軍事国家 番外ハル編2


あれから、彼と何度口付けたか分からない。
ケーキが変わる度に、同じような深い重なり合いをしていて。
僕は、それを一度も拒まなかった。
いつまで経っても抵抗する気が起きなくて、胸やけがするまで食べていた。
ケーキだけではなく、お互いのことも。

流石に、今日はケーキを見ても食欲はわかなかったけれど。
聖夜は今日が本番で、彼はケーキ以外の甘味を補充しに行こうとしていた。
昨日約束したので、午後は彼に付き合う事になる。
午前中は自由にしてもいいと言われたので、僕はひたすら走っていた。
戦争は終わったと言っても、常日頃から体は鍛えておかなければならないし。
何より、汗を流して空腹感を蘇らせておかなければ、午後は辛い事になる。
走り込みの後はひたすらトレーニングをし、午前中は運動尽くしで過ごした。


やがて、彼と約束した時間になり、シャワーで汗を流してから私服に着替える。
まだ食欲がわいてこなかったので、昼食も食べずに玄関口へ行った。
そこにはすでに彼が来ており、僕の姿を見ると軽く手を上げた。
「今日も、昨日ケーキを買った店へ行くんですか?」
「ああ、予想以上に美味しかったから、ケーキ以外のものも食べてみたくなってね」
一体、この人の味覚はどうなっているんだろうか。
今日は彼に従うしかないので、僕は大人しく着いて行った。

街は昼間から昨日以上の賑わいを見せており、そこかしこから呼び込みの声が聞こえてくる。
油断すると彼を見失ってしまいそうで、手を握ろうかとも思ったくらいだ。
まだ正午だからか、目的の店はさほど混んでいないのが幸いだった。

彼が店に入ると、店員がさっと目配せをする。
昨日ケーキを一列まるまる買って行った上に、また買いに来たのだから、注目されても仕方ない。
彼は一人の店員を見ると、軽く笑いかけた。
「昨日は手間をかけさせたね」
まさか話しかけられるとは思っていなかったのか、店員は左右を見た後、慌てて言った。

「と、とんでもありません、お買い上げありがとうございました」
マニュアル通りの答えが返されても、彼は頬笑みを崩さないでいる。
その間に、僕はケーキ以外の洋菓子を見ていた。
案外種類があり、昨日見たプリンやシュークリームの他にもエクレアやマカロン、数種類のクッキーがある。
その隣にはホールケーキが並んでいたが、申し訳なくもあまり見たくはなかった。


「ここのケーキを一口食べたら気に入ってね。他の種類のお菓子も食べてみたくなったんだ」
「ありがとうございます。弟さんも甘い物がお好きなんですか?」
弟さんと言われて、僕も、彼も目を丸くする。
「だってさ、リツ」
急に話を振られて、ガラスケースから目を移す。
僕が彼の弟だなんておこがましいけれど、生まれた境遇が似ていると、相手からは兄弟に見えるものだろうか。

「兄弟というよりは・・・気の置けない、友人ですね」
「そ、そうなんですか。雰囲気が似ていたので、そうかと思いまして・・・すみません」
そのとき、彼の表情がわずかに強張っていた気がしたが、次の瞬間には笑顔に戻っていた。


「気にしなくていいよ。今日は、ケーキ以外のお菓子を全種類貰えるかな」
「かしこまりました!」
注文が入ったとたん、控えていた店員が一斉に動き出す。
全種類、とは、何個ほどあっただろうか。
明日から暫く、甘い物はいらなくなりそうだった。

また、長い箱が二つ渡され、会計をできなくするよう僕に二つを持たせた。
金銭面で困っているわけではないのだから、せめて半分は払いたかったけれど。
そう言っても、彼はあまり良い顔をしないだろうと思ったので黙っていた。
外へ出ると、また彼に促されて箱を一つ渡す。
手を繋ぐ気だろうかと思ったが、彼は並んで歩くだけだった。




他に寄るところはないようで、ほどなくして軍部へ帰って来る。
彼の部屋へ箱を置くと、夜まで自由にしていていいと言われ。
気遣ってくれているのか、夕飯も好きにしていいとのことだった。
さっきから口数が少ないのが気になったけれど、どの洋菓子を食べようか真剣に考えているだけかもしれない。
僕はあまり気にすることなく、夜までまた運動尽くしで過ごした。


時間になり、本日二度目のシャワーを浴びて、彼の部屋へ赴く。
ようやく空腹感を覚えたので、食堂で軽く食事をしておいた。
おそらく、また甘味を食べると思うので、本当に軽く。
その後彼の部屋へ向かい、扉をノックして、中に入った。

「ハルさん、失礼します」
「ああ、今ちょうど準備していたところだ」
今日は、なぜか背の高いテーブルではなく、ソファーの前にあるローテーブルに白い箱が乗っていた。
少し食べにくそうだと思ったが、彼なりの意図があるのだろうとソファーに座る。

「二日続けて甘い物だけっていうのも芸がないから、今日は良い物を持って来たんだ」
そう言って、彼はテーブルにグラスと、細長い瓶を置いた。
ラベルは英語で文章が書かれていて読み取れないが、その風体でジュースではないことだけはわかる。
彼がグラスに赤い液体を注ぐと、果物と、アルコールの匂いが鼻についた。


「ハルさん、これは・・・」
「今日のために、上等なワインを注文しておいたんだよ」
「僕、未成年ですが・・・」
「聖夜に固い事は言いっこなしだ。体を温めるにはうってつけだろ」
彼は聞く耳持たず、僕のグラスにもワインを注いだ。
赤色が濃く、まるで人の血の様に見える。
僕は不吉な考えを振り払い、洋菓子が入っている箱を空けた。
彼は定番な物が好きなのかシュークリームを取り出し、僕はあまりしつこくなさそうなプリンを選んだ。

「リツ、聖夜に乾杯」
彼がグラスを持ち上げたので、僕もグラスを持って軽く合わせた。
ガラスが触れる音がし、彼は躊躇いなくワインを飲む。
一気に半分ほど飲んでいたので、さほど強くないのかと僕も口を付ける。
恐る恐る飲んでみると、思いのほか果物の香りが強く、きつい味はしなかった。

僕も半分ほど飲み干し、プリンを口に運ぶ。
すると、ワインの豊潤な香りと、プリンの滑らかな甘さが組み合わさり、新たな味わいを生み出していた。
「このワインは、甘いものと愛称がとても良いんだよ。今日は種類が多いし、食が進むんじゃないかな」
まさしく彼の言うとおりで、ワインと一緒だと昨日さんざん味わった甘味が新鮮に感じて。
気付けば、プリンだけでなく、エクレアやクッキーも食べていた。
グラスが空になるとすかさず彼がついでくれるので、ペースが途切れない。
初めての飲酒だったけれど、だんだん心地良くなってきて、とうとう、二人でワイン一本を空けてしまった。

「へえ。これだけ飲んでも潰れないなんて、キミは結構飲めるんだな」
「そう、みたいですね。お菓子もあったし、ワイン自体が、おいしかったから」
その頃には、僕は完全に頬が紅潮していて、気分が浮ついていた。
頭がぼんやりとして、難しい考え事なんてとてもできなくなる。


「なあ、リツ。オレは、キミにとって友達でしかないのか」
ふいに、彼が肩に腕を回して来て、距離が近くなる。
今はあまり細かい事が考えられず、ただ温かくて心地良いと思っていた。
「ハルさんは、友達よりも、もっと深い間柄にある気がします。親友、かもしれません」
外では友人だと言ったが、普通、友人同士でやたらめったら口付けることはしない。
軽いものならふざけてするかもしれないけれど、深いものまでは、しない。
それなら、お互いは友人以上の、親友という関係なのかもしれないと思っていた。

「心外だな。そうか、キミは必要以上に人と接していなかったから、わからないんだな。
もっと大胆な事をしないと、わからないんだ」
その言葉からは、肯定以外の返事をさせないような強制力が感じられた。
何を言いたいのかわからず、僕は虚ろな目で彼を見る。
すると、腕が解かれたかと思うと、両肩を思い切り押さていた。
突然の事に抵抗できず、あっけなく体がソファーに倒れる。
自分の上に彼の姿があり、わけもわからずただ見上げていた。


無抵抗でいると、彼の手に、服のボタンが外されていく。
浮ついた気分でいるからか、その行動を止める事はしなかった。
あまりボタンのない服がはだけると、肌着の下に手が入り込む。
素肌に触れられると流石に驚いて、体が跳ねた。

「ハルさん、何をしているんですか・・・?」
「キミにわからせてあげるんだよ。オレが、キミとどういった関係になりたいと思っているのか」
彼の手が肌着をくぐり、上へ移動する。
そして、胸部の起伏に触れると、指先でその箇所が弄られた。

「ん・・・っ」
とたんに体が敏感になり、変な声が出そうになった。
突起の頭頂部に指の腹が触れ、押し潰すようにして刺激される。
そうされると、アルコールの熱と相まって、体温がさらに上昇していくようだった。
そのとき、僕は抵抗してもいいはずだった。
けれど、ワインのせいで瞼が重たくて、体がだるくなってきていて。
彼の手を掴もうと、腕を動かす事も億劫だった。


「これも、親友の範囲ですることだと思うのか」
彼の手が下がって行き、太腿の辺りを撫でる。
こそばゆくて足をもぞもぞと動かすと、その手はズボンの隙間へ入り込んできた。
あられもない箇所に触れられ、思わず、体が硬直する。
ゆったりとした手つきで中心部を愛撫されると、体が反応しそうになった。
「う、ぁ・・・」
肌着の上からでも、彼に撫でられていることを感じてしまって戸惑う。
気が昂ってもおかしくはない状況だったけれど、今は睡眠欲の方が勝ってきていた。

「オレは、キミの体の隅々にまで触れたがってるし、肌を重ね合わせて、君の乱れた姿も見たいと思ってる。
その仏頂面が、快感に侵されたらどう変わるのか・・・」
彼の手が、頬に添えられる。
平静としているように見えるけれど、酔っているのか、掌は熱かった。
今、衝撃的な事を言われた気がするけれど、もう頭が長文を理解しようとしない。
ただ、触れたい、という単語だけは認識していた。


「・・・いいですよ」
「え?」
「ハルさんなら、いいです、べたべた触られても、いいです」
僕は重たい腕を何とか動かし、彼の背を抱く。
今の言葉は偽りではないと、そう示すように。

「リツ・・・」
彼の体が、覆い被さってくる。
温まりきった布団をかけている気になって、思わず目を閉じてしまう。
ぼんやりとした頭では、あまり細かい事は考えられない。
それでも、彼が望んでいるのなら、触れられても構わないとだけは思っていた。
現に今、彼に抱き留められていることが心地良くて、安心する。

もしかしたら、酔っているせいかもしれないけれど。
正常なときでも、居心地の良さは変わりないだろうと想像できる。
返事を最後に、どんどん意識が遠のいて行く。
アルコールの熱と、彼の体温で、睡魔はとても早く訪れた。




目を覚ましたとき、僕は自分の部屋ではなくて、彼のベッドの上にいた。
昨日の聖夜は、彼と洋菓子を食べて、ワインを空けたと思う。
初めての飲酒で頭がぼんやりとして、とても温かくなって。
それで、彼を掛け布団と勘違いして、そのまま眠ってしまったと思う。
記憶が曖昧で、夢か現実かの判断がつかなくなっている。
幸い、アルコールは抜けていて、頭痛はしなかった。

体調に変化はなかったけれど、体を起こしたところで、とある違和感に気付く。
布団をめくって自分の体を見てみると、何も、身につけていなかった。
僕は目を丸くして、必死に昨日の記憶を探る。
彼が覆い被さる前、確か、体を撫でられた気がする。
頬と、胸部と、下半身も。
もしかしたら、あの後、身を許してしまったのだろうか。
意識がはっきりしないまま、このベッドで、彼と。

「お早う。よく寝ていたね」
部屋に彼が入って来て、僕はさっと布団をかけ直した。
「とっくに起床時間は過ぎてるけど、昨日はお互い熱い夜を過ごしたから仕方ないか」
彼が傍に腰かけ、意味深な笑みを浮かべる。

やはり、自覚がない内に、一線を越えてしまったのだろうか。
そうでなければ、自分が裸になっている理由がない。
具体的に何をされたのか、想像もできないけれど。
おそらく、彼の腕に抱かれ、愛撫され、それだけでは終わらなかったのだろう。
一体、どんな恥ずかしい姿を見られてしまったのか。
僕はどう反応していいかわからず、完全に硬直して彼を見ていた。


「冗談だよ」
「・・・え?」
彼が、口端を緩めて笑う。
「一度、キミを本気でからかってみたかったんだ。目が点になってたよ」
そこで、騙されたと気付いて、さっと視線を逸らす。
なら、衣服は、熱くなりすぎた体温を冷ますために、自分で脱いだのだろうか。

「ああ、服を脱がせたのはオレだよ。誘いかけておいて寝るなんて、生殺しもいいとこだ。
少し悔しかったから、キミにも動揺してもらおうかと思ってね」
「す、すみません・・・」
そのときの彼は、まるで悪戯が成功して喜ぶ子供のようだった。
とにかく、何事もなかったとわかり、ひとまずは胸を撫で下ろす。
寝てしまった自分も自分なので、丸裸にされていたことは目を瞑った。


「起きぬけだし、今は見るだけで我慢しておくよ。
本当は、すぐにでも押し倒して、何もかも奪ってしまいたいと思ってるけど」
「え、あ、それ、は」
大胆な事を言われて、戸惑う。
嫌悪感はないけれど、それほど熱烈なことを言われた事がないので、対応がわからない。
そこで、彼は表情が真剣なものに変わった。

「昨日、君が言っていたことが本心なら、今夜もオレの部屋へ来てくれ」
「昨日、言ったこと・・・?」
彼はそれだけ言い残し、部屋から出て行った。

昨日、僕は何を言ったのだろうかと、再び頭を働かせる。
確か、多種多様な洋菓子とワインの味に夢中になって、ほとんど会話はしていなかったように思える。
普通なら、会話を一言一句思い出すのは至難の技だが。
ソファーに横になり、彼を見上げていた時に「触れられてもいい」と発言したことが思い起こされた。


軍服に着替え、自室に戻って来た僕は悩んでいた。
昨日、確かに僕は彼に身を許すようなことを言った。
けれど、あれは本当に自分の本心からの言葉だったのだろうかと疑う。
酔いの勢いに任せて、何気なく言ったことなのではないか。
それとも、酔っているからこそ理性の抑制がかからず、本音が零れたのか。

今夜、彼の部屋へ行けば、おそらく一線を踏み越えることになる。
それは、恋愛感情を持った異性と行うものだと習ってきた。
この際、性別は置いておくとしても、恋愛感情がどういうものなのか僕は知らない。
抱き締められても、口付けられてもいいと思えることは、そういう感情があるからなのだろうか。
彼は、その感情をはっきりと自覚しているから、大胆なことが言えるのだろう。
いくら自問自答しても、自分だけでは答えが出せそうになかった。



―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
今回は、フラグ立て回でした。
次でいかがわしくなって、ラトより一話短いですが終わりそうです。