双子と僕C


登校日のはずの平日。
輪は一人、家の布団に横になっていた。
さぼっているわけではなく、ちゃんと学校を休む理由がある。

動物園から帰ってきてから、輪はどこか調子が悪かった。
それが熱のせいだと気付いたのは、眠る直前だった。
風呂から上がってもなかなか体が冷えず、奇妙に思って熱を測ると、平熱とは言い難い数値が示されていた。
一日経てばましになるだろうと、誰にも言わずそのまま眠ったのが悪かった。
その結果は朝に現れ、起きてしばらくしても頭がぼんやりとしたままだった。

「兄さん、今日・・・何だか、違う」
「うん。どうかしたの?兄さん」
輪の異変にいち早く気付いたのは、母親ではなく双子だった。
「昨日、少し疲れたのかもしれない。それだけだよ」
熱があるのはわかっていたが、双子に心配をかけまいと嘘をついた。

「・・・ほんとに、そう?」
「でも、兄さんがそう言うなら・・・」
双子は疑わしそうにしていたが、それ以上は追及しなかった。
双子が出かけた後に、輪はテーブルについた。
朝食は母が作ったものがあったが、食欲がわかず半分以上残してしまう。


「輪くん、食欲ないの?どうかした?」
「うん・・・少し、熱があるみたいなんだ」
母はすかさず輪の額に手をやり、熱を測る。
「あら、熱い・・・。輪くん、今日は寝てなさい、お母さんお仕事休むから」
そう言うと、母は仕事先に電話をかけようと受話器を手に取った。
しかし、輪は受話器を母の手から取り、元の位置に置いた。

「いいよ、母さん。今忙しい時期だって、知ってるから」
「そうだけど、でも・・・」
家に母がいない頻度で、仕事がどれくらい忙しいのかはわかる。
ほとんど家にいない今の時期、よほど切羽詰まっているはずだった。

「そんなに熱は高くないし、一人で動けるから大丈夫だよ」
「輪くん・・・ありがとう、ごめんね」
母は迷っているようだったが、輪が強く言うので気遣いの言葉を残し、仕事へ行った。
母が出かけた後、輪は再び布団へ倒れ込んだ。
とりあえずひたすら眠って、体力を回復させようた方がいい。
輪は物音一つ聞こえない部屋の中で、目を閉じた。




目を覚ましたとき、昼の時間はとっくに過ぎていた。
昼食を食べ損ねたが、熱のせいか空腹感はない。
朝から着替えていない服が汗で張り付き、気持ち悪かった。
喉は乾いていたので、水分補給だけはしておこうと台所へ移動する。
少し足元がふらつき、断続的に頭痛がした。
早くお茶を飲んでまた寝ようと冷蔵庫の扉を開いたとき、同時に玄関の扉も開く音がした。

「「ただいまー」」
揃った声が、台所まで聞こえてくる。
もうごまかしはきかないなと、輪は観念した。
とりあえず、喉を潤して部屋へ戻ろうとする。

「あれ?兄さん、どうして・・・」
「ぼくらより早く帰ってきてるなんて・・・」
部屋に入る直前で、双子はいないはずの兄の姿に驚く。
そこで、双子ははっとしたように目を見開き、二人で兄の額に手を当てた。


「兄さん、熱い・・・!」
「熱があるよ・・・!兄さん」
「ああ、別にたいしたことないけど・・・」
双子が帰ってきて気が抜けたのか、視界が揺らいでふらつく。
よろけた輪を、とっさに双子が支えた。

「たいしたことなかったら、ふらつくことなんてないよ・・・!」
「汗もたくさんかいてる、着替えてすぐ横になろう!」
双子は兄を部屋へ誘導し、タンスから着替えを取り出した。
兄を布団の上に座らせ、急いで服のボタンを外してゆく。
「それくらい、自分でできるから・・・」
気恥ずかしくて手を止めようとしたが、双子は聞き入れなかった。

「兄さん、お願いだから安静にしてて」
「お願いだから今はぼくらに任せて、兄さん」
双子は兄の顔をじっと見て、懇願する。
輪は押し負け、そのまま双子に任せることにした。

手早くボタンが外され、汗で濡れた服が放り出される。
ズボンは腰を浮かせないと脱げないので、半分は自力で脱いだ。
ズボンも放り出されたところで、ぴたと双子の動きが止まった。
露出度がかなり高い状態の兄の姿を、制止した状態でじっと見ている。


「・・・どうかしたのか?」
急に動きを止めた双子に、輪は怪訝そうに問いかける。
その問いかけに、双子ははっと我に帰った。

「ご、ごめん、すぐ体拭くからね」
「う、うん、そのままだと、体冷えちゃうからね」
双子は慌てた様子でタオルを手に取り、輪の体を拭いた。
これもまた気恥ずかしいことだっがが、今は何を言っても聞きそうにないので、双子に任せていた。




汗を拭きとり、服を着替えた後、すぐに横になるよう双子は言った。
輪が大人しく横になると、双子は早足で部屋から出ていったが、すぐに戻ってきた。

「兄さん、これで少しは楽になるから」
「少しは頭痛も治まるからね、兄さん」
優はゆっくりと兄の頭を持ち上げ、氷枕を差し入れる。
陽次は兄の前髪を掻き上げ、冷却シートを額に張る。
額と後頭部に伝わるひんやりとした心地良さに、輪は目を細めた。

「兄さん、そろそろ夕飯の時間だけど、何か食べた?」
「食欲ないかもしれないけど、何か食べないと体もたないよ、兄さん」
輪は、もうそんな時間なのかと驚いた。

「今日は・・・朝に少し食べただけで、後は何も」
双子は、ますます心配そうな顔をする。

「だめだよ、少しは食べないと」
「ぼくらが何か作ってくるから、待ってて」
双子の行動は早く、輪が何かを言う前に部屋から出ていた。
まだ体がだるく取とも、双子がいることで精神的には少し、楽になっていた。




それから後、ほどなくして双子が戻って来た。
「兄さん、おかゆ作ってきたよ」
「辛いかもしれないけど、少しの間だけ起き上がって、兄さん」
輪はゆっくりと起き上がったが、それだけで倦怠感を覚える。
憂がお粥が入った器を持ち、陽が兄の背を支えた。

「兄さん、口開けて」
「お母さんにも手伝ってもらったから、きっとおいしいよ、兄さん」
目の前に、スプーン一杯分の粥が差し出された。

弟に食べさせてもらうのはさらに気恥かしくて、輪はスプーンを奪う。
だが、それを口へ運ぼうとしたとき、急に鼻がむずむずとし始める。
輪はとっさに顔を伏せ、大きなくしゃみをした。
振動で肩が跳ね、同時に手も震えた。
そのせいでスプーンも跳ねてしまい、できたての粥が輪の手にかかった。

「熱っ・・・」
粥は結構熱く、輪は顔をしかめた。
「「兄さん!」」
双子はすぐにスプーンを取って皿の中に放り込み、兄の手を取った。

「すぐに冷やさないと、火傷しちゃう!」
「すぐ、タオル濡らして持ってくるから!」
陽が、慌ただしく部屋から出て行く。
残った憂は兄の手を取り、自分の口元へ持って行く。
そして、ためらうことなく粥が乗ったままの部分へ口を寄せた。

「え・・・っ」
輪は驚いたが、憂を払いのけようとはしなかった。
全ては自分を思ってしてくれていることだと思うと、どんなに突飛な行動でも受け入れていた。
飛び散った米が、弟の口へ運ばれてゆく。

指先、手の甲、指の細かいのものも舌先ですくい取られる。
あらかた粒を取り除いた後、少しでも温度を下げようとしているのか。
手の甲に唇を合わせ、そのまま舌先を這わせ続ける。
火傷をさせないためだとわかっていても、輪は手に感じる感触に、熱のせいだけではない熱さを感じていた。

「っ・・・も、もう、平気だから・・・」
耐えかねた輪がそう言ったとき、陽が戻ってきた。
「タオル持ってきたよ、これで冷やして!」
その声と共に手に感じていた感触は離れ、すぐに冷たい濡れタオルの感触に変わった。
陽は、まるで何事もなかったかのように、輪の手にタオルを巻く。
双子にとって、さっきの行動は兄を思っているならば当たり前のことだった。


それから輪は、もうスプーンを持たせてもらえなかった。
再び背中を支えられ、粥の入ったスプーンが口へ運ばれる。
味はさっぱりとしていて食べやすかったが、いかんせん羞恥心が拭えなかった。

「兄さん、食べ終わったら薬飲もうね」
「もう水も準備してあるからね、兄さん」
薬と聞いて、輪は眉をひそめた 。
器の中がからっぽになると、双子は白い錠剤を三粒取り出し、兄に手渡した。

「やっぱり、錠剤・・・なのか」
輪は自分の掌の上にのる白い粒を、嫌そうな表情で見た。
水で流しこんでしまえば、味も何もしない風邪薬。
しかし、輪は錠剤がかなり苦手だった。
幼い頃、喉に何か詰まらせた経験でもあるのだろうか。
気付いたときには、一定以上の大きさの物を流し込もうとすると、とたんに喉が閉じてしまうようになっていた。

それでも、飲みたくないからといって、飲まないわけにはいかない。
輪は錠剤を一粒口の中へ放り込み、水を流し込んだ。
そして、そのまま沈黙する。
口内にあるものを飲み込むことができない輪は、水で薬をじわじわと溶かしていた。


薬がある程度解けると、奥歯で噛み潰す。
ガリガリと固いものが擦れ合う音に、輪は勿論双子も顔をしかめた。
とたんに、薬の苦味が口一杯に広がる。
細かくなったとはいえ、独特の苦みを飲み込むのは楽ではなかった。

輪の喉元が動くと、双子は一瞬ほっとしたような表情になる。
けれど、手の中にはまだ二つの粒が残されている。
嫌な思いをしている兄をただ見ているのは、双子にとって心苦しいことだった。

「・・・兄さん、噛み潰すのは、ぼくらがやろうか?」
「・・・ただ見てるだけっていうのが心苦しいんだ、兄さん」
「噛み潰すって・・・それを吐き出して、僕に飲ませる気か・・・」
輪は、訝しげに双子を見た。
自分に変わって苦々しい思いをさせるのは気が引けたし。
いくら弟がすることといえども、一旦吐き出されたものを口に入れる気にはなれなかった。

「ううん。そんな汚いこと、兄さんにさせたくないよ」
「吐き出すなんてことしない。そのまま、兄さんに渡すから」
「そのまま渡す?そんなの、どうやって・・・・・・」
途中で、輪ははっとして言葉を止めた。
口内にあるものを、吐き出さずに、そのまま相手に渡す方法は一つしか思いつかなかった。


「な、なに考えてるんだ!そんなこと、そんな、しなくていいから、自分で飲めるから」
輪は自分の思いつきに慌て、すぐさま残りの薬を口内へ放り込んだ。
「あ、二錠いっぺんに・・・」
「すごく苦いのに・・・」
二倍になった苦みに、輪は顔をしかめずにはいられなかった。
薬を飲み込んだ後も、口の中の苦味はしばらく取れなかった。

「後は寝てれば治るから、移らないうちに休んだ方がいい」
「でも・・・」
「ぼくら、心配で・・・」
「・・・二人の視線で風邪が治るわけじゃない。。
明日も学校だろ?そろそろ寝ないと」
少し冷たい言葉だったが、こうでも言わないと双子はこの部屋から出ないだろう。
実は、二人が居てくれたら治りがよくなるのではと、薄々そんなことを思っていたが、迷惑はかけたくない。

「・・・うん、わかった」
「でも、苦しくなったらすぐに呼んでね・・・?」
双子の言葉に、輪は頷いて答えた。
双子はまだ心配そうにしながら、兄の部屋を後にした。


残された輪は、一人考えていた。
双子が、薬をそのまま渡すなんて言い出したとき。
まさかという思いの一方で、ありえなくもないという思いも浮かんでいた。
この双子なら、本当に口移しをしてしまうかもしれないと。

それは、苦くて顔をしかめている兄を気遣っての発言だとわかっていても。
まだ、気を落ち着けることができないでいた。
薬の副作用からか強い睡魔に襲われ、もう考え事ができなくなる。
とりあえず、双子に感謝しなければならない。
いつか恩返しをしようと決め、輪は瞼を閉じた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
あるあるな風邪ネタでお送りいたしました。
さてまだ終わり方が思いつかないのでどうしたことでしょうorz。