擬人ペットの緩やかな日々 猫編3


翌日、朝からレイはいなかった。
いつものことなのだが、今は人の姿でいるからどこへ行ったのかと気にかかる。
昼近くになっても帰ってこないので、いてもたってもいられなくなって外へ出た。
教えてもらった散歩コースをたどり、まずは猫の集会場へ赴く。
何匹かの猫がたむろしていたが、レイの姿はなかった。
きょろきょろとしていると、毛がぼさぼさの猫が近づいてくる。

「よしよし、お前はふかふかで気持ちいいな」
顎の下の毛が柔らかくて、頬が緩む。
猫が喉を鳴らすと、他の猫も寄ってきた。
まるでハーレム状態になり、順番に顎の下や胴体を優しく撫でると、何だか幸せになった。

気に入ってくれたのか、何回か掌を舐めてくれる。
餌もないのに舐められると友達として認められた気がして、またにやついていた。
しばらく留まっていたかったが、ひとしきり撫でたところで立ち上がる。

「ごめんな、そろそろ行かないと。また遊びに来るよ」
猫が名残惜しそうに鳴いたが、レイのことが気にかかる。
とりあえず大通りに出て、猫耳や尻尾を探した。
魚屋や公園をうろついたけれど、レイの姿はない。
だんだん心配になり、気ばかり焦って早足になる。
もしかしたら、昨日のシャワーがよほど嫌で家出してしまったのだろうか。
何かで機嫌をとりたいなんて考えていて、足はペットショップへ向かっていた。


その後、夕方まで探して諦めて帰宅する。
結局見付からず、力なくソファーに座った。
肩を落として項垂れると、目の前で黒い尻尾が揺れる。
「何げんなりしてんだよ、散歩しすぎて疲れたか」
レイの声がして、はっと顔を上げる。

「レイ!散歩に行ってたのか」
「まあな、人には見つかってないぜ」
ほっとして、安堵の溜め息をつく。

「そうだ、散歩中にいいものを買ってきたんだ」
ペットショップの袋から、猫の絵がたくさん描かれている箱を取り出す。
またたび、とでかでかと書かれた文字を、レイはじっと見ていた。
「今まで使ったことなかったけど、少しでも気分がよくなればと思って」
「まあ、オレも興味がないこともない。開けてみな」
素直じゃない物言いに微笑しつつ、内袋を開ける。

中に入っていたのは短い小枝で、こんなもので喜ぶのだろうかと疑問に思う。
そう思った矢先、レイが小枝を袋ごとひったくった。
鼻を近づけて、しきりに匂いをかいでいる。
表情は普段のままだが、夢中になっているのなら買ってきたかいがあった。


残りのまたたびは棚の中に片付け、夕食の用意をしようかと台所に立つ。
そのとき、背後に気配を感じてさっと振り返った。
「レイ、どうした?」
尋ねると同時に、手首を掴まれて鼻の辺りに持っていかれる。
「他の猫の匂いがする」
「あ、ああ、空き地でなついてくれて・・・」
そこまで言ったところで、レイが手を口元へ持っていき、ざらりと舌で舐めた。

「ひっ」
レイに舐められたことなんて始めてで、びくりと肩を震わせる。
空き地で他の猫に舐められたところを、レイは何度も弄っていた。
まるで、自分の匂いを上書きするように。
猫特有のざらついた感触に、緊張して目を見開く。

「あ、あの、もう、湿ってるから離し・・・」
「もう片方の手からも、別の奴の匂いがする」
掴む手を変え、レイは躊躇いなくまた掌を舐める。
掌の中心を伝う舌は、中指へと這わされていった。

「っ、レイ・・・!」
背筋に寒気に似た感覚が走り、腕が震える。
中指、人差し指と、指の隙間を柔くて湿った感触が這っていく。
レイが移動すると寒気が強まる反面、頬が熱くなるのを感じていた。
このままでは、よからぬものを覚えてしまいそうで焦る。


「っ・・・そんなに匂いが気になるなら、レイを撫でさせてくれよ。そうすれば、取れるだろ」
そう言うと、レイが動きを止めて舌を離す。
ほっとしたのもつかの間、背中に腕が回り、至近距離まで引き寄せられていた。
「オレを撫で回したいだって?そんなことはごめんだ」
距離が縮まったと思いきや、突き放されてがっかりする。
「僕のことが嫌なら、何で引き寄せたりするんだよ・・・」
「違う、あんたがオレを愛でるんじゃない。オレがあんたを愛でるんだ」
「え・・・?」

呆けた瞬間、顔が近づく。
ぎくりとしたときには、唇を舐められていた。
口の端から端まで、二回、三回とざらついた感触になぞられる。
驚愕のあまり瞳孔が開き、心音はとっくに早くなっていた。

「あんたはオレのものだ・・・他の奴の匂いなんてつけてくるな」
露になった独占欲に、何と答えればいいかわからなくなる。
浮気がばれたとき、こんな感じなのだろうか。
申し訳なく思う反面、胸の奥が熱くなっていた。

「な、なあ、レイ・・・酔っぱらって眠たくなってるのか?」
間近で見ると、普段より目が座っていて瞼が重たそうなのがわかる。
図星だったのか、レイは肩口にもたれかかってきた。
恐る恐る、黒髪に触れる。
柔らかい毛並みの手触りがよくて、ゆっくりと撫でる。
やんわりと耳にも触れると、振り払うようにふるふると動いた。
ぱっと手を離すと、レイがもぞもぞと動いて首に吐息がかけられる。
そして、さっきと同じように、首筋もレイの舌がなぞった。

「あ、レイ・・・っ」
ぞくぞくとしたものを感じ、思わずレイの肩にしがみつく。
下から上へなぞられ、しっとりと首が濡れていくと
往復されるたびに膝が震え、立っていられなくなる。
膝を折って座り込んでも、レイは首から離れない。
執拗に弄られるさなか、ふいに、動脈の辺りを舌がかすめた。

「ひ、ぁ、っ・・・」
ひときわ感じるものがあって、声が裏返った。
恥ずかしくてたまらないのに、突き放せない。
「あんたの体、温かい」
ひときわ強く抱き寄せられ、ますます密接になる。
普段からは考えられないスキンシップに、動揺せずにはいられない。
その反面喜びもあって、自分からもレイに寄りかかっていた。
呼吸をすると、レイの温度が伝わってきて自分もますます温かくなる。
じっとしていると、だんだんとレイの体重が圧し掛かってきて、体が後ろに倒れていく。

「お、おい、レイ・・・」
そのまま後ろに倒れてしまい、レイが覆い被さってくる。
逃れられない状況になり緊張したけれど、レイはそれ以上動かなかった。
「・・・レイ?」
呼びかけても、反応がない。
気付けば、レイの静かな寝息が首元にかけられていた。
もう何もされないとわかると、ほっとして気が抜ける。
ただ、その温もりだけを心地よく感じていて、自分も目を閉じる。

「・・・お休み、レイ」
小さな声で呼びかけて、おずおずとレイの背に片手を回していた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
レイとますます密接に。次でデレまする。