双子と僕 G


母親のいない日の夜。
輪は双子にべったりとくっつかれた状態で、ソファーに座っていた。
「・・・兄さん、今日は母さんがいないよね・・・」
「だから・・・一緒にお風呂に入るのはだめかな・・・兄さん」
双子は、甘えるような口調で言う。

輪は、そのことについて思い悩んでいた。
このままでいたら、欲を覚えた双子はもっと求めてくるかもしれないと。
もはや遅いのかもしれないが、さらに兄との行為を求めるようになってしまったら。
双子は依存してしまい、いつまでたっても自立できなくないのではないかと。
そんな懸念を、輪は感じていた。


「・・・あれは、誕生日だったから特別にしたんだ。普段易々とするべきことじゃない」
「兄さんは・・・ぼくらとするの、嫌・・・?」
「ぼくら・・・いつだって求めてるんだ、兄さんのこと・・・」
双子は輪の耳元で、誘いかけるように囁いた。
輪はその囁きに頬が熱くなるのを感じたが、首を縦に振るわけにはいかなかった。

「・・・駄目だ、そんなことし続けたら・・・二人はきっと、依存する」
輪はそう言うと、双子を押し退けて自室へ移動した。
もうすぐ、秋休みになる。
そうすれば、双子はさらにべったりとくっついてくることだろう。

決して、それがうっとうしいわけではない。
だが、ある程度までには抑えなければならない。
輪は、双子が寝静まってから電話をかけていた。
遠くで仕事をしている、父の元へ。




そして、輪はそれから双子に身を許さぬまま、秋休みが訪れた。
双子は、毎日兄にくっついていられると喜んでいた。
しかし、その喜びはすぐに消え去ってしまうこととなった。

「憂、陽、母さん、僕は秋休みの間、父さんのところへ行こうと思う」
突然の輪の発言に、双子だけではなく母も目を丸くした。
「秋休みの間じゅうって、二週間ずっと?」
双子は驚きのあまり言葉を無くしているのか、代わりに母が問いかけた。

「うん、父さんにはもう許可をとってあるから。明日から行って来る」
輪はそれだけ言い、また自室へ引っ込もうとした。
そんな輪を、双子はとっさに両腕をとって引き止めた。

「ま、待って、兄さん、兄さんと二週間も会えないなんて、嫌だ」
「秋休みの間じゅう、兄さんと別々になるなんて、嫌だ」
双子は慌て、動揺していた。
兄と二週間も離れるなんて、今までになかったこと。
修学旅行の三日間離れるだけでも寂しさを感じていた双子にとって、二週間は途方もない時間だった。


「二人は、僕がいない生活に少しは慣れておいたほうがいい。。
・・・ずっと一緒にいられるわけじゃないんだから」
顔立ちの良い弟達のことだ、きっと彼女ができて、結婚もして、家から出てゆくこともあるだろう。
ずっと兄に執着していては、双子は幸福にはなれない。
輪は、これは双子のためになることなんだと言い聞かせていた。

「兄さん、そんな・・・」
「嫌だ、嫌だよ・・・兄さん」
双子は、今にも泣いてしまいそうな表情で輪にすがりつく。
「・・・母さん、二人のこと、よろしく」
輪はそれだけ言って双子を離し、一人自室に閉じこもった。
軋むように痛む、胸を抑えながら。





秋休みに入って、二日目。
輪は朝早くから新幹線に乗り、父の元を訪れていた。

「輪、本当によかったのか?父さん、あんまり構ってやれないと思うが・・・」
「いいんだ。これは、二人のためなんだから」
父が滅多に家に帰ってこない理由は、単身赴任をしているからだ。
部屋は1LDKでも、二人で住むのには困らない。
今日から、双子のいない生活が始まる。
輪はもう一度、これは双子のためなのだと自分に言い聞かせていた。




その夜、部屋に電話の音が鳴り響いた。
父の知り合いからだろうかと、輪は受話器を取った。

『もしもし。・・・父さん?』
聞こえてきたのは、弟の声だった。
「・・・どうしたんだ?そっちで、何かあったのか?」
昨日突き放しておきながら、輪は双子のことを心配せずにはいられないでいた。

『兄さん・・・ううん。兄さんの声、聞きたくて・・・』
『まだ、一日しか経ってないのにごめんなさい・・・兄さん』
双子の声には、いつもの破棄がまったくなかった。
受話器越しでも、落ち込んでいることがわかるほどに。
それを聞くと、輪はまた胸が痛むのを感じたが、自分はできるだけ明るくいようと平静を保った。

「まあ、電話くらいならいいさ。。
僕は話題が豊富にあるわけじゃないから、あまり楽しくは話せないかもしれないけれど・・・」
いつも、双子とはマシンガントークで会話をしているわけではない。
ただ、共に居る空気を感じ、安心感を共有する。
そんな時間を過ごすことが多いので、輪は多くを話すことはなかった。

『それでもいいんだ。少しでも、兄さんの声を聞けるだけで・・・』
『それだけで、ぼくらは少し安心できるから・・・』
不安げな双子の声を聞くたびに、胸が痛んだ。
しかし、ここでその痛みに負けるわけにはいかなかった。

『兄さん・・・また、明日・・・電話してもいい?』
『許してくれるのなら・・・せめて、声だけでも聞きたいんだ・・・兄さん』
「・・・いいよ。声を聞くだけでいいんなら」
輪は、すぐに返事を返した。
電話までも禁止してしまうのは、酷なことだ。

『兄さん、ありがとう・・・』
『それじゃあ・・・お休みなさい、兄さん』
「ああ、お休み」
会話は、そこで終わった。
輪は受話器を置き、もう寝てしまおうと、布団を敷いた。




双子と離れてから、三日目。
家がやけに静かに感じ、何事もない時間が過ぎて行った。
家に閉じこもっていては何なので、外に出ることはあった。
けれど、何の目的もなく外をふらついていると、どこか虚しさを覚えた。
輪はすぐ帰ってきて、双子からの電話を待っていた。
夜になって電話が鳴ると、輪はすぐに受話器を取った。

『・・・兄さん?』
「ああ。そうだよ」
覇気はないが、確かに双子の声が聞こえてくる。
距離は遠いが、双子がいるのだと思うと、輪は安心していた。
しかし、どこか物足りなさを感じているところもあった。

「・・・秋休み、二人は、どう過ごしてるんだ?」
始まったばかりの、長期休暇。
自分のいない家で、双子はどうやって時間を過ごしているのだろうかと気になった。

『何もしてないよ』
『うん、何も・・・』
「何もしてないって・・・休みの間中、そうやって過ごすつもりか?」
そう尋ねたが、輪も人のことは言えなかった。
自分も今、特にすることがない一日を過ごしている。
一日中ごろごろしていては流石に体に悪いと、散歩程度のことはしているが。
それから帰ってきたら、家事意外することがないのが現状だった。

『だって、何かしようっていう気が起こらないんだもん・・・』
『何だか、ぼんやりと気がぬけちゃって・・・』
その原因は、自分がいなくなったからだということは明らかだった。
双子の体調に影響が出てしまわないかと、心配になる。

「とにかく、体だけは壊さないようにな?母さんの負担にもなるし・・・何より、僕が心配するから」
『兄さん・・・』
その言葉で、双子の声は少しだけ明るくなったようだった。

『・・・それじゃあ、そろそろ切るよ』
『また、電話するからね』
「ああ、お休み」
ゆっくりと、受話器が置かれる。
そのとき、輪が感じていたものは、虚しさ以外の何物でもなかった。
自分から決断して双子から離れたというのに、もう人恋しくなっている。
そんなことではいけないと、輪は早く眠ることにした。

早く眠って、早く朝が来れば。
それだけ、双子に会える日が近付く。
輪は布団の中で、また矛盾したことを考えてしまっていた。





それから、輪と双子は毎日短い会話を交わしていた。
しかし、募るのは相変わらず虚しさだけだった。
双子に会いたい。
日に日に、思いが強くなる。
そんな時だった。
双子からではなく、母から電話がかかってきたのは。

『もしもし、輪くん?』
双子かと思って受話器を取った輪は、母の声に少し驚いた。
「母さん、どうかした?」
『二人が・・・憂くんと陽くんが、最近元気がないの』
「憂と、陽が・・・」
とたんに、表情が曇る。

『このごろ、双子同士でもあんまり会話がなくなったみたいで、ご飯もあんまり食べてくれなくて・・・』
「えっ・・・」
輪の胸の内に、不安感が湧き上る。
兄がいなくなったせいで、双子に大きな負担を与えてしまっている。

『このままじゃ、二人がどうなっちゃうのか心配で・・・輪くん、一度帰って来てくれないかな?』
「わかった。すぐに帰る」
輪は即答し、電話を切った。
双子が正常でないと知ると、いてもたってもいられなくなっていた。

すぐに荷物を鞄に詰め、外へ飛び出す。
もう陽が落ちかけていたが、そんなことは関係なかった。
すぐに、双子の元へ行かなければならない。
焦燥感が、体を動かしていた。




輪が家に着いた頃、とっくに陽は沈んでいた。
今が何時なのか、気にしている暇さえなかった。
ただ、早く双子の元へ行かなければならないと、そればかり思っていた。
鞄の中を探り、鍵を探す。
焦りばかりが先行して、小さな鍵はなかなか見つけられなかった。

そうしてもたもたしていると、ふいに扉が開いた。
輪が驚いて前を向くと、そこには母が同じく驚いた様子で立っていた。
ごみを出しに行くところだったのか、手には大きな袋を持っている。

「ただいま、母さん」
「お、お帰りなさい、輪くん」
まさか電話をした今日帰って来るとは思っていなかったのか、母は目を丸くしていた。
輪はそれだけ言うと、早々に家に入った。
リビングに双子の姿は見えず、風呂に入っている様子もなかった。
ならば部屋にいるだろうと、輪は早足で双子の部屋へ向かい、ノックもなしに扉を開けた。

だが、そこにも双子はいなかった。
輪は唖然としたが、すぐにもう一か所の場所が浮かんだ。
輪はまた早足でその場所へと向かい、扉を開いた。



輪の部屋に、双子は居た。
壁を背にして、二人寄り添うようにして座っている。
その目はぼんやりとしていて、全く覇気がなかった。
双子は、輪にゆっくりと焦点を合わせる。
その目は、まるで信じられないものを見るように、大きく見開かれた。

「憂、陽・・・」
輪は一歩を踏み出し、ゆっくりと双子へ近付く。
双子は輪から一時も視線を逸らさぬまま、立ち上がった。

「「・・・・・・兄さん・・・」」
双子も、同じタイミングで一歩を踏み出す。
そこから一気に走り出し、輪に駆け寄った。
輪は双子を受け止めるように、大きく腕を広げた。
双子は、そこへ勢いよく飛び込み、とても強く抱きついた。

「兄さん・・・ずっと、会いたかった・・・!」
「帰ってきてくれたんだね・・・兄さん・・・!」
すがりつくように、双子は輪に訴えかける。
「ごめん・・・僕は、二人がどれほど僕を慕ってくれているか知っていたのに。
突き放すような真似をして・・・勝手だった」
二人のためだと思って、出て行った。
けれど、それは双子のためでも何でもなかった。
ただ、双子に寂しい思いをさせて、母さんにも心配をかけてしまっただけにすぎなかった。

覇気がまるでない、虚ろな瞳を見た瞬間、後悔した。
双子から離れたのは、間違いだったと。
いくら兄に依存してほしくないと思っても、結果がこれでは何の意味もない。

「ううん、いいんだ。兄さんが帰ってきて、ぼくらのこと抱きしめてくれたから・・・」
「ぼくら、嫌われたかと思ってたんだ・・・。兄さんに、あんなことしちゃったから・・・」
「そんなことない。・・・僕は、二人を嫌うことなんて・・・絶対にない」
輪は、そう言い切っていた。
もう、自分も過度のブラコンになっている。
けれど、そんなことは構わなかった。
久しぶりに会えた双子が、たまらなく愛おしく感じて。
今は、思い切り甘えられることも厭わなかった。


「「兄さん・・・っ!」」
その言葉が嬉しかったのか、双子は顔を上げて輪と視線を合わせた。
そして、憂が輪の後頭部を引き寄せ、強く唇を重ねた。
輪は抵抗することなく目を閉じ、弟を受け入れた。
ずいぶん久しく感じる、その温もり。
陽に場所を譲るためか、憂は間もなく離れた。

すると、すぐに陽が同じ場所へ口付ける。
輪はじっと目を閉じたまま、再び感じた温かさを受け入れていた。
そうして口づけたまま、陽は輪を座らせるように、両肩を上から押した。
輪が座ると、今度は憂が後ろへ押し倒すように肩をそっと押した。
輪はそれにも抵抗せず、双子のしたいままに任せて後ろへ倒れた。

「は・・・っ」
完全に倒れたところで陽が離れ、輪は息をつく。
その吐息は、軽く熱を帯びていた。

一息つかせてから、再び陽が吐息を吐いた場所へと口付ける。
口を閉じる間もないまま塞がれ、熱の行きどころがなくなる。
陽は開いたままの口に覆い被さり、自らの舌を口内へ滑り込ませた。
突然感じた熱と感触に、輪は一瞬肩を震わせる。

触れたものはひたすらに熱を与え、求めるように口内を蹂躙する。
陽が相手のものを絡め取ると、とたんに輪の心音が強く鳴った。
動くたびに感じる熱は、確実に輪の中へ蓄積されていっていた。

「っ・・・は・・・」
陽が一旦離れると、輪はさっきより熱を帯びた息を吐いた。
そこへ、今度は憂が覆い被さる。
陽と同じように、自身のものを絡ませて輪にさらなる熱を与えようとする。
負担をかけないようにしているのか、その動きは激しいものではなかった。
だが、輪を決して逃がさぬよう、絡められたものは愛撫されるように、巧みに捕らわれていた。

「っ・・・は、ぁ・・・っ」
どうしようもなく堪え切れなくなった吐息が、わずかな隙間から漏れ出す。
その反応に満足したのか、憂は離れた。
双子が離れても、内に籠った熱が消えない。
口付けられていた箇所へ残る余韻は、まだ心音を早くさせていた。

輪は薄らと目を開き、双子を見上げる。
視界に映ったのは、見惚れているような、うっとりとしているような表情。
自分の頬にも熱が上っていたが、二人の頬にも赤みがさしていた。


「「兄さん・・・」」
恋い焦がれ、欲していたものをもう手放す気はなかった。
双子は、二人で輪の服を脱がそうとボタンを外してゆく。

「ゆ、憂、陽、まさか、こんなとこで・・・」
双子が何をする気なのか察した輪は焦った。
しかし、双子は聞く耳持たないのか、手早くボタンを外してゆく。

「だ、だめだっ、母さんだっているんだ」
双子のスキンシップに見慣れている母でも、今の状況を見たら何と言うだろうか。
輪は双子を止めようと拒否する言葉を発したが、聞き入れられなかった。
聞こえていないと言った方が、正しいかもしれない。
輪を求めるあまり、歯止めがきかなくなっている。

やがて、輪の服がはだけ胸部が露わになった。
すると、双子は抱きつき、胸部に耳を寄せた。
そして、目を閉じそのままじっとしていた。
双子の表情から焦りが消え、穏やかなものに変わる。

「憂、陽・・・」
ほっとした輪は、双子の頭をそっと撫でた。
「兄さん・・・ぼくら、兄さんのこと大好きだから・・・」
「だから・・・最後までしたいんだ、兄さん・・・」
「えっ・・・」
輪は、言葉を詰まらせる。
今度は、途中で行為を終えることはないだろう。
勝手に出て行った身勝手な兄をまだ慕ってくれている、双子の望みを叶えたい。
しかし、一方で本当に叶えてしまってもいいのかという懸念が浮かぶ。


「・・・一つ、約束してほしい」
輪は双子の頭を撫でる手を止め、続けた。
「大人になったら、僕に依存せずに自由に行動すること。それを、守ってくれるのなら・・・」
輪が心配しているのはそれだけで、弟と行為をすることを拒む理由はなくなっていた。
羞恥心がないわけではない。
けれど、拒む気は起こらない。
その真意は兄弟愛なのか、それともまた他の愛情なのかはわからなかった。

「うん、約束する」
「大人になったら、ちゃんと自立する」
真剣な眼差しで、双子は答えた。
それは、兄と行為をしたいがための建て前ではなさそうだった。

「あ、でも、今日は・・・ほら、母さんがいるから・・・」
まだ心の準備ができていないことを言うのは恥ずかしく、輪は他の理由をつけた。
「そうだね、声・・・聞こえちゃうかもしれないもんね」
「うん。心配事があったら・・・思うようにできないかもしれないもんね」
双子は手を離し、輪の服のボタンを元通りに閉じた。

「兄さん・・・もう、出ていかないよね?」
「ぼくらから離れて行かないよね?兄さん・・・」
明日になったら兄が再び遠くへ行くことを懸念したのか、不安そうな表情で双子は輪を見詰めた。

「ああ。出て行ったりなんてしない。・・・二人の傍にいるよ」
父の所へ戻る気はもうなかった。
こんなにも兄を求めている双子の元を離れたくない。
輪の答えに双子は心底安心したのか、嬉しそうに笑った。
そんな笑顔を見た輪は、自分の胸の内が温かくなるのを感じていた。





―後書き―
読んでいただきありがとうございました!。
だんだんとクライマックスが近付いてまいりました。
いえ、終わりが決まっているわけではないのですが、いかがわしい意味でクライマックスg←。