擬人ペットの緩やかな日々 兎編3


目が覚めたとき、もうロップはいないんじゃないかと思った。
けれど、ふかふかの感触はすぐ傍にあって、ロップは腕の中で寝息をたてていた。
起こさないよう、そろそろと腕を解き、寝室を出る。
さっと顔を洗って目を覚まし、さっそく朝食作りにとりかかった。

人参、レタス、キャベツを盛り付け、ロップのサラダを作る。
ペットフードの方が栄養バランスは優れているけれど、目を輝かせて食べる様子が見たかった。

「ご主人、おはようございます!」
元気な声に振り返ると、ロップがすぐさま抱きついてきた。
「おはよう、朝から元気だな」
「今日も、ご主人と一緒にいられることが嬉しくて」
あんまり素直に言われると、背中がむずがゆくなる。

「朝ごはんを食べ終わったら、昨日より大きな公園に行こうか」
「ありがとうございます。ご主人と一緒なら、どんなところだってわくわくです!」
また、胸が温かくなる。
公園なんて滅多に行かないけれど、ロップが楽しめるなら毎日だって行ってもいいと思った。


昨日と同じく、帽子と大きめの服で兎の部分を隠し、公園へ行く。
少し離れているが、大きな遊具があって楽しめるだろう。

公園に着くと、まず長い長い滑り台が目に入った。
前に行った公園のものとは、比べ物にならない。
階段ではなく丘を登って行かなければならず、なかなか苦労しそうだ。

「ご、ご主人、あれすごいです!滑ってきてもいいですか!?」
「いいよ。興奮して、落ちないように・・・」
言い終えない内に、ロップは駆け出す。
長いといっても、両脇に柵がついているから大丈夫だろう。
それよりも、ちらほらいる家族連れが気になっていた。

滑り台へ向かうロップを、離れた場所から見守る。
台の前に座ると、一呼吸置いてから滑り出した。
中々のスピードに言葉がでないのか、最初は目を見開いていた。
けれど、すぐに笑顔に変わり、楽しんでいる様子がよくわかった。
しばらくは眺めていればいいと、ほっとしたが
それもつかの間、途中で、ある変化に気付いた。

心なしか、耳が見える範囲が広くなっている気がする。
目を凝らさなくてもわかる、ロップの防止が徐々に脱げかけていた。
まずい、と察知して全力で走り出す。
下り坂とはいえ、長い距離は追い付けない。
とうとう帽子がすっぽ脱げ、危機感がつのる。
途中で防止を拾い、終点まで走った。


ロップが着地し、手を振る。
その動作が目立ってしまい、子供がロップをじっと見ていた。
「ママー!あのお兄ちゃんみてみて!」
子供の声に、視線が集まる。
そのとき、どうやってこの場から早く逃れようかと考えを巡らせていた。

「どうしたの?・・・あら、この子・・・」
子供に呼ばれ、母親までロップの近くに来てしまう。
追いついたときは、もう遅かった。

「あ、あの、これは・・・」
全速力で走ってきたので、息が整わない。
弁論できないままぜいぜいとしている中、子供も親もロップの頭をじっと見ていた。
何か言われる前に立ち去ろうと、ロップの腕を取った時、子供が声を上げた。

「ママ、あのぼうしすっごいふかふか!ぼくもほしい!」
「帽子・・・?」
はっとして、言葉を止める。
「そうなんです、ふわふわで本物の毛並みみたいでしょう。それで、欲しがる子が多いんで、隠していたんですけど・・・」
「あら、そうなの。そんな良いお帽子、どこでお買い求めになったの?」
ぐ、と一瞬言葉に詰まる。

「・・・ネット通販で、変わったものを見るのが趣味なんです。
いろんなサイトに飛んでいたんで、どこで買ったかは覚えていないんです」
「そう、残念だわ・・・」
会話の合間に、注目が集まるのが分かる。
「すみません、失礼します」
視線から逃げるように、その場から早足で立ち去る。
滑り台を1回しか滑れなかったけれど、ロップは文句も言わずについてきた。




家に戻ると、緊張が解けて溜息をつく。
「ごめんな、折角行ったのに、全然遊べなくて」
「そんなの気にしてないです。でも、ご主人すごかったです、うまくごまかしてくれてました」
そういえば、自分があんなに話せるなんて思っていなかった。
火事場の馬鹿力に似たようなものだろうか、気付けば必死で取り繕っていた。

「ご主人、おしゃべりあんまりうまくないって言ってましたけど、全然そんなことないじゃないですか」
「いや、口ベタなはずなんだ、そのはず・・・」
そんな自分が、うまく場誤魔化して、抜け出すことができた。
そうできた理由は、もう気付いていた。

「・・・そうだ、守りたかったからだ」
確かめるように、呟く。
「僕、ロップが兎だってばれて、白い目で見られないようにしたかった。
だから、必死になっていたんだ」
自分なんかのためだったら、しどろもどろになって逃げだしていた。
けれど、守りたい存在があった。
自分よりも大切な、兎耳の少年を。

「ご主人、ボクのために・・・あんなに頑張ってくれたんですか?」
「・・・うん。ロップがいてくれたから、だと思う」
少し照れくさそうに答えると、ロップがぱっと笑顔になる。
「ご主人、ボクすごく嬉しいです、ありがとうございます!」
ロップがぴょんと跳ね、飛びついてくる。
慌てて腕を回して支えた途端、鼻と鼻が触れた。
急に距離が近くなって、目を見開く。
すぐに離れると、ロップは首元に擦り寄ってきた。
少しの間、呆然と立ち尽くす。

「えへへ、本当に大好きな人には、鼻でちゅーってするんです。ボク、ご主人のこと大好きですから」
熱烈な言葉に、頬が熱くなる。
その好きに、ペットと主人の間柄以上のことはないはずなのに。
「ご主人からも、鼻ちゅーしてほしいです」
「え、あ・・・いい、けど」
ロップが上を向いて、また距離が近くなる。
やや躊躇ったけれど期待を裏切れなくて、鼻先を少しだけ触れさせた。

なぜかどぎまぎして、ロップを下ろす。
「ご主人、大好きです!」
見上げてくる笑顔が眩しくて、また頬が熱くなる。
危険な兆候かもしれないと思いつつも、自然とロップの頭を撫でていた。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
だんだんと密接になるペットと主人、そして次は・・・。