―少年兵器5―


目が覚めると、僕は早々に服を着て、鉄臭い部屋へ向かった
今回は一番乗りだと思っていたけれど、僕はよほど睡眠時間が長いようで、部屋にはすでにルカがいた
他の子は椅子には座らずに、部屋の隅に固まっている

僕がルカの隣に座ったとたん、扉が開いて男性達が入って来た
ルカとの会話ができなくて、歯がゆい
男性が入ってこなくても、会話はできなかったかもしれない
今のルカの目に、僕の姿は映っていなかったから


「今日は、お前達に実践してもらう」
その言葉に、ルカの肩が震えた
前回のように、人が中央の椅子に座らせられる
「まずは正面に居るお前、やってみろ」
指名されても、ルカは反応しなかった
じっとしていると、もう一人の男性がルカを無理矢理立ち上がらせて、椅子の前まで歩かせる
そして、その手にナイフを握らせた

「さあ、殺してみるんだ」
ルカは、持っているナイフを見つめている
その目は、やはり遠くを見ていた
「そいつは死刑が確定している極悪人だ。殺しても何の罪にも問われることはない」
ルカはただじっとナイフを見つめるだけで、その言葉にも反応も示さなかった

「殺さなければ、お前が死ぬことになるぞ」
ルカの隣にいた別の男性が言う
そして、服の内側から拳銃を取り出し、ルカに向けた
殺されると、ルカの言っていたことが、本当のことになってしまう
嫌だ、それだけは、嫌だ
ルカの死体なんて見たくない
椅子に座っている人を殺さなければ、ルカが殺される

僕は椅子から立ち上がり、ルカの所へ走った
そして、ルカからナイフを奪い取り
目の前に居る人の喉元を、一線に切り裂いた

男性達は、「おぉっ」と、驚きの声を漏らす
ルカも驚愕の表情を見せていて、その時やっと、その目に僕が映った
返り血が、真っ白な服を赤く染めた
服だけではなく、僕の手も赤く染めた
あの夢のように、真っ赤に

ポタポタと、血が床に落ちる音がする
僕は、崩れ落ちた死体を見下ろしていた

僕は殺したんだ
たった今、僕自身の意思で、殺したんだ

だけど、なぜだろう
恐怖も、不安も感じないのは


ああ、そうか
僕はいつの間にか慣れてしまったんだ

何百枚もの死体の画像を見て
何十人もの人が殺される映像を見て
そして、人が目の前で殺されるところを見て

そうして、この人達が望む兵器になってしまったんだ
人を殺すという思い罪を犯しても、何も思わない、兵器に・・・


「今回はもう全員帰ってもいい」
男性の声に、僕は我に返った
「よろしいのですか?予定では・・・」
「かまわん。おいお前、そのナイフは記念にお前にやろう」
「危険です!凶器を持たせるなど・・・」
傍にいた男性が声を張り上げる

「黙れ」
凄みのある声に、その男性は押し黙った
そして、革靴の音を鳴らしながら、二人は出て行った
他の子供達も、続けて出て行く
僕に、恐れを抱く眼差しを向けながら


「・・・怖い?」
僕は、ルカの方に向き直り、問いかけた
ルカの顔にも少し、返り血が飛んでいる
今の僕の姿は全身返り血にまみれて、さぞかし恐ろしいことになっているだろう
「怖かったら、早く出て行ってもいいんだよ」
そうは言ったが、汚れてしまった僕に対して、ルカがとる行動が怖かった
他の子供達のように、恐れの眼差しを向けて、出て行ってしまうのだろうか

「それ、今まで散々一緒にグロいもの見て来た奴に言う台詞かよ」
ルカは、ふっと笑って答えた
「俺、人を殺せって言われた時、何も考えられなくなるほど怯えてた。
親父を刺した時も怖くて仕方無かったのに、それをもう一回やれって言われて、本当に、怖かった」
ルカは人を刺した時、ちゃんと怖いと感じたんだ
僕はそれを聞いて、なぜか安心していた
けれど、それは、人殺しをした僕を怖いと思う理由としては十分だった

「だから、僕も怖いよね」
その問いに、ルカは溜息をついて答えた
「怖いわけないだろ、お前は俺の為に殺したんだ。
お前がああしなかったら、俺は殺されてたかもしれない。・・・ありがとな」
聞き間違いではないかと思った

怖くはないと、僕が思っていた言葉とは正反対の言葉が聞こえた
そして、ルカが僕に、ありがとうと言ってくれた
僕は、人を殺したのに
ルカは、目の前で笑ってくれている
僕が、切実に望んでいた笑顔で


「お、おい、何いきなり泣いてんだよ」
「え・・・?」
僕の頬には、血とは違う液体が流れていた
ルカは、頬に流れる液体を指で拭う
それは、僕の記憶にある中で、初めて見た涙だった

「・・・嬉しいのに、ルカが笑ってくれて、とっても嬉しいのに、どうして・・・」
「セキ・・・。俺も、嬉しいよ」
ルカは、前に僕がしたように頭を撫でてくれた
涙は悲しい時に流れるものなのに
僕は今、嬉しくて仕方がないのに
どうして、とめどなく溢れてくるんだろう
頬を伝う涙が、赤い水たまりに落ちて波紋を作っていた

「そろそろ行こうぜ、こんな鉄臭い部屋にいつまでもいたら鼻がおかしくなる」
僕はかろうじて血の付いていない服で目を擦り、涙を拭った
うまく声が出なかったのでただ頷き、ルカと一緒に部屋を出た
部屋に戻るまで、何も話せなかったけれど
僕の心は、ルカの笑顔で満たされていた

部屋に戻ったら鉄臭い服を脱いで着替えた後、血の付いていない布を切り取り、ナイフの血を拭き取る
ベッドに寝転んだ僕は、もう空っぽじゃなかった

ルカが嫌な顔をすると悲しい
ルカが笑ってくれると嬉しい
人らしい感情が、僕の中に芽生えていた
でも、このままここにいたらルカはどうなってしまうんだろうか
殺すことを強要され続けたら、ルカはもう笑ってくれなくなってしまうんじゃないか
それなら、ルカにはここにいてはいけない
ルカが笑ってくれなくなったら、僕は・・・

ふいに、部屋の扉が開いた
僕はだいぶ前から何も食べていなかったことを思い出し、むくりと起き上がった
男性がトレイを床に置いて、出て行こうとする
「明日は何をするんですか」
男性は僕に話しかけられて、ぴたりと止まる
明日も同じような事をするのであれば、僕はルカの代わりに人殺しでも何でもするつもりだ
男性はためらっているようだったが、やがて僕の方を向いて、口を開いた

「お前は優等生だから教えてもいいだろう。
明日は、お前達が殺される側になったと仮定しての野外演習だ。頑張るんだな」
そう言って、男性は出て行った
野外演習・・・?
外に、出られる?
だとしたら、ルカを逃がすことができるかもしれない

ルカを、逃がしてあげたい
ルカに殺しを強要させる、この場所から
その為なら、僕は何人だって殺してみせる
蛍光灯の色が、オレンジに変わる

僕は考え事に夢中でまだ食事をとっていなかったので、急いで食べた
そして、僕はある覚悟を心に刻みつけてから眠った
その覚悟のせいで、ルカにもう会えなくなることになっても
それでルカが笑ってくれれば、それでよかった