少年兵器 アナザーストーリー
(本編26ページ目、セキのセリフから)

「だから、君が殺されるなんて絶対嫌だ。
君がここに居続けて、僕みたいな兵器になるのも、絶対に嫌だ」
「セキ・・・それは、俺も同じ気持ちなんだぜ。
お前こそ、ここに居たらまた何もない空っぽのお前に戻っちまう。
お前がまた笑えもしない、泣けもしない、そんな悲しい人間になるなんて・・・
俺には、耐えられない」
ルカが、金網の向こう側で静かに言った
憂いを込めた目で、僕を見ながら
僕は、ルカのそんな表情が見たかったわけじゃないのに

「僕は・・・君の笑顔が見たくて、君を逃がそうとした。
けど、君はそんな表情をする・・・僕は、どうすればいい・・・?」
その問いに、ルカは考えるまでもないというようにすぐに答えてくれた
「俺と一緒に来い、セキ。そうすれば、俺はお前に笑顔を見せてやれる。
お前にも、笑い方を教えてやるよ」

「僕も・・・笑える?」
笑顔の作り方なんて、忘れてしまった
面白いと思うことを、忘れてしまったからかもしれない
けれど、ルカと一緒なら、僕も笑えるようになるのだろうか
何よりも、ルカが笑ってくれるのなら
僕に、ルカの言葉を断る理由なんてなかった


僕は金網を上り、ルカと合流した後すぐに走って逃げた
行くあてなんてなかったけど、とにかく少しでもその場所から離れる為に、ただ走り続けた
やがて息が切れた頃、もうその場所は見えなくなっていた

「さてと、逃げたはいいけど、これからどうすっかな」
僕は息を切らしているのに、ルカにそんな様子はない
僕は息を整えながら、周りを見た
人通りが少なく、塀に囲まれた家がひっそりと並んでいる
塀からは木々が控えめに枝を出し、風に吹かれて葉が揺れていた
「とりあえず、どっか座れる場所で一旦休むか」
そうは言っても、その休める場所というのもどこにあるのか見当がつかない
勿論、ルカにもわかるはずがなかった
僕達は、途方に暮れながら歩いた


どのくらい、歩いただろうか
辺りはだんだんと暗くなり、もう日が沈みかけていた
周りの景色は、田んぼが広がる田舎道に変わっていた
寒い季節の今、このまま夜になってしまうと凍えてしまうかもしれない
ルカの表情に、焦りの色が見え始めた

「なんつー田舎道だよ、ここは・・・」
ルカが愚痴をもらした時、後ろの方から「あの・・」と、声をかけられた
その声に振りかえると、そこには、僕達より少し背の低い少女がいた
髪は腰あたりまであり、黄色のワンピースを着ている

「やっぱり、やっぱり・・・!」
少女は急に泣きそうな表情になり、ルカを見つめている
ルカは何事かと、呆然として少女を見ていた
そして、少女はいきなりルカに抱きついてきた

「なっ、何だよ?俺、あんたに何か・・・」
何かしたかと続けたかったんだろうが、ルカの言葉はそこで途切れた
そして、抱きついたままの少女をじっと見た後、ルカの目が丸くなった


「・・・・・・ラサ・・・なのか?」
少女は体を離し、ルカに向き直った
「兄さん・・・ルカ兄さん・・・私、ラサだよ・・・見違えたでしょ?」
その子は、ルカににっこりと微笑みかける
その笑顔は、どことなくルカのものに似ていた
そういえば、ルカは虐待されていた妹がいると言っていた
それが、このラサという子なのか

「夢みたい・・・こんな所で兄さんに会えるなんて・・・
兄さん、色々聞きたい事も、話したい事もあるから家に来てよ。
もちろん、そっちのお友達も一緒に」
それは、僕達にとって願ってもいない幸運だった
ルカは突然の出来事に戸惑っていたが、僕達はその少女について行った
道中のルカとラサの会話で、どうやらルカは3年前お父さんを刺した後すぐに少年院に入れられたことがわかった
それから今まで、家族と顔を合わせる事はなかったらしい
3年も経ったのだ、妹の姿が変わっていても無理はなかった
今は母親と仲むつまじく暮らしているらしく、ルカは時折安堵の表情を見せていた


ほどなくして、ラサの家に着いた
扉を開けると、ラサの帰りを待っていたのか、細身で背の高い女性が玄関口にいた
そして、ルカの姿を見て驚きの表情を見せた
その女性は、涙を流しながらルカを抱きしめた
なぜ、ルカに会えて泣いているのか僕にはわからなかったが、そこには複雑な感情が渦巻いているんだろうと思った

ルカのお母さんは僕を見て微笑み、何の警戒もすることなく招き入れてくれた
そして、体に染みついた匂いを取ってきなさいと、着替えとタオルを用意してきてくれた
僕はルカの後で鉄の匂いを洗い流し、用意された服に着替えた
白色以外の服を着るのは、ずいぶん久しぶりのように思えた
着替え終わって脱衣所から出ると、ひんやりとした廊下でルカが待っていてくれた

「これで、野宿なんてしなくてすみそうだな」
「そうだね、良かった」
僕は、たとえ凍えて死ぬことになっても、ルカと一緒ならそれでもいいと思っていた
けれど、今こうしてルカと会話できることが嬉しかった

「それにしても、今でも信じられねえよ。まさか、ラサと母さんにまた会えるなんて。
もう、会うことなんてできないって、覚悟してたんだけどな・・・」
ルカは、再開の喜びを噛み締めているようだった
僕にあるのは孤児院での記憶だけなので、そういうことはよくわからない
けれど、ルカが喜んでいるんなら、僕はそれだけで十分だった

「兄さん、ご飯できたよ!今日は私とお母さんが腕によりをかけて作ったんだから、早く早く」
奥の部屋からラサが出てきて、ルカの腕を引っ張る
そういえば、さっきからいい匂いが廊下に漂ってきている
ラサもルカに会えたことが、よほど嬉しいんだろう
ラサには、さっきからずっと笑顔が絶えない
ルカはラサに引っ張られて、僕はいい匂いに誘われて、奥の部屋に入った

僕達が入った部屋は少し大きめな部屋で、部屋の真ん中にテーブルが置かれていて
そのテーブルを取り囲むように、四つの椅子が置かれていた
テーブルの上にはできたての数々の手料理が置かれている
僕はルカの隣に座ろうと思ったけど、先にラサが座ってしまったので、正面に座った
そこからは、窓から小さな庭が見えた

そして、窓の側にテレビが置いてあって、一瞬どきっとした
けれど、もうあんな残酷な映像が流れるわけないと、自分に言い聞かせた
食事中の3人は、とても楽しそうだった
ラサも、ルカのお母さんも、たわいもない話をしては笑い合っていて
ルカが僕の事を話すと、二人に何度もお礼を言われて、少し落ち着かなかった
会話に入ることはほとんどなかったが、僕は楽しそうにしているルカを見ているだけでよかった

食事が終わると、僕達はラサに二階の部屋へ案内された
そこは小ぢんまりとした部屋だったが、二人部屋としては十分だった
僕達はラサにお礼を言って、部屋に入った
もうかなり疲れていたので、押し入れから二人分の布団を出し、床に敷くとすぐに寝転がった
僕の位置からは、小さい窓から外の様子が見えて、もう、外は暗くなっていた
部屋の中は結構寒く、布団をかけていてもまだ寒さを感じたので、僕は肩まで布団をかけた


「セキ、お前、今までに何回ぐらい孤児院の外に出たことがあるんだ?」
さっきから僕が外を見ていたことに気付いたのか、ルカが天井を見ながら尋ねた
「部屋の外には何回か出たことあるけど、建物から外に出たことは一回もない」
僕は、いつも天井を見上げて一日を過ごしていた
だから、孤児院の外は未知の世界に近かった
塀の外に何があるのかなんて、興味もわかなかったし
僕の世界は、物心ついた時から孤児院の中にしかなかった

「なら、明日からお前の知らない事色々教えてやるよ。
そうすれば、お前も何か楽しい事見つけて、笑えるようになるさ」
「・・・なれるかな」
僕は正直、笑うことというのはどうやったらできるのかわからなかった
口の両端を上げる、ということはわかっている
だけど、どうしたらそういった状態になれるのかがわからなかった
けれど、ルカが僕の世界を変えてくれるなら、僕は笑うことができるようになるかもしれない
僕は、自分自身に淡い期待を抱いていた

「じゃあ、今日はよく休めよ。おやすみ」
「あ・・・」
「ん?どうした?」
「何でもない。おやすみ、ルカ」
誰かにおやすみなんて言われるのは、初めてだった
孤児院の人が義務的に子供達に言うことはあっても、僕個人に言われたことはなかった
だから、誰かにおやすみと言うのも初めての事だった

ルカは、何気ない言葉で僕の日常に変化をもたらしてくれる
気付いていないかもしれないけど、僕はこれでもだいぶ変わったんだ
だから僕は、自分の命を捨てても、ルカにどこかで生きていてほしいって思うようになった
たとえルカが、僕の事を嫌ったとしても
僕は、君の為なら・・・
目を閉じてそう想っている内に、僕は夢の中に誘われた
もう、悪夢は見なかった