隣国と敵対している、とある軍事国家。
その勢力はほとんど拮抗しており、小競り合いが頻発していた。
度々ぶつかり合う、竜の国旗と獅子の国旗。
その拮抗は、まもなく崩れ去ることになる。
―軍事国家―
広々とした部屋に、僕は一人で座っていた。
ここは軍の食堂として使われ、いつもにぎわっている。
話し声は、全てが男性。
自らの命を危険にさらす軍事に関わる女性は、この国では少なかった。
「あ、リツさん。またそんなもの食べてる」
どこか幼さが残る声が、耳に届く。
声の主は、遠慮なく隣に座った。
「別に、僕がどんなものを食べたって自由だろ」
目の前にある皿の上に乗っているのは、サイズの小さいケーキ類。
定番のショートケーキ、ガトーショコラ、チーズケーキと色彩豊かに並んでいる。
「そんなに甘いものばっかり、まるで女子だね」
呆れるような、からかうような、そんな毒が吐かれる。
きれいに並んだケーキに、セットのコーヒー。
確かに、どこかのお茶会と言われても、違和感がないかもしれない。
「ラト・・・だから、どんなもの食べていたっていいだろ。君に迷惑をかけているわけじゃない」
僕は溜息交じりで、隣にいる人物にそう諭した。
「ま、そうだけどさ。でも、珍しい人だとは認識されるよね」
確かに、皿に三種類もケーキを乗せている軍人なんて、他にはいない。
知り合ってこのかた、ラトの発する言葉に、毒が含まれていないことは滅多になかった。
いつも、この少年は何かしらにつけて嫌み事を言ってくる。
その性格を、良く思わない者は少なからずいることだろう。
「それより、もうすぐ演習が始まるよ。そんなもの片付けて、さっさと行こう」
「はいはい・・・」
ラトにせかされ、早めにフォークを動かす。
体を動かす演習の前に甘いものを食べるのは、日課になっていて。
演習で疲れて、胃が食物を受け付けなくなる前に好物を食べてしまいたかった。
ラトがせかすので、いつもより早く食べ終わり、皿を片付ける。
「早く行こう。じゃないと、リツさんが大好きな人の演習、見逃しちゃうよ」
「・・・そんなんじゃない。ラト、しばらく黙っていてくれないか」
「はーい」
僕の反応を見て楽しんでいるのか、ラトはにやにやと笑っている。
反応も何も、こんな仏教面を見てなぜ楽しいのかわからない。
何だかんだ思いつつも、僕はラトと共に演習場へ向かった。
演習が始まる10分前、演習場は少しざわついていたが、全員整列していた。
「リツさんがあんなもの三個も食べてるから、ボク達また最後だよ」
ラトはあまり甘いものを好まないので、甘いもの全般を「あんなもの」と言う。
多種ある甘味をそうして一括りするのはどうかと思うが、人の好みはどうしようもない。
「でも、早く来すぎて退屈するよりはいいだろ?」
遅刻厳禁の演習でも、20分、30分前に来ることはそうそうなかった。
いくら早く来ても、演習が始まる時間は変わりない。
それなら、自由時間を満喫した方が有意義だ。
ラトはどうやら、違うようだが。
「そんなこと言って、もし遅れたらボクまで上官に白い目で見られるんだからね。
リツさんはただでさえ食べるペースが遅いのに、デザートまできっちり食べるんだもんな」
演習開始の時間が迫ってきているからか、ラトは早口でまくしたてた。
「演習の後は、食べたくても食べる気がしないんだ。仕方ない」
「だからって・・・」
ラトは何かを言いかけたが、そこで口を閉じた。
同時に、周囲のざわつきもなくなった。
「これより、模擬演習を行う」
通りの良い上官の声が、僕等のいる最後尾まで届いてくる。
さっきまでしきりに話していたラトは閉口し、真剣な眼差しで上官を見ていた。
時間を守り、集中すべきときは集中する。
こうして見ていると、見た目はいたって優等生なのに、なぜ口調はああも毒を含んでしまうのか。
それさえなければ、もっと交友関係が広がるに違いなかった。
「前列二組から、模擬戦を行う。他の者は下がって見ているように」
上官の、静かで凛とした声に従い、全員が動く。
そして、先の二組が演習場の中央に残った。
「それでは、始め!」
間髪入れない合図と共に、模擬戦が始まった 。
模擬戦は、二人一組のペアで行う。
いざ戦争になったときも、この二人で動くのが自国の方式だった。
武器は、基本的には刀だが、自分に適しているものなら別のものでも構わない。
今、戦闘している中の一人は、二本の小型ナイフを使っていた。
刃のぶつかり合う音が響き、緊張感が走る。
中には、昂揚感を覚えている者もいるかもしれない。
模擬戦だからといって、安全な刀を使うわけではなく。
戦闘時の緊張感を忘れぬよう、使用する武器はほとんどが本物だった。
「そこまで!」
上官の声に、二組はぴたりと動きを止める。
その内の一人には、銀色に光る刃が、今にも突き刺さらんとしていた。
上官が演習を止めるときは、制限時間が来たときと、今の様に片方の組があきらかに「負け」と判断できるときだ。
軽い切り傷程度で終わりはしない。
演習とは言え、これは戦いなのだから。
「次の組、前へ」
上官に呼ばれ、待機していた組が中央へ移動する。
僕等はたいていギリギリに来るので、一番最後が多かった。
たとえ最初に演習が終わっても、最後の組が終わるまで待っていなければならない。
それならばやはり、時間ギリギリに来たほうがいい。
順番が回ってくるまでの時間は、あまり有意義なものではないけれど。
一時だけ、集中できる時間があった。
「では、次の組」
いつのまにか前の組が終わり、人が入れ替わる。
そこには、特徴的な髪型をした、彼がいた。
軍帽から、尖っているような金髪が飛び出している人。
その人には対となる相手がおらず、いつも一人で演習に望んでいた。
「始め!」
そのことは、上官も、ここにいる全員も周知のこと。
それでも、誰も咎めなかった。
彼はいつも、二人組相手を難なく「負け」の状態にしてしまうから。
「そこまで!」
開始から数分で、上官の声が響く。
彼は、あっという間に相手の喉元に刃をつきつけていた。
傷を付けられたことなど、一回も見たことがない。
それほど、彼は強かった。
自分の番が終わると、彼はすぐにきびすを返して壁にもたれかかる。
疲れているわけではなく、演習を見学することなんて、自分にはほとんど無意味なものだと。
まるで、そう主張しているように見えた。
一匹狼のような彼に、僕は自然と視線を移していた。
壁にもたれている彼を見ていると、ふいに背中を軽く叩かれた。
隣を見ると、ラトが訝しそうな表情で僕を見ていた。
そろそろ順番がまわってくるから、ぼんやりしてないで集中しろ、と言いたいのかもしれない。
僕は彼から視線を外し、また模擬戦を見続けた。
「最後の組、前へ」
模擬戦は淡々と進み、ようやく自分達の番がまわってきた。
僕等は中央へ進み、刀に手をかける。
ラトは刀ではなく、演習用に作られた銃へ手を伸ばす。
ラトは力が弱いからか、刀をあまり好まず、小型拳銃を選んでいた。
しかし、それを演習で使ってしまえば相手を即死させる危険性がある。
止めようにも、上官も、弾丸の早さにはついていけない。
だから、演習のとき、ラトは実弾ではなくゴム弾を使っていた。
「それでは、最後の模擬戦を行う。・・・始め!」
開始の合図と共に、僕は刀を抜き、ラトは後ろへ飛び退く。
今回の相手は二人とも刀で、僕はその内の一人と対峙した。
視線を合わせると、すぐに刃がぶつかり合う。
もし、背後からもう一人に切りかかられたらひとたまりもないが、ラトがそれを許さない。
「そこのお兄さん、背後から迫るなんて、そんな卑怯なことしないよね」
ラトが嫌味ったらしい口調と共に、ゴム弾で足先を撃って、挑発する。
それは、やられた側はかなりいらつくものらしく、その相手はラトへ向かって行った。
一対一になれば、負けはしない。
僕は一旦後ろへ飛び退き、距離を空ける。
相手はすぐに距離を詰め、再び切りかかろうとする。
その瞬間、背後から聞こえる、軽い銃撃音。
ラトの放ったその弾は、刀を握っている相手の手へと、真っ直ぐに進んで行った。
「いっ!?」
突然、手に感じた痛みに、相手は怯む。
ゴム弾と言っても、それは結構な圧力で噴出される。
血は出なくとも、青痣を作るくらいは容易い威力だ。
相手が怯んだ隙に、僕は切りかかる。
刃は首元を捕らえ、柔らかな肉に突き付けられた。
「そこまで!今日の演習は、これで終了とする」
最後の組が終わると、上官は早々に解散の号令をかける。
僕は刀を鞘に納め、ラトは拳銃をしまう。
相手からは、どこか恨みがましい視線を感じたが、特に気にならなかった。
「リツさん、お疲れ様。今日は楽だったね」
相手に聞こえる距離なのに、ラトは堂々とそんなことを言う。
再び視線を感じたが、気付かないふりをしていた。
「この後、一緒にトレーニングでもしない?何だか、不完全燃焼って感じで物足りないんだ」
ラトは、続けてそんなことを言った。
ラトは、その時その場所で言葉を選ばない。
物足りなかったなどと、相手が去ってから言えばいいものを。
正直で、建て前を使わないところは好ましい。
けれど、その物言いに注意しなければ、多くの敵を作ってしまう。
「・・・そうだな、付き合うよ」
僕は早くこの場から去るべく、すぐにラトの提案に乗った。
「じゃあ、庭に行こう!」
ラトに背を押され、出口へとせかされる。
演習場を出る前に彼を探したが、もう見当たらなかった。
庭に出た僕は、早速刀を取り出して素振りを始める。
ラトはゴム弾の拳銃で、壁の一点を連続して撃ってゆく。
少し物足りなさそうにしていたが、銃撃音がうるさく、弾代もかかるので本物は持たせてもらえていなかった。
その分かなり精巧に作られているので、安定性は立派なもの。
素振りの間にたまにラトの方を見るが、壁の一点から少しも狙いは外れていないようだった。
銃を主要の武器とするラトは、軍人の中でも珍しい。
弾切れになれば、もう役にたたなくなる。
そして、遠くからこそこそと相手を狙い撃ちするなんて卑怯だと、そう言う者もいる。
それでも、ラトは拳銃を手放さない。
その理由は、力がないからだとそう言っていたが、それだけではないような気がしていた。
「リツさん」
ふいに呼びかけられ、素振りを止めてラトの方を見る。
すぐに言葉が飛んでくるかと思ったが、ラトは閉口していた。
「リツさん、今日・・・」
ラトは何かを言いかけ、そこで再び閉口した。
上官の命令なしにラトが閉口することもあるのかと、不思議に思う。
「・・・何が、そんなに言いにくいんだ?」
ラトはそれでも閉口していたが、やがてぱっと口を開いた。
「今日・・・・・・ボクのサポートどうだった?。
相手の手に一撃、まあ、今回はがっかりだったよねー。あっという間に終わっちゃってさ」
ラトは、早口で一気にまくしたてた。
どこか焦っているような、そんな口調で。
「・・・ああ、そうだな」
僕が返した答えは、それだけだった。
元々、あまり会話を流暢にすることがないので、ラトのペースにはついていけない。
それでも、一緒に居るのが自分でも不思議だった。
ただ、ラトに巻き込まれてしまっているだけなのかもしれないが。
「・・・あーあ、がっかりしたからか、今日はあんまり気分が乗らないや。リツさん、また明日ねっ」
ラトはまた早口でそう言い、走り去ってしまった。
自分から誘っておきながら、早々に帰ってしまう。
その後、僕は汗をかくまで素振りを続けた。
走り去ったラトを、気に留めることもなく。
―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
軍服好きすぎて書いてみた、そんな話です。
今回は一応、最後まで話をまとめられているのですが。
モチベーションがそこまでついてきてくれるかが問題です(汗)
キャラ設定は相変わらずないので、自由に想像して下さい。
でも、一応設定が欲しいという方は→をどうぞ。
リツ
年齢は18歳、あまり周囲に興味がなく、ドライな性格。
一人でいても、友人と居てもどっちでもいいと思うタイプ(今現在は)。
もう、ヘタリア設定のリンセイと同じような外見です、軍服です。
ラト
年齢は17歳、意識せずとも口調に毒が含まれる癖がある。
髪の色は茶色で、外見は童顔。
髪型はリツに似ていて、やっぱり軍服。
次の話では、もう一人キャラクターを出す予定ですので、そちらのキャラは次の話で紹介させていただきます。