擬人ペットの緩やかな日々 兎編2


ロップに餌をやった後、彼はこれからどうしようかと悩む。
真正面に座っているだけでは、とても間が持たなくて気まずい。
ロップは嬉しそうににこにことしているが、その笑顔に応えることができなかった。

「そうだ、ご主人、ボク、外へ行ってみたいです!」
「外・・・そうか、ロップはレイみたいに自由に出られないもんな」
室内飼いを予定していたので、散歩なんてさせたことがない。
猫はいいが、爪や牙を持たない兎を外へ出すのは危険な気がしていた。
だが、この状態で出すのもだいぶ危険な気がする。

「・・・着替えるか」
ロップの耳や手を見られれば、一気に注目の的だ。
深い帽子と大きめの服を取り出し、ロップに差し出す。
「これなら、耳も手も隠せる」
「ありがとうございます、さっそく着替えますね」

ロップは、恥ずかしげもなくぽいぽいと服を脱いで着替える。
さっと目を逸らしたけれど、体はどうなっているのかと見てみたい気持ちもあった。
だが、視線を戻したとき、ロップはすでに着替え終わっていた。
耳は髪の毛に見え、手は長い袖でうまいこと隠れている。
「えへへ、この服、ご主人の匂いがして抱きしめられてるみたいです」
「あ、そ、そうか」
どう反応していいかわからず、どぎまぎする。

「じゃあ・・・行こうか」
「はい、ご主人」
ロップは、待ちきれないように手を両手で掴んで引っ張る。
今更止めようなんて言えなくて、とうとう外へ出た。


外に出ると、ご近所に見られていないかと、辺りを見回す。
ロップも同じく、落ち着きなさそうに辺りを見回していた
「とりあえず、公園にでも行こうか」
「はい!」
絶対にはぐれないように、手をつないで移動する
迷子になって、表ざたになったら大ごとだ
何も珍しいものはないのに、ロップはしきりにあたりをきょろきょろと見ていた。

「あ、レイ」
道中、塀の上を歩くレイをみつけて立ち止まる
レイは、ちらと様子を見ると特に媚を売るわけでもなく、さっとどこかへ去って行った
「機嫌が悪かったのかな」
「そんなことないと思いますよ。レイは気分屋ですから」

その後、無言のまま公園まで歩く。
休日とあってか、公園は親子連れでにぎわっていた。
「みんな、楽しそうにしてますね」
確かに楽しそうだけれど、子供達の輪の中ロップを連れて行くのは気がひける。
帽子を取られれば、一発でばれてしまうだろう。

「もう少し、奥の方へ行こうか」
静かな場所の方が安全だと、ロップを連れて公園の奥へ移動する。
そこは古い遊具しかなかったけれど、そのおかげで誰もいなかった。

「ご主人、これ何ですか?」
ロップは、ロープに吊り下がった大きな球に近付く。
「ああ、それは球の上に乗って・・・体験した方が早いな」
彼はロップを軽く持ち上げ、球の上に乗せる。
「ちゃんと、ロープを掴んでろよ」
「は、はい」
緊張しているのか、ロップはがっしりとロープに腕を回す。
一番端まで引っ張って行き、彼はぱっと手を離した。

「わひー!」
ロップの乗った球が、結構なスピードで下がっていく。
ロップは悲鳴を上げ、必死にロープに捕まっていた。
怖かったかと、急いで後を追う。
「ロップ、大丈夫か?」
ロップは、目を丸くして茫然としている。
よほど驚いたのようで、落ち着かせようと頭を撫でようとした。


「す、すごかったです!空飛んでるのかと思いました!ご主人、もう一回したいです!」
「そ、そっか」
ロップにせかされ、もう一度球を引っ張り上げる。
終点で放すと、ロップはまた「わひー!」と言って下がって行った。
こんな遊具で遊ぶのは少し年が行き過ぎているけれど、新鮮で仕方がないのだろう。
散歩に毎日は連れて行けないと、室内飼いを選んだ。
家の中しか知らないロップが楽しんでいる様子を見て、少し胸が痛んだ。
動きが止まったところへ、すぐ駆け寄る。

「ロップ、次は何で遊びたい?」
「んーと、あの階段がついてるやつがいいです!」
ロップは球から下り、滑り台を上ろうとする。
「あ、それは階段のほうから上がるんだ」
「そうなんですか?」
ロップは、軽快な足取りで階段を上る。
上に来たところで、ロップは辺りを見回した。

「ロップ、後はそこから滑るんだよ」
「あっ、はい」
滑り台を滑ったけれど、さっきの滑車ほどの興奮はないようだった。
けれど、ロップはまた上に上り、辺りを見渡す。
「どうかしたか?」
「・・・家の外って、こんなに広いんだなあ。って・・・」
ちくりと、胸が痛む。
勝手に家の中に閉じ込めてしまったことに、罪悪感を覚えた。


「・・・これから、いろんな所へ行こう。家の中だけだと、言葉に詰まるから」
「いいんですか!?」
ロップは、滑り台を駆け下りる。
勢いがついて危ないと、前に回り込んだところでロップが飛びついてきた。
「ありがとうございます、ボク、ご主人の世界をもっともっと知りたいです!」
ロップに飛びつかれて、一瞬硬直する。
けれど、擦り寄ってくる姿は兎そのもので、ぎこちなく腕を回した。
そこで、タイミングがいいのか悪いのか、ぐーっと腹の音が鳴った。

「遊んだら、お腹減っちゃいましたね。あっちにおいしそうな草があるんで、食べてきます」
「ま、待ってくれ、人の姿なんだから、道草なんて食っちゃ駄目だ。一旦、家に帰ろう」
「はーい」
ロップは、ぴったりとくっついて公園を出る。
これが少女だったら変な誤解をされているけれど、少年でよかったとほっとしていた。
こうして懐かれるのは、決して悪いことじゃなかったから。




ひとまず家に帰り、さっそくご飯の支度をする。
とりあえず、ロップにはいつものペットフードを出した。
「いただきまーす」
朝と同じく、ロップはボウルに顔をつっこんで夢中で食べる。
何か作ろうと思ったが、朝食が遅かったので半端な時間で、がっつり食べる気は起こらない。
冷蔵庫を開けると、ごっそりある野菜が目に入ったので適当に取り出した。

レタスをちぎり、キャベツや人参やトマトを切り、盛り付ける。
そこへドレッシングをかけようとしたところで、背後から視線を感じた。
振り返ると、ロップがじっとサラダを見ている。

「これ、食べてみるか?」
「え、あっ、ご主人の食事を横取りするなんて、そんなことしないです」
ロップはさっと視線を逸らしたけれど、ちらちらと様子を気にしている。
テーブルにサラダを置くと、目を向けずにはいられないようだった。

「ほら、たまにはいいよ」
スティック形に切った人参をつまんで、ロップに差し出す。
堪え切れなくなったのか、ロップはすぐさまかじりついた。
ぽりぽりと、良い音をたてて人参が短くなる。
ロップは頬を緩ませ、何とも幸せそうな顔をしているので、少しの間見詰めてしまった。

顔が指に近付いてきて、食べ終わったところで唇が指先に触れる。
そこではっとして、慌てて手を引っ込めた。
「人参おいしいです、幸せになりますねー」
「そ、それなら、取り分けてあげるよ」
「わー、ありがとうございます!」
サラダの1つで目を輝かせるところを見ると、やはり兎だと感じる。
急に弟ができたようで、最初は戸惑っていたけれど
懐いていた兎だと信じているからか、ぎこちなさはなくなってきていた。


どこかへ連れて行くと言ったけれど、気付けばもう夕方だ。
遠出することもできないので、今日はもう家で過ごすことにした。
手持無沙汰になり、何かできないかと考える。
「・・・ロップ、お風呂に入ろうか」
「お風呂?洗ってくれるんですね。嬉しいです」
「いや、人の姿になったんなら、一人で洗えるように覚えないといけないから・・・」
兎に洗い方を覚えろと言う方が、無理なのかもしれないが
もし、仕事でくたくたになって帰って来たときは洗ってやれないので、ある程度は覚えさせておきたかった。

最初は一緒に入ろうと、風呂を沸かす。
その間にベッドを整え、明日の着替えを準備した。
ロップの服は自分のお下がりなので、サイズが多きくて、手が隠れて都合がいい。
家の中を歩く間、ロップはずっと傍をついてきていた。

「・・・僕、あんまり会話できないから、つまらないんじゃないのか」
「そんなことないです。ボク、こうしてご主人の傍にいられるだけで十分幸せです!」
純真な言葉に、彼はまた自分を情けなく思う。
面白い話の1つでもして、楽しませてやれればいいのに。
何か話題はないかと、考えを巡らせる。
その途中で風呂が沸いたアラームが鳴った。

「あ、これ、お風呂の合図ですね。ご主人、一緒に入りましょう」
「そうだな、最初だし・・・」
誰かと入浴するなんて、幼少期以来で戸惑いはある。
けれど、ペット相手に何かを思うこともないはずだった。

「じゃあ、まず、脱衣所で服を脱いで、洗濯機に入れておいてくれ」
そう言うと、ロップは何の躊躇いもなく服を脱ぐ。
垂れ下がった耳と兎の手を目にして、改めて相手は兎だと認識する。
それでも多少の躊躇いはあったが、自分も同じようにした。

「ご主人とお風呂、嬉しいです。もこもこの泡、いい匂いしますから」
「そう、だな」
緊張気味に唾を飲み、浴室へ行く。
ロップは、すぐに石鹸を両手で挟んだ。

「これがいい匂いするんですよね、もこもこしましょう」
「その前に、体を濡らさないと」
シャワーを出し、温度調節をしてからロップにかける。
いつも洗われていて慣れているのか、気持ちよさそうに目を閉じていた。
全身を軽く濡らすと、動物用の石鹸を泡立てる。
腕を擦ると、もこもこの毛ですぐに泡立ちが良くなった。

「こうやって、泡を広げていくんだ」
「はーい」
ロップは、腕の泡を体に擦りつける。
背中は届かないので、手で撫でるようにして洗った。
微妙に体毛はあるけれど、それ以外は人の形だ。
一瞬だけ下半身に目をやると、そこも少年のものだった。

「わー、全身もこもこです」
「泡立ちがいいのが好きなのか。でも、もう流すよ」
「あ、その前に、いつも洗ってもらってるんで、今度はボクがご主人を洗います」
ロップが、泡にまみれたまま抱き付いてくる。
洗っているつもりなのか、腕をしきりに動かして胸や背中を撫で回した。
くすぐったくて、思わず身震いする。

「ロ、ロップ、僕はスポンジで洗うから」
洗うというよりは、泡をなすりつけている感じだ。
それでも、精一杯やっている様子を見ると、振り払えなかった。


「ご主人、気持ちいいですか?」
「うん、ロップの手、ふかふかで気持ちいいよ」
そういうと、ロップは嬉しそうにはにかむ。
その瞬間、かわいいと、そう感じてしまった。
相手を、兎なのか、少年なのか、どちらの目で見ているかわからなくなる。

「そろそろ、流すよ」
シャワーを出し、お互いの泡を流す。
最後に、湯船につかるとお湯がだいぶ溢れた。
「あったかいですねー」
「兎のときは、浸からなかったもんな」
毛がある分暖まるのが早いのか、ロップの頬はほんのりと紅潮している。
なぜか凝視してしまって、はっと視線を反らした。

ロップがのぼせる前に、長湯せずに上がる。
タオルで水気をとり、ドライヤーで軽く乾かすと、毛並みがさらさらになった。
撫でまわしたいところだけれど、人の形をしているので躊躇う。
「ご主人、いつもみたいにさわさわしないんですか?」
「えっ、あ、うーん」
考えを読み取られたように言われ、言葉を濁す。
この少年を撫でまくったら、いけない一線を超えてしまう気がした。

「・・・今日は久々に遊んだから、もう眠いや。明日も休みだけど、寝ようかな」
「そうですね、ぽかぽかのうちに寝ましょう」
先にロップを寝かしつけようと、リビングにある寝床へついて行く。
丸くて柔らかなクッションが、ロップのお気に入りだが
目の前まできて、お互いに困惑した。

「あの、ご主人・・・一緒に寝ちゃダメですか・・・?」
「そ、そうだな、一緒に寝よう」
兎用の寝床に、今のロップはとても入れなかった。

ロップは落ちないように奥川にして、ベッドに入る。
初めてのベッドに興味津々のようで、ロップは枕や布団に頬擦りしていた。
「すべすべでふんわりですね。ご主人は、いつもこれに包まれて眠ってるんですね」
「ああ、昨日干したばかりだから」
替えの枕はないので、自分はクッションを置く。
並んで横になると、ロップがすぐさますり寄ってきた。


「ど、どうした」
「えへへ、ご主人と一緒に眠れるのが嬉しくて。暑いですか?」
「そんなことない、温かいや」
ふわふわの耳に首もとをくすぐられ、口端が弛む。
寄り添ってくる手もふかふかで、寝具の上からでも柔らかさがわかる。
それに、ロップの体温は高めで、温もりが心地よかった。

「夢みたいです、ご主人の傍で眠れるなんて」
「本当に、夢だったりしてな」
「ええっ、ボク、まだご主人に寄り添っていたいです」
真っ直ぐな好意を向けられると、どう言えばいいかわからなくなる。
長年飼っているので、なつくのは当たり前かもしれないけれど
こんな飼い主の傍にいたいと言ってくれたとき、胸が暖かくなった。

感謝するように、ロップの背に軽く腕を回す。
嬉しかったのか、ロップは首もとにすり寄った。
「お休みなさい、ご主人」
「ん、お休み・・・」
目が覚めたら、何もかも元通りになっているのだろうか。
あれこれ考える間もなく、あっという間に寝息をたてていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
何だか、どこでもいっしょを思い出しますね・・・
ほのぼの系ですすんでゆきます。