平坦な?高校生活12


「聖蘭!一緒に、旅行に行かない?」
アキにそう誘われたのは、夏休み終盤のことだった

「来年の夏休みは、今ほどゆっくりできないだろうから・・・最後の思い出に」
「最後?・・・あ、そっか」
来年、私達は三年生
受験勉強や就職活動で忙しくなる時期
こうして頻繁に遊べるのも、今の時期だけかもしれない

「うん、私もアキと旅行に行きたい。でも、あんまり遠いとこには・・・」
小遣いしか収入源のない私にとって、旅行費用は多大な出費
もし、北海道に行こうなんて言われても、無理な話だった

「実は、オヤジが旅館の宿泊券を当てたんだ。だから、タダで行けるし大丈夫」
アキは、そんな心配を先読みしたように言った

「いいの?せっかくお父さんが当てたのに」
「いいのいいの。それで、聖蘭の予定が空いてれば、もう明日にでも行きたいんだけど、急すぎる?」
「明日?」
確かに、急な提案だった
けれど、アキが少しでも早く行きたいと言うんなら、断る理由はなかった


「わかった、明日行こう。楽しみにしてるね」
そう返事をすると、アキの表情がぱっと明るくなった

「じゃあ、明日、迎えに行くから」




旅行当日
電車を乗り継ぎ、その後はバスに乗り換える
バスはどんどん人気のないところへ進んでゆき
着いたところには、こぢんまりとした旅館があった

「ここが、泊まる場所。不便なとこだけど、ま、タダだと思ってカンベンして」
「ううん。静かで涼しくて、快適そうだよ」
確かに、周辺には民家の一つもない
けど、街中に暮らしている私にとって、この環境は新鮮なもので、内心わくわくとしていた


旅館は木で作られていて、家とは違う香りがする
どこか落ち着く、ほのかに香りづいた空気
深呼吸をするだけで、気分がよくなりそうだった

通された部屋は、畳張り
二人で寝泊まりするには十分な広さがあって
ここにもまた、気を落ち着かせてくれる、自然の匂いがただよっていた

耳を澄ませても、車の音や人の声が聞こえない
私は感嘆の溜息をついて、外を眺めていた

「何にもないけど、そこがここのとりえなのかもしれない」
アキが隣に並び、呟く

「そうだね。いくら発展して便利な都会でも、この静けさは真似できな・・・」
そこで、手に温かなものが触れ、私は言葉を途切らせた

もはや、そこを見なくてもわかった
自分の手が、アキの手に包み込まれていることが

私は振り払うことはせず、やんわりとアキの手を握る
開放的な空間にいるからか、こうすることに何の抵抗もなくなっていた
恥じらいはなく、ただほんのりとした幸せを感じていた


「夕食まで、まだ時間あるし・・・早いけど、大浴場行こっか。一緒に」
「い、一緒に!?」
私は、とたんに動揺してアキの方を見る

女同士で、やたらに恥ずかしく思うことはないのかもしれない
けれど、私を迷わせているのは、ただ単に性別の問題じゃない
備え付けのお風呂はあるけれど、アキが言っているのは大浴場のこと
宿泊する人達が使う浴槽に、タオルを巻いて行くわけにはいかない

そのことを考えると、顔から火が出そうになる
私が葛藤していると、アキがふっと笑った

「冗談だよ、冗談。じゃ、先に入ってくるから」
アキはそっと手を離し、その場から離れて行った
その背を、私は何とも複雑な思いで見送った




「聖蘭、お待たせ。外が見えて、かなりいい感じだったよ」
ぼんやりしているところで声をかけられ、はっとアキの方を向く
アキは、旅館に備えつけられていた浴衣姿でいた
男女共に着られる浴衣は、アキにかなり似合っていて
失礼なことだけど、スカートを履くよりずっといいと思った

「今、人いないしゆっくりできるよ」
「あ、うん、入ってくるね」
私はバスタオルやら、浴衣やらを持って部屋を出た
再び一人になった私は、アキの言葉を思い出してしまっていて
入浴している間も、着替えてる間も、ずっと上の空だった


その後、大食堂での夕飯を食べ終わって部屋に帰ってくると、すでに布団が敷かれていた
一組ではなく、きっちり二組の布団が

部屋が広いからか、その間には微妙な距離があった
アキはそれを見て、一瞬歩みを止めたけれど
すぐ、何もなかったかのように布団に寝転がった

「はー、夕飯おいしかったー。
家では食っちゃ寝してたらぶつくさ言われるけど、今日は自由だもんなー」
「そうだね、注意する人なんていないもんね」
私も、隣の布団に寝転がる

家族としか行ったことのない旅行
それが、こうしてアキと旅館に宿泊しているなんて
何だか、とても不思議なことのように感じた

お互い、仰向けに寝転んだまま、ぼんやりと天井を見上げる
不思議に感じているのは、アキも同じなのかもしれない
暇をつぶしているわけでもなく、ただぼんやりとしているだけだけれど
少しも、退屈じゃなかった
時間は、自然と過ぎていった
それは、アキが近くにいるからに違いなかった



しばらくそうしていると、寝返りを打ったときにアキと目が合った
お互い黙ったまま、じっと視線を交わす

「・・・お休み」
ふいに、アキはそう呟き、仰向けになって目を閉じた

「あ・・・うん、おやすみ」
私は電気を消し、同じように仰向けになった
もしかしたら、アキがそっちに行っていいかと、そう聞いてくるかと思った
アキが、じっと視線を合わせるときは、何かを考えて、行動しようとしているとき
何度もその視線を受け止めている内に、わかってきた

けれど、アキはただ、「お休み」と、それだけしか言わなかった
いつもとどこか違うアキに、私はもやついた

心のどこかに、物足りなさを感じる
アキの方をじっと見詰めても、何の反応もない

虚しい
いつも触れてくれるアキが無反応だと、私はとたんに寂しさを感じていた


そのとき、私は気付いた
それは、アキに触れてほしいと言っているようなものだと

そんな自分の考えに、動揺した
私は、いつの間にアキを求めるようになっていたのかと

一緒にいるときは、気付かなかった
けれど、今、布団の距離がとても遠く感じる
いっそのこと、アキの布団にもぐりこんでしまおうかと思ったけど
アキはすでに寝息をたてていたので、やめておいた
私は、虚しさを抱いたまま、目を閉じ眠った




翌日、私達は近所を散歩したり、バスに乗ってお土産屋さんを回ったりした
アキと一緒にいるその間、とても楽しかった

けれど、やはり私は感じていた
胸の内にある、虚しさを



帰って来たのは、夕方頃
もうお腹が減っていたので、今日は先に夕食を食べることにした

そうして夕食を食べているとき、私はずっと考えていた
このまま、終わってしまってもいいのだろうかと
アキは、夏休みの、最後の思い出に誘ってくれたのに
私がまごついているせいで、満足させてあげられない

私は、アキと会話を交わしながらも、ずっと考えていた
自分がこの後、どうすべきかを


「はー、今日も食べた食べた。じゃ、混まない内に大浴場行ってくるよ」
「あ・・・」
私は、アキを引き留めようと手を伸ばそうとする
でも、そこで戸惑った
ここで引き止め、あることを言ってしまったら
たぶん、もう撤回はできなくなる

「ん?どしたの?」
アキは、中途半端に浮いている私の手をちらりと見た
ここで手を伸ばさなければ、もう旅行は終わってしまう
私は、未だに虚しさを抱えている
それを満たしたいのなら、手を、伸ばさなければならない
アキの、望む答えを出すためにも


しばらくアキは、じっと私の方を見ていた
けれど、この間に耐えられなかったのか、ふいと背を向けてしまった

アキが行ってしまう
私は、たまらず手を伸ばしていた
まだ、行かないでほしい
そう懇願するかのように、アキの服をぐいと引っ張った

アキは目を丸くして、振り返る
私は、俯きがちになりながらも、告げた

「一緒に・・・入ろう・・・」

顔から、火が出たんじゃないかと思った


「・・・あたし、途中で歯止めをきかせる自信、ないよ?」
私は、俯いたまま小さく頷く

わかってる
私は、それを覚悟して言ったのだから

床に、アキが持っていた浴衣が落ちるのが見えた
そのとき、体が引き寄せられ、もう動けなくなっていて
私は、アキの肩に頭を乗せ、力を抜いた




大浴場に入るわけにはいかなかったので、部屋に備え付けてあるお風呂にお湯を溜める
その間、お互い会話が少なくて、緊張しているのがよくわかった
そして、浴槽になみなみとお湯が張られたとき
私達は、二人で浴室へ向かった

「あのさ・・・」
強い緊張感の中、私は呟いた

「タオル巻いたままでも、いい・・・かな・・・」
この期に及んで何を言うのかと思われたかもしれない
けれど、アキは柔らかな笑みを見せ、「いいよ」と、そう言ってくれた
アキが先に浴室へ入り、私はその後に続いて行った


浴室に入ると、すでにアキが浴槽につかっていた
お願いしたとおり、タオルを体に巻いてくれている
でも、いつも露出していない肩や足が見えていて
思わず、目が行ってしまった

「二人だけだし、もう入ってきなよ」
「う、うん」
手招きされ、私も浴槽につかる
とたんに、なみなみと張っていたお湯が流れ出した
備え付けの浴槽はそれほど広くなくて、お互いの素足がぶつかる
私は緊張で、完全に固まっていた

そんな中、アキのとても優しい視線を感じる
一緒に入りたいと言ったことを褒められているような、そんな感じがしていた

「・・・わ、私、先に体洗うね」
その視線を受け止めているだけでもどきまぎしてしまって
私はたまらず、浴槽から出た
そんな様子を見て楽しんでいるのか、アキのかすかな笑い声が聞こえた

私は体を洗おうとしたのだけれど、タオルを巻いたままお風呂に入るのは初めてで
隅々まではとても洗えそうになかった
ちらっと浴槽の方を見ると、アキが縁によりかかって、こっちを見ていた

「・・・あの、アキ・・・できれば、少しの間、向こう向いててほしいな」
タオルを取らないと、全身を洗えそうにない
でも、アキの視線を感じたまま裸になるのは恥ずかしかった

「えー。まあ、セイランが嫌だって言うんなら、じろじろ見たりしないよ」
アキは少し不満そうにしつつも、壁の方を向いてくれた
私はアキが振り返らないことを信じ、タオルを取った
そして、できるだけ早く体を洗う
それほど時間はかからず、泡を流した後、私はタオルを巻きなおした


「お待たせ。今度は、アキが体洗ってきなよ。私、壁の方向いてるから」
呼びかけに、アキが振り返る

「別に、あたしは見られても構わないよ。だって・・・」
そう言ったとたん、アキがタオルを取ろうとした

「い、いいから、ほら、洗ってきて」
私は慌てて、アキを浴槽の外へ押し出した
壁の方を向くと、すぐにシャワーの音が聞こえてきた
すぐそこで、アキはタオルを取り、体を洗っているのだろう
シャワーの音がしている間は、振り向くわけにはいかない

目を閉じると、想像してしまいそうなので
私はじっと壁を見詰めて、音が止むのを待っていた

結構丹念に洗っているのか、音はなかなかやまない
あんまり長く入っていると、のぼせてしまうと思ったとき
ふいに、水面が揺れた
私が動いたわけじゃないのに、波がたっている

まさかと思って、振り返ろうとしたときには
もう、体を動かせなくなっていた


「セイラン・・・」
シャワーの音と共に、アキが耳元で囁く
いつもより、その息が熱く感じられる
そして、タオルの上からまわされている手も、例外なく熱かった

「ア、アキ・・・」
当然、私はうろたえる
お互いを隔てているものはタオルしかなくて
今までで一番はっきりと、肌の感触が伝わってくるようだった

「・・・こんなタオル、すぐ取り払いたい」
瞬間、心音が強くなる
私は思わず、タオルの繋ぎ目を強く握り締めていた

「セイラン・・・セイランは、嫌?あたしと・・・肌、見せ合うのは」
「え、えっと・・・」
口の中が渇いていく
お風呂の熱さと、アキの体温で、私はもうのぼせてしまいそうになる

そんな中、ぼんやりと思っていた
嫌じゃないかもしれないと
だからこそ、私はアキと一緒にここにいるんじゃないかと自問自答する
これほど、身を許している相手に
今更、何も隠す必要はないんじゃないかと


「あたし、セイランと・・・・・・したい・・・
セイランが、気持ち良くなることを・・・」
体が引き寄せられて、背中にアキの控えめな膨らみがあたる
アキの感触と、大胆な言葉に、私は
頷いていた




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
ながなが進めてきた百合話も、やっとこさ次でラストとなります
やっぱり、最後はR18になるのがこのサイトらしいところ←
次回は自重しないのでご注意を!