双子と僕B


この前の休日、輪は次の休日にも双子を新しい場所へ連れて行くと約束をしていた。
その約束を果たすために、輪は学校帰りに道を散策していた。
しかし、限られた範囲では良さそうな場所を探すことは難しく、そう簡単には見つからなかった。
このままでは約束を破ることになってしまうと懸念した輪は、母親にどこか良い場所はないかと尋ねることにした。
引っ越してきて間もないが、毎日のように外出している母の方が物を知っていると思った。

「母さん、ちょっといいかな」
テレビを見てくつろいでいる母に、輪は話しかけた。
「あら、今は珍しく二人がくっついてないのね。なーに輪くん」
「今度の休日、二人をどこかへ連れて行ってあげたいんだけど、どこか良い場所を教えてほしいんだ」
この話を聞かれては双子の楽しみが半減すると、輪は双子が風呂に入っている間に尋ねかけていた。

「そうねぇ・・・それじゃあ、動物園なんてどうかな?隣町になっちゃうんだけど。地図書いてあげるね」
母は自室から紙とペンを取ってきて、すらすらと地図を描き始めた。
動物園なんて、幼い頃に行ったきりだった。
そのときのことはほとんど覚えてはいないけれど、悪印象は持っていなかった気がする。

「はい。駅からそんなに遠くないから、迷うことはないと思うけど・・・気をつけて行ってきてね」
そう言うと、母はさりげなく三枚のお札を地図と一緒に輪に手渡した。
「ありがとう。二人も、喜ぶと思う」
三人で三万円は与えすぎだろうと思ったが、余ったら返せばいいと、そのまま受け取った。
輪は約束を破るはめにならなかったことに安堵し、受け取ったものを早々に自室へ隠した。




そして、休日がやってきた。
輪が起きて自室から出ると、双子はもう居間で待機していた。

「兄さん、おはよう」
「今日は、またどこかへ連れてってくれるんだよね?兄さん」
期待を込めた眼差しをして、双子は兄の傍へ寄る。

「ああ。今日は、隣町まで行くんだ」
具体的な場所は、まだ伏せておいた。
双子の驚く顔が見たいと、そう思っていたから。
輪はできるだけ急いで朝の支度をし、朝食も軽く済ませた。
そして、地図と財布を持って外へ出かけた。


駅は、家からそれほど遠くはない距離にある。
空は晴れていて、清々しい秋風が吹いていた。
「電車に乗るのも、久しぶりだな」
駅につくと、輪はついひとりごちていた。

「そうだね、兄さんはあまり遠くへ行くことなんてなかったから」
「うん。兄さんはあんまりお金使わないもんね」
金を使わないといっても、毎月の小遣いは兄弟ともどもきちんと貰っていた。
ただ、使い道がこれといってないだけで、今は持て余している現状だった。
それは、無趣味なのが問題なのかもしれないけれど。



電車に乗ったのは一駅だけでも、駅から出たとたん、周囲はあっという間に見知らぬ景色になった。
双子はその景色を観察するためにしきりに目を動かし、輪は母が描いてくれた地図を取り出していた。
輪が方向を確認して歩き出すと、双子も後を追って歩き始めた。


歩いた時間は、10分もなかっただろうか。
三人の目の前には、動物がたくさん描かれたファンシーな門が「お入りください」と言わんばかりに開いていた。
子供連れの家族が、ちらほらとその中に入っていっていた。

「「ここって、動物園!?」」
双子は、予想通りの驚きのリアクションを示す。
「母さんに教えてもらったんだ」
兄の言葉が聞こえているのかいないのか、双子は楽しみを抑えきれないといった様子で門を見詰めている。

「兄さん、早く入ろう!」
「早く行こう!兄さん」
積極的に手を引っ張られ、輪は早足になる。
いつも兄のペースに任せるのではなく、時にはこういった自主性を主張してくるところが双子にもちゃんとあるのだと、輪は安心した。


入場券を買って中に入ると、双子はしきりに辺りを見回していた。
檻に囲まれた場所、大きな池がある場所、遠くの方には休憩所だろうか、建物も見える。

「兄さん!どこから行こう?」
「どこから行きたい?兄さん!」
行きたい所へ引っ張って行ってもいいのに、双子は兄の意見を求めた。
慣れない所へ来てどうすればいいのかわからないでいるのかもしれないと、輪は檻のある方へ行こうと提案した。
すると、双子は輪の手を掴んで、せかすように引っ張った。
どうやら、楽しみが後押ししているせいか、歩くペースは双子が自分で決めることができているようだった。
輪は手を引かれるまま、急ぎ足で檻の方へ向かった。


「うわあ、すごい・・・」
「ホンモノなんだよね、これ・・・」
双子は、檻の中で動く動物を食い入るように見詰めていた。

「本物だよ。テレビの中じゃない」
檻の中にいるのは、一頭のライオンだった。
あまり広くはない檻の中を、貫禄ある姿で歩きまわっている。
機嫌がよくないのか、たまに低い唸り声をあげていた。
ライオンは歩きまわっているだけで、何かパフォーマンスをしているわけではない。

けれど、双子の興味を喚起させる要因は、珍しいというだけで十分だった。
しばらくの間、双子はじっとライオンを見ていた。
しかし、こればっかり見ていてはもったいないと、輪は「次の場所へ行こうか?」と問いかけた。
双子は兄の方へ振り返り、声を揃えて返事をした。



次に行った場所は、高い柵で囲まれているところだった。
その高い柵からわかるように、そこで囲まれていたのはそれ以上に背の高い動物だった。
双子は呆然と、その動物を見上げていた。
黄色い肌に長い脚、そして茶色い斑点。
キリンはゆったりとした足取りで、双子に近付いてきた。
その大きさに気圧されたのか、双子は数歩後ずさった。

そんな様子を、輪は少し下がったところから諦観していた。
輪のそんなところは、父親によく似ていた。
兄弟の父親は、良くいえばクール、悪く言えば無愛想。
いつでも冷静に物事を眺めるところが、父の血を輪が多く引いている証拠かもしれなかった。
逆に母は、感情を表に出しやすい。
双子はそんな母の血を多く引いているのだろうか、動物を見たときのリアクションはあきらかに輪とは違っていた。

たまに輪は、こんな淡白な兄が相手をしていて、つまらなくはないのだろうかと思う。
けれど、それは杞憂だった。
輪が覚えている限りでは、双子は一度も退屈だなんてこぼしたことはなかったから。




その後も、珍しい色をした鳥や、普段の生活では見られないような動物を見てまわった。
昼食は、奥の方にある施設で軽食を買って外で食べた。
この飲食店の施設が奥の方にある理由は、動物の匂いが漂ってこないようにしているのだと後から気付いた。

「兄さん、兄さんは・・・ぼくらといて、退屈してない?」
「ぼくらがひっぱってきちゃって、疲れてない?兄さん」
動物を後ろから諦観している様子が退屈そうに見えたのか、双子は心配そうな表情で尋ねた。

「退屈してないし、疲れてもいないよ。二人と居られることが、楽しい」
双子を安心させるために作った言葉ではなく、本心だった。
楽しい動物園、と言っても一人では来なかったと思う。
双子が本当にこの場所を楽しんでいる姿を見ていると、自分も不思議と気分が明るくなっていた。

「よかった・・・兄さんも、ぼくらと一緒で楽しいって思ってくれて」
「うん、よかった・・・兄さんが、満足してくれて」
双子は、輪の手を片方ずつやんわりと握った。
いつもならば抱きついてきてもおかしくはなかったが、ちゃんと場所をわきまえているのだろう。
輪は、双子の手をやんわりと握り返した。




午後はまだ時間があったので、動物園をもう一回りすることにした。
大きな広場へさしかかったとき、そこには今しがた作ったばかりのような小さな柵があった。
さっきはなかった柵に何がいるのだろうと、兄弟はそこへ近付いて行った。

そこには動物園のスタッフや、小さい子供たちが柵の中に入っていた。
「うわ〜、かわいい」
「小さくて、もこもこだ〜」
双子は柵の中にいる動物に、すぐさま目を奪われていた。
柵の中には数匹の兎が、縦横無尽に走り回っていた。
中には、怯えるようにして隅でかたまっているものもいる。
隣の少し高めの柵には、数頭の小型犬が元気そうに走り回っていた。
こっちは兎と違って怯えている様子はなく、勢い余って柵から飛び出してしまうのではないかというほどの勢いだった。

子供たちは柵に入って、好きなようにそれぞれ動物を抱きかかえている。
どうやらここは、「動物とのふれあいコーナー」というところのようだった。

「兄さん、中に入ってみよう?」
「もこもこ触ってみよう?兄さん」
双子が目を輝かせていたので、輪も一緒に柵の中へ入った。
双子は走り回っている兎をすぐに捕まえ、丸みを帯びた背中を撫でた。
最初は腕の中でもがいていた兎だったが、優しい手つきで撫でられるとだんだん大人しくなっていった。

「ふわふわ・・・」
「あったかい・・・」
毛皮の感触と動物の温かさが心地良いのか、双子はその兎に夢中になっていた。
折角なので輪は自分も一匹撫でてみようかと思ったが、隅のほうで怯えている兎に触れるのは気が引けた。

なので、小型犬に触ってみようかと隣の柵の中へ入った。
兎の方が人気があるのか、こっちの柵の中にはほとんど人がいなかった。
それだからか、輪が柵の中へ入ると、まるで待ち構えていたかのように二匹の小型犬が突進してきた。
輪は一瞬驚きたじろぎそうになったが、しゃがみこんでその二匹の犬を抱えた。
それは、まるで自分を慕ってくれる双子のように見えたから。

片手で一匹ずつ抱えていては撫でることができないが、掌には柔らかい毛並を感じる。
こうして動物に触れるのも何年振りだろうかと、輪はしみじみ思った。
しかし、小型犬といっても結構な重さがあるので片方は下ろそうと、手を下げようとした。
それを感じ取ったのか、下ろそうとした方の犬が輪の肩に前足を乗せて上体を起こした。
そして、輪の頬を甘えるように舐め始めた。

「わ、ちょっと」
少しざらついた舌の感触に驚き、輪は後ろに倒れて尻餅をついた。
それがチャンスだと思ったのか、もう一匹の犬も輪の頬を軽く舐める。

「くすぐったい・・・」
むずむずするような感触に、思わず輪の頬が緩む。
そんな兄の様子を、双子は隣の柵の中から驚いたような表情で見ていた。
犬とじゃれあって笑う兄のすがたなど、見たことがなかったから。




「そろそろ終了のお時間となりまーす」
スタッフの通りの良い声を合図に、子供たちは親に連れられて柵から出る。
だだをこねている子もいたが、スタッフや親が何とかなだめて連れ帰っていた。
双子も兎を離し、柵の外へ出る。
輪はすでに犬を何とか引き離して、双子を待っていた。

「・・・帰る前に、顔を洗わせてくれ」
犬に散々じゃれつかれたせいで、輪の頬はしっとりと濡れていた。
双子はおかしそうに笑い、また兄の両隣へ並んだ。


夕暮れが近付き、そろそろ帰らなければならない時間になった。
広い園内をまわったが、あれだけはしゃいでいたにもかかわらず双子に疲労の色は見られなかった。

「兄さん、今日も新しい場所に連れてきてくれてありがとう!」
「すっごく楽しかったよ!兄さん」
双子は、嘘偽りない満面の笑みを兄に向ける。

「最後に何か買って行きたいものがあったら、買ってもいいよ」
ついでに両親へのお土産も買おうと、三人は店で手頃な物を探した。
輪は、母親に小さな木彫りのリスのストラップを買った。
木彫りなら軽くてそれほど邪魔にはならないだろうと、機能性を考えた買い物だった。
自分の分は特に買わず、双子は兎のストラップを一つだけ買っていた。

「一つだけでいいのか?」
二人いるのだから二つ買うのが主流だろうと、輪は尋ねた。
「うん。これを、どこかにつけるわけじゃないから」
「うん。ぼくらは、これを見てこの場所を思い出すだけだから」
そういえば、彼岸花を摘んだときも一本しか摘まなかったことを思い出した。
双子は、その物ではなく、思い出を欲しがっているようだった。




買い物も終わり、三人は電車に乗って家へ帰る。
今日は母が早く帰ってきていて、夕食の支度はしなくてもよかった。
お土産を渡すと、その木彫りのストラップに母は大げさなほど喜んでいた。
やっぱり、双子は母親似だと改めて感じた瞬間だった。

夕食が終わり、ソファーへ移動しようと立ち上がったとき。
輪は、少し視界が揺れるのを感じた。
ただの立ちくらみだろうと、そのときは気にせず双子と共にソファーへ座った。

「兄さん、今日は本当にありがとう」
「本当に嬉しかったよ、兄さん」
双子は、今日何度目かわからない感謝の言葉を両側から兄に伝える。
「二人がいたから、僕も楽しかったよ」
輪は、双子の頭を軽く撫でた。
双子は嬉しそうに、目を細めた。

「ぼくら、最近兄さんに楽しませてもらってばかりだから・・・」
「ぼくらからも、兄さんを楽しませてあげたいな」
「へえ。楽しみにしておくよ」
そんな気遣いはいらないと言おうとおもったが、双子が何をするのか楽しみだった。
学校帰りに、どこか良い場所でも見つけてきてくれるのだろうかと。
そんなことを考えていると、双子がいつものように抱きついてきた。


「「兄さんが楽しくなること、してあげるから・・・」」
耳のすぐそばで囁かれ、輪は反射的に身を固くした。
もしかして、今から何かをする気なのだろうか。
そう思った矢先、両頬に温かいものが触れた。
それは、以前に感じた唇の感触ではなかった。
まるで、今日感じたばかりのもののような。

「え、な・・・何」
自分に触れているものが何なのか気付いた輪は慌てた。
それは、下から上へ、ゆっくりと動いてゆく。
液を帯びたその感触に、頬がわずかに熱くなった。

「ふ、二人とも、何して・・・」
双子は、小さく舌を出して輪の頬へ這わせていた。
しかし、兄が焦り以外の反応を示さないからか、片側の弟は首筋の方へ口を寄せた。
そして、滑らせるようにしてまたそこへも舌を這わせた。

「っ・・・!?」
首筋に感じた感触に、輪はびくりと肩を震わせる。
そこが兄が反応する箇所だと判断したのか、もう片側の弟も首筋をゆったりと舐めた。

「ん、っ・・・」
両側から与えられる、液を伴った柔らかな感触に、喉の奥から声が出そうになる。
されていることは同じのはずなのに、犬のときとは感じるものがまるで違う。
強くなる心音。
熱くなる体温。
犬が相手のときは、くすぐったいとしか思わなかったのに。


「や・・・やめてくれ」
輪は思わず、両手で双子を押し退けた。
「・・・兄さん、笑ってない」
「・・・嫌だった?兄さん」
双子は、予想していたものとは違う兄の反応に戸惑っていた。
犬に頬を舐められているとき、兄は頬を緩ませていた。
だから、自分たちもそうすれば兄を笑わせることができると、そう思っての行動だった。

「あ、いや・・・嫌じゃなかったけど・・・」
兄は兄で、戸惑っていた。
自分はなぜ、動物園にいたときとは違う反応を示してしまったのか。
それを考えていると、また少し視界が揺れた。
知恵熱でも出てしまっているのだろうか。

「ごめんなさい・・・。ぼくら、兄さんを喜ばせたかっただけなんだ」
「兄さんを困らせるようなことをして、ごめんなさい・・・」
双子は、物哀しそうに俯いた。

「謝ることなんてない。二人は、僕を喜ばせようとしてくれたんだから・・・。
それだけで、十分だよ」
輪は双子を安心させるように、軽く肩を抱いた。

「・・・ありがとう。優しい兄さん、好き・・・」
「ぼくも・・・優しい兄さん、好きだよ・・・」
双子は、いつもより少し強く輪に抱きつき、擦り寄った。
輪も、双子の気持ちに応えるように、少し強く肩を抱いた。
まだ、自分の中に残る熱を感じながら。





―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
ブラコン指数がんがん上昇中です。
しかし・・・相変わらずですが、まだ終わり方を考えていない現状ですorz。
クライマックスまでは行きたいと思っていますが、どこまで続くかはやっぱり未定です。