双子と僕 H


秋休みも、半ばにさしかかったころ。
双子は、急に勉強熱心になっていた。
勉強をするときは流石に輪から離れ、自分達の部屋で二人は机に向かっていた。
一時間前からそんな状態で、輪は暇を持て余していた。
勉強することはいいことだが、少し様子を見てこようかと双子の部屋へ入った。

「二人とも、少し休憩したらどうだ?」
「うーん、でも・・・」
「やる気が起きたときにしないと、続かないんだ」
その言葉には、確かに一理あった。
一度休憩してしまうと、続きをするのが面倒になってそのまま放置したくなってしまう。
しかし、休みなしに続けるのは体に悪い。
「疲れたら、解ける問題も解けないぞ」
輪の言葉に、双子は何か考えているようだった。


「・・・そうだ、兄さん、ぼくらに勉強教えて?」
「兄さんが傍にいてくれれば、疲れなんて忘れちゃうと思うんだ」
「いいけど・・・休まなくても大丈夫なのか?」
自分が傍にいることで疲れを忘れるなんて大げさだと輪は思った。
だが、この双子ならありえることかもしれないなと、そうも思っていた。

「大丈夫だよ。まだそんなに疲れてないから」
「あと一時間くらいは平気だよ。兄さん、真ん中に来て」
双子は、隣り合って座っている椅子の間へ輪を手招きした。
椅子も机も二つあっても、それらをぴったりとくっつけているので境目がわかりにくい。
双子は、中心に輪を招くために一旦椅子を離す。
そこへ輪が入ると再び椅子をくっつけて、自分達が端に寄ってスペースを作る。
二人用の椅子に三人座るのはギリギリで、両脇には双子の腕があたっていた。
輪とこうして接することが嬉しいのか、双子は柔らかい笑みを見せた。

「それじゃあ・・・数学を教えてもらってもいい?」
「二人ともわからなくて、同じところでつまづいちゃってるんだ」
輪は、机の上にあるノートに目を落とす。
そこに書いてある数式は途中で途切れ、まだ答えが出ていない状態だった。
双子は勉強能力まで同じなのかと驚いたが、何ら違和感はなかった。
「じゃあ、早速解こうか。これは、この式を代入して・・・」
輪が説明を始めると、双子は一言も聞きもらすまいと熱心に耳を傾けた。

こうして勉強を教えるなんて、今までなかったことだった。
双子は成績がずば抜けていいわけではないが、悪いわけでもない。
そこで、輪にふとした疑問が浮かんだ。
「それにしても、僕に勉強教えてくれって言うなんて珍しいな」
双子が今までそう言わなかったのは、さほど授業が難しくないからかもしれないし。
兄に迷惑をかけたくないと思ってのことかもしれなかった。

「うん、今回のテスト少し難しそうで・・・」
「特に、数学が苦戦してるんだ・・・」
輪はノートを手に取り、ぱらぱらとページをめくってみた。
そこには、赤いボールペンで直していたり、空白になっている問題が多かった。
授業が難しくなったのか、訂正されている箇所の方が多いほどだ。
「そのテストは、いつあるんだ?」
全て理解させるには結構な時間がかかりそうで、輪は心配しつつ尋ねた。

「休み明け、すぐに・・・」
「数学は、一日目にあるんだ・・・」
双子は反省するような、気落ちした口調で言った。
休み明けとあらば、もうあまり日はない。
全部理解して百点を取れとは言わないが、今の状態では平均点も危なそうだった。
これは骨が折れそうだと思ったが、原因は自分にあるのではないかと気付いた。
自分が家を出て行ったことがあったから、双子は勉強なんて手につかなかったのだろう。
それを思うと、何が何でも協力しなければならないという責任感が圧し掛かってきた。


「・・・よし、満点は無理でも、せめて平均以上は取れるようにしよう。。
一切遠慮はいらないから、わからないとこは聞いてくれ」
どうせ宿題もなく暇なのだから、勉強を見るのはむしろ好都合だった。
「「兄さん、ありがとう!」」
それから、双子の猛勉強が始まった。




「そして、この式を変形させて・・・」
「えーと・・・その変形って、どうするんだっけ」
「それは、ここを括弧で括って・・・」
「うーん、何だか変な数字になってきてるような・・・」
「ああ、符号を変えないといけないんだ。この場合は・・・」
輪が式を教えては、双子が質問をする。
その質問の答えから、さらなる質問が浮かんでくる。
そんなペースなので数はあまり進まなかったが、双子は一問一問確実に答えを出していった。
ふと時計を見ると、勉強を始めてからすでに二時間が過ぎていた。

「一旦、休憩にしよう。もう二時間も経ってる」
「えっ、もう?」
「ほんとだ、いつの間に」
三人とも、時間の経過の早さに驚く。
それは、お互いが退屈せずに充実した時間を過ごしていた証拠のようなものだった。
輪が腰を伸ばそうと立ち上がるのと同時に、双子も立ち上がる。
「少し、リビングで休もう」
流石に疲れたのか、双子は輪と一緒にリビングへ移動した。



テーブルの上にお茶とお菓子を用意して、三人はソファーに腰かけた。
甘い菓子を摘まむと、脳が糖分を欲求しているからかやけにおいしく感じられる。
「兄さん、ごめんね。ぼくら、何回も間違えて・・・」
「ごめんね。ぼくら、もの覚え悪くて・・・」
「謝ることなんてない、僕が好きで教えてるんだから」
輪にとって、教える科目が数学というのは都合がよかった。
これが国語だったら、逆に教えられる側になっていたかもしれないが。
教えているものが得意科目だからという理由だけではなく、双子と過ごす時間は本当に充実していた。
その最中は、双子が言っていたとおり、疲れを忘れて熱中していた。

いつの間にか質問されること、そしてそれを教えることが楽しくなっていた。
しかし、夕食の時間が近付いていたので、今日はこれ以上進めないことにした。
一日にあまり詰め込みすぎても、明日に疲れが残ってしまっては意味がない。
ただ、この先の問題は苦戦しそうだった。
残っているのは、双子が最も苦手とする文章問題だったから。




翌日、机に向かったのはいいのだが、双子はあまり気が進まない様子だった。
嫌な問題が残っているからか、鉛筆の動きはほとんどない。
読解力はあるのだから、ゆっくりと整理していけば解ける問題のはず。
だが、苦手意識が勝ってしまっているのか、なかなか問題に取り組めないようだった。

「落ち着いて問題を見れば、整理できるから・・・」
輪がそう促すのだが、双子は鉛筆を動かさない。
「だって、難しいよ・・・」
「ややこしくて、こんがらがってくる・・・」
昨日教えた公式を使えば解ける問題なのだが、文章題というだけでやる気が出ていないようだった。
どうにかしなければと思った輪は、少しずるい手を使うことにした。

「じゃあ、文章題を一問解けたら、何かご褒美をあげるから」
物で釣るなんて方法をあまりとりたくはなかったが、今回だけは仕方がないと、そう提案した。
「ご褒美?」
「それって、どんなもの?」
ただ言っただけで、具体的なものは考えていなかった輪は焦った。

「・・・二人が問題を解いてる間に、考えておくよ」
すると、ゆっくりとだが双子の手が動き始めた。
何をご褒美とするのか考えなければならなくなったが、双子がやる気を出してくれたのならそれでよかった。


その後、ほとんど同じタイミングで双子は鉛筆を止めた。
「兄さん、解けたよ!」
「答え合わせしてみて、兄さん!」
問題を解けたことが嬉しいのか、双子はせかすように言った。
輪はまだ何をするか考えられていなかったが、とりあえず今は問題に集中することにした。
かなりの消し後があり、苦戦を強いられた様子がよくわかる。

輪は双子が書いた文字だけを追い、問題と式を見合わせてゆく。
どこか一か所でも数字が違ってしまえば、後の式が全て違ってくる。
一文字も間違いがないように、頭の中で注意深く計算して答えを合わせてゆく。
その間、双子は不安そうに輪の表情をうかがっていた。


問題を見終わり、輪がノートを置く。
そして、傍にあった赤いボールペンを手に取る。
間違いがあったのかと、双子は緊張した。
ノートに書かれた数字は、0。
しかし、それは点数の評価ではなかった。

「全部合ってる。やっぱり、二人はやればできるんだよ」
先程書いた数字は点数ではなく、正解していることを示す、大きな丸印だった。
双子はほっとして、表情をほころばせた。
「えーと・・・何かあげようかと思うんだけど・・・]。
双子はあまり物欲がないので、何を与えれば喜ぶのかわからなかった。
輪が言葉に詰まっていると、双子が口を挟んだ。

「兄さん、まだご褒美が決まってないんなら・・・」
「それなら、ぼくら・・・兄さんから、キスしてほしいな・・・」
「え」
輪は、目をしばたたかせた。
しかし、双子は以前の行為で新たな欲を覚えてしまったのだから、こういうことを求めるのは当たり前かと思った。
自分から安易にしてしまっていいものだろうかと、一瞬気が咎めるが。
それで双子の喜ぶならば、するべきだと考え直した。


「・・・わかった。二人が、そうしてほしいなら」
その返事を聞くと、双子は目を細めて微笑んだ。
「・・・どっちからすればいい?」
いつもは相手から触れてくるので、順序なんて関係なかった。
けれど、今は自分が触れる側。
どちらかを優先して、不公平が生じてしまうことは避けたかった。

「憂からしてあげて、兄さん」
こういうときの順序は決まっているのか、陽がそう言った。
輪は頷き、憂の肩に手を置いた。
憂は輪を見上げて目を閉じ、事が行われるのを待っていた。
受け入れ態勢が整っている弟を見ると、とたんに緊張感を覚える。
自分からこんなことをするは初めてなだけに、それだけ緊張が大きいのかもしれない。

双子と交わした行為を思い出すと、今からすることなんて恥じるべきことではないように思える。
だが、自分からするということだけで、輪は強張っていた。
それでも、ここで尻込みするわけにはいかないので、意を決して憂へ身を近付けていった。
そして、お互いが触れ合う直前で、輪も目を閉じた。
視界が暗くなった後すぐに、柔らかな感触が、お互いの唇へと伝わった。

「ん・・・」
声とは言えないか細い音が、憂から聞こえてくる。
輪がお互いを重ね合わせている間、憂は身動き一つせずに受け入れていた。
兄からしてくれた口付けを感じることに、集中しているのかもしれない。
輪はそうしている間、羞恥と安堵を感じていた。
自分からの行為は、予想以上に緊張するものだった。
だが、弟の温かなものを感じていると、自分が安心しているのがよくわかる。
それは、今こうしている相手のことが愛おしいと、そう思っていることに他ならなかった。


やがて輪が離れると、憂はゆっくりと目を開いた。
余韻を感じているのか、ぼんやりとした様子で輪を見上げている。
弟にそんな表情をさせたのはまぎれもない自分の行為なのだと思うと、輪は羞恥のあまりたまらず視線を逸らしていた。
そして、今度は陽の方へ向き直った。
陽も同じように、輪を見上げて目を閉じる。
躊躇わない内に、輪は同じく陽にも口付けた。

「・・・ん」
重なり合ったとたん、陽も憂と同じような反応を示す。
輪はまた、心地良い温かさを感じていた。
それは陽も同じで、輪と触れ合っている間、やはり身動き一つしなかった。


感性が同じ双子は、輪が離れた後の反応も同じだった。
触れていたものが離れると、陽もゆっくりと目を開き、ぼんやりとした表情で輪を見上げる。
その表情になぜか胸の高鳴りを感じた輪は、慌てて机の上に目を落とした。
ノートには、まだ解いていない問題が残っている。
そこで輪ははっとして、ぼんやりしている場合ではないと我に返った。

「ほ、ほら、二人とも、問題はまだあるんだから、進めて行かないと」
そう言われ、双子はまだ少し余韻を感じつつも机に向かった。
ノートを見詰める横顔は、ほんのりと紅潮している。
その色は、輪の頬と同じ色だった。

「・・・あの、兄さん、お願いがあるんだけど・・・これが全部解けたら・・・」
「そうしたら・・・また、ご褒美欲しい・・・」
「・・・ああ、いいよ。全部解けたらな」
これで双子のやる気が出るのなら、拒む理由はなかった。
それから、文章題が続いたにもかかわらず、問題を解くペースは早くなっていた。
言葉一つで結構変わるものだと、輪は感心していた。
一問終わるごとに答え合わせをしていき、全問正解というわけにはいかなかったが、正答率は高かった。
そして、気が付けば最後の一問が終わっていた。

「お疲れ様。二人とも、よく頑張ったな」
輪は労をねぎらうように、双子の頭を撫でる。
双子は嬉しそうに笑い、輪に擦り寄った。

「兄さん、じゃあ・・・お願いしていい?」
「全部終わったから・・・お願いしていい?兄さん」
「ああ、いいよ」
さっきと同じことをするつもりでいた輪は、躊躇せずに返事をした。
その行為の一回でこれほど円滑に勉強が進むのなら、それはたわいもないことに思えていた。
しかし、双子の願いは別のものだった。


「「兄さんから、もっと・・・・・・深いキス・・・してほしい」」
「えっ」
予想していなかったことに、輪は焦った。
ただ、重ね合わせるだけのことですむと思っていただけに、余計に驚いてしまう。

「・・・そうしてほしい・・・のか」
控えめに尋ねると、双子は同時に頷いた。
だが、輪は戸惑っていた。
深い口付けと言われると、それはかなりの羞恥を伴うことになる。
されたことはあっても、まさか自分からする日が来ようとは思っていなかった。
それでも、いくら戸惑って、羞恥を感じていてもしなければならない。
最初にご褒美をあげると言って、双子を釣ったのは自分なのだから。

「兄さん、今度は、陽からしてあげて」
「あ、ああ」
輪はぎこちない動作で、陽の方を向く。
「ぼく、口開けるから・・・兄さんは・・・」
そこから先を言うのは恥ずかしいのか、陽は目を閉じて口をつぐんだ。
何をすればいいのか、はっきりとわかっている。
それだけに、輪は先程よりも大きな緊張感を覚えていた。

そっと、陽の肩に手を置く。
そして、ゆっくりと身を近付けてゆく。
弟の顔の目の前まで接近すると、羞恥が瞼を落とさせた。
視界が暗転したその瞬間、輪はさらに身を近付け、重ね合わせた。
するとすぐに、陽がわずかに口を開く。
ここで躊躇ってしまっては弟に悪いと、輪は思い切って自分の口内のものをおずおずと、陽の中へ滑り込ませた。

「ふ・・・ぁ」
口内へ入ってきたものを感じ、陽は吐息を漏らす。
輪は、伝わってくる弟の息使いに、また心音が高鳴っていた。
ゆっくりと、自分のものと、陽のものを触れ合せる。
陽はわずかに肩を震わせたが、そのまま身を預けていた。
全てが自分に委ねられていると察した輪は、慎重に自身を動かし、絡めていった。

「んっ・・・ぁ・・・」
自分が絡め取られる感触に、陽は声を漏らす。
輪はすでに心音が落ち着かなかったが、精一杯羞恥を抑えつけていた。
やんわりと、陽のものに触れてゆく。
温かいその感触は、自分が相手に受け入れられていると、そんな安心感を与えるものでもあった。
だんだんと頬に熱が上ってきたところで、輪は身を離した。


「兄さん・・・」
ぼんやりと輪を見上げる陽の口から、ほとんど無意識に発せられる。
兄からの行為が嬉しく、愛しくてたまらないと、まるでそう伝えたがっているような。
そんな表情を見ていると、誘い込まれてしまいそうになる。
だが、まだしなければならないことがあると、憂の方へ向き直った。
憂は一瞬目を合わせ、瞼を落とした。
先の行為で躊躇いが薄れたのか、輪はすぐに憂へ近付く。
すると、憂は陽と同様、口を開いた。
輪はそれに答え、口内のものを侵入させた。

「は・・・ぁ」
輪のものを感じ、憂はほんのりと温かな吐息を吐く。
再び、心音が高鳴るのを感じる。
それは羞恥ゆえのものではなく、憂のものを感じているからだった。
輪はもはやほとんど躊躇うことなく、お互いのものを絡めた。

「ふ、ぁ・・・っ・・・」
反射的な声が、憂から発される。
その声だけでも頬に熱が上りそうな、艶を含んだ声。
そのとき、輪は感じていた。
今まで実感していた以上の感情を。



唇が離れると、憂も陽と同じ表情で輪を見上げた。
「兄さん・・・ありがとう」
憂はそっと、輪に擦り寄る。
「ぼくらのわがまま聞いてくれて・・・ありがとう、兄さん」
陽も、輪に擦り寄り、肩に頭を載せた。
輪は双子を受け入れていることを示すように、両方の肩を抱く。

「兄さん・・・テストで、80点以上取ったら・・・」
「また、ぼくらのお願い聞いてくれる・・・?兄さん・・・」
「ああ・・・いいよ」
ほとんど反射的に、そう答えていた。
先の行為のせいで、思考回路がうまく働いていないのかもしれない。
だから軽率にも、そう答えてしまっていた。
双子の願いが、何なのかも知らずに。




―後書き―。
読んでいただきありがとうございました!
かなりスキンシップが進行してまいりました。
そして、いよいよ次はクライマックス・・・(完結しているわけではありませんが)。
がっつり3Pですので、ご注意を。