軍事国家 番外ハル編3


僕が彼に抱いている感情について、悩みに悩んだけれど、とうとう結論を出せなかった。
おそらく、明日、明後日になっても何も変わらないだろう。
それなら、彼の部屋へ行ってしまいたい。
自分の気持ちはともかく、散々世話になった彼を落ち込ませるのは嫌だった。
それに、いきなり襲いかかって来ることはないだろうから。
なぜ、彼が自分の想いに気付いたのかを知りたかった。

彼の部屋の扉を叩いて、応答を待つ。
少し待ってみたが、彼が出てくる気配はなかった。
間が悪かっただろうかと、きびすを返す。
そのとき、僕は残念なような、安心したような、複雑な気持ちになっていた。


「リツ!」
扉から離れようとしたところで、呼び止めるように名を呼ばれる。
外出していたのか、彼が私服姿で走って来ていた。
彼は、一定の距離を置いて止まる。
いつもより離れている気がしたが、たぶん気遣ってくれているのだろう。
僕はまだ部屋に入っておらず、はっきりと返事をしていないから。

「部屋に入る気で来たのか?それとも、断る気で来たのかな」
「・・・その前に、聞きたいことがあるんです。返事は、それからでもいいですか」
今の僕では、どちらの可能性も否定できない。
彼を焦らす、ずるい答え方だったけれど、何となく流されるままになりたくはなかった。

「ああ、構わない。じゃあ、オレの部屋じゃなくて、キミの部屋へ行こうか?」
「いえ、ハルさんの部屋でいいです」
即答すると、彼は一瞬だけ真顔になり、すぐに扉を開いた。


部屋に入ると、彼はソファーではなく椅子に腰かけた。
やはり、彼は決断を待ってくれている。
ソファーだと押し倒されてしまう危険性があるが、椅子ならばそれはない。
僕はそんな気遣いを心苦しく思いつつ、隣に座った。

「それで、何が聞きたいんだ?」
「あの・・・ハルさんは、僕に、愛情を抱いているんですか」
「たぶんね」
きっぱりと言い切られると思ったが、彼の返事は曖昧だった。

「それじゃあ、触りたいとか、いろいろしたいとか・・・そう言ったのは、単なる好奇心なんですか」
一言一句言うのは気恥しくて、オブラートに包む。
後半、僕の口調は、どこか刺々しくなっていた。
「それは違う。キミをどうこうしたいって言うのは、本能的な願望だよ」
その表現が何を意味するのかわからず、閉口する。


「オレにとってキミの存在は、戦友でも、親友でもなく、もっと特別な位置にある。
最初は、近親感を抱いているだけかと思っていたんだけどね」
それは、僕が彼に対して思っている事と同じだった。
彼に触れられる度に、親友という言葉が似合わない気がしていた。
だからといって、恋人などというおこがましいことは言えなくて。
親友以上の親しい間柄に、相応しい位置付けができなかった。

「けれど、いつからか、キミに欲を覚えるようになっていたんだ。
柔肌に触れて、お互いを重ねて・・・交わりたいと」
最後の言葉に、心音が強く鳴った。
そうやって、欲を覚えることが愛情の印なのだろうか。
相手の傍に居たいだけではなく、密接になりたいと思う事が。


それなら、僕も、彼と同じ想いを抱いているのかもしれない。
集団生活が好きではなく、馴れ馴れしくされるのも鬱陶しいだけのはずなのに。
抱き締められたときも、口付けを交わしたときも、嫌悪感なんてなかった。
僕は、そうされたがっているのかもしれない。
幼少時代から与えられることのなかった愛情を、彼に求めている。

「気が進まなかったら、無理に留まる必要はない。断られたからと言って、オレがキミを嫌うこともないよ」
彼の口調は、とても優しかった。
決して、傷付けないようにしてくれている。
本当に、想ってくれているのだと、自覚する。
ここまで自分の事を気遣い、想ってくれる人なんていなかった。

彼の言葉に応えたい。
ふいに、そんな気持ちが大きくなる。
僕は、本能的な願望に、背を押された。


「・・・僕は、ハルさんとは逆の事を思っています」
彼の表情が、わずかに曇る。
拒まれたと、そう感じたのだろう。
その予想に反する言葉を、僕は続けた。

「触れたい、ということではなくて・・・僕は、きっとハルさんに触れてほしがっているんです」
自分から堂々と宣言するのは羞恥心を伴ったが、はっきりと聞こえるように告げた。
彼の目が、一瞬見開かれる。
そして、すぐに柔らかな笑みに変わった。

「・・・オレは、途中で自分を止める自信はないよ」
最後の確認をするように問いかけられる。
高まりきった欲は、拒まれても抑制できるものではないと警告される。
僕は真っ直ぐに視線を合わせ、彼の手を握っていた。
もう、気遣いなんていらないと、そう示すように。




その後、僕は彼の部屋のシャワーで体を洗っていた。
お湯を止めて、静寂が流れると今更だが緊張する。
もう後戻りはできないけれど、後悔はしていない。
浴室から出ると、すでに寝具が用意してあった。
バスタオルで体を拭き、いかにも楽そうな寝具を着る。
そして、寝室へ赴いた。

一応、扉を軽く叩いてから部屋に入る。
ベッドの上には、同じく楽な服装をした彼が座っていた。
外で買って来たのだろうか、手には見慣れない小瓶を持っている。
視線が合うと、彼はそれを脇に置いた。

「リツ、おいで」
誘われるままに、彼の隣に腰かける。
そうしたとたん、腰に腕が回り抱き寄せられ、瞬く間に唇が塞がれていた。
反射的に目を閉じると、隙間を空けようと、彼の舌が触れる。
思わず口を開いてしまったときには、すぐに彼のものが入って来るのを感じた。

「は・・・っ」
早急な行為に息を吐くと、瞬く間に舌が触れ合い、絡み合った。
ゆっくりとした動作ではなく、音が漏れ出す程激しい。
舌先で表面をなぞられると、背筋に寒気が走り。
広い部分を使って絡ませられると、頬に熱が上って行く。
いつの間にか後頭部には手が添えられていて、自分からも唇を押し付ける形になっていた。

「んん・・・っ、は・・・」
激しい行為に、わずかな隙間から吐息が漏れる。
息がつまりそうになってきたところで、彼が身を離す。
行為の余韻の糸がお互いの間を繋ぎ、その場へ零れた。


「これがオレの欲望だよ。キミに、苦しい思いをさせるかもしれない」
今の行為は、確かに早急で、今まで以上に激しかった。
それでも、彼を拒む理由になんてならない。
僕は、多少気恥しかったけれど、彼に身を寄せ、体重をかける。
もはや、了承の言葉をわざわざ言う必要なんてなかった。

身を委ねることを示すと、寝具のボタンが外されて行く。
その服が一枚取り去られると、上半身を隠す物は何もなくなった。
同性に肌を見られたからといって、動揺することもないと思うけれど。
彼の前に無防備な状態を曝していると、どこか落ち着かなかった。

俯きがちになると、彼も自分の寝具のボタンを外しているのが見え、同じ状態になる。
その体は、同じ軍人の僕から見ても、かなり鍛えられていて。
自分も鍛錬は怠っていないつもりだったが、比較してしまうと恥ずかしくなった。

「リツの肌は綺麗だ。かわし身がうまいんだろうな」
「・・・ハルさんほどじゃないです」
彼の手が、肩から腕にかけて撫でていく。
ただ撫でられているだけで、特にいやらしいことでもないはずなのに。
僕は、そうされるだけで、気が落ち着かなくなっていくのを感じていた。


傷がない事を確かめるように背中へも手が触れ、次に胸部へと移る。
移動するときは、一時も手が離れることがなくなぞられて、わずかに寒気を覚えていた。
怯えているわけではなく、それはもっと他の何かに反応している。
胸部も腹部も通り過ぎると、手はまた上へ移動し、肩の部分で止まる。
両肩に手が添えられると少しずつ力がかけられ、体が後ろへ傾いて行った。

促されるまま仰向けになり、彼を見上げる。
この態勢になると、やたらと緊張する。
相手に身を任せることを、完全に示しているからかもしれない。
僕が仰向けになると彼も身を下ろし、素肌が重なった。

胸部が動き、息遣いが直に感じられる。
それに伴い、お互いの心音が共鳴するように鳴っていて、一定のリズムが心地良い。
相手が確かに傍に居ることを感じさせてくれる温もりに、僕は安心しきっていた。

「キミと、こうしてみたかった。何の隔たりもなく、この温度を共有したかった・・・」
その言葉に、彼も安心しているのだと感じる。
同じ境遇の相手と共感したいという願望が形になり、強い欲へと昇華された。
上半身を重ねるだけで終わるはずはなく、彼は下半身の寝具へと手をかける。
瞬間的に強くなった心音は、彼に伝わっていると思う。
寝具がずらされ、肌着も取り払われると、音はより大きくなった。


何も身に纏っていない、完全に無防備な状態になると、彼もまた寝具を脱ぐ。
たくましい太腿が見えたが、それ以上は直視できなくて目を逸らした。
もう、お互いを隔てるものは何もない。
自分の全てが彼に見られているのだと思うと、それだけで鼓動が早くなる。
よほど緊張しているのか、彼の手が太腿に触れたとき、わずかに体が跳ねた。

その手は太腿から脛、足の指先まで撫でて行く。
上半身の時と同じように、足先から再び上へ上る。
やがて、太腿まで戻って来た手は、中心にあるものへ添えられた。

「あ、ぅ・・・」
敏感にものを感じる箇所がやんわりと包まれ、かすかな声が漏れる。
「オレのも、触ってみるかい」
「えっ・・・」
腕が持ち上げられ、掌が、彼の太腿へと誘導される。
そこは筋肉質で、指先で押しても全く弾力がなく固かった。
そんなことを思ったのもつかの間、手がさらに誘導され、彼の中心へ掌が触れてしまった。
太腿ほどではないけれど、同じような感触のものを感じて、とたんに慌ててしまう。

「っ、い、いいです、僕はいいですから」
本気で焦ると、彼は可笑しそうに笑って手を離した。
悪戯っぽい笑顔を見ると肩の力が抜け、緊張を察して解してくれたのだと気付いた。
本能が先行していると言っても、やはり彼は優しい。
そんな優しさを目の当たりにしたとき、僕の中で彼の存在がとても大きくなるのを感じていた。
場の雰囲気が和らぐと、彼の手が包み込んでいたものを愛撫し始めた。

「っ、あ、ぁ・・・」
彼に一撫でされただけで、少し高めの声が出てしまう。
そのまま手を動かされると、とたんに吐息が熱を帯びた。
他の箇所に触れられていたときとは、まるで違う。
わずかな挙動にも体が敏感に感じ取り、さらに気が落ち着かなくなっていき。
初めて他人に触れられた箇所が反応を示すまで、それほど時間はかからなかった。


「気が昂ってきたかい」
「っ・・・・・・もう、熱い、です」
見ただけでもわかっているはずなのに、わざわざ問われる。
きっと、恥じらっている姿を見て楽しんでいるんだろう。
何とか返事を返すと、彼は手を離し、脇に置いていた小瓶を手に取った。

「それ・・・何ですか」
「ん?これは、ここから先の事を少しでも楽にするためのものだよ」
抽象的な事を言い、彼は小瓶の中の液体を自分の指に絡ませる。
ただの水ではないようで、それは粘り気を帯びていた。
そして、その液体は、僕自身の体へも塗りつけられる。
先に触れられていた箇所の、もっと下方にある窪みへ。
粘液質な感触に驚き、思わず肩を震わせる。
わずかに腰を引くと、逃げない内に、窪みの中へ彼の指が埋められた。

「あ・・・!」
自分でも、どこから出たのだろうと思うくらい、高い声が出る。
息が詰まり、彼の指に全身が反応してしまう。
窪みが相手を阻もうと縮こまると、中の動きは止まる。
いつまでも収縮することはできず、緩まるタイミングで指は奥へと進んで来た。

「あ、ぁ、ぅ・・・」
彼の長い指に、奥を侵される。
自分の内側に触れられ、どうしようもなく昂ってしまう。
動く度に粘液質な潤滑剤の感触もして、僕は何かに耐えるように敷布を握り締めていた。

「少し、きつくなるよ」
何を言われても、もはや受け入れることしかできない。
彼の指が差し入れられ、内壁への刺激が増えると、また、変な声を出しそうになってしまう。
喉元で必死に抑えようとすると、代わりに息が小刻みになり。
どうしてもかすかな音は漏れてしまい、自分のそんな反応に羞恥を感じずにはいられなかった。

内側を丹念に解すように、彼が指の関節を曲げる。
前後に動かされると、それが引かれるときにも刺激が加わって。
だんだんと、声を抑える事が苦しくなってきていた。

「トレーニングでも、これほど息を荒げる事はないんじゃないか?」
「は・・・っ、そう、ですね・・・」
じっと寝転がっているだけでも体温が上がり、心音はとっくに落ち着かなくなっている。
強すぎる悦を覚えるとこうなるのだと、運動後とは違う呼気の激しさが物語っていた。


「・・・ここからは、もっときつくなる。痛みに慣れてないキミにとっては、結構辛いかもしれない」
「確かに、慣れてはいませんけど・・・あまり、見くびらないで下さい」
どんな感覚に襲われるのかわからないけれど、ちょっとやそっとの痛みで根を上げるほどやわではない。
それに、彼に与えられる痛みなら耐えてみせたかった。

彼の指が引き抜かれ、僕は肩で息を吐く。
ものを受け入れるはずのないその箇所は解され弛緩し、そして疼いていた。
呼吸を整える間もないまま、窪みに、彼のものがあてがわれる。
指とは違う、膨張している物を感じ、わずかに戸惑う。
そこへ、瓶の中の液体が塗りつけられ、冷たさに震えたけれど。
冷ややかなものは、すぐに気にならなくなる。
彼が腰を落とし、あてがわれていたものが、身を進めてきた。

「ああっ・・・!」
さっきから抑制してきた声が、口から飛び出す。
あまりの圧迫感、そして、身を裂かれてしまうのではないかと思う痛み。
潤滑剤があっても、その痛みは鋭かった。

敷布に思い切りしわがよるほど手を握るけれど、少しも緩和されない。
彼はわずかに顔をしかめていても、身を引こうとはしなかった。
動かされると、また、痛みが体に走る。
平静な表情を保っている余裕なんてなく、目を強く閉じ、喘いでいた。

「っ・・・ごめんな、オレは、もう抑えられない」
薄らと目を開くと、彼の表情にも変化が表れていた。
作りものの様な笑顔ではなく、その瞳に、欲が渦巻いている。
きっと、彼も必死なのだ。
相手を壊さないよう慎重に身を進め、ぎりぎりのところで性急な行為を抑えている。
本当は、欲を昇華したくて仕方がないはずなのに。
僕はほとんど無意識の内に両腕を持ち上げ、彼の背に回していた。

「抑える必要なんて、ありません・・・ハルさんになら、僕は・・・」
荒い息のさなか、絶え絶えに訴える。
彼の欲のままに、自由にされてもよかった。


彼の手が、そっと頬に添えられる。
まるで、慈しまれているような気がして、体の表面上だけでなく、胸の内から温かくなっていく。
手が離されると、その場に留まっていた彼が、再び身を進めた。

「ぅ、っ・・・あ、ぁ・・・」
よみがえってきた痛みと、それに伴って強くなる刺激に、声が抑制を忘れる。
自分に似つかわしくない、女性の様な高い声が出てしまっても、押し留める事が出来なかった。
自分の中に彼がいるんだと、そう感じると、羞恥心なんかに構っていられなくて。
奥を侵されると、さらに感じるものが強くなる。
彼が動きを止め、下腹部が触れ合ったとき、もはや余計なことは考えられなくなった。

「ハル、さん・・・っ」
喘ぎのさなか、たまらず彼の名を呼ぶ。
その存在を、強く求めるように。
「リツ・・・オレが、唯一共感できた相手・・・本当に、愛しいんだ」
それは、自分にも、相手にも呼び掛けているような呟きだった。

彼の行為に、言葉に、肉体的にも、精神的にも充足感を覚える。
自分の何もかもが満たされてゆき、体に熱が駆け巡り、悦びを示す。
そんな悦に反応するように、彼を受け入れている箇所が収縮する。
彼の存在をはっきりと感じると、自分の昂りが限界に近付いた。


一旦納まりきったものが、ゆっくりと身を引いて行く。
それだけでも全身が反応し、また押し進められると、悦楽が体を貫いた。
「もう、僕・・・っ、ぁぁ・・・」
「何もかも抑制を忘れてくれ・・・キミの表情も、声も、熱にも、感じていたいんだ・・・」
熱烈な言葉と、自分の中で動く彼のものに、頭の中が真っ白になっていく。

「あ、あ・・・ハル、さ・・・っ、あ・・・!」
再び、奥に彼を感じた次の瞬間には、悦楽に呑まれていた。
あられもない声を発し、起ち切っているものが脈打つ。
溜まりに溜まった欲情が解放され、粘液質な液が零れ落ちる。
そして、窪みはしきりに収縮し、彼を締めつけていた。

「は・・・っ、リツ・・・っ・・・!」
彼は熱っぽい吐息をつき、身を引こうとする。
最後の最後まで気遣う素振りに、僕は背に回している腕に力を込めて引き留めた。
僕の意思に気付くと、彼はその場に留まり、同じくして欲を放出していた。
熱い、彼の液体が流れ込んで来る。
気持ちのいい感触ではなかったけれど、構わず受け入れていた。


脈動がおさまると、慎重に、彼が自身のものを引いて行く。
引き抜かれた瞬間には身震いしたけれど、すぐに全身が熱に包まれた。
余韻を吐き出すように、大きく、ゆっくりと息を吐く。
疲労しているのは彼も同じで、すぐ傍で、吐息が感じられた。

まだ余韻が残る中、彼が近付いて来る。
目を閉じると、唇が触れ合った。
お互いの熱も、感情も、共有する。
そのとき感じていたのは、紛れもない幸福感だった。




次の日、僕はまた彼のベッドで、裸で目を覚ました。
一つ違うことは、隣に同じ姿の彼がいるということ。
目を開いたとき、すぐ間近に彼の顔があって驚きはしたものの。
すぐに昨日の事を思い出して、恥ずかしくもあり幸せでもあった。

彼はまだ眠っているのか、規則的な寝息がかすかに聞こえてくる。
こんな格好をして、同じ布団で眠る事を許してくれる、そんな存在ができるなんて思いもしなかった。
仏頂面をして、生まれながら人を寄せ付けない雰囲気が僕にはあった。
彼は、作りものの表情を強いられ、心を許せる相手がいなかった。
そんな風に過ごしていても、どこか孤独感を覚えていて。
似通った境遇の僕等は、共感したがっていた。

ただの傷の舐め合いではない。
いつの間にか、僕は、彼にとても強い好感を抱いていて。
その存在は、他の何にも代えられない位置にあった。
愛していると、胸を張って言う自信はないけれど、たぶん、そうなのだろう。


そっと、彼の髪に触れる。
そうして、起きていない事を確認した後。
僕は、とても慎重に、やんわりと、彼の頬に唇を触れさせていた。
恥ずかしい事をしたが、愛おしいという想いが先行していた。

そろそろ起きようとしたとき、ふいに彼の腕が伸びて来て。
はっとしたときには、体が抱き留められていた。
起こしてしまったかと彼を見上げたけれど、まだ目は閉じられている。
肌が触れ合い、温もりを感じると、またうとうととしてしまう。
彼の温度に、本当に安心しているのだと自覚した。

僕は彼の首元に身を寄せ、目を閉じる。
胸の内に、今までになかった確かな温かさを感じながら。