軍事国家 番外ハル編1


戦争が終わり、軍人がお役ご免になった後。
僕は、彼と共に軍部へ残り、防衛隊になることを決めた。
ラトの元へ行くかどうか、悩みに悩んだ。
けれど、物心ついた時から軍人として育てられてきた自分には、この場所が合っていると。
そうやって、無理矢理理由をつけていた。

軍部に残ることを告げたとき、ラトが悲しそうな顔をしたのは一瞬だけで。
その後は、普段の笑顔に戻り、軍部を去って行った。
気遣ってくれたのだと心苦しくなったけれど、僕はやはり軍の中でしか生きられない気がしていた。


終戦になり、軍部の人間は浮かれていた。
その理由は、長い戦いが終わったからだけではない。
「リツ」
ラトに別れを告げ、玄関で立ち尽くしている時、彼に声をかけられた。
「ハルさん、どこかへ出かけるんですか」
彼は、いつもの軍服ではなく私服を着ていた。
暫く戦いはないので、兵士には休暇が与えられている。
特に、今日は兵士でなくとも外出する人が多い日だ。

「ああ。折角自由に外出できるようになったからね。キミも一緒に行かないか」
「はい、特にすることもないので。・・・あの、申し訳ないんですが、また服を借りてもいいですか」
相変わらず軍服の替えはあっても、私服を持っていなくて。
こんな日に、そんな形式ばった服で外出するのは野暮に違いない。
「いいよ。街へ行くから、ついでにキミの服を買おう」
このまま何度も服を借りるのは気が引けるので、僕は頷いた。




外は、雪が降りそうなほど寒かった。
それでも街には人が多く、誰もかれもが楽しそうにしている。
店にはイルミネーションが飾られていて、夜になればそれは美しくなるのだろう。
浮足立った、平和的な雰囲気に少し落ち着かなかったが、彼と居ると安心した。

「まずは服を買ってしまおうか。行きつけの店があるんだ」
彼の少し後ろを歩いて、ついて行く。
しばらくはそんな距離感を保っていたが、やがて痺れを切らしたように腕を掴まれ、横に来るよう促された。
人ごみの中で、堂々と腕を掴む彼の大胆さに驚く。
それくらいなら、男同士がしてもおかしくないことだが。
彼と接していたときのことを思い起こすと、わずかに動揺した。
その動揺が顔に出てしまっていたのか、彼が頬を緩ませる。

「はぐれないように、手を繋ごうか?」
「・・・子供じゃないんですから、いいです」
丁寧に断ると、彼はまた笑った。
同じ軍部に居たのに、彼は街の雰囲気に溶け込み、楽しんでいるようだ。
順応性が高くて羨ましいと思いつつ、手は繋がずに、店へ向かった。


彼の行きつけの店は、外観からお洒落な雰囲気が醸し出されていた。
女性用も男性用も販売しているのか、客は男女共におり賑わっていて。
その大半が、遠目から見ても恋人同士のように見えた。
僕がここへ来るのは、場違いなのではないかと思う。
店の雰囲気もそうだし、何よりカップルが多い中で男性二人が服を買いに来るというのは違和感がないだろうか。
ちらちらと周囲の目を気にしたが、人々は自分達の世界に入っているようで、周りのことは見えていないようだった。

「人目が気になるかい?」
「い、いえ。ただ、僕はこんな洒落た店に似つかわしくないんじゃないかと思って・・・」
「軍服を着ているわけじゃないんだから平気だよ。オレが適当に見繕うか」
「お願いします」
軍服しか着ていなかった僕にファッションセンスなどあるはずもなく、全て彼に任せることにする。
一応、自分でもいろいろと見て見たけれど、同じようなズボンが並んでいて混乱した。
それを彼は一枚一枚見定めているらしく、真剣な眼差しで選んでいる。
そうやって選んでくれているのは僕のためなのだと思うと、顔には出さずとも、内心、喜んでいた。

彼が選んでくれた服のサイズはぴったり合っていて、試着にさほど時間はかからなかった。
とりあえず、色は黒がメインで、若者が着そうな服装だという印象がある。
組み合わせの良し悪しはわからないけれど、以前に彼と出かけたとき、女性が見惚れていたことがあったので。
この服も、外で着て恥ずかしくないものなのだろうと信じていた。
サイズに問題がなかったので、元着ていた服を着直して、試着室を出る。

「選んでくれてありがとうございます。袖丈もちょうどよかったので、これにします」
「良かったのはサイズだけなのか?まあ、いいや」
彼は僕の手から服を取り、レジへ向かう。
自分で払う気でいたので、僕は慌てて後を追った。

「あら、ハルキミ。友達と一緒なんて珍しいわね」
レジの女性が、気さくに彼に話しかける。
「ああ、今日は一緒に来たかったんだ」
「こんな日なんだから、彼女と過ごせばいいのに。一人や二人、いるんでしょう?」
女性の冗談に、彼は空笑いで答える。
そのときの表情は、まるで作りものの様に見えた。
次の客が並んでいたので、会話はそこそこに終わり、店を出る。

「ハルさん、代金は・・・」
「さあ、次はオレが行きたかったところに付き合ってもらうよ。
一人で行くと、荷物が多くて苦労しそうだと思っていたんだ」
代金の事は言わせないように、彼は饒舌に話す。
申し訳なく思い、せめて荷物持ちはしようと服が入った袋を取った。
よく見ると、その袋には今日この日を象徴するように、サンタクロースの絵が描かれている。
正確に言えば、その祝祭の日は明日であり、今日はクリスマスイブだった。
だから、どんなに寒くても街は人で溢れ返る。
そして、荷物が多くなると聞いて、彼の目的は容易に想像できた。


彼が次に向かった場所は、やはり洋菓子店だった。
中には、さっきの店と同じように男女の組み合わせが多かったが、ちらほらと家族連れもいた。
結構いろんな人がいたけれど、どこを見ても男同士という組み合わせは見当たらない。
彼はそんなことを気にすることもなく、ショーケースの中でケーキを選んでいた。
その眼差しは、服を選んでいるときよりさらに真剣身を増している。
店員の女性が様子を伺っている気がしたが、それは彼が格好いいからだろうということにしておいた。

「キミは、何が食べたい?」
声をかけられ、僕も目をショーケースへと移す。
上は三段しかないが、横に長いので全部見るのは難しい。
僕も、彼と同じく甘い物が好きなので、選ぶ時は集中していた。
まずは、定番のショートケーキや、濃厚そうなザッハトルテに目を引かれる。
変わり種にはハート型のものや、ピラミッド型のものもあり、端の方にはプリンやシュークリームなどもある。
目移りするラインナップだったが、あまり眺めていては邪魔になってしまう。

「じゃあ、このザッハトルテにします」
あまり変わり種を買って冒険するのではなく、定番のものを選ぶ。
彼がガラスケースから顔を上げると、店員が注文を聞こうと笑顔を向ける。
あれだけ真剣に見ていた彼は何を買うのだろうと興味を持ったが、次の瞬間、驚くべきことを言った。

「手間をかけて申し訳ないけど、二段目のケーキを全部、一つずつ貰えるかな」
店員も、僕も、その発言が聞こえていた周囲の人も、彼の発言に目を丸くしていた。
「か、かしこまりました、少々お待ちいただけますか」
そんな注文をされるとは思っていなかったようで、数名の店員が慌ててトングを持つ。
二段目だけと言っても、ケースは横に長いので、およそ10個ほど買うことになる。

「ハルさん、まさか、全部食べるんですか」
「三食に分けるから大丈夫だよ。キミも食べるだろう?」
「それは、食べますけど・・・」
いくら甘い物が好きと言っても、三食食べるほどではない。
どうやら、彼は甘党の中の甘党らしかった。


「お待たせいたしました、こちらで全部になります」
店員が、ケーキを詰め終わった箱を見せる。
一つには入りきらなかったらしく、二つの箱に、定番や個性的なケーキがひしめいていた。
周囲からの視線を感じて、少し恥ずかしくなる。
たぶん、どこかで集まってパーティでもすると思われているだろうが、その出席者は二人しかいない。

「ありがとう。リツ、持っていてくれるか」
そう言われ、僕は反射的にケーキの箱を閉じて、両手に持った。
その間に、また彼が会計を済ませてしまう。
僕は、両手が塞がっていて財布が取り出せなかった。


店を出ると、辺りが少し薄暗くなっていて、イルミネーションがちらちらと光っていた。
店内には20分もいなかったはずだが、冬場の陽が落ちる早さには驚かされる。

「邪魔だろうから、一つ持つよ」
「ありがとうございます」
ケーキの入った長い箱を、彼に手渡す。
彼は左手で受け取ったが、僕との間にあっては邪魔だと思ったのか、右手に持ち替える。
僕は右手が自由になったので、そっちに服の袋を移そうとしたけれど。
その前に、彼の手が掌に触れた。
はっとして彼を見たときには、手が握り込まれていて。
僕は動揺してしまい、指先が真っ直ぐに伸びたままだった。

手を握るくらいなら、友人同士でもすること。
けれど、この日に、街中で、こうして手を握られると、特別な意味を含んでいると思ってしまう。
通行人はもちろん、僕自身も。
その証拠に、ちらちらと、一瞬だけ目を向けられているのを感じる。
おそらく、同性愛者だと思われているのだろう。

彼は、やはり視線を気にすることなく、前を向いて歩き続けている。
その堂々とした様子を見て、ふと思う。
もしかしたら、彼は、自分がこういう趣向を持っているということを知らしめたがっているのかもしれないと。

彼ほど顔立ちが整っていれば、言い寄って来る女性は少なくないと思う。
だから、その防護策として僕を連れて来たのではないだろうか。
そう考えると、動揺がふっと消えて行く。
気付けば、自分からも軽く彼の手を握っていた。
その瞬間、手が少し強く握り返される。
彼の温度をより鮮明に感じて、僕は、ほんのわずかだけ微笑んでいた。




軍部へ帰って来た頃には完全に陽が落ち、ちょうど食事時になっていた。
今日明日と食事は豪勢なものになるらしく、僕は彼の部屋に荷物を置くと、食堂へ行こうとした。
けれど、外へ出ようとする前に、腕が掴まれて引き留められた。

「リツ、今夜はオレの部屋で過ごさないか」
「いいですよ。じゃあ、食事は二人分取ってきます」
基本的に食事は一人で食べることが多かったけれど、彼となら気兼ねせずに過ごせるだろう。
僕はそう思って軽く返事をし、また外へ出ようと扉のノブに手をかける。
そうしたとたん、急に腕が強く引かれ、後ろから彼に抱き留められていた。

「っ、ハルさん・・・?」
両腕が体にまわされ、身動きが取れなくなる。
決して外へ逃がしはしないと、そう言われている気がして内心焦っていた。
「食堂へなんて行かなくていい。一応、この日の為の食材は用意してあるんだ」
そう言うと、彼はあっさりと腕を解き、台所へ行ってしまった。
急な出来事に、心音が早くなっている。
じっとしていると動揺が大きくなってくるだけなので、何か手伝おうと台所へ向かった。


台所では、オーブンと、電子レンジと、鍋がフル稼働していて、それぞれ違うものを温めていた。
食材、というのはどうやら冷凍食品の事らしい。
僕が手伝う余地はなく、大人しく部屋で待つ事にした。

ほどなくして、全ての食品が温まったのか、彼がトレイを持って部屋に入って来た。
「お待たせ。と、言ってもあまり待ってないかな、温めただけだし」
「そうですね。夕食を作るにしては、だいぶ早かった気がします」
彼が苦笑して、テーブルの上にトレイを置き、隣に座る。
その上には、冷凍食品とは思えないような多種多様な料理が乗せられていた。

柔らかそうなローストビーフ、カラフルなサラダ、パイの蓋が乗っているシチューなど、しゃれたものが多い。
よく見ると、トレイは賽の目のように区切りがしてあり、食材の味が混ざらない工夫がされていた。
炭水化物がなく、軍部の食事と比べたら量は少なめだったけれど。
さっき買ってきた二つの長い箱を思うと、何も言う気はなくなった。

「冷めない内に食べようか」
「はい。いただきます」
まずは、温かそうなシチューを食べようと、パイの蓋をスプーンで割る。
すると、中から湯気が立ち上り、良い香りが部屋に漂った。
一口食べると濃厚な味がし、店で出されるものに負けていなかった。

「これはオレのお気に入りなんだ。冷凍食品の割には美味しい」
「確かに、美味しいです。でも、いいんですか?。
買い物の代金も払っていないのに、こんな豪勢な食事を頂いてしまっても・・・」
「そんな野暮な事は気にしないでくれ。と、言っても、気にかかってしまうんだろうな」
服もケーキも買ってもらい、食事まで用意してもらって、気にしないわけがない。
本当なら、今すぐ全額支払い、何か追加の料理を作ってしまいたくなる。
僕は、彼には友情か、それに近しいものを抱いていたので、負担はかけたくなかった。

「じゃあ、こうしよう。今日明日と、オレにとことん付き合ってくれ。それでチャラにする」
「そんなことでいいんですか?」
「ああ。キミの時間を買ったと思ってくれればいい」
僕の時間なんかでは釣り合わないと思うけれど、彼がそれで満足するのなら構わなかった。
それに、彼となら、四六時中共に居ても苦痛ではない。
きっと、似た境遇で育ってきた彼に、共感性を抱いているのだと思う。
傷の舐め合いとも言うのかもしれないが、いつの間にか彼とは気の置けない関係になっていた。
以前の僕なら、一人で静かに過ごす事を優先していたのに。

デザートを楽しみにしているからか、食事のペースは結構早かった。
あまり量も多くなかったのでさほど時間もかからず平らげると、すぐに彼が長い箱を二つ持って来る。
皿とフォークを二組ずつテーブルに乗せると、彼は嬉しそうに箱を開けた。
改めて見ても、かなりの量に圧倒される。
けれど、ひしめきあう数々のケーキを見ると、童心に返ったようにわくわくしているところもあった。

「さあ、好きなのを食べていいよ」
「ありがとうございます」
僕は最初に頼んだザッハトルテを取り出し、彼は定番のショートケーキを選んだ。
早速、フィルムをはがして、フォークで一口分に切る。
口へ運ぶと、ビターチョコレートの香りと味が広がった。
苦すぎず、甘さがくどくなく、どんどんフォークが進む。
ケーキ自体もあまり大きくないので、二人でなら明日中には全て食べきれるのではないかと思う。
彼も定番の味に満足しているのか、頬を緩ませていた。

「うん、あの店を選んで正解だった。オレのも味わってみるかい?」
「はい。じゃあ、僕のも・・・」
僕は、残り一口分だったザッハトルテをフォークに刺す。
彼も同じ様にして食べさせ合うのだと思ったけれど、違った。
もう一度彼が視界に入った時には、後頭部に手が添えられていて。
引き寄せられた瞬間、お互いの唇が重なっていた。

「っ・・・!」
彼の顔が目の前にあって、思わず目を見開いてしまう。
それよりも、唇の柔い感触に動揺せずにはいられなくなる。
驚きのあまりわずかに口を開いたままでいると、そこに、また違う柔い感触を覚えた。
まさか、と思ったが、そのまさかで。
唇に触れたそれは臆することなく口内へ身を進め、同じもの同士を触れ合わせていた。

「っ、ん・・・」
思いがけない感触に、声が出そうになる。
わずかに触れたものは、絡み合おうとゆっくりと動く。
よっぽど、肩を押し返そうと思ったけれど。
彼の舌に捕らわれると、ケーキの甘さが広がって、まるで脳が痺れるような感覚に襲われた。

この甘さは液が交わっているからだと気付いても、頬が熱くなるばかりで嫌悪感は生まれない。
絡まっているものは、相手の液を味わいつくすかのように、滑らかに動く。
ザッハトルテの味がなくなり、代わりに、ほのかに生クリームの甘さを感じるようになると。
甘美な口付けに、僕の体からだんだんと力が抜けて行った。

「は・・・っ、ぁ・・・」
少し苦しそうに息をすると、彼は身を離した。
自分でも顔が赤くなっていることがわかり、彼を直視できない。
「どうして、抵抗しなかったんだ」
問われても、僕は言葉を返せなかった。

奢ってもらった負い目を感じているからではない。
押し返そうとはしたけれど、彼に捕らわれると抵抗する気が消えていて、口内の甘さに酔いしれていた。
それは、甘い物好きだから、というわけではなく。
もっと他の要因が、彼と身を離す事を引き止めていた。

目を伏せたままで沈黙していると、ふいに彼の掌が頬を撫でた。
その動作がやけに優しくて、思わず彼と向き合う。

「・・・ケーキはまだまだある。オレは食べるけど、キミはどうする」
食べるという単語が、ケーキではなくまるで自分に向けられている気がして、肩が強張る。
僕は、しばらく無言で彼を見ていたけれど。
やがて、静かに頷いていた。

彼はやんわりと微笑むと、残りのショートケーキを平らげ、次のケーキを置いた。
僕もフォークに刺さったままのザッハトルテを食べると、箱からケーキを取り出す。
頷いたのは、きらびやかなケーキをもっと食べたいと思ったからか、それとも。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ずーっと気になっていた軍事国家の番外編、ハルがやっと書けました。
ラトだけ書いて放置しておいて申し訳ないですorz。