに任せてくれるの?」
「ぼくらが行きたい場所でいいの?兄さん」
双子の問いかけに、輪は頷いた。
双子は少しの間黙り、考えた後、声を揃えて言った。

「「それじゃあ、公園に行きたい」」
打ち合わせなんてしていないはずなのに双子が同じことを言ったので、輪は内心驚いていた。
「いいよ。行こう」
特に面白みのある場所ではないが、輪は双子が自分の意見を言ったことを嬉しく思っていた。




公園は、家から歩いて10分ほどのところにあった。
公園と言うには大きく、大型施設の中に遊具がいくつかある。
この年になって遊具で遊ぶのは多少気がひけたので、それらは使わない。
人気のないこぢんまりとした雑木林に向かい、輪が木の幹を背にして座ると、双子も両隣に座った。

「兄さん、もしかしてがっかりしてる?」
「普通の場所で、退屈させてる?兄さん」
「いや、二人が自分の意見を言ってくれて、嬉しかったよ」
輪のその言葉に、双子は安心したように笑った。

「よかった。兄さんが喜んでくれて」
「うん。兄さんが不快に思ってなくて、よかった」
会話が一旦終わると、輪は膝を伸ばして楽な体制になった。
そこへ、右に座っていた優が兄の太股へ頭を乗せて横になる。
左に座っている陽は、手を伸ばして兄の肩を抱き、甘えるように擦り寄った。
少し重いが、苦痛に感じるほどではない。
輪の手は自然と、自分の眼下にいる優の頭を撫でていた。

双子とこうしていると、胸の内が温かくなる。
きっと、自分を慕ってくれる存在がいることに、安心感を覚えているのだと思う。
思わず、目を閉じてしまいそうになる。
けれど、人が来たら弟達を起こさなければならないので、輪は一人ぼんやりと前を見ていた。


あまり長く頭を乗せていては輪の負担になると思っているのか、それは10分もしないうちに終わる。
双子が満足して離れると、輪は立ち上がる。
公園ですることといえば、これくらいのことしかない。
双子もすぐに立ち上がり、隣に並んで家への帰路を辿った。

輪は、自分が知らない場所へ行きたいとを双子が言い出すのではないかと期待していた。
ところがあった。
だが、よく考えれば双子はいつも休日を共に過ごしている。
学校が終わったら真っ直ぐ家に帰ってきているようだし、別の場所なんて知りようもないのだと気付く。
これは、少し考えなければならない問題だった。




翌日、輪は珍しく、学校帰りに寄り道をしていた。
いつもは通らない脇道を通り、わざと遠回りをする。
そうしていたら、かれこれ一時間が経ち、太陽が夕日に変わっている。
夕食の支度には間に合わせようと、輪は急ぎ足で帰宅した。

「兄さん、何でこんなに遅かったの!?」
「学校で何かあったの!?兄さん」
家の扉を開けると、焦った様子で双子が駆け寄る。
心配させるので、学校の行事で遅くなるときは、いつも前日には伝えていた。
けれど、今日は寄り道がこんなに時間がかかってしまうとは思わず、伝えていなかった。

「ごめん、急に用事を頼まれて断れなかったんだ」
ここで寄り道をして遅くなったと言えば、また質問攻めにあうかもしれないのではぐらかしておいた。
「そっか、それなら、仕方ないよね」
「うん、仕方ないよね」

双子は納得し、弱弱しく兄に抱きついた。
よほど心配していたのだろうか、怯えていたのだろうか、いつもの勢いはない。
輪は双子を落ち着かせようと、優しく頭を撫でた。



それから輪は定刻通りに家に帰り、双子の出迎えを受ける。
同じような日常が終わり、あっという間に休日になった。
「今日は、二人を連れて行きたいところがあるんだ」
輪が言うと、双子は目を輝かせた。

「「ぼくら、兄さんとならどこへだって行くよ」」
双子は、ぴったりと声を揃えて答える。
輪は双子に挟まれ、外へ出かけた。


家から、結構な距離を歩いただろうか。
民家が少なくなく、ひっそりとした道を三人は歩いていた。
双子が疲れてはいないかと気にかけたが、涼しいからか疲労している様子はなかった。
「そろそろ、見えてきたかな」
視界に、ちらほらと赤いものが見えてくる目的地に着くと、双子は目を丸くして辺りを見回した。

「すごい、きれい・・・」
「テレビでしか見たことない花が、たくさん・・・」
三人の目の前には、無数の彼岸花が咲いていた。
一面真っ赤で、花は本はある。
道に沿うように彼岸花が並んでいる情景は、見事なものだった。
双子は、しゃがみこんで花をまじまじと見詰めた。

「短い間しか咲いてないから、二人に見せたかったんだ」
学校の帰りに見つけた場所が、この彼岸花の群生地だった。
まだ、住んでいる街の探索はしたことがなかったので、見つけたときは驚いた。
そして、すぐに弟達を連れてきたくなった。


「兄さん、もしかして帰りが遅くなった日に、この場所を探してたの」
「もしかして、ぼくらのために探してくれたの、兄さん」
輪が頷くと、双子は満面の笑みを浮かべた。

「兄さん、ありがとう、ぼくらのために・・・」
「ぼくらのために、新しい場所を探してくれてありがとう、兄さん」
双子は、喜びを表すよう、輪に飛びついた。
弟達の笑顔を見ていると、自分も嬉しくなる。
輪は両手で双子を抱き返し、頬を緩ませた。

「兄さんも、嬉しいの?」
「新しい場所が綺麗なところで、嬉しいの?」
滅多に笑わない兄の頬笑みを見た双子は、思わず尋ねる。
「それもあるけど、二人が喜んでくれて嬉しかったから」
兄の言葉に驚いたのか、双子は一瞬目を丸くする。
それから幸せそうに笑い、兄の首元に擦り寄った。

「兄さん、本当に・・・ありがとう」
「本当に・・・嬉しいよ、兄さん」
双子は一旦顔を上げ、背伸びをする。
背丈が少し高くなり、もう少しで輪と頭が並びそうになる。
そこで、双子は同じタイミングで、そっと兄の頬に口付けた。

「え・・・」
今度は、輪が目を丸くする番だった。
両頬に感じる柔らかな感触に、戸惑わずにいられない。
双子は目を閉じ、少しの間唇を触れさせていた。
背伸びが疲れたのか、ものの数秒で双子は離れる。
輪はまだ驚きが収まらず、唖然と双子を見ていた。

「兄さん、ごめんね。驚かせて」
「でも、僕らそれくらい嬉しかったんだ、兄さん」
今の行動は、感謝の気持ちを表していただけのようだった。
それ以外の意図があっては困るのだが、こういったことに抵抗のない輪は内心動揺していた。
そして、そんな行動をした双子にどう接したらいいのか、わからないでいた。



「・・・そろそろ、帰ろうか」
まだ来て間もなかったが、混乱気味の輪はそんなことを言った。
「あ、でも、ちょっと待って」
「花を一本、摘んで帰りたいんだ」
双子は輪から数歩離れ、どの花を摘むか吟味する。
選ぶ基準は同じなのか、双子は同時に一本の彼岸花を引き抜いた。
根っこごと花が取れ、土が散らばる。
花は陽が持ち、双子は再び輪の隣に移動した。

「兄さん、お待たせ」
「それじゃあ、帰ろう、兄さん」
「でも、自分で言っておいて何だけど・・・こんなにすぐに帰ってもいいのか」
連れてきておいてすぐに帰ろうと言い出した兄に不満はないのか、心配して尋ねた。

「うん、だって僕ら、すごく嬉しかったから」
「兄さんが連れてきてくれただけで、僕ららは満足だよ」
「・・・そうか」
双子が嬉しそうにしているので、輪はそれ以上何も言わなかった。
三人は来たときと同じように、並んで家へと帰った。





家には、今日も誰もいなかった。
もはやそれは気にすることでもなくなり、いつものように三人で夕食を作る。
花は根を切り花瓶に生けられ、テーブルの上に置かれていた。
食事中、双子はその花を見て、兄が連れて行ってくれた場所を思い出しているようだった。
夕食が終わった後、輪がソファーに腰かけていると、双子が強めに抱きついてきた。

「・・・兄さん、甘えてもいい・・・」
「少しだけ・・・甘えたいんだ、兄さん・・・」
双子は、両親が家にいないことを寂しく思っているようで、たまに輪に甘えたがった。
そんなとき、輪は横向きになり、ソファーに足を投げ出して座り直す。
そして、軽く両手を広げることが了承の合図だった。

すぐに、優は後ろにまわり、背後から抱きつく。
陽は、軽く広げられた両腕の中へ飛び込んで抱きつく。
体を密接に触れ合せることができるこの体勢は、双子のお気に入りだった。
後ろにいる優は抱けないが、正面にいる陽は抱き止めることができる。
その位置は、日によって変わっているようだった。
輪が、正面にいる陽に両腕をまわす。
陽は、安心するように目を細めた。

「兄さん、ありがとう・・・すごく、安心する」
「うん。あったかくて、安心するよ・・・兄さん」
それは輪も同じで、こうして人の体温を感じられることが心地良かった。
体だけでなく、胸の内まで温められてゆく。
心地良さのあまり、輪が目を閉じようとしたとき。
玄関の扉が開き、「ただいまー」という女性の声が聞こえてきた。
その女性は三人がいるリビングまで来て、足を止めた。

「あらあら、二人は今日お兄ちゃんにべったりなのね」
「お帰りなさい、母さん」
輪は首だけ振り返り、母の姿を確認する。
双子は輪に抱きついたまま、母をちらっと見て「お帰りなさーい」と答えた。
双子にくっつかれている姿を見られるのは少し照れがあったが、無理に引き離そうとはしなかった。
母は息子達のそんな姿を見るのは慣れっこで、くすりと笑う。
だが、すぐに申し訳なさそうな表情に変わった。

「輪くん、いつもごめんね。もうすぐお仕事が一区切りして、家にいられるようになるから・・・」
「母さん、気にしないでいいよ。僕が好きでやってることだから」
双子の相手をすることに、一時もうっとうしさを感じたことはない。
双子は、自分に安心感を与えてくれるかけがえのない存在だった。

「ありがとう、輪くん。それじゃあ、お母さん寝かせてもらうね」
「うん。お休みなさい」
輪に続いて、双子も「お休みなさーい」と声をかけた。



「僕らも、もう寝ようか」
輪にそう言われ、双子は名残惜しそうに腕を解いて離れた。
「兄さん、今日はありがとう」
「嬉しかったよ。ありがとう、兄さん」
輪は双子の頭を軽く撫で、立ち上がる。

「次の休み、また別の場所へ行こう」
双子の表情は、ぱっと明るくなった。
「じゃあ、お休み」
「「お休みなさい」」
双子の声は、休む時の挨拶とは思えないほどいきいきとしていた。
輪が自室へ入ると、双子は彼岸花の花瓶を自分たちの部屋へ持って行った。
一時でも長く、今日の思い出に浸れるように。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
折角の兄弟設定なので、ここぞとばかりにひっついています。
最終的には・・・まあ、いかがわしい方向へ持っていきたいと思っていますが←。
思いつきで書いているので、何話構成になるかは未定です。