軍事国家 番外ラト編3


ラトと共に暮らし初めて、早一週間。
たまに街へ出かけたり、辺りを散策して一日を過ごす時間は、まさに平穏だった。
その平穏を楽しんでいる中、僕はふと彼のことを思い出した。
軍部に残った彼は、どんな日常をおくっているのだろう。
僕にとって数少ない、関わり合いのあった人物だからか。
だんだんと、彼の暮らしぶりを見てみたいと思うようになっていた。
だから、僕はラトにこんな提案をなげかけていた。

「ラト。今日、軍部へ行ってみようかと思うんだけど、一緒に行かないか?」
この一週間、僕等が別れて行動することは滅多になかった。
なので、何も言わずに一人でふらっと行くべきではないだろうと、そう誘いかけたのだが、ラトは露骨に嫌な顔を見せた。

「・・・今更、軍部なんかに行きたいなんて、つくづく物好きだね。
ボクは行かない。どうしてもって言うんなら、ご自由にどうぞ」
ラトはぶっきらぼうにそう言い、背を向ける。
やはり、肩を負傷したことが気がかりで、戦えない者が軍部に行くのは抵抗があるのだろう。

「じゃあ、行ってくるよ。なるべく、早く戻るようにする」
ラトは振り返らず、全くの無反応だった。
肩を負傷したときに、軍部で何か言われたのかもしれない。
一緒に行動したいという思いはあったが、僕は一人で軍部へ向かった。




懐かしくも思える、堅い城壁が見えてくる。
街中より空気は張り詰めているが、戦争があった頃よりはだいぶ緩和されている気がした。
部屋の配置換えがされていないこと願い、彼の部屋へ向かう。
扉の前に着くと、いきなり開けることはせずノックをして所在を確かめる。
すると、ものの数秒で扉が開いた。

「リツ・・・」
扉を開いた彼は、僕を見て目を丸くしていた。
「お久しぶりです、ハルさん」
軍部にいた頃の名残で、軽く敬礼をする。
彼はというと、敬礼よりも先に僕の腕を引き、部屋の中へ招いた。
殺風景な部屋の構造は、まるで変わっていない。
まだ一週間しか経ってないから代わりようなどないかもしれないが。
変化のないその場所に、僕はどこか安心していた。

そのまま手を引かれ、ソファーに腰を下ろす。
そして、彼が隣に腰かけたとたん、突然、強く抱きすくめられた。
何事かと思い、僕は少し身を固くしたが。
彼のこの行動は、近親と思える相手との繋がりを求めているのだと。
そうわかっていたから、抵抗しなかった。


「・・・まさか、キミが訪ねてきてくれるなんて、思っていなかった」
僕は、彼の背に、そっと腕をまわした。
ラトは弟のように思えるが、彼はまるで兄のように思える。
不安感を思わせる兄を慰め、受け止めるように、彼にまわしている腕にわずかな力を込めた。
彼とは、幾度となく交わしてきた抱擁。
安心感を与えてくれる温もりは、何とも幸せなものだった。

やがて、彼が力を緩めたので、僕も腕を離す。
それからは、お互いの近況や、とりとめのない会話を交した。
気付けば数時間が経っていて、ラトが退屈しているかもしれないと思い、腰を上げる。
彼は一瞬、物寂しげな表情をしたが、僕を引き止めることはしなかった。

門の外まで、彼と共に歩く。
ここから先、防衛員の彼は進むことができない。
「今日は・・・来てくれて、ありがとう。もし、気が向いたら、また来てくれるか?」
「はい、また来ます。ハルさんと話すことも、楽しかったので」
以前は、人と会話を交わすことなんて煩わしいことだと感じていたのに。
今は、真逆のことを思うようになっている。

それは、僕が人の温かみを知ったからだと思う。
他者と接することの楽しさ。
それを教えてくれたのが、ラトだった。
ラトがいなかったら、僕は彼と話すことさえ億劫に感じるようになり、ずっと、一人でいたかもしれない。
他者といることの喜びを感じることのないまま、ずっと。


「・・・じゃあ、僕は帰ります」
ラトのことを思い浮かべると、早く帰らなければという焦燥感を覚える。
僕はきびすを返して、帰路を辿ろうとした。
その瞬間、強い力で、肩を掴まれる。
そして、気付いたときには僕の体は反転していて、彼と、唇が重なっていた。

「っ・・・」
驚き、僕は一瞬目を丸くする。
はたから見れば、想い人同士がする行為。
けれど、彼は僕に対してそんな感情を見出してはいない。
あくまで、これは他者との繋がりや温かみを感じる為にしていること。
だから、僕はこの行為にも抵抗しなかった。

重ねられている、柔らかな感触は拒むべきものではない。
それは、相手に受け入れられていることを示し、安心感を与えてくれるもの。
そんな安心感を覚え、僕はゆっくりと目を閉じていた。


数秒で、お互いが身を離す。
彼はどこか気まずそうな、申し訳なさそうな表情をしていた。
滅多に見られないそんな彼の様子に、僕はわずかに笑みを見せる。
それに安心したのか、彼もやんわりと笑った。
作られたものではない、自然な笑顔で。

そして、僕は今度こそ帰路を辿るため、彼に背を向ける。
そのとき、遠くの方に人影が見えた。
遠くてよくはわからなかったが、気のせいだろうか。
どこか見覚えのある様な、そんな背が見えたのは。




「ただいま」
家に帰ってきたが、人の気配が感じられなかった。
リビングにも、キッチンにもラトの姿はない。
暇をして、一人でどこかへ出かけたのだろうか。
それとも、昼寝でもしているのかもしれないと、僕は寝室の扉を開いた。

どうやら後者の考えが当たっていたようで、ラトはベッドの上で毛布にくるまっていた。
あまり寒い季節ではないのに、ラトはまるで自分の体温を逃すまいとしている猫のように丸くなっている。
もしかしたら体調が悪いのかもしれないと、僕はそこへ近付いて行った。


「・・・何で、帰ってきたの」
人の気配を感じたのか、丸くなったまま問いかけてくる。
意味がわからず、僕は歩みを止めた。
「あのまま、軍部に残ればよかったのに」
「・・・ラト?」
同居しているのだから帰ってくるのは当たり前なのに、ラトはそんなことを言う。
僕が留守の間に何があったのだろうかと、とたんに心配になった。

「ラト、どうしたんだ?そんなことを言うなんて・・・」
「リツさんは、あの人のことが好きなんでしょ!だから、軍部に会いに行って・・・。
・・・そのまま、あの人と一緒に暮らせばいいじゃないか!」
背を向けたまま、ラトは叫んだ。
見られていたのだ。
帰り際に、彼としたことを。


「ラト・・・あれは、ラトが思ってるような行為じゃないんだ」
こんなこと、言い訳にしか聞こえないと思う。
それでも、誤解を解かなければ、ラトと仲違いをしてしまう。
数少ない、大切だと思える存在といさかうことは、苦痛を覚えること。
僕は訳を話そうと、丸まっているラトに近付き、ベッドに腰を下ろした。

「僕と彼は、愛し合ってあんなことをしたんじゃない。
彼はただ、相手の温かみを求めているだけなんだ」
「・・・でも、リツさん、あの人を少しも拒まなかった。
リツさんは、誰とでもああいうことできる人だったの?」
ラトの声は、刺々しい。
けれど、そこには相手を攻めるような刺だけではなく。
自分の感情を押し殺しているような、抑制も含まれている気がした。

「違う。どうでもいい人とはできない」
「じゃあ、やっぱり、リツさんはあの人のことが好きなんだ」
好きじゃないと言えば、ラトの機嫌が少しはよくなるかもしれない。
けれど、好きということを、否定はできない。
彼を好意的に思っていないと言えば、嘘になるから。

「否定しないんなら・・・それなら、さっさと軍部に戻ればいい、あの人と一緒にいればいいんだ」
後半、その声は震えていた。
表情は窺えなくとも、声だけでわかる。
ラトは、必死に強がっているのだと。
不安感に押し潰されないように、ぶっきらぼうな言葉で必死に自分を保っているのだと。


「ラト・・・」
名を呼んでも、こっちを向いてはくれない。
毛布にくるまり、自分を庇護するのが精一杯なのだ。
そんな姿を見ていると、痛ましくなる。
不安感を押し殺している姿を、見ていられなくなる。
だから、僕は丸くなっている小さな体を、両の腕でしっかりと、庇護するように抱きしめていた。

「ぅ・・・」
ラトは、わずかに肩を震わせる。
僕は、毛布の上から締め付けない程度に、強くラトを抱いていた。
「っ・・・離してよ」
腕の中で、ラトが身じろぐ。
けれど、僕は逆に、さらにラトの体を引き寄せた。
ラトは必死に縮こまり、自分を守ろうとする。
そんなに委縮しなくても、僕が庇護して、安心させてあげたい。

「・・・僕が、傍にいるから。だから、そんなに頑なにならないでくれ」
強がりなんて、言わないでほしい。
素直な言葉が聞きたい。
僕は半ば無理矢理毛布をはぎ取り、ラトを仰向けにした。

やっと、視線が交差する。
その表情は、困惑していた。
迷っているのかもしれない。
このまま、強がりを貫き通すか。
それとも、本心を言ってみるのか。

迷っているのなら、その要因を取り払ってしまえばいい。
強がらなくてもいいように、安心させてあげたい。
その方法は、彼から教えられていた。
相手にも、自分にも、心地良い安堵感を与える方法を。

僕は、ゆっくりと身を下ろしてゆく。
ラトの目を、じっと見詰めながら。


「リ、リツさん・・・?」
ラトの表情に、焦りがうかがえる。
自分が何をされるのかわからないから、焦っているのか。
それとも、わかっているから焦っているのか。
けれど、そのどちらにしても、僕はこの行動を止めようとはしなかった。

怯えさせないように、拒む猶予を与えるように、徐々にラトに近付いてゆく。
視線はずっと合わせたままで、どんなに近付いても、ラトは顔を背けなかった。
拒まれていないと、実感した瞬間、僕は、ラトと重ね合わせていた。
言葉を発する、その箇所を。

「っ・・・ん・・・」
ラトは一瞬身を震わせたが、抵抗することはなかった。
柔らかな個所から、お互いの体温が伝わってゆく。
ただ、手で触れるだけとは違う。
こうして重なり合うと、もっと大きな安心感に包まれる気がする。

こんな大それたことをしても、拒まれない。
お互いを許している思いが、触れていてもいいという安心感を、与えてくれるのかもしれなかった。

身を離すと、ラトは驚きと戸惑いが交じったような表情で僕を見上げていた。
突然こんなことをされて、驚かない方が無理だ。
僕は、拒まれなくて安心したという思いがあったが。
その他にも、何かを感じていた。
体温を、ほんのりと温かくさせるような。
心音を、わずかに強くさせるような。
そんな感覚が、僕の中に芽生えてきていた。


「リツ・・・さん・・・」
いつもはきはきとしている口調とは裏腹に、控えめな声で呼ばれる。
ふと気がつくと、ラトの頬はいつもより紅潮していた。
強気な視線も消え、まだ戸惑いを隠せない瞳に見つめられる。
なぜか、瞬間的に心音が高鳴った。
いつもとは違うラトの姿を見て、形容しがたいものが胸の内に湧き上がっているのを感じる。
ラトが、このまま拒まないのなら、もっと触れてしまいたいと、そんな思いにかられる。

ラトは至近距離にいる僕を見詰め、視線を逸らさない。
僕は、まるでその瞳に引き込まれるように、再び、ラトの唇を塞いでいた。

「ん・・・」
お互いが重なると、ラトはゆっくりと目を閉じる。
安心しているのかもしれないと、僕は少し深く、自らを重ねていた。
「んん・・・っ・・・」
圧迫感を覚えたからか、ラトがくぐもった声を出す。
苦しませてはいけないと、僕はさっと身を離した。

「・・・ごめん。苦しかったか?」
労わるように、ラトの髪をそっと撫でる。
ラトは肩で息をし、どこかぼんやりとした表情で僕を見上げていた。
その表情を見ると、また感じるものがある。
体温が上がっているのか、ほんのりと頬が赤くなり。
強気な視線ではない、好意を含まれているような視線に。

もっと、触れたくなってしまう。
それこそ、拒まれるであろうというところまで。
このままここにいれば、その思いは抑えきれなくなる。
直感的にそう感じた僕は、何も言わずにベッドから下りようとした。


「・・・リツさん」
呼び止められて、動きが止まる。
名を呼ぶその声も、いつもとどこか違っていた。
今度は僕が戸惑いがちに、ラトを見る。
すると、瞬時に腕が取られ、思い切り身を抱き込まれた。

「ラト・・・?」
こうして腕をまわされると、どこか嬉しくなる。
けれど、いつもの抱擁にはない違和感を覚えた。
下肢の方に、何かが触れている。
すぐには、それが何なのかさえわからなかった。

「人のこと、こんなふうにしておいて・・・それで、逃げるなんて許さないよ」
ラトが、より体を密接させようと、腕に力を込める。
下肢に触れているものが、さらにはっきりと感じられてくる。
もしかして、これは、ラトが反応していることを示すものなのではないだろうか。

以前に、軍部で教わったことがある。
ある種の感覚を覚えると、そこに血液が集中して、そして反応すると。
ラトは今、まさにそんな状態になっている。
安心させようと、僕が重ね合わせたばかりに、ラトは、欲を覚えてしまった。


「・・・このまま、放っておかれたくない。
リツさん・・・・・・ボクに、触れて・・・」
熱を帯びた吐息と共に、耳元で囁かれる。
心音が、一瞬高鳴った。
望まれている。
反応を示しているその箇所へ、触れることを。

「いいのか、そんなこと・・・」
「何度も恥ずかしいこと言わせる気?。
嫌ならいいよ。その代わり、どんな形で落とし前つけさせてもらうかわからないけど」
ラトは、ふてくされるように、投げ槍に言った。
「・・・嫌じゃない。ラトが、そうしてほしいんなら・・・僕は、望み通りにする」
意図的ではないとはいえ、僕の行為で反応させてしまったのなら、ラトの望むことをしようと思う。
それに、その箇所へ触れることが、僕は微塵も嫌だとは思っていなかった。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
だんだん、一週間に一本更新するのが難しくなってきましたorz。
次回はやっぱり背後注意のターンです。