―少年兵器 4―
僕は、とても久しぶりに夢を見た
今まで見てきた死体が、僕を取り囲んでいる夢
動物の死体、人間の死体が、縦横無尽に転がっていて
地面は一面赤く染まり、大きな水たまりを作っていた
だけど、その時の僕は不思議と恐怖を感じていなかった
僕の両手が真っ赤に染まっていても
何も、思わなかった
目を覚ましたとき、僕は真っ先に自分の手を見た
その手は普段と同じ、肌色をしていた
あんな映像を見続けたからだろうか
妙にリアルな夢で、もしかしたら夢ではなく現実なんじゃないかと思ってしまうほどだった
もしも今、僕の両手が赤く染まっていても、僕は何も思わないのだろうか
しばらくしたらいつものように扉が開いて、物が床に置かれる音がした
「今日は、右の部屋へ行け」
珍しく低い声が聞こえ、扉が閉まる音がした
何か変化が訪れることに期待し、僕は早々と食事と着替えを終え、通路に出る
僕はいつの間にか、たとえ良い事ではなくても、変化があるこの日常を新鮮に感じていた
通路は、とても長かった
側面に設置されている9個の扉を通り過ぎたら、やっと目的の扉が見えてきた
僕はドアノブに手をかけ、扉を開ける
その部屋は中心に椅子が置いてあり、距離をあけてその椅子を取り囲むように10個の椅子が置いてあった
そこにはすでに子供達が座っており、中心の椅子の正面にはルカが座っていた
僕は勿論、ルカの隣に座った
「よお、今日はどんな見世物があるんだろうな」
ルカが、ふざけた口調で言う
「・・・ごめん」
「何で謝るんだよ」
「ルカが僕の過去を聞いた時、僕がいきなり怒ったから・・」
「何だ、そんな事気にしてねーよ」
その言葉に、僕は心底安心していた
もし、ルカが怒って、傷付いていたら僕も傷付いていただろう
「それより、今日もまたエグい夢見たんだよ」
ルカが夢の話をし始めたので、今日は僕からその話を切り?出してみた
「僕も、すごく久しぶりに夢を見た」
「へー、どんな?」
ルカが興味を示してくれたので、ぼくは続けて話す
「ルカが前言ってたような、死体がたくさん出てくる夢」
「ま、あれだけ死体見てたら無理ないよな」
「その夢の中で、僕の両手が・・・」
真っ赤に染まっていたんだ、と続けようとしたとたん
バタンと扉が開く大きな音がして、僕の言葉は途切れてしまった
後ろを見ると、がっしりとした体形の男性が、白い布で巻かれた何かを抱えて中央の椅子に置く
やはりマスクを付けていたので、顔はわからなかった
「今日はお前達をここに連れて来た理由を話そうと思う。ただし、質問は許さない」
その男性の声は野太く、凄みのある声だった
その言葉に、俯きがちだった周囲の子の顔が一斉に上がった
「お前達は、兵器になる為にここに来たのだ」
それは、とても現実味のない言葉だった
「お前達を、人殺しをしても表情一つ変えない子供にするのが俺達の仕事だ
お前達に映像を見せたのは、血や死体に慣れてもらう為だ」
男性は、淡々と説明を続けた
どうやら冗談を言っているわけではなさそうだった
子供達は、信じられないといった表情をうかべている
僕は、ルカはいつも通り平然としているんだろうと思っていた
だが、隣にいるルカは不安そうに眉を寄せている
「今日は、それを目の前で見てもらう」
そう言うと、男性は抱えていた物を下ろし、椅子に座らせると、一気に布を取った
その中から現れたのは、人間だった
その人は目隠しをされ、口を塞がれ、両手両足を縄で結びつけられていた
意識は無いのか、ぐったりと下を向いて動かない
動かないことを確認すると、男性が、ポケットからナイフを取り出す
その次の行動は、もうわかりきったことだった
「よく見ておけ、いずれお前達にもやってもらうことになる」
男性はその人の頭を持ち上げ固定し、一気に喉元を引き裂いた
一瞬で、噴水のように鮮血が吹き出す
その血は、正面に居た僕達の目の前まで飛び散った
ぽつぽつと、赤い斑点が床に落ちていき、鉄の匂いが、部屋に広がった
その人はビクッと体を弓なりに逸らし、痙攣して
血の勢いが緩くなると、その人はがっくりとうなだれた
恐怖で声が出ないのか、周囲の子は顔面蒼白で震えている
僕は、唖然としてそれを見ていた
ルカも不安な表情をしていたが、その目は死体ではなく、どこか別の所へ向けられているようだった
「よし、次だ」
男性がそう言うと、別の男性が同じような白い布でくるまれた人を運んできた
思わず椅子から立ち上がり、部屋の隅へ逃げ出す子がいたが、男性は気に留める様子はなかった
それを見た他の子も椅子から立ち上がり、部屋の隅に固まる
目の前でまた一人、喉を切り裂かれていく中、僕とルカは椅子に座ったまま固まっていた
だが、ルカの目には、相変わらず死体は映っていなくて
ただ、俯きがちに座っているだけだった
床が赤い水たまりで一杯になったころ、帰ってもいいと言われたので僕とルカは一緒に部屋を出た
お互いしばらく黙っていたが、やがてルカの方から口を開いた
「あいつ、いずれ俺達にもやらせるって、言ってたよな・・・」
「うん。言ってた」
ルカの口調は重苦しく、沈んでいた
「そうなったら、俺、たぶん殺せない」
「だいたいの子が、そうだと思う」
「殺せない奴は、役立たずだって、あいつ等に殺されるとしても、俺にはできない・・・」
ルカは立ち止り、絞り出すように声を出す
その声は、震えていた
僕はそんな様子を見たくなくて、またルカの頭の上に手を置いて、そっと撫でた
「大丈夫」
ルカが、不安そうな表情はそのままに、僕の方を見た
「大丈夫、ルカにそんなこと、絶対させない」
「セキ・・・」
また、しばらく沈黙が流れる
「・・・俺、部屋ここだから」
ルカがそう言ったので、僕は頭から手をどけた
「うん。じゃあね」
今回は僕の方から別れを切り出し、ルカの部屋よりさらに先にある自分の部屋へ戻ろうとする
「セキ、お前は、もし俺が・・・」
「え?」
ルカの言葉が最後まで聞き取れなくて、振り返った
「・・・いや、何でもない、じゃあな」
ルカはそう言って、部屋に入った
何を言おうとしたのか気になりつつも、僕も部屋へ戻った
部屋へ戻った時、蛍光灯の光はもうオレンジ色に変わっていた
僕はほのかに鉄の匂いがする服を脱ぎ棄てて、ベッドに寝転んぶ
そしてすぐに目を閉じ、眠った