小さな孤児院で迎えた、13回目の誕生日
その日、僕は無機質で冷たい部屋へ連れて行かれたんだ


――少年兵器―――
孤児院の僕の部屋で、でいつものようにベッドに入って、いつものように眠ったと思った
けれど、それは違った
だって、目が覚めたら僕は見たことのない、知らない部屋にいたから

僕は、体を起こして周りを見回す
その部屋は僕が眠っていたベッド、部屋を照らす蛍光灯、そして正面にあるノブ式の扉以外には何もない、殺風景な部屋だった
何で、僕はこんな所にいるんだろう
そう思った時、扉が静かに音をたてて開いた
そこにはマスクで顔を隠した背の高い人が、パンやサラダが乗ったトレイを持って立っていた

「食事だ」
その人は低い声でそう言うと、トレイを床に置き、扉を閉めて去って行った
僕はベッドから下りて、トレイを手に取る
ふっくらとしたパン、みずみずしいサラダ、温かいスープ、さらにはデザートに果物までが器に入って乗っていた
それは孤児院の朝食より、ずっと豪勢なもので、僕は思わずパンを手に取り、口に運んだ
それがとてもおいしくて、僕は床に座ったまま次々と食べ進めていった

そして、あっという間に器の中は空っぽになった
それとほぼ同時にまた扉が開いて、さっきと同じマスクを付けた人が入ってきた


「これに着替えろ」
その人がまた低い声でそう言うと、床に白い服が置かれた
そして空っぽになったトレイを持って、扉の向こうへ歩いて行く
僕は何がなんだかわからなかったが、とりあえずその白い服に着替える
上も下も、模様や汚れが一切無い、真っ白な服だった

じっとしているのも退屈になってしまって、外に出る
すぐ目の前に壁があり、右手には先が見えないほど長く細い通路があり、扉が等間隔で設置されていた
左には、通路の奥に一つだけ扉がある
僕は、やけに存在感かあるその扉の先へ行ってみようと、左へ歩く
通路には、僕の足音しか聞こえなかった

扉を開き、部屋へ一歩踏み込んだとたん、僕は無数の視線を感じた
扉の先はさっき僕がいた部屋よりだいぶ広いくて、そこにいる十人くらいの少年や少女が僕を見ていた
みんな、僕とそんなに年はかわらないように見える
扉を閉めると、僕に興味を無くしたのか、みんな俯いた
その表情には、はっきりと不安の色が表れていたけれど、そんな中で一人の少年が僕に話しかけてきた


「なあ、お前は何か聞いてるか?」
説明不足な言葉だったが、ここに連れてこられた理由を尋ねているんだろうと思い、僕は首を横に振った
「だよなぁ・・・」
少年は肩を落とし、溜息をつく
ここにいる全員が、何も聞かされてないんだろう
もちろんそのことは気になったが、僕は部屋の中央にぽつんと置かれている小型のテレビの方が気になった

テレビを付ければ何かわかるんじゃないかと、僕はそのテレビに近づいた
それは何の変哲もない普通のテレビだったが、電源らしきものが見当たらない
だから、みんな見ようとしていないのかと、一人で納得した

その時、背から扉が開く音がした
みんなの視線が扉から入ってきた人に向けられ、僕も振り返って、その人を見た
その人も、やっぱりマスクを付けていて、手にはリモコンを持っている
その人に、さっきの少年が駆け寄り話しかけた


「なあ、何で俺達こんな所に連れてこられたんだよ」
その男性は何も答えずに、リモコンを使ってテレビの電源を入れる
短い電子音がしたが、画面は真っ黒のままだった
「なあ、答えてくれよ」
少年が痺れを切らし、もう一度尋ねる

「・・・後々教える。これからのためにも、今はこれを見ておけ」
男性はテレビを指差し、革靴の音を鳴らしながら部屋から出て行った
「何なんだよ・・・」
少年はまた溜息をついて、諦めたようにテレビの前に座った
僕もテレビを見ておこうと、目を痛めないように少し間を空けて座った

「なあ、あんた」
ふいに、誰かに話しかけられて声のした方を向くと、いつの間にかさっきの少年が隣に座っていた
「あんた、やけに落ち着いてんな」
「よく言われるけど、そうでもないよ」
孤児院にいた時から、大人からはよく、落ち着きがある、冷静な子だと言われてきた
だけど、周囲の子からはつまらない、冷めている、一緒に遊んでも面白くないと言われ、友達付き合いなんてほとんどしたことがなかった

はたから見たら、確かに平然とした表情でいるんだろうと、自分でも思う
けど、僕だって今の状況を不安に思っていないわけじゃない
そんな僕に話しかけらる物好きがいるとは思わなくて、内心驚いていた
そんな事を考えていたのもつかの間、突然、パチンという電子音がして、テレビの画面が真っ赤になった

何だろうと、他の子供達もテレビの周りに集まってくる
僕と隣の少年も、テレビ画面に目を向けた
そうした途端、すぐに画面が切り替わり
その画面を見たとたん、周囲から、「ヒッ」とか、「ウッ」とかいう、か細い悲鳴が上がった


「おい、何だよコレ・・」
画面に映し出されたのは、猫の死体だった
道端に横向きになって倒れ、腹部から赤黒い液体が流れ出ている
それをじっくりと見せつけるかのように暫くの間があった後、再び画面が切り替わると、また、か細い悲鳴が聞こえた

次に映された映像は、犬の死体だった
猫と同じように横向きになって倒れていたが、今度は横腹に真っ直ぐな傷があり、そこから血が溢れ出している
数人はこんなもの見たくないと言わんばかりに早々とテレビから離れ、映像が見えない位置に移動して行く
残った数人は、唖然として画面を見ていた

「・・・鑑賞用にしちゃ、ずいぶん趣味の悪い写真だな」
そうは言っているが、隣にいる少年は怯えている様子も、気持ち悪がっている様子もない
そう言う僕も、そんなに怖い写真だとは思っていなかった
再び、画面が切り替わる
今度は、大型の鳥が無数のボウガンの矢に体を貫かれていた
無惨な様子を見ても、隣の少年は「焼き鳥みてえだな」と、のんきなことを言っていた

それから、画像は次々に切り替わっていった
それは全部動物の死体で、馬、鹿、象と、動物園の動物全ての死体を納めているんじゃないかと思うくらいの枚数で、全て違う死に方をしていた
最初の内は恐る恐る見ていた子も、やがて見ていられなくなったようで次々とテレビから離れて行った
中には部屋から出ようとドアノブに手をかける子もいたけれど、ロックされているのか、ガチャガチャと音がするだけで扉は開かなかった


何枚、残酷な画像を見ただろうか
やっと映像が終わり、画面が真っ黒に戻ったころ、テレビの前にいるのは僕と隣の少年だけだった
映像が終わるとすぐに、扉からガチャッという音が聞こえた
もしかしたらロックが外れたのかもしれないと、一人の少女がそっとドアノブに手をかけると、簡単に扉が開いた

少し警戒しているようだったが、やがて少女は長く細い通路の先へ歩いて行った
他の子供達も、少女に先導されるように後をついて部屋を出て行く
最後の一人が出て行くのを見ると、隣の少年が僕の方を向いた

「俺、ルカ」
唐突に発された言葉の意味がわからず、僕は黙って少年を見ていた
「名前だよ、俺はルカ。あんたは?」
名前なら最初に名前だと言えばいいのに、と思いつつ僕は答えた

「セキ」
「セキ、か。お前も結構グロい画像に抵抗あるみたいだな、俺もああいうのは平気なほうなんだよ」
「うん」
抵抗があるというより、僕はその物の死に対して無関心なだけだった
かわいそう、とか、残酷だ、とか、そういう思いは一切無くて、ただ暇潰しに見ていた

「それにしても、いきなりこんな所に連れてこられて、こんな映像見させられるなんて訳わかんねぇよな」
「うん」
「・・・お前な、うん。だけじゃなくて、もっと何か言葉続けろよ。」
僕は「えっ」と、声をもらした
尋ねられた質問の返答をしたのに、それ以上どういった言葉を続けろと言うのだろう


「・・・お前、もしかして友達少ない?」
ルカが、少し顔をしかめて聞う
その質問に答えるのは簡単だったので、僕はすぐに頷いた
少ないどころか、全くいない

「そっか、セキはコミュニケーションってやつを知らないんだな」
「コミュニケーション・・・」
人と接することが全くと言っていいほどなかった僕は、それがどういうものなのかよくわからなかった

「おっと、そろそろ戻らねーとあいつに何か言われそうだな」
通路の方を向くと、奥の方から男性がこっちに歩いて来るのが見える
ルカは立ち上がり、「じゃあな、セキ」と言って部屋を出て行った
いつのまにか、部屋には僕一人になっていたので、僕も自分が連れてこられた部屋へ戻ることにした


部屋に戻った僕は、ベッドに寝転がり、天井を見上げた
考え事をする時は、よくこうする
僕の頭の中は、疑問で一杯だった
どうしてここに連れてこられたのか、どうして動物の死体を見せたのか
男性が言っていた、これからのためとはどういう意味だったのか
そして、ルカはどうして僕に話しかけたのか

あれこれ考えていると、扉が開く音が聞こえたので僕は顔だけ起こして、音がした方を見た
扉の前には男性がトレイを持って立っていて、それを床に置くとすぐに出て行った
僕はベッドから降りて、トレイに乗っている物を見る
そこにはさっきとはまた違う、美味しそうな料理が乗っていた
あんな映像の前では食欲なんてわかないと思うけれど、一段落ついた今、急にお腹が空いてきた
僕は長々と見続けたあの映像を思い出さないようにしながら、食事を取った


食事が終わると、僕はまたベッドに寝転んだ
しばらくぼんやりとしていた時、また扉が開く音がしたが、トレイを下げに来たんだろうと思い、僕はそのまま天井を見上げていた
それからさらに時間が経った後、蛍光灯の光が明るく白い光から、淡いオレンジ色の光に変わった

もう、夜なのだろうか
ここに来てからというもの時計を見ていないので、今が朝なのか、昼なのか、夜なのか、わからない
ぼんやりとしたオレンジ色の光を見ていると、だんだんまぶたが重たくなってくる

そんなに長く映像を見ていたのだろうか
まぶたが、早く目を休ませたいと言わんばかりに閉じようとする
僕は、一緒に映像を見ていたルカも今頃疲れて寝ているかもしれないなと思いながら、目を閉じた