双子と僕 E


旅行から帰ってきてから、双子はいつになく上機嫌だった。
観光はほとんどできなかったが、兄と思い切り接することができて満足しているようだった。
そして、翌日、学校で驚くべきことが起きた。

「兄さん、今日・・・女の子から告白されたんだ」
「ぼくも、憂が告白されてるのを見たんだ、兄さん」
突然の発言に、輪は目を見開く。
容姿の整っている双子のこと、告白されたとしても不思議はないように思える。
けれど、輪はどこかで思っていた。
双子は、ずっと自分の傍にいるのだと。

「・・・よかったじゃないか。それで、どう返事をしたんだ?」
「わからないって、そう言った」
「そしたら女の子は、わかるまで待っててくれるって、そう言ったんだ」
双子は真剣な表情になり、輪を見詰める。

「兄さん、人を愛することってどういうこと?」
「告白されても、それがわからないと答えられないんだ、兄さん」
「愛・・・か」
実のところ、輪もよくわかっていなかった。
ただでさえ人づきあいが悪く、誰かを愛するなんて考えたこともなかった。
しかし、弟達に頼られているのだから、黙っているわけにはいかない。


「そうだな・・・その人の傍にいると幸せで、その人に触れたいって思って・・・。
行きつくとこまで行きたいって思うことが、相手を愛してるってことじゃないかな」
自信がないのか、輪は言葉をとぎらせつつ答える。

「そっか・・・それじゃあ明日、断ってくるよ」
「憂はその子に、そんなこと思ってないから」
兄の意見を聞いた双子は、あっさりとそう決めた。
輪は内心、それでいいのだろうかと思ったが、安心しているところもあった。

双子に恋人ができれば、確実に兄に接することは少なくなる。
恋人を愛しく思い、自分の存在をないがしろにされてしまう。
輪はいつの間にか、双子が自分から離れてゆくことなんて、もう考えられなくなっていた。




それから、数日後のこと。
双子は突然、輪に抱きつく回数が極端に少なくなった。
帰宅時も、風呂上がりのときも抱きつかなくない。
最初の内は、そんな日もあるだろうと思っていたが。
一週間にもなると、流石に何かあったのだろうと心配になった。
だから、輪は少し恥じらいつつ双子に問いかけた。

「なあ、二人とも・・・最近、あんまり抱きつかないんだな」
「うん、今・・・ね」
「確かめてるんだ、ぼくら・・・」
双子はあいまいに答え、それ以上は何も言わなかった。


「・・・学校で、何かあったのか?」
「ううん。いつもどおりだよ」
「兄さんが心配することは何もないから、安心して」
双子はそう言って、輪に笑いかけた。
だが、その笑顔にはどこか違和感があった。
心の底から笑ってはいない、ただの作り笑いだとすぐにわかる。
双子が何を思っているのか知りたかったが、今は追及しても無駄だろうとこれ以上問いかけなかった。

そんな中、とある学校行事が近付いてきていた。
少しの間だが、双子と完全に離れなければならない行事が。





それからしばらくたっても、双子の様子は変わることがなかった。
こんなときに言うのはどうかと思ったが、輪は近付いてきた学校行事の内容を伝えるべく、双子を部屋に呼んでいた。
「あさって、二泊三日で修学旅行に行かないといけないんだ」
それを初めて聞かされた双子は、目を丸くした。

「それって、兄さんと丸二日会えないってこと・・・?」
「しかも、休日まるまる会えないの・・・?」
落胆しているのか、双子の声は弱弱しい。
毎週、兄と過ごせることを楽しみにしている休日。
二日とも兄がいないことは、双子にとって苦痛以外の何物でもなかった。

「ああ。学校行事だから・・・すまないけど、二人で過ごしてほしい」
たった二日会えないだけ。
普通なら、何てことのないものかもしれない。
しかし、双子にとってそれは大きな時間だった。

「・・・そっか、じゃあ、その間に考えないと・・・」
「そうだね。・・・修学旅行楽しんできてね、兄さん」
双子は、何を考えるのかと尋ねられる前に、さっさと部屋から出ていってしまった。
輪はもやもやとしたものを抱えつつ、旅行の準備を始めた。




そして、旅行当日。
輪はいつもより早めに朝食を済ませ、家を出ようとした。
「「兄さん、待って」」
玄関口で、まだパジャマを着たままの双子に呼び止められる。

「おはよう。二人とも、今日はえらく早・・・」
言葉の続きを言おうとしたところで、双子は輪にそっと抱きついた。
いつもの勢いのあるものとは違う抱擁に、戸惑いを感じる。
まるで、双子は抱きつくことに対して迷っているような気がした。

「・・・兄さん、行ってらっしゃい」
「早く帰ってきてね・・・兄さん」
言葉とともに、双子は離れた。
そんな様子を心配しつつも、輪は「いってきます」と声をかけて外へ出た。




そうして出かけたはいいものの、輪は双子の様子が気になって仕方がなかった。
旅行中も、廻った場所のことなんて頭に入らない。
そして、夜眠るとき、双子のことを思い出していた。

いつだって一緒に居て、四六時中くっついてきていた双子。
それがどうして、急に離れていってしまったのか。
もしかして、兄から離れ、自立していようとしているのだろうか。

そうだとしたら、それは喜ばしいことだ。
いつまでも一緒にいられる保証なんてない。
兄と離れても平気なようにならなければ、この先が不安になる。
けれど、まるで、胸にぽっかりと穴が空いているような感覚がして仕方がなかった。

双子が必要以上に兄を求めなくなることは、自然なことなのに。
それなのに、双子が離れたことに喜ぶことなんて、とうていできない。


矛盾している。
双子の自立を望んでいる一方で、双子に離れてほしくないと思っている自分が。

・・・早く、家に帰りたい。
家に帰ったら、抱きしめてあげたい。
今度は、僕の方から・・・。


輪は二日間の旅行を、とても長く感じていた。
双子に会えないだけで、感じる胸の内の虚しさ。
けれど、今日帰れるのだと思うと、楽しみで仕方がなくなっていた。





旅行が終わり、一旦学校へ帰ってそれから解散となる。
解散の合図がかかると、輪は早足で家への帰路を歩んでいた。
家へ近付くと焦りがつのり、ほとんど走っている状態になる。

いつもの半分ほどの時間で家につく。
輪は玄関の前で一旦止まって息を落ち着け、。
鍵を開けて扉を引いた。

「ただいま」
帰って来るはずの返事は、聞こえなかった。
その代わりに、浴室からシャワーの音が聞こえてくる。
出迎えがないのは寂しかったが、輪は荷物を片付けに自室へ入った。
リュックをどさりと床に落とし、一息つく。
まずは旅行中にたまった洗濯物を片付けようと、洗濯機のある脱衣所へ移動した。




双子は二人で風呂に入っているのか、洗濯かごに二人分の衣服が詰められている。
後でまとめて洗濯しようと、輪はその中に自分の服も入れた。
そして、脱衣所から出ようとしたとき、双子の声が聞こえてきた。


「あ・・・ぁ、っ・・・ん・・・」
「陽・・・ここ、気持ちいいの・・・?」
耳を疑うような、いつもとはあきらかに違う声に、輪は足を止めた。
風呂場に反響して、その音を聞き間違えただけだろうかと疑った。
だが、再び同じような声が聞こえてくる。

「ん・・・っ、憂・・・あ、ぁ・・・」
「そっか、ここがよく感じるところなんだね・・・」
聞き間違いではない。
戸を一枚隔てて、官能的な声が聞こえてくる。
双子は、この中で、二人で・・・。

「んん・・・っ、憂、もう・・・」
「陽・・・一回、楽になって。その後・・・」
輪はこれ以上ここにいてはいけない気がして、慌てて脱衣所から出た。
そのとき、焦って強く扉を閉めてしまい、バタンという音が家に響いた。
気付かれてしまっただろうかと思ったが、それなら尚更ここにはいられない。
そういう欲を覚えても仕方のない年頃なんだと、そう自分に言い聞かせた。
だが、自室に戻っても、しばらく輪の気は落ち着かないでいた。





ほどなくして、部屋の扉が開く音がした。
双子は、たぶん先の行為を誰かが見ていたと気付いたことだろう。
母がいない今、それを見ていた人物なんてすぐにわかる。

「兄さん、お帰りなさい」
「お帰りなさい。ずっと待ってたんだよ、兄さん」
双子はにこやかに、輪に笑いかけた。
以前の暗い口調はどこへ行ったのか、双子の様子は元に戻っていた。

「あ、ああ、ただいま」
輪は、少し強張った口調で答えた。

「兄さん、疲れてるかもしれないけど、言いたいことがあるんだ」
「ぼくらがずっと考えてたこと、聞いてほしいんだ、兄さん」
双子は輪の正面に座り、真剣な眼差しで見詰めた。

「ぼくら・・・最近、兄さんと接するとき、前にはなかった何かを感じるようになってきたんだ」
「兄さんの傍にいて、幸せなことには変わりないんだけど、その他にも・・・。
何か、胸の中があったかくなるような、そんなものを感じるんだ」
双子の言葉は、まるで自分の胸の内が代弁されているような錯覚をもたらした。


以前には感じなかった何かを感じる。
それは、胸の内が温かくなるもの。
この二つは、双子に接するとき。
に感じていたものだった。

「それで、兄さんに愛のことを教えてもらってから、それは何なのかなあって、ずっと考えてた」
「その結論が出るまで、兄さんに抱きつくのは・・・少し、控えようって思ったんだ」
「・・・何で、抱きつくのはやめようって思ったんだ?」
双子は少し間を開けた後、言った。

「・・・半端な気持ちで、兄さんに接するよりは・・・」
「ぼくらの中にあるものをはっきりとさせてから、兄さんに触れたかったから・・・」
双子がはっきりとさせたがっているその気持ちが何なのか。
輪は、まさかと思い自分の中の予想を掻き消した。

「長い間、すっごく考えて・・・結論が出たんだ」
「兄さんと離れて、寂しくなって、よくわかったんだ」
輪は不思議な緊張感を覚え、何も言えなかった。

「「ぼくらは、きっと、兄さんのこと・・・」」
言葉を伝えることに少し躊躇いがあるのか、双子は一旦言葉を区切った。
一瞬お互いの視線を合わせ、再び輪の方に向き直る。
その目配せが、決意の合図のように。

「「兄さんのこと、愛してるんだ」」

輪は、驚きが言葉にならなくて、唖然とした。
それはきっと、兄弟愛のことなのだけれど。
そんな告白に不慣れで、どうしても緊張してしまっていた。

「そうか。それほどまでに僕のこと、慕ってくれてるんだな・・・嬉しいよ」
愛と見まごうほどの感情を覚えるほど、信頼されている。
輪はそのことが嬉しく、双子に軽く微笑みかけた。

「兄さん、違うんだ」
「ぼくらが思ってるのはそうじゃないんだ、兄さん」
双子は輪ににじり寄り、すがりつくように抱きついた。

「言葉じゃ、うまく言えないから・・・」
「少しだけ、許して・・・兄さん」
何を許すのだろうかと輪は疑問に思ったが、それはすぐに判明した。
憂が、輪にぐっと近付く。
視線を合わせ、そして。
優は、兄に口付けた。

「・・・!」
声にならない声が、輪の喉元を通り過ぎる。
すぐには、何をされているのかわからなかった。
けれど、憂の柔らかなものの感触に、狼狽していた。



それは長いものではなく、憂は数秒で輪から離れた。
すると、次は陽が、憂と同じ個所へ、軽く唇を合わせた。
輪は動揺のあまり、身動き一つとることができない。
ただ、衝撃的な出来事に、心臓だけは激しく動いていた。

まさか、弟にこんなことをされる日が来るなんて。
いくら懐いていると言っても、この行為は別の好意を思わせるもの。
陽が離れても、輪は一言も口をきけなかった。

「こういうことなんだ。ぼくらが、兄さんに抱いてるものは・・・」
「ぼくら、兄さんとキスしたいって思うし・・・それ以上のことも、したいって思ってる」
双子の表情は真剣そのもので、悪い冗談ではなさそうだった。

「え・・・っと、そ、それは・・・僕のことを慕ってるから・・・。
それで、兄弟愛っていう意味じゃ、ないのか・・・?」
双子が抱いている感情が信じられず、輪は思わず尋ねた。
先の行為で、もう答えは出ているに等しいのに。

「違うんだ。確かに、兄さんのことを慕ってはいるけど・・・」
「慕ってるだけじゃ、兄さんと・・・行きつくところまで行きつきたい、なんて思わないよ」
双子の言葉は、少しも揺らがなかった。
輪は、結論づけるしかなかった。
双子は本気で、恋人達がするような、そんな行為をしたいと思っているのだと。


「兄さん・・・困ってる?」
「こんなこと言い出した弟を軽蔑する?兄さん・・・」
「困ってはいるけど・・・軽蔑はしてない。だって、二人は大切な弟だ」
二人に抱きつかれて、口付けられて。
それでも嫌悪感は覚えず、むしろ体が熱くなった。
しかし、それはたぶん相手を愛しているからではない。

「兄さん、兄さんはもうキスなんてされたくないって思う?」
「こんな困らせるようなこと、してほしくないって思う?兄さん」
「・・・したければ、してもいいけど・・・」

許したのは、双子の言っているような恋愛感情からではない。
双子をとても大切に思っているからこそ、言えること。
緊張することでも、動揺することでも、双子が望むことならば叶えてあげたい。
双子の行為を許しているのはその思いからなのだと、輪は気付いていた。

「僕は・・・二人の想いに、答えられないと思う」
自分の中で、最も大切な存在だと言える双子。
けれど、その双子に愛されても、双子が望む想いを返すことはできない。
恋愛感情なんて一度も、感じたことがなかったから。

「それでもいい。それでもいいんだ・・・」
「答えなくても、ぼくらを嫌わないでいてくれるのなら・・・それでいいんだ」
双子の声は、かすかに震えていた。
ずっと兄として慕ってきた相手に告白することは、よほど勇気のいることだったのだろう。
近親へ向ける恋愛感情。
それは報われないものだとわかっていても、双子は想いを抑え続けていることができなかった。


「兄さん、お願い・・・ぼくらを、嫌いにならないで・・・!」
「こんなこと、おかしいことだってわかってる。。
けど・・・ぼくらを突き放さないで、兄さん・・・!」
双子は声を振り絞り、懇願した。
そんな様子を見ていられなくなった輪は、双子をまとめて抱きしめた。

「嫌いになんてならないよ。二人は、僕にとってもなくてはならない、かけがえのない弟なんだから・・・」
輪は、弟、ということを協調して言った。
「「兄さん・・・」」
双子は強く、すがるように輪に抱きついた。

「兄さん・・・大好きだよ・・・!兄さん・・・」
「兄さん・・・愛してるんだ・・・!兄さん・・・」
輪は、双子の背を優しく撫でた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
どんどん内容がエスカレートしていっております。
結構、欲望のままに書いておりますので・・・自重できる自身がありません←。