軍事国家、番外ラト編1


とうとう、戦争が終わりを告げた。
結果は、自国が勝利し、相手国を支配することになった。
支配と言っても、相手国の人々を奴隷のように扱うわけではない。
貿易や土地利用などをコントロールする権利を手に入れた程度だ。
反乱を起こされてはかなわないので、すばらしい待遇はせずとも、粗末には扱わないと聞いている。

戦争が終わると、軍人達はほとんどが自分の家へと帰ってゆく。
今まで働いてきた褒美として、まとまった金が用意されるので、それを元に一人で暮らす者もいる。
しかし、僕は軍部に残ることも、一人で暮らすこともせずに、それ以外の選択肢を選んでいた。

必ず望みどおりにゆくとは限らないけれど。
何も言わずに別れたくはなくて、僕はたった一人の友人の部屋を訪れていた。


所在を確認すべく、軽く扉を叩く。
すると、すぐに「どうぞー」という返事が帰ってきたので、遠慮せずに扉を開いた。
部屋では、ラトが荷造りをしている。
今度こそ、ここから出て行くために。

「あ、リツさん。・・・何、ボクと離れるのが名残惜しくて来たの?」
ラトは冗談を言うような、軽い口調で言う。
「ああ。名残惜しくて来たんだ」
僕が真顔でそんなことを言ったものだから、ラトは一瞬目を丸くした。

「・・・ふーん。それで、何の用?。
もうこんなところ、さっさとおさらばしたいって思ってるんだけど」
調子を崩されたからか、ラトの言葉はどことなくどぎまぎしている。

「ラト、君はここを出たら、親元へ帰るのか」
「・・・まあ、帰らない理由がないしね。
実のことを言うと、あんまりあの人達のとこには行きたくないんだよなーっていうのが本音だけど」
その答えに、僕は望みを見出した。
どんな理由があるのかは知らないが、あまり帰りたくないというのなら。
今から僕が言う提案を、受け入れてもらえるかもしれないと。

「両親の元へは、帰りたくないのか?」
念のため、もう一度問う。
「まあね。いつまでもあの人達の世話になりたくないし。
いっそのこと、一人暮らしでもしてみようかって思うんだけど、何かと面倒だしさ」
面倒とは、一人で暮らすことに対してだろうか、親を説得することだろうかはわからなかったが。
その答えを聞いて、言い出すなら今だと思った。

「ラト。聞いてほしいことがある」
提案することを躊躇わないよう、真っ直ぐにラトを見る。
雰囲気が微妙に変化したのを感じたのか、ラトも僕と視線を合わせた。
もし、今から言うことを拒否されたら、その先のことは考えていない。
それだからか、言葉を言う前から僕は緊張していた。
そして、声が委縮してしまわぬよう、言葉を脳内で一回反復してから告げた。


「君が、親の所へ行きたくないのなら・・・・・・僕と、一緒に暮らさないか」
とうとう、言ってしまった。
あれほど他者と深い関わりを持ちたくはないと思っていた僕が。
誰かと共に居ることを望み、ずっと一緒に過ごしたいとまで思っている提案を。
こんなこと、帰る場所のあるラトには面倒で、迷惑になることかもしれない。

けれど、言わずにはいられなかった。
こんな望み薄な提案でも、このまま会えなくなると思うと。
もしかしたら了承してくれるかもしれないという、わずかな望みを捨てることはできなかった。

ラトは僕の言葉によほど驚いたのか、荷造りの手を止め硬直し、沈黙していた。
どんな嫌み事を言って拒否しようかと、考えているのだろうか。
不安にかられた僕は、ラトの目を見続けられなくなり視線を逸らした。


「・・・いいよ。リツさんがそんなにボクと一緒にいたいって言うんなら、家に帰らない良い言い訳になるし」
「え・・・っ」
ラトは今、確かにその言葉が聞こえた。
望み薄だと思っていたこの提案が、こんなにも易々と受け入れられるなんて。
けれど、聞き間違いではない。
ラトは、僕と暮らしてもいいと、確かにそう言ってくれた。

「まとまった報酬は受け取ったんでしょ?それならどっか家借りて、それで・・・。
・・・とにかく、そうしよう?ね、早くそうしよう」
「あ、ああ。・・・うん、そう、しよう」
断られる確率の方が高いと思っていたのに、ラトはかなり乗り気なようで僕をせかした。
そのとき、僕は内心、これ以上にないほど喜んでいた。




その後、僕はラトと共に軍部を出た。
軍に勤めて国を守っていたと言えば、家を借りるのはそれほど難しくはなかった。
借りたのは、騒がしい郊外から少し離れた、静かな場所にある家で。
買い物は多少不便になるが、騒音に悩まされるよりはよかった。
郊外だから人気がないのか、値段もそれほど高くはない。
それでも、二人で生活するには十分の広さがある家だった。

ラトが鍵を開け、扉を開く。
僕はラトに続いて中に入り、後ろ手で鍵を閉める。
親元から離れたことで高揚しているのか、ラトは早足で部屋へと進んで行った。

玄関から続く廊下の直線状にあるのは、広いリビングルーム。
その他の部屋の構造が気になったが、今はラトの後を追う。
部屋にはすでにテーブルやソファーが備え付けられており、ラトはそのソファーに腰を下ろしていた。
まるで、軍にいたときの部屋のように小ざっぱりとしている空間だけれど、軍部の部屋とは明らかに違う。
ソファーが窓の方を向いていないという、そんな違いではない。
これから、ここでラトと共に暮らすのだという。
明らかな生活の変化が期待されるこの部屋に、僕は楽しみを感じていた。

ひととおり部屋を見回した後、ラトの隣に腰掛ける。
すると、すぐに隣から視線を感じ、僕はラトの方を向いた。

「ここで、暮らすんだよね。ボクら、これから、ここで・・・」
「・・・そうだな」
自分から誘っておいて何だが、実のところ未だに現実味がわいていない。
戦争が終われば、もう会えなくなるのが当たり前だと思っていた。
けれど、むしろこれからは軍に居たときよりも密接した時間を過ごせる。
それは、不思議で、まるで夢の様にも思えることで。
それは、ラトも同じなのかもしれない。
家に入ったときから、どこか虚空を見ているような、そんな雰囲気があったから。


「それなら、色々買わないとね。
ある程度のものはあるみたいだけど、二人で暮らすには足りないものもあるし」
ラトは腰を上げ、他の部屋を見て回った。
僕も、ラトの後に続く。
浴室や洗面所などの他にも自由に使えそうな部屋があり、そこには、すでにベッドが置かれていた。
置いてあるというよりは、置き去りにされたという感じで。
たぶん、以前に住んでいた人が処理する費用を懸念して置いて行ったのかもしれない。
それは邪魔ではなく、むしろ買う物が減って好都合なことだった。

しかし、少しは困りそうなことがある。
その部屋はそれほど広くはなく、ベッドがかなりのスペースを占めている。
ここにもう一つ布団を敷いたり、ベッドを置いたりするのは難しそうだと見ただけで予測がついた。

ラトはそれについて、何も言わない。
今は新しい住居に住むことに高揚して、そんなことを考えている暇がないのかもしれない。
僕も、部屋のことについては何も言わなかった。

「リツさん、買い物に行こう。
最低限、調理器具とか食材は買っておかないと、数時間後にいきなり苦労することになっちゃうよ」
「ああ、行こう。何回かに分けて行かないといけないかもしれない」
どこまで物を揃えれば不自由しなくなるのかは予測できなかったが、当面の食材だけでも、結構な量になるだろう。
それに、あまり重たい物を持たせて、ラトの肩に負担を与えるわけにはいかない。
僕らはそれぞれのことを思い、外へ出た。




買い物から帰ってきたときには、もう陽が暮れかけていた。
一人暮らしをするのはお互い初めてなので、何をどれくらい買うべきかと悩んだ時間も長かった。
それでも、何とかこれはいるだろうと思うものはだいたい揃えられた。
案の定、一度に買い切ることはできず、家と街を二往復したため、演習後ほどではないにせよ、少し疲れていた。
それは、僕が毛布を買ったせいなのだが。
買ってきた物を整理するのは明日にまわすことにして、僕等はとりあえず夕食を作ることにした。

「リツさん、自炊したことある?軍の食堂に頼ってばっかりで、したことないんじゃない?」
キッチンに買ってきた食材を置き、ラトが訪ねる。
「・・・ああ」
ラトの言うとおり、僕は食堂に頼ってばかりで、自炊というものを一度もしたことがなくて。
食材の相性はわかっても、それをどう調理するべきかはわからなかった。

「そんなことだろうと思った。ま、今日はボクに任せて見てるといいよ」
ラトはエプロンを付け、包丁を手にする。
そして、慣れた手つきで食材を切り始めた。
そこから、僕の手を出す暇はなかった。
食材はあっという間に一口大に切られ、鍋に入れられ、野菜を煮込んでいる間に魚が三枚におろされてゆく。
無駄な動きや時間は全くなく、僕は唖然としてその様子を見ていた。




唖然として、数十分後。
キッチンからはいい香りが漂い、そこには二人分の食事が出来上がっていた。
「ほら、お皿に盛り付けて運んで」
何もできなかった僕は、出来上がった料理をなるべく丁寧に盛り付け、テーブルに運ぶ。
ラトと手分けして運んだので、テーブルの上にはすぐに二人分の料理が並んだ。

「じゃあ、いただきまーす」
「いただきます」
冷めない内に、料理に箸をつけた。
「・・・おいしい」
それを口に運んで、租借した瞬間。
僕は彼とケーキを食べにいったときと同じく、思わず感嘆の声を漏らしていた。

「うん、まあまあの出来かな。久しぶりだったけど、腕はなまってないみたい」
ラトも自分の料理の出来栄えに納得しているのか、満足そうな表情を浮かべていた。
料理には勿論満足していたけれど、僕はそれ以上に幸福感を覚えていることがあった。
それは、ラトと向き合って食事をしているということ。
こうして、共に時間を共有していることが、同じ場所で暮らしているということを実感させてくれる。
夕食が終わっても、お互いが別れ、それぞれが自分の部屋へ帰ることはない。
そう思うと、僕は自分が幸福感に包まれてゆくのを感じていた。




その後、お互い野菜の一かけらも残さずに完食した。
それが嬉しかったのか、ラトは時たま頬笑みを浮かべていた。
「後片付けはしておくから、リツさんはお風呂わかしてきて。
まさか、軍部の浴槽と違うからわからないなんてことはないよね?」
「たぶん、大丈夫だと思う」
自分が後片付けを手伝っても、食器の洗い方で何か言われると思うので。
僕は言われた通り、浴室へ向かった。

ラトの言った通り、軍部にあるものとは勝手が違ったが。
簡単な造りになっていたので、ボタンを一つ押すだけでよさそうだった。
もちろん、浴槽の栓は閉め、蓋もしてある。
これで栓がずれていたらお笑い草だと、念のために一度確認してからボタンを押した。
すると、すぐに機械が起動する音がしたので、うまくいったのだと僕はリビングへ戻った。


テーブルの上の食器はすでに片付けられていて、ラトがキッチンで皿を洗っていた。
「ごくろうさま。栓はちゃんと閉めてきた?」
「ああ、確認したから大丈夫だ」
僕は洗い終わった食器を拭き、棚に戻す。

こうしていると、思うことがある。
相手の手料理を食べ、一緒に後片付けをする。
共に暮らしているこの状態は、まるで―――夫婦のようだと。
僕は、そんな自分の考えに苦笑する。
ラトがこの状態をどう感じているか知らないが、嫌な発想ではないと、自画自賛のようなことを思っていた。




片付けが終わってソファーでくつろいでいると、ほどなくして風呂が沸いたことを示すブザーが鳴った。
「ラト、先に入ってきてくれないか?」
「うん、いいよ。じゃあ、一番風呂入ってきまーす」
ラトは元々最初に入る気でいたのか、すぐに浴室へ移動した。

僕はというと、逆にラトの後に入りたかった。
使用感のない、綺麗すぎる浴室よりも、誰かが使った後の方が床が温かい。
けれど、一番風呂を譲った理由はそれだけではない。
誰かの後に使うことで、今ここにいるのは自分一人ではなくて。
同居している相手がいるのだと、改めて実感できる気がしたから。

かすかに、シャワーの音が聞こえてくる。
このままぼんやりと待っているのも何なので、歯磨きだけでも先にしてしまおうかと。
買ってきた歯ブラシを持ち、洗面所の扉を開けた。
洗面所に入ると、浴室とは続き部屋になっているため、シャワーの音がよりよく聞こえてきた。

ラトは体を洗っている最中だろうか、曇りガラスの向こうでシルエットが動いている。
僕は洗面台に向かおうとしていたはずなのに、ふと、そこで足が止まった。
扉一枚挟んだ向こう側には、おそらく何も身につけていない同居人がいる。
そう思ったら、僕はその扉を凝視してしまっていた。

なぜ、洗面台に向かわず、浴室へ続く扉を見ているのか。
自分がその扉を開け、中に入りたいとでも思っているのか。
そんなことをしたら、嫌われるに決まっている。
ただ、こんな光景が珍しいからから足を止めてしまっているだけだと、僕は無理矢理に理由をつけた。

そう理由をつけて、洗面台へ向かおうと足を動かした瞬間。
さっきまで凝視していた、浴室の扉が開いた。
「あ・・・」
僕は思わず、呆けた声を出した。
まだ、上がってくるのは先だと思っていたから、こうして洗面所に来ていたのに。
しかし、予想外に早く、ラトは浴室から出てきている。
何も身につけていない、その姿で。


「え・・・」
ラトは、目を丸くしていた。
今の僕は、不法侵入者に近い。
先に入っておいてくれと言っておきながら洗面所に姿を現した相手に、驚きを隠し切れていない様子だった。
「なっ・・・んで、なんでリツさんが入ってきてるのさ!もしかして、覗きに・・・」
「ち、違う。まだ出てこないと思ったから、歯を磨きに来ただけだ」
変な誤解をされてしまいそうなので、僕は焦って否定した。

「・・・まあ、リツさんはそんなことする度胸があるようには見えないし、今回は見逃すよ」
そう言うと、ラトは髪の毛から滴を滴らせながら、僕の方へ歩み寄ってきた。
ラトが近付いてくるとなぜか緊張し、その場に硬直してしまう。
しかし、ラトは僕を目的として近付いたのではなく、洗面台に用事があるようだった。
ラトは僕の横を通り過ぎ、洗面台に置いてあるボトルを手にする。
そして、さっきの驚きようとは裏腹に、何事もなかったかのように浴室へ戻ろうとした。

「あ、ラト・・・」
反射的に、扉の奥へ行こうとするラトの腕を掴み、引き止めていた。
「・・・リツさん?」
何事だろうかと、ラトが見上げてくる。
そして、僕自身もこれは何事だろうかと、自分に問いかけていた。
気が付いたら、ラトの腕を掴んでいた。
姿の見えない扉の奥へ行かないでほしいと、反射的に思ったゆえの行動だろうか。

それは、まだこの状態の姿を見ていたいと言っているようなものだ。
それこそ、何かを誤解されかねないというのに。
僕の手は、ラトの腕を掴んで離さない。
そして、僕は自分の掌に触れている肌の感触に、何か感じるものがあった。

ラトは沈黙して、じっと僕を見上げ続けている。
自分の腕を掴んでいる手を振り払うこともせず、じっと。
ラトは、拒まないのだろうか。
こんな状況下で、他人に触れられていることを。
僕は何を思ったのか、もう片方の手に持っていた歯ブラシを床に落とす。
そして、その空いた手で、そっとラトの頬を包んでいた。


「リツさん・・・」
温まっているラトの温度が、掌から伝わる。
ほんのりと濡れている頬の感触を、頬だけではなく、他の箇所からも感じたいと思ってしまう。
そう思うと、僕は行動を自制できないでいた。
頬を包んでいた手は、まるで勝手に移動してゆくように、ラトの首を滑っていった。

「あ・・・」
戸惑っているような、困惑の声が聞こえてくる。
けれど、僕はそれを気にすることなくさらに手を滑らせていった。
首を撫で、次は肩へと触れる。
さっきまで浴室にいた体は、触れるとこ全てが温かい。

もっと、温かい箇所へ触れたい。
僕の手は、肩からさらに下がってゆく。
体の側面を通り、脇腹へも手を添える。
ラトは依然として、僕を見続けていた。
怯えるような目つきではない。
かといって、僕の行動を快く迎えるような、そんな雰囲気でもない。
ただ、拒まれてはいないという様子に僕は調子に乗ってしまったのか。
とうとう、手は腿のあたりに触れていた。

「っ・・・」
ラトが一瞬、肩を震わせる。
セクハラまがいの箇所に触れられ、驚き、緊張しているのだろう。
それでも、僕はまだ触れたいと思っていた。
もう少し手を伸ばせば届く、その箇所へ。


「・・・あ、あの、リツさん・・・ボク、少し寒くなってきたからさ・・・。
ボク、ただ、シャンプーを取りに来ただけで、まだよくあったまってないんだ」
「あ・・・ご、ごめん」
そう訴えかけられ、僕は我に返り手を離した。
その訴えは、本当に体が冷えたからかもしれないし、僕を気付かせるためにかけた言葉かもしれない。
手が離されると、ラトは何か迷っているように視線を動かしたが、すぐに浴室へと戻って行った。


僕は、一体何をしようとしていたのか。
ただ、他者の温かみを感じたいと、そう思っていただけなのだろうか。
本当に、その理由だけで触れたのだろうか。
自分自身に問いかける。
僕は、ここへ来た目的も忘れ、洗面所から出ていた。
もう一度、ラトの姿を見たら、自分がどんな行動を起こしてしまうのか、怖かった。


「リツさん、お風呂空いたよー」
歯ブラシを取ってくるのを忘れ、ソファーに座っているところで、呼びかけられる。
ラトは髪から落ちてくる滴を防ぐためか、首にタオルを巻いていた。
「あの、さっきは・・・」
僕は、血迷ったことをしようとしたことを謝ろうとする。

「何か言う前に、さっさとお風呂入ってきて。
ボク一人だけ先に寝るわけにはいかないんだから」
さっきのことをあまり気にしてはいないのか、ラトは僕の謝罪の言葉を中断させた。
一人で先に寝るわけにはいかないというのは、ベッドが一つしかないせいだろう。
自分だけがベッドを占領するわけにはいかないと、気を遣ってくれているのかもしれない。
それなら、ラトが湯冷めしない内に済ませなければならないと、僕は急いで浴室へ入った。




ラトを待たせていることもあり、僕はいつにもまして早くに風呂を済ませた。
いつものように、体の表面上しか温まっていない感じがしたが。
浴室が暖まっていたからか、それほど寒いとは感じなかった。
眠るときに楽な服に着替え、リビングへと向かう。
ラトは、ソファーに座ってぼんやりとしているようだった。

「あれ、もう上がってきたの。・・・ま、いいや。
じゃあ、かさばって仕方がなくて、買い物を二回にするはめになった原因の毛布持ってきて」
「はいはい」
少々厭味ったらしい言葉を受け流し、大きな袋から新品の毛布を取り出す。
色は、ラトに合いそうな水色。
どうやらそれは好みに合っていたのか、嫌み事は飛んでこなかった。
僕は毛布を抱え、ベッドのある部屋へ移動した。

「・・・じゃあ、リツさん、どうする?」
ラトは、僕の方を見て問いかけてくる。
「それなら、僕が外側に寝てもいいか?たまに、水を飲みに起きるかもしれないから」
「えっ」
なぜか、ラトはやけに驚いた様子を見せた。
ベッドが一つ、毛布も一枚しかないのならどちらかが内側、どちらかが外側になるしかないと思ったのだが。
何か、変な事を言ってしまったのだろうか。

「ま、まあ・・・リツさんが、そうしたいんなら、別にいいよ。
・・・ボク、奥に行けばいいんだね」
そう答えたものの、ラトはまた視線を泳がせている。
ラトも、外側がよかったのだろうか。
それなら交代しようと提案しようかと思ったが、ラトはすでにベッドに乗り上げ、端に寄っていた。
僕は毛布をかけ、ベッドに乗って、柔らかい枕に後頭部を預ける。
ラトも、横になってはいたのだが、その位置はかなり端に寄っていて、体が壁につきそうになっていた。

「そんなところで寝たら、首を痛めるぞ」
ラトは端に寄りすぎていて、枕の上に頭を乗せられていない。
奥に行ってほしいとは言ったが、そこまでぎりぎりに寄ってくれと意図したわけではなかった。


「窮屈かもしれないけど、枕を使った方がいい」
毛布を買うのに手一杯で、買い出しのときは枕が一つしか買えなかった。
多少狭苦しくはなるが、眠れないほどではないと思う。
窮屈でも、枕を使った方が楽に違いないのに。
ラトは変な所で遠慮しているのか、枕に頭を乗せたものの、それもまた端のほうだった。
一回寝返りをうてば、落ちてしまいそうな位置だ。
なぜ、このときに限って、こんなに遠慮しているのか。
ここはお互い二人の住居なのだから、もっと悠々と使えばいいと、僕はラトの腕を引いた。

「わ、わかった、わかったから、そんなに引っ張らないでよ。肩が痛んだらどうするつもり?」
「あ、そうか。ごめん」
肩に支障をきたしてはいけないと、僕はさっと手を離した。
ラトは一瞬だけ視線を泳がせたが、やがて枕にどさりと頭を乗せた。
僕ももう寝ようと、少し中央に身を寄せる。
自ずとお互いの肩が触れ、ラトの温度が伝わってきた。


「・・・体、少し冷たくなってるな」
僕を待っている間に湯冷めしてしまったのか、その肩は洗面所で触れたときよりだいぶ冷えているように感じられた。
「・・・別に、普通だよ」
そう言うと、ラトは壁の方へ寝返りをうって顔を背けた。
湯冷めさせてしまったせいで、機嫌を損ねてしまったのだろうか。
ならば、せめて冷えた体温を温めようと。
僕はラトの後ろから両腕をまわし、その体を抱きしめた。

「え・・・っ」
突然のことに、ラトは驚いたような声を発した。
やはり、体が少し冷たい。
僕は両腕に少し力を込め、ラトの身を引き寄せた。

「っ・・・」
お互いの体が密接すると、ラトはわずかに身じろいだ。
僕は風呂から上がったばかりなので、その体温を不快には感じていないと思うが。
こうして束縛されることは、嫌なのだろうか。

「こうしてると、寝づらいか?」
「・・・別に。リツさんがそうしていたいんなら、そうしてればいいよ」
少し返答に間が開いたが、どうやらこの体勢が嫌だというわけではなさそうだった。
だんだんとラトも温まってきているのか、僕の体も心地良い温かさを感じるようになってくる。
すると、ふいに腕をそっと掴まれた。
手を解こうとしているわけではなく、ただ触れているだけだった。
僕は、腕に感じる温もりを感じつつ、目を閉じる。
今、この瞬間に、幸福感を覚えながら。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
いつの間にか、かなり長い出来となってしまいました。
ここから、本格的に密接し始めます。
多少、展開が早いところもあるかと思われますが。
最終的には、やっぱりいかがわしい方向へ行く予定です←。