平坦な?高校生活11


アキに告白されてから、数週間。
私は、未だに答えを返せないでいた。
早く返事をしないと、アキに申し訳ないと思う。
だけど、私は思い悩んでいた。

あれだけ接することができたのだから、アキのことを好きだという思いは確かにあるはず。
けれど、その好きの区別がつかない。
私は、最も親しい、親友としてアキを好きなのか。
それとも、恋愛対象として好きなのか。

お互い、唇を重ねるまで進展した関係だけど、もし、もう一人、私に親友がいて、同じことをされたら。
私はその相手も受け入れるんじゃないだろうかと思う。
それが、はっきりしない。
誰かに試そうにも、そんなことを頼める友人はいない。
夏休みの間じゅう、ずっと一人で悩み続けていたら。
とうとう、休みが残り一週間に迫ってきてしまっていた。


夏休みでも、部活はある。
何の部にも入っていない私には、関係のないことのように思うけれど、案外そうでもなかった。

「アキ、今日も頑張ってね」
「折角セイランが来てくれてるんだし、格好悪いとこは見せられないよ」
ユニフォーム姿のアキが微笑む。
やっぱり何度見ても、その姿はかなり似合っていた。
私は休み中でも、体育館に来ることが多くなっていた。
それは、アキの練習を見学するため。
部外者がしょっちゅう来たら邪魔になるかと、遠慮したこともあったけれど。
アキがメンバーに断りを入れてくれていたらしく、私はこうして部活を見学できていた。

今日はただの練習ではなく試合があり、アキは気合いが入っているみたいだった。
そんな中、私は少し心配していることがあった。
それは、体育館の室温のこと。
今日はかんかん照りの上、風がほとんど吹かない猛暑日。
体育館には窓がたくさんあるので、たいてい風が通るのだけれど、今日は例外だった。

立っているだけでも、じんわりと汗をかいてしまう。
こんな暑さの中で激しい運動なんてしたら、倒れる人が出てくるんじゃなかろうか。
アキの体力を疑っているわけじゃないけれど、少し不安だった。
でも、私がそうやって気を配るべきなのは、体育会系の部員達ではなかった。




試合が始まり、しばらくした後。
私の頭は、だんだんと頭がぼんやりしてきていた。
軽い手提げを持っているのもだるくなり、力が入らなくなる。
もっと、アキを集中して見ていたい。
けれど、どんどん体がだるくなってくる。
必死で体を支えていると、とうとう膝が震えてきて、その場に座り込んでしまった。

顔だけは上げて試合を見ていたけれど、数分ももたずに、集中することが辛くなってくる。
誰かがシュートを決めたのか、コートの方から歓声が聞こえてくる。
今の私には、もはやどっちのチームが点数を入れたのか判断できなかった。
気付けば、私は俯き、目を閉じてしまっていた。


「セイラン!」
すぐ近くで聞こえた声に、薄らと目を開く。
ゆっくり顔を上げると、目の前にアキがいた。
「アキ・・・試合は?休憩時間・・・?」
言葉を発することすらだるくて、自然と声が弱くなる。
アキは眉根を寄せ、ふいに手を伸ばして私の額に触れた。

「運動してるあたし並みに熱い・・・。セイラン、すぐ保健室行こう」
「保健室・・・」
そう言われても、体が重たくて立ち上がるのが辛くて、虚ろな眼差しのままぼんやりとしていた。
そうしていると、ふいに体が浮く。

「あ・・・」
視点が上がり、熱を帯びた腕が、足と腰にまわされているのを感じる。
気付けば、アキに抱えられていた。
世の女性が憧れる、お姫様抱っこの形で。

「少し揺れるけど、すぐ着くから」
そう言うと、アキはすぐさま走り出す。
私はアキによりかかり、身を任せていた。


次に目を開いたとき、そこはベッドの上だった。
カーテンの仕切りがあるから、保健室にいるんだと気付く。
誰もいないのか、物音一つ聞こえてこない。
私はまだ重たい体を持ち上げ、のろのろと体を起こした。

何だか、とても喉が渇いている。
水が欲しくて仕方がなくて、私はベッドから下りて立ち上がろうとする。
そのとき、ずきりと頭が痛み、思わず顔をしかめた。

立ち上がったら、この頭痛はひどくなる。
まるで、そう警告されているような痛み。
けれど、少しくらい我慢しなければ水を飲みに行けない。
私は、再び寝転がることはせず、仕切りのカーテンを開ける。
それと同時に、保健室の扉も開かれた。


「セイラン。よかった、起きたんだ」
「アキ・・・」
優しい声がかかり、アキが駆け寄ってくる。
「体調はどう?・・・見たところ、まだ本調子じゃないみたいだけど」
私は頭痛に顔をしかめたままだったのか、アキが心配そうに眉根を寄せる。
正直なことを言うと、こうして座っているだけでも辛かった。

「これ、スポーツドリンク。マネージャーからもらってきたから、飲みなよ」
それは、今まさに私がほしがっていたもので。
アキから小振りの水筒を受け取ると、すぐに口をつけた。
「はー・・・ありがとう」
一息ついて、ほぼ空になった水筒をアキに帰す。
アキは適当なところにそれを置き、私の両肩を掴んだ。

私は一瞬、どきりとしてアキを見る。
そこで、アキの服装がユニフォオームから、普段のカジュアルな服に変わっていることに気付いた。
試合後にシャワーを浴びてきたのだろうか、ほのかに石鹸の香りがする。
アキと視線がかち合ったけれど、すぐに私の視線は天井へ向けられていった。


「・・・ほら、まだ横になってたほうがいいよ」
アキに肩を軽く押されただけで、体が傾き、ベッドに横になる。
まだ頭痛を感じているからか、私は少しも抵抗しようとしなかった。
アキは先生用に備えられている椅子を持ってきて、傍に座った。

「・・・あの後、試合、どうなったの・・・?」
「ああ、勝ったよ。早く終わらせたくて、躍起になってた」
それは、保健室に運んだ相手のことが心配だったから?。
なんて、そんな恥ずかしいことは聞けなかった。

「ほんとはさ、セイランを運んだ後、ずっとここにいたかったんだけど・・・。
顧問やマネージャーに連れ戻されて」
そのときのことを思い出しているのか、アキは不満そうだった。
二人がかりじゃないと連れ戻せないほど、アキはここにいることを望んでいたんだろうか。
少し、胸の奥が温かくなる。

「アキ・・・試合中だったのに、保健室まで連れて来てくれて、ありがとう・・・」
私は感謝の意を伝えようと、弱弱しくも何とか微笑んだ。
アキも、わずかに目を細めて笑顔を返してくれた。
まるで、それは当然のことだと言わんばかりに。


保健室の中は本当に静かで、しばらく静寂が流れていた。
そんな中、アキがふいに言った。
「セイラン、そっちに行ってもいい?」
「ん・・・いいよ」
躊躇いは、少しもなかった。
アキは椅子から下り、そっと隣に寝転がった。
二人して、天井を見上げる。
けれど、それは数秒の出来事だった。
アキが手を伸ばしたと思うと、すぐに頬が包まれる。
私は、その手に誘導されるままに、アキの方へ体を傾けた。

「まだ・・・頭、痛い?」
「・・・ううん。こうして横になってれば、大丈夫」
吐息がかかるほど近くに、アキがいる。
緊張するけれど、ドキドキするところもある。
アキの想いを知った後だから、余計に。

「ね、セイラン・・・・・・キス、していい?」
突然の問いかけに、私は目を丸くする。
アキはアキで羞恥心があるのか、頬がほんのりと赤らんでいた。
そんな様子を見て、私には申し訳ない気持ちが湧き上がって来た。
アキの想いを聞き届けたにもかかわらず、私がはっきりしないから。
だから、こうして尋ねかけてくれているんだ。
そんな、恥ずかしい問いかけを。
私のせいで発されたその問いを、断われるはずはなかった。


「・・・いいよ」
抵抗する気なんてしないと示すように、目を閉じる。
お互いの唇が重なり合うのに、時間はかからなかった。

以前にも感じた、柔らかで温かい、アキの感触。
それを感じると、とたんに心音が落ち着かなくなる。
こんな大それたことをしているのだから、当たり前の反応。
けれど、本当にそうだろうか。
もし、他の人と同じことをしても。
私は、同じように緊張し、心音を高鳴らせるのだろうか―――。

やがて、アキが名残惜しそうに、重ねていた箇所をゆっくりと離す。
それでも、私の心音は強いままで、落ち着きがなかった。
「セイラン・・・」
まるで、求めるように名前を呼ばれる。
私の体は、その声で麻痺してしまったかのように動かなくなった。
アキの顔は、まだ吐息がかかるほどに近くにある。


じっと、アキと視線を合わせていると、また唇に感触を感じた。
けれど、重なり合ってはいない。
私が初めて感じているそれは、アキの、舌の感触だった。
重なり合うぎりぎりの距離で、小さく出されたものが、唇に触れている。
それは、唇の隙間をゆっくりとなぞっていった。

「っ・・・」
唇とは違う感触に、思わず息を漏らしそうになる。
でも、羞恥心がそれを制していた。
私は、今までにないほどの頬の熱を感じながらも、不思議に思っていた。
これほどのことをされても、抵抗しようとしない自分自身のことを。


なだらかな愛撫が終わり、アキが口をつぐむ。
そして、もう一度、お互いが重なろうとしたとき。
何の前触れもなく、保健室の扉が開いた。
「わあっ!」
誰かが入って来たんだとすぐにわかり、私はとっさにアキを押す。
だいぶ強い力で押してしまったのか、アキはベッドから落ち、どしんと尻餅をついた。

「なーにやってんの、お二人さん」
「マネージャー・・・」
アキは、ばつの悪そうな表情で保健室に入って来た相手を見上げた。
「ほら、体操着の忘れもの。そろそろ施錠されるから、早く帰りなよ」
マネージャーは体操着の入った袋を放り投げ、部屋から出て行く。
アキは投げられた袋を受け取り、立ち上がった。

「あ・・・ご、ごめん、アキ。思いっきり突き飛ばしちゃって」
「このぐらい平気だよ。・・・それより、セイラン、帰れそうになかったら送って行こうか?」
そのとき、私は起き上がっても頭痛がしていないことに気付いた。
それを機に、ベッドから下りて立ち上がってみる。
まだ少し気だるい感じはしたけれど、歩けないほどじゃなかった。

「・・・もう大丈夫みたい。ずっと、横になってたからかな」
「そっか。じゃあ、玄関閉められない内に帰ろう」
アキの口調は、自然なものだった。
まるで、さっきのことなんてなかったかのように。
けれど、それはきっと気遣ってくれているからなんだろう。
答えが出せず、悩み続けている友人のことを。

どうすれば、気付けるのだろう。
どうすれば、はっきりさせられるのだろう。
中途半端で、なんとなくな答えじゃなくて、はっきりととした思いを抱きたい。
せめて、夏休みが終わる前には答えを出そう。
半端な不安感を、アキに与え続けたくないから。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
自分で書いててどぎまぎした話・・・やっぱり、BL書くときとは感じが違います。
そろそろ、完結する予定ですー。