平坦な?高校生活10


朝、私はがちゃがちゃとした物音で目を覚ました。
何だろうと、ぼんやりとした目で周りを見る。
隣に、アキはいない。
下で何かしているのか、またがちゃがちゃという音が聞こえてきた。
その音が気になったけれど、低血圧の私はすぐに立ち上がれない。
上半身を起こし、そのまましばらくぼんやりとしていた。

頭がだんだん覚醒してきたところで、着替え始める。
昨日着てきた服は汚れていなかったので、それを着る。
その後、顔を洗って完全に目を覚ましてから、音がしているリビングへ向かった。

扉を開けたとたん、ガシャンとひときわ大きな音がした。
本当に何をしているのかと、早足で台所へ行く。
そこでは、アキが床の一点を見詰めていた。
「あ・・・セイラン、おはよ」
「おはよう。・・・何してるの?」
アキの視線の先には、割れた食器皿の破片が散乱している。
アキは、それを見て苦笑した。


「朝食くらいは作ろうと思ったんだけど・・・このざまだよ」
アキはしゃがんで、破片を広い集める。
私も手伝おうと、破片に手を伸ばす。
「危ないからいいって。自分で割ったんだし」
私を止めようと、アキは手を伸ばす。
手が重なろうとしたそのとき、昨日告げられた言葉が、突然蘇ってきた。
今でも、強く耳に残っている告白が。

「あ・・・」
私はとたんにうろたえ、思わず手を引っ込めようとする。
そのとき、大きな破片に指先がひっかかってしまった。
「っ・・・!」
指先に、鋭い痛みが走る。
「セイラン!」
さっと手を取られ、掌が上を向く。
指に赤い線が引かれ、そこから血が滴り落ちていた。

「すぐ洗って、絆創膏張らないと!」
手首をぐいと引かれ、立ち上がる。
そのまま連れられ、洗面所に行った。
そこで、すぐに洗えるかと思ったけれど。
洗面所に着いたとたん、アキは傷口をじっと見て止まっていた。


「・・・アキ?」
何で血をそんなに真剣に見ているのかと、不思議そうに名前を呼ぶ。
すると、ふいに手首が持ち上げられ、手がアキの口元まで運ばれた。
何を思ったのか、アキは手を引き寄せて、目の前にあるその傷口に、そっと舌先で触れていた。

「あ、アキ・・・!」
触れられた瞬間に、少し傷口が痛む。
けれど、すぐに痛みなんかに構っている余裕はなくなっていた。
傷の線に沿って、アキに触れられてゆく。
まるで、恋愛小説にありそうな場面。
血を止めるためのものだけど、逆に上って噴き出してしまうんじゃないかと思う。
傷口をなぞられている今、私は自分が熱っぽくなるのを感じていたから。

「アキ・・・」
動揺も大きくなってきたところで、再び声をかける。
すると、アキははっと目を見開き、手を離した。
「ご、ごめん。こーいうの、前からやってみたくて。・・・絆創膏取ってくる」
アキは慌てた様子で、洗面所から出て行った。
私は、アキに触れられた傷口をじっと見る。
そこには、まだ柔らかな感触と熱が残っているようだった。

ついさっきまで、ここにアキの唇と舌先が触れていた。
そのことを考えるだけでも、また血が上ってくる。
そこで早く洗ってしまえばよかったのに、私は、じっとその場に佇んでいた。
そして、自分でも何を思ったのか、気付くと、傷口を口元へ引き寄せていて。
私は、何かを考える前に、そこへ唇を寄せていた。


「セイラン、絆創膏持ってきたよ」
突然の声に驚き、反射的に肩が震えた。
「ば、絆創膏ね、ありがとう」
私は振り返らないままお礼を言い、すぐさま手を洗った。
ほとんど無意識の内とはいえ、気付けばかなり恥ずかしいことをしていた。
見られていなかったかと、どぎまぎする。
けれど、もし見られていても、それほど問題はないかもしれないと。
私は手を洗いつつ、そんなことを思っていた。

タオルで手を拭き、振り返る。
そこでは、絆創膏を持ったアキがスタンバイしていた。
「手、出して」
それくらい、自分でできることだけど、私は素直に手を差し出していた。
傷口に、絆創膏が巻かれてゆく。
さっき、自分のしていたことを思うと、とてもそこを直視できなかった。


「・・・セイラン」
処置が終わり、アキが呟く。
「何?」
「昨日言ったこと・・・冗談じゃないから」
アキは、真剣な眼差しと共に語りかけてくる。
もしかして、昨日の告白は夢だったんじゃないかと思うときがあった。
けれど、あれはまぎれもないアキの本心だったんだ。

「でも、勝手な気持ちを押し付ける気はないし、セイランがあたしに興味なくても恨まない。
ただ・・・自分の気持ちにけじめつけたかっただけ」
私は、言葉を返せなかった。
適当な返事をするわけにはいかない。
私も真剣に考えてから、答えたかった。

「・・・朝ご飯食べよっか。一応、目玉焼き作ったし」
「うん、そうだね。アキの手料理、始めてだから楽しみ」
「いやいや、そんなに期待できるもんじゃないって」
私達はその場の雰囲気を変え、リビングへ向かう。
アキは、自分の気持ちを整理して、そして告白してくれた。
今度は、私が答えなければならない。
私の、アキへの思いを。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
思いのほか、長々と続いてしまっている現状。
やっぱり、じわじわ進めるのが好きなもので・・・。