軍事国家2


今日は、演習がない日だった。
休日、と言ってもいいかもしれないが、実質はそうではない。
義務的な訓練はないにしても、召集がかかれば飛んで行かなければならない。
自由に外へ出ていい日は、上官の気まぐれで決められる。
暇を持て余した者は来るべき戦いの日まで自らを鍛えるので、演習がなくとも訓練していることに変わりなかった。

僕はというと、昼食の時間をずらし、ゆっくりと食事をとっていた。
食堂は、ピーク時はかなり賑わい、騒がしすぎる。
だが、時間を一時間もずらせば、とたんに人は減り静かになっていた。
僕はまた今日も、デザートとして皿の上に三種のケーキを乗せ、味わおうとしていた。

そのとき、部屋の扉が開き、人が入ってきた。
ちらと視線を向けると、フォークを掴んだ手が止まり、目は数回瞬く。
演習のときに見る、軍帽からはみ出たあの髪。
視線の先にいるのは、一匹狼の彼だった。

彼はカウンターから何かを受け取ると、さっときびすを返して席を見渡す。
皿の上に乗っていたのは、僕と同じ、ケーキの三種盛りだった。
彼も同じものを食べている相手がいることに気付いたのか、一瞬目をしばたかせていた。
そして、彼は革靴の音を響かせて、僕の、隣へ座った。


「まさか、オレと同じメニューを頼む人がいるなんて」
彼は、僕の皿の上のケーキと自分の頼んだものを見比べて言った。
彼同様、僕も驚いていた。
小さいとはいえ、食後にケーキを三種類も食べる甘党なんて、僕くらいのものだと思っていた。
てっきり、一人でいることが好きなのかと、そんな印象を受けていた相手に話し掛けられ、少し緊張する。

「君も、かなりの甘党なんだ。ここじゃあ、オレと同じく珍しい人種だな」
「あ・・・はい」
僕は、呆けた返事をする。
演習以外で彼を見るのは、初めてだった。
そもそも、賑わっている講堂などへ自分からは行かないので、会えなかっただけかもしれないが。

「君は確か・・・演習のとき、銃使いの子と一緒にいるね。名前は、リツだっけ?」
「はい、そうです」
自分の名前を言い当てられ、僕はまた驚いた。
けれど、いつもラトに名を呼ばれているのを思い出すと、知られていてもおかしくはない。
会話を弾ませるわけでもなく、僕は機械的な返事をした。
ラトとは違い、僕は会話の続け方がよくわからない。
だから、問われたことに答えると、会話が終わる。
そのせいで、僕の交友関係はかなり狭かった。


彼が僕を見たまま、沈黙が流れる。
何か話そうかと思っても、話題が浮かんでこない。
変な話題を投げかけて気まずくなるのも何なので、ケーキの方に視線を落とした。
「やっぱり、イメージ通りだった」
食べようとしていたところでふいに話し掛けられ、視線を戻す。

「銃使いの子とは両極端な感じだから、目についたんだけど。いつも、あの子に振り回されてる感じだ」
「まあ・・・そう、ですね」
正直な答えに、彼はくすりと笑う。
笑顔というものは、自分が相手に敵意のないことを示すものだけれど。
彼のその笑顔には、どこか違和感があった。

「君は、一人でいることが多いのかい?」
「はい。ラトといるとき意外は、基本的に」
自分から交友関係を広げようとは思わない。
ラトは、むこうからしきりに話しかけ、くっついてくるので相手にしているという感じだ。
突然ラトがいなくなっても、僕は何とも感じないのではないかと思う。
そう思えるほど、僕は周囲に興味がなかった。

「少し、近寄りがたい雰囲気があるね。オレと同じで」
「そうなんですか」
そうは言われても、実感がわかない。
人と接することをあまり必要としていないからか、そんなもの意識したこともなかった。
それならそれで、特に支障はないのだが。


話しが途切れたところで、僕はケーキを一口大に切る。
彼の話を待ったほうがいいかとも思ったが、自分のペースを乱されるのは嫌だった。
「あ、それ、頼もうとしたら品切れだったやつだ」
切り分けたケーキを口へ運んだところで、また話しかけられた。
対応しなければならないと、僕は咀嚼もそこそこに口の中を空にする。
彼の皿をよく見ると、一つだけお互いに種類の違うものがあった。

僕が食べたのは抹茶のケーキで、彼の皿の上にはシフォンケーキが乗っている。
どうやら、抹茶のケーキは僕が頼んだのが最後だったようだ。
「それ、一口くれないか?」
彼は、抹茶ケーキを指差して言った。

「はい、いいですよ」
僕はそれだけ承諾して、一口分だけ残そうとまたケーキを口へ運ぼうとする。
しかし、突然隣から腕をとられ、フォークがあらぬ方向へ向いた。
何をするのかと驚いた瞬間、ケーキは彼の口に含まれていた。
目を見開いて、彼を凝視する。
しかし、彼は平然とフォークを放し、咀嚼していた。

「ごちそうさま」
僕は、目を丸くしたまま言葉を返せなかった。
使った後のフォークを、そんなに易々と奪われるなんて思っていなかったし。
彼がそれを躊躇いなく口に含んだことに、最も驚いていた。


「お返しに、オレからも一口あげるよ」
彼は一口大に切ったシフォンケーキを刺し、フォークごと僕の目の前に突き出した。
目の前にあるフォークを取ろうとしたが、彼に腕を止められる。

「ほら、口開いて」
「え・・・」
冗談を言っているのかと、最初は疑った。
けれど、彼の口調はいたって真面目で、本気としか思えない。
どうしようかと、少しの間硬直する。

幼い子供ではないのだから、相手に食べさせてもらう必要がどこにあるのだろうか。
だが、そんな疑問を問うのは面倒で、僕は諦めたように口を開いた。
彼は少し意外そうにしながらも、ケーキを中へ運ぶ。
そうして、柔らかな生地を租借している間、彼にじっと注視される。
なぜか気が落ち着かず、味を十分に感じられなかった。


その後は、お互い食事に集中し、会話を交わすことはなかった。
もう話すことはないのだろうかと思ったが、皿の上が空になったとき、彼は話を再開した。

「今日、これから暇なら、ちょっとつきあってくれないか」
その頼みごとに、一瞬虚をつかれる。
彼は、一匹狼のような存在だと思っていただけに意外だった。
「構いませんけど、僕と居てもつまらないと思いますよ」
僕は、ただ質問されたことに答える術しか持っていない。
積極的に話し、周囲と同調して笑いあうことなどできないので、最初にそう断っておいた。

「それはオレが判断することだ。じゃあ、来てくれ」
彼が立ち上がり部屋を出ると、僕はそれに続いた。




彼と共に外へ出て、しばらく歩く。
辿り着いた場所は、広い草原だった。
「外に出てもいいんですか?いつ召集がかかるかもわからないのに」
「たぶん、今日は召集がかかることはないよ。そんな気がする」
もし、召集がかけられていたら、上官から大目玉をくらう。
彼の言葉は根拠がないはずなのに、なぜか信用していた。

草原の空気は、部屋とはまるで違う。
人の気配が感じられない、静かな場所にいると気が落ち着く。
解放的な景色が、そう思わせているのかもしれない。

「静かで、良い場所だと思わないか」
「はい。解放的で、良いですね」
暖かい日に、ここに寝転がったらどんなに心地良いかと思う。


「けれど、ここもいずれは血で染まってしまう」
彼の声は平坦としていたが、憂いが込められているように聞こえた。
合戦地に選ばれてしまえば、どんなに美しい場所でも汚れてしまう。
けれど、ここが合戦地となったところで、自分の生活が乱されるわけでもない。
だから、僕は彼の憂いがよくわからなかった。

「君は、くだらない小競り合いが早く終わってほしいと思うかい?」
「戦争が、終わる・・・」
その問いに、すぐには答えられなかった。
小競り合いとは言え、戦争なのだから、死者が出ることは珍しくない。
普通なら、そんな悲しいことは終わってほしいと望むのが普通だ。

けれど、そうは答えられない。
戦争が終われば、軍人達はお役御免になり、軍の施設に住み続けることはなくなる。
そうなったら、僕はどうしたらいいのだろうかと不安になる。
僕には、軍以外に帰る場所がないのだから。


「・・・そうですね」
建て前で、そう答えておいた。
否定的なことを言えば、不謹慎な奴だと非難されるかもしれない。

「ああ、普通は・・・そう言うに決まってるよな」
彼の言葉に、また憂いが含まれたような気がする。
そこで、会話が止んだ。
気まずいとは思わない。
沈黙は、楽でもないが苦でもない。
そんな時間の過ごし方には、とうに慣れていた。


「リツ。オレと、知り合いにならないか」
沈黙を破り、彼が突然提案した。
「知り合いに?」
誰かが誰かへ、友達になろうと、申請することはあるのかもしれない。
しかし、知り合いになりたいなどとは初めて聞いた。
突拍子のない提案に、僕はどう答えたものか考えていた。

「君は友達なんて、べたべたした関係を望むタイプじゃない。
けれど、知り合いなら面倒になったとき簡単に関係を切れる。
お互いに丁度いい距離感だと思うんだけど、どうかな?」
彼の言葉は、僕の性格を言い当てていた。
他者に好意を持ち、友人になったら、その相手が鬱陶しくなっても、簡単に縁を切れなくなる。
けれど、お互いをあまり気に掛けない距離間なら、いつでも他人に戻ることができる。
それは、とても安全で好ましいことだった。


「・・・そうですね、知り合いなら、楽です。・・・名前を伺ってもいいですか」
「ああ、そういえば言ってなかった。
オレはハル。たぶん、君よりは少し先輩かな」
年齢はお互いに知らないはずだったが、僕は最初から敬語を使っていた。
相手が先輩だという雰囲気を察したからか。
知らず知らずの内に、一人で演習をこなす彼に、尊敬の念を抱いていたからかもしれない。

「じゃあ、オレとリツは知り合いってことでいいかな。宜しく」
彼は、自然な動作で片手を差し出す。
何かと思ったが、すぐその行動の意味に気付き、僕からも手を差し出して掌を重ねた。
あまり力を入れない、軽い握手を交わす。
人の手を握るなんて、ずいぶんと久しい。
人の手は、こんなにも温かいものだっただろうか。
そう感じた瞬間、僕は慣れ合いは苦手だと言うように手を放した。

「おや、何やら雲行きが怪しくなってきたみたいだな」
それは僕を見て言ったのではなく、彼は空を見て言ったようだった。
振り返り、空を見上げる。
頭上には、雨を運んでくる曇天が広がりつつあった。

「降られない内に帰ろうか。リツ、今日はありがとう」
彼がお礼を言い、不思議に思う。
自分は何一つ、彼を楽しませる様なことはしていないはずだ。
この場所へついてきたことか、それか、知り合いになったことに対して言っているのだろうか。

「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
一応、儀礼的な返事を返しておく。
そして、僕等は曇天から逃げるように、帰るべき場所へ戻った。



―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
出てきた「ハル」というキャラの設定を、一応書いておきます。
自分で想像したい!という方は、どうぞご自由に〜。



ハル、19歳。髪型が特徴的で、長くとんがった髪が軍帽からちょこちょこはみ出ている感じ。
髪の色は鏡音レンのような黄。
ニコ動のバルシェ様のイメージイラストを想像しています。
特に、僕等の16bit戦争のイメージイラストが強いです。
それか、レンが大人びたようなイメージです。