―少年兵器3―
僕は、うっすらと目を開いた
考え事をしている内に、いつの間にか眠ってしまったようだ
起き上がると、すでに食事の乗ったトレイと白い服が置いてあった
だいぶ長く眠っていたのかもしれない
それなら、もうあの部屋にルカが来ているかもしれない
そう思った僕は、食事と着替えを早々に済ませ、部屋へ向かった

部屋の扉を開けると、すでにルカが来ていて、テレビの前に座っていた
「ずいぶん長い間寝てたみたいだな。お前のこと、結構待ったぜ」
「うん。結構、長く眠ってたと思う」
僕は扉を閉めて、当たり前のようにルカの隣に座る
すると、テレビも僕を待っていたかのように、すぐに電子音が鳴って画面が赤くなった
もう、テレビの周りに子供達は集まらない
ただ、部屋の壁に寄り掛かって座り、画面を見ないように俯いているだけだった

「今度はどんな物が出てくるんだか」
ルカがそう言ったが、その声にはやはり恐怖や不安は感じられなかった
画面が切り替わり、映像が流れる
画面に映し出されたのは、動物の死体でも人の死体でもなく、薄暗い路地だった
「お、今回は死体写真集じゃないのか?」
僕も、今回はもう死体を見なくてもいいんじゃないかと思った
けど、その考えは甘かった


路地に、明らかに何かに怯えながら必死に逃げている子供がいる
それは、まだ小学生くらいの男の子だった
表情は恐怖にひきつり、今にも泣きだしてしまいそうだ
その少年は暫く路地を走っていたが、やがて行き止まりになった
少年は息を切らし、壁に寄り掛かる
一体、この少年は何から必死に逃げているんだろうか

それから間もない内に、画面に黒服の二人組が映り込んだ
その二人組を見たとたん、少年は大きく口を開き、何かを叫んでいた
だが、テレビから音は一切出ていないので何を言っているかはわからない
黒服の二人組はかまわず少年に近付き、逃げられないように華奢な体を壁に押し付ける
そして、一人がどこからか小型のナイフを取り出す
それを目の当たりにした少年はいっそう大きく口を開き、何かを叫んだ

「オイ、まさか・・・」
嫌な予感がした
少年の声は誰にも届かない
ナイフを持った手がだんだんと少年の首元に近付き、その手がさっと右に払われた
その瞬間、首から勢いよく鮮血が吹き出し、ナイフの刃が、赤く染まった
少年はガクガクと痙攣した後、力なく地面に崩れ落ちた


その様子を見届けた黒服の二人組は、画面外へ消える
画面には、殺された少年だけが映っていた
僕は前回まで見ても平気だった死体を見て、なぜか寒気を感じた
ルカの方は相変わらず平然として、画面を見ていた

画像が切り替わるごとに前回のように人は年齢を増していき、そして殺された
僕は一人殺される度に寒気を感じていたが、ルカは怯える様子もなく、画面を見続けている
しかし、そこに中年男性が殺される場面が映ったとたん、初めてルカが画面から目を逸らした
そして、今まで変わらなかったルカの表情が初めて歪んだ
もう見るのが嫌になったのかと思ったが、
映っていた中年男性の映像が切り替わるとルカは視線を戻し、何事もなかったかのように画面を見続けた


それから、相変わらず人が殺される映像が流れ続けた
時間が経つにつれて、殺し方はどんどん残酷なものになっていく
そのせいで、僕は絶えず寒気に襲われていた
一方で、ルカは中年男性が出てくると決まって画面から視線を逸らしていた



やっと映像が終わり、画面が黒に戻った
今回が、一番長かった気がする
背後で扉のロックが外れる音がすると、俯いていた子供達は足早に部屋を出て行った
その後、珍しく僕から先にルカに話しかけた

「今日の映像、辛かった?」
その質問をしたとたん、ルカは少し俯き黙ってしまった
聞いてはいけない事を聞いてしまったのかと思い、僕はそれ以上は尋ねなかった



長い沈黙が流れる
ルカに用事がないのなら、僕はさっさと部屋に帰ってしまってもいいはずだった
けど、僕はルカの隣に居続けた
特別な用事がなくても、話す事がなくても、側に居ることが嫌じゃなかったから


「3年前・・・」
沈黙を破り、ルカが口を開く
僕がルカの方を向くと、俯いたまま話し始めた
「3年前、俺、親父を刺したんだ」
かなり衝撃的な言葉が発されたが、僕は黙って話を聞いていた
「妹が、親父に虐待されてた。だから俺は親父を刺した」
短い言葉だったが、ルカが父親を刺したのは妹の為だということは十分に伝わった

「テレビに出てきた奴が親父に似ててさ、親父を刺した時の事を思い出しちまって・・・」
そこで、言葉が途切れる
ルカの表情は、かなり暗いものになっていた
ルカのそんな顔は見たくない
けれど、どんな言葉をかければ、いつもの平然とした表情に戻ってくれるのか僕にはわからなかった

だから、僕はルカの頭にそっと手を置いて
大人が子供の頭を撫でるように、ルカの髪を撫でた
ルカは不思議そうな表情で僕の方を見ている
そして、突然、噴き出したように笑った

「お前って、意外と面白いことするんだな」
僕は、孤児院で見た、泣き出しそうな子供に対して大人がする行動を真似ただけのつもりだった
これが、そんなに面白いことだったのだろうか

「なあ、俺のこと話してやったんだから、お前の過去話も聞かせろよ」
「僕の、過去・・・」
僕はルカの頭から手を離し、沈黙した
「何か一つくらい、教え・・・」
「無いんだ」
僕はルカの言葉を遮り、答えた

「僕の過去は何もない、空っぽなんだ」
静かな声で、言葉を続ける
「空っぽって、何か一つぐらい思い出とかあるだろ?」
「無い。僕には、何一つ無いんだ」
「本当に、何もないのか?よくよく思い出してみろよ」
しつこく尋ねてくるルカに、僕は自分でも信じられない返答をした

「僕には本当に、楽しい事も、悲しい事も、辛いことも、嬉しい事も、思い出なんて何もなかったんだ!
何か変化があった日なんてなくて、いつも孤児院で天井を見て過ごしてた!
僕はずっと、空っぽで、ただ一人で―――」
そこで僕は、はっとして言葉を飲み込んだ
声を張り上げて、無我夢中で話していた
ルカは、張り上げられた声に目を丸くしていたが、一番驚いていたのは僕自身だった


「セキ・・・」
また、ルカの表情が暗いものに変わってしまう
そんなルカを見たとたん、僕は急にいたたまれなくなり、立ち上がって部屋を出た
「おい、セキ!」
後ろの方でルカが何か言っていたが、僕は振り返らずに部屋へ戻った




いつもより長話をしていたからか、部屋にはすでに食事が置かれていた
相変わらず美味しそうな食事だったが、食欲が出ない
僕は食事を無視して、ベッドに寝転がる
さっき、自分がルカにとった態度が未だに信じられなかった
あんな風に、声を張り上げたのは初めてで
他人に対して、あんなに感情的になったのも初めてだった
僕は空っぽで、あんな感情なんて無いと思っていたのに

僕はルカと接して、変わってきている
その変化が、今日初めて現れた
どんなに残酷な映像を見ても食欲はあったのに、今はそれが全く無い
最後に僕が言った言葉で、ルカが傷ついてしまったのではということを思うと
どんなに美味しそうな食事でも、色あせて見えた

僕が変われたら、もうルカにあんなに暗い表情をさせずにすむだろうか
ルカと、楽しく会話をすることができるようになるだろうか
僕も、他の子のように笑い合うことができるようになるだろうか

それなら、僕は
今の自分を、変えてみたい